第16話








楽(らく)朴堂(ぼくどう)のハンターたち




 青空が広がっている。厚ぼったい入道雲がもくもくのぼり立つ夏の青空でもなく、郷愁と色気を感じさせる秋の青空でもなく、透き通った冬の青空でもない。

それは爽やかで心地の良い、花の薫りによく似合う、春の青空だ。

鳥ノ目(とりのめ)競馬場は人々で賑わっている。

今日は市長杯の開催日。

第三レース1200メートル。

人気馬は四番のユトリチャウモン。濃い黒肌とサラサラの鬣が美しい、まごうことなき競走馬。彼は競走、の意味を理解する。勝利のために走るのだ。その姿は、数多くの人々を魅了している。

もう一頭の人気馬、九番のヒョウガキマスター。馬の美を体現したようなスタイルの良い白馬だ。前半は無難に走り、中間を過ぎたあたりから怒涛の加速を見せる。その追い抜きのうまさと粘り強さ、そしてカタルシスは、多くの人々から金を巻き上げている。

そしてこのレースで注目されているのが、一番のバブルチャウネン。相性の良いジョッキーの時は抜群の走りをするがその他だと露骨に手を抜く、というわかりやすい馬だ。そして、このレースのジョッキーはちまたで有名なベテラン、馬飼一(うまかいはじめ)。バブルチャウネンが認める唯一の相棒だ。

そのほか、二番ゼットダゼット。予想紙の大穴に据えられている、最近、調子が抜群の若い馬だ。六番のダンコンダモン。このレースの中で一番の年寄だ。

レースがスタートした。

馬たちは駆ける。風を切り、砂を巻き上げ、金をつぎ込んだ人々の声援を背に負って。

観客席では。

「バブルチャウネン! 行け! バブルチャウネン! やれば出来るってとこを見せてやれ!」

 大声で叫んでいるこの男。ぱっと見たかんじ、年齢は五十代半ばといったところだろうか。白いシャツにジャケット、ピチッとした革パンを履いて馬券を握りしめ叫んでいる姿は、いかにも金持ち遊び人の末路といった雰囲気だ。

「ヒョウガキマスター! 愛してるから頑張ってヒョウガキマスター! 顔だけじゃないってとこを証明して見せて!」

 男性の隣で叫んでいる、この金髪の女。年齢は三十代半ばくらいだろうか。背中に大きな竜が描かれたパーカーを来て、短パンからは自慢であろう細い足を覗かせている。

「ユトリチャウモン! おまえが一番だ! みんな知ってる! おまえが一着は当然なんだよ! 当然を当然のままレースを終わらせてくれ! ユトリチャウモン!」

 女性の隣で叫んでいるこの少年。十代後半、といったところか。水色の爽やかなシャツを着て、首元に白黒模様のマフラーを巻いている。

「バブルチャウネン! うちこのあと特大クレープ食べに行くんだからね! 大盛り超特大クレープ食べるんだからね! バブルチャウネン!」

 少年の隣で叫んでいる、十代前半に見えるこの少女。彼女は花柄のワンピースを来て、目いっぱい背伸びをしながら馬を応援している。

 コーナーを曲がったところで、先頭はなんとバブルチャウネン。続いてユトリチャウモン。三番、八番とヒョウガキマスターが並び、十一番がきてその次にゼットダゼット。後ろもかなり追い上げてきている。

 声援は大きくなる。

 馬たちは加速する。

 八番が三番を抜かし、ヒョウガキマスターが三番を抜く。十一番とゼットダゼットが競り合い、ゼットダゼットが抜ける。

「バブルチャウネン!」

「ヒョウガキマスター!」

「ユトリチャウモン!」

「バブルチャウネン!」

 再びコーナーを曲がった。

 バブルチャウネンが圧倒的前に飛び出した。

 観客席が湧く。

 ユトリチャウモンが続く。

 少年は拳を振り上げて叫ぶ。

「ユトリチャウモン! 抜かしてしまえ! 僕はおまえを信じる!」

 その時だった。ヒョウガキマスターが、外から回り込むようにして、ユトリチャウモンを抜いたのだった。

 その、あまりにも苛烈な追い上げ。

「っくそ! 何してんだよユトリチャウモン!」

 少年は悔しそうに唇を噛む。

「さすがあたしの王子、ヒョウガキマスター!」女は勝ち誇ったように叫ぶ。「超イケメン! ハンサム! カッコいい! そのままバブルちゃウネンを抜かしなさい!」

 一方、男は柵の上に体重をかけて前のめりになり、そのまま拳を前に突き出して、

「バブルチャウネン! そのまま抜けろ! 負けたら殺すぞこのヘタレ馬! いくら懸けたと思ってんだよくそ野郎! 悔しかったらそのまま勝ちきれ!」。

 もはやただの誹謗中傷である。

 レースは最後の直線コースへ突入した。

 頭から、バブルチャウネン、ヒョウガキマスター、ユトリチャウモン、八番、三番ときてゼットダゼット、その後ろは詰まっている。

 ヒョウガキマスターがバブルチャウネンに近づいた。

 そして遂に、横並びになる。

「ヒョウガキマスター! 抜け! 行け!」

「バブルチャウネン! 今やらないでいつやるんだよ!」

 その時だった。

 ヒョウガキマスターが、バブルチャウネンを抜いた。

 そのままゴールへと走りぬく。

 結果。一着九番ヒョウガキマスター。二着一番バブルチャウネン。三着四番ユトリチャウモン。

「あぁぁぁぁぁぁあ!」

 男は膝から崩れ落ちた。男が買っていた馬券は馬単で、いずれも一着にバブルチャウネンを予想していた。それが外れたということは、全てが負けだ。

「っち! じじぃの言う通りにして損したよ。うちのクレープ代どうしてくれんの」

 少女はいじけたように言った。彼女はまだ未成年で、競馬にも興味がない。今回、男の言葉を信じて単勝バブルチャウネンを買ったのだった――※注・馬券は男に買ってもらった。つまり、彼女も負けである。

「ねえ!」

 少女は男に詰め寄る。

「ねぇったら! このくそおやじ! うちのクレープ代どうしてくれんのって、聞いてんでしょ!」

 男は泣きそうな顔で俯く。

「おまえは別にいいだろうが。俺なんて……俺なんてな……」

「うちのクレープ代だったんだけど」

「クレープくらい別にいいだろ。いつでも食える。それより俺の五万円……」

「なにぃぃぃ⁉ 期間限定いちご大盛りクレープなのにっ!」

「いいよ、きいちゃん。クレープはボクが奢ってあげる」

 少年が、言いながら少女の肩を叩く。少女は「え?」と少年を見やった。

「依斗(よりと)くん負けてないの? ユトリチャウモンダメだったじゃん」

 少年はえへへと笑う。

「ユトリチャウモンの単勝はダメだったけどなんと……三連複が来たぞ!」

 少年はヒョウガキマスター、ユトリチャウモン、バブルチャウネンの三連複の馬券を掲げて見せる。見事な勝ちだ。

 男が驚愕の目で少年を見る。

「三連複が来たって⁉ おい依斗どうなってんだよこの野郎!」

 その瞬間にちょうどディスプレイに表示された配当金を見て、少年は飛び跳ねる。

「やった! ……五千円くらい勝ちだな」

 男は握った拳に力を込めた。

「ちくしょう……」

 女は、男と少年と少女の三人からは少し離れた場所で小躍りをしている。

「よくやったわヒョウガキマスター! さすがあたしの愛するハンサム! 愛してるよぉおっほっほっほっほっほ!」

 そう、女の最推しはヒョウガキマスター。彼が勝てそうにないレースは懸けない、という徹底ぶりだ。見事に勝ったので、興奮で高笑いをしているのである。

「最高よヒョウガキマスター! うぉっおっほっほっほっほっほ!」

 一方、男は唇を噛みしめる。

「くそぉ、くそぉ……くそぉ……俺の五万円……俺の五万円……」

 女は笑う。

「おっほっほっほっほっほ!」

 少女はクレープのことで頭がいっぱい。

「クレープクレープ」

 少年はクレープ屋さんを検索する。

「きいちゃん、この近くにクレープ屋さんは三件あるけどどれ?」

 その時だった。

「あんたら何しとんねん」

 四人の前に突然、青年が立ちはだかった。

「楽朴堂にいひんと思うて来てみれば……ここか」

 オーバーサイズの黒のパーカーに黒のズボン。濃い黒髪に真っ黒な瞳。黒ずくめの青年は、呆れたように、腕組みをしてため息をついた。

「勤務時間中は楽朴堂に待機や言われとるやないかい。それがこんなん……えらい楽しそうやないかい? えぇ?」

「慶太(けいた)、おまえもやるかい? 馬はいいぞぉ。負けるけどな」

 男が誘うと、青年はため息をつく。

「あほちゃうか。そんな暇ないで」

 男は瞬きをする。

「それはつまり……?」

 青年は頷いた。

「さっき協会から依頼が来よった。仕事や」

第一章 崩れかけの髑髏



 

 鳥ノ目市は人口三十万人ほどの長閑な市だ。東京都の西部に位置し、百年前ほど前までは八王子市といった。鳥ノ目駅から三十分も車を走らせればあっという間に森の中、それくらい、自然の豊かな場所だ。

 鴨之山(かものやま)というのが市街地から一番、近いところにある山で、そこからいくつもの山が連なっている。鳥ノ目連山という。

 鴨之山の麓。登山口からは少し離れた場所に、古民家がある。それは林に隠れてひっそりと建っていて、車で傍を通っただけでは目に入らないに違いない。

 その古民家を、楽朴堂(らくぼくどう)、という。

 楽朴堂は珍品を管理する施設だ。

 珍品とは、この世の物ならざる物。

 それはこの世界ではない異世界から流されてきた物たちである。

 この世の物ならざる物は時として、人々に悪影響を与える。そこで、珍品を発見し回収し管理する珍品協会という組織が誕生した。

楽朴堂は、珍品協会の傘下の管理施設だ。

「遅いなあ」

 楽朴堂の入り口、木造の格子戸が引かれ、中から男が顔を出した。

 カジュアルな服の上から藍染の羽織を着て、右腕にパワーストーンの腕輪を五つもつけている。年齢は二十代後半といったところだろうか。まめな性格なのだろう、少し長めの明るい茶髪がかなりさらさらとしている。

「一体、どこへ行ってしまったんだろうねぇ。さぼるのは勝手だけれど、こうしていきなり依頼が入った時に困るよねぇ。まあ、そもそもさぼるなって話になるんだけどさ……っと!」

 林の向こうから、紺色のミニバンがこちらに近づいてくる。だんだんと近づいてきて、戸口の前で停車した。

 男は大きく手を振った。

「みんな! おかえり!」

 真っ先に、運転席から青年が下りて来る。男に向かって両手を合わせた。

「悪い仁藤(じんどう)! 遅くなったわ! こいつら競馬なんぞやりよっとった。呆れて説教する気も失せたわ」

 仁藤は笑う。

「僕に謝る必要はないよ。さぼりがばれたとしても本人たちの責任だからね。僕には関係ないさ」

「その個人主義っぷり、相変わらずで羨ましいねん」

「それにしてもよく競馬場にいるってわかったね?」

「あほどもが揃って行く場所なんか馬か温泉くらいや。もう何度連れ戻しに行っとるかわからん。バリエーションがなさすぎてむしろ不安になるわ。世の娯楽は馬と温泉のほかにもあるっちゅうに」

「さすがだ慶太。その苦労に免じて、君を四人のマネージャーに格上げしてあげたいくらいだよ」

 慶太は眉根を寄せる。

「嫌味か仁藤? それは格上げちゃう、格下げや」

「おー仁藤、すまんすまん」言いながら後部座席から下りて来たのは、五万円を溶かしたかの男――。「男の勝負に夢中になってしまってな。おまえも男ならその重要性がわかるだろ? 勤務時間中に競馬場に行ってたこと、協会には秘密な」

 仁藤は苦笑いをする。

「久我(くが)さん、さすがに問い詰められたら答えるよ。僕は正直さだけが取り柄なんだ」

 男――久我はムッと顔を顰める。

「おいおい仁藤、そんなこと言っちゃっていいのかい? 次に勝ったらその金でおまえに新しい羽織を発注してやろうと思ってたのに」

「羽織なら足りてるよ。ちなみにいつ勝つ予定なんだい?」

「それは聞くな仁藤。いつかだ。いつか勝つさ」

「久我さん、目線が下を向いたよ」

「あーらま仁藤! そんなじじぃよりあたしを見て!」

 女が会話に割り込んでくる。彼女は髪を手で払いドヤ顔で、

「あたしから放たれるこの黄金のオーラで目が眩むでしょう? いいのよ教えてあげる、このオーラはね、あたしとヒョウガキマスターの愛の証なの」。

「落ち着いて沙和(さわ)さん。オーラなんて見えてないよ」

 爽やかに言い放った仁藤に、沙和は「そう?」と首を傾げた。「それはおかしいわねえ。あたしはヒョウガキマスターと愛を育んだ挙句に劇的なゴールインを成し遂げ、しっかりと勝って、お金という権力を手に入れたばかりなのに。なのにこのオーラが見えないというの?」

「あんたら絡み方がうざすぎや」

 仁藤と久我、沙和の会話を見ていた慶太が、堪りかねたように言う。

「無駄口叩いてないでさっさと中に入りや」

 慶太に促され、久我と沙和は渋々といった風で、玄関の中へと入って行った。

 そしてミニバンの後部座席からゆっくりと出て来た二人――少女と少年。

 仁藤は二人に向かって微笑む。

「きい、依斗(よりと)。どうだった? 馬は?」

 きいはいじけたように俯く。

「聞いてよ仁藤。おやじに言われた通りにバブルチャウネンで買ったらあの馬、負けやがった。おかげでうちのクレープ代がなくなっちゃったんだ。そしたらね、依斗くんがクレープ奢ってくれるって言ったから楽しみわくわくだったのに……ねえ、なんで仕事なんか入るの? 意味がわかんない」

 仁藤は苦笑する。

「きい、そもそも今は勤務時間中なんだよ」

「クレープ期間限定のやつだから早く行かないとなくなっちゃう」

「大丈夫だよ、きいちゃん」

 依斗は言って、きいの肩をポンと叩く。

「クレープは仕事が終わってからでも食べられる。一緒に食べに行こう。ボクが約束する」

「そうだよ、きい」仁藤は膝を折ってきいに目線を合わせる。「仕事が終わってから食べられる。いくらでも」

 きいはため息をついた。

「仁藤と依斗くんは優しいね。おやじに爪の垢煎じて飲ませてやりたいな」

「久我さんに僕と依斗の爪の垢を……はっは、それはいいね」

 仁藤は笑いながら立ち上がる。

「で、依斗? どうだった? 馬は? 良かったかい?」

 依斗はこくりと頷いた。

「楽しかったよ」

 きいと依斗が玄関の中へ入って行ったのを確認し、慶太は息を吐いた。

「あほどもの連れ戻し作戦、これで完了や」

 仁藤は申し訳なさそうな顔をする。

「お疲れのところ悪いけど、これからが本当のミッションなんだ。頑張ってもらえるかい?」

 慶太は「もちろん」と頷く。

「俺らはハンターやからな。そこらへんは任せときい」


 楽朴堂の一階は、広い和室だ。

 大きな食卓が置いてある。そこに、パソコンを開いた仁藤を中心にして、久我、沙和、慶太、きい、依斗は半円を描くようにして座った。

「みんないるよね? それじゃ、仕事の話を始めるよ」

 仁藤は言うなり、パソコンのデスクトップにある『珍品協会』というタイトルのソフトウェアを開いた。パスワードを入力し、『依頼』と書かれた項目をクリックすると、緊急と銘打たれたファイルが出てくる。

 仁藤はファイルを開いた。

 そこには、協会からの依頼内容、それに関する情報などが羅列されている。

「……ことの発端は二日前。四月三日だ」

 仁藤はファイルを指さしながら話し始める。

「あの日は豪雨だった。みんなも覚えているだろう? 朝から晩まで土砂降りだったね。その影響だろう、鴨ノ山と白景山(はっけいさん)の真ん中を通る都道516号線で、がけ崩れが発生した」

「鴨ノ山と白景山の真ん中……?」

 久我が首を傾げる。

「そんなとこに道路なんて走ってたか?」

「ちょっと待って」仁藤はすぐに、パソコンで地図を表示させる。「ここが楽朴堂だ。ここをこう行って……」指で地図の道をなぞりながら、「この道を行ったら渓谷に出るだろ? そこから左折。その先が都道516号だ」。

 久我は「なるほどな」と相槌を打つ。「途中ですまんな。続けてくれ、仁藤」

 仁藤はパソコンの画面をファイルに戻す。

「雨が止んですぐ――昨日の早朝だね、業者が土砂の回収に入った。道路にまではみ出てしまっていたらしい。そして作業中、土砂の中に、人の頭蓋骨を発見した」

 きいが「ひぃ」と悲鳴を上げる。「髑髏(どくろ)ってこと? 髑髏ってことでしょ? こわぁ」

「これがどっこい、ただの頭蓋骨じゃなかったんだ」

 言って、仁藤はファイルの次のページを表示する。

「頭蓋骨を発見した作業員Aは、ひとまず土砂の中から頭蓋骨を拾いあげた。そのため、頭蓋骨に手を触れた。そしてその数秒後、その作業員Aは胸を押さえて倒れた。しばらく悶え苦しむような仕草を見せたあと、地べたを這いずるような恰好をした」

「ひぃ。呪いの髑髏ぉ」

 きいは怯えるように言い、手で顔を抑える。

「うゎああ……末代まで祟られるやつでしょ? うちやだなぁ、そんな珍品をハントしに行くの……」

「きいちゃん、仕事なんだよ。嫌だとか言ったらダメだよ」

 依斗がぴしゃり言うと、きいは「わかってるけど……」と下を向いた。

「で? 地べたを這いずるような恰好をしたあとにどうなったの? その作業員Aとやらは」

 沙和が聞く。

「作業員Aは地面の泥を食べ始めた」仁藤はファイルの内容をそのまま読み上げる。「手で泥や砂を掴み、口の中に突っ込んだ。噛み砕き飲み込もうとするも飲めずに吐き出し、もっと食べたいもっと食べたいと言いながら、涙を流し始めた」

「頭が狂っちまったんだな」久我がしみじみと言う。「珍品の効果としてはよくあるな」

「……作業員Aは業務続行不可能となり、早退。その後、作業員Bが頭蓋骨の回収に取り掛かった。ゆっくりと頭蓋骨に手を触れて、持ち上げた。その数秒後のことだった。作業員Bは胸を抑えて倒れ、悶え苦しむような仕草を見せた。その後、作業員Bはしゃがみ込み、礼拝するような姿勢になり、そして、地面に接吻をした。それから泥や砂を口で吸い、飲み込んだ。うまい! と叫び、倒れた」

「いっちゃんてんな」久我はため息を混じりに言う。「お陀仏お陀仏ってとこだな」

「死んだわけじゃないよ」

久我は「おっと」と肩をすくめる。「不謹慎だったかね」

「……作業員Bも業務続行不可能となり早退。その後、作業員Cが頭蓋骨の回収に取り掛かる」

「で、そいつもか?」

 慶太の問いに、仁藤は頷く。

「作業員Cは、シャベルを使用し頭蓋骨を持ち上げた。その数秒後だ。作業員Cも、胸を抑えて倒れたあとに悶え苦しむ様子を見せ、その後、地面を舌なめずり。美味しい! と叫んだのち、あちこちの地面を舐めてまわる。作業員Cも、業務続行不可能になり早退。三人も早退者が出て、現場は混乱。土砂回収の業務は急遽中止となった」

「今、その現場はどうなってんの?」

 沙和が尋ねる。

「業務は中止のままだ。なので通行止めもそのまま。業者はお祓いをしたあと、明日にでも作業を開始する予定らしいが、お祓いの依頼を受けた神社から、珍品協会に連絡があった。その宮司は頭蓋骨が珍品の可能性が高いと感じたらしい。協会もそのように判断し、現場に一番近い、うちに依頼が来たわけだ」

「なるほどな。事情はわかった」久我は言って、指をポキポキならす。「さっそく行って、ちゃちゃっと頭蓋骨ちゃんを回収しようじゃないか」

 沙和が頷く。

「楽勝そうな依頼じゃない。パパっと行ってさっさと終わらせちゃいましょう」

「頭蓋骨は現場に置きっぱなしってことやもんな?」

 慶太が確認で尋ねると、仁藤は頷く。

「つまりそういうことだよ。――動いてなければね」

「よし! 急いで行こうぜ! ちゃちゃっとやるぞ!」

 久我は気合の入った声で言うと立ち上がり、ドカドカと和室から出ていく。

「そうね、行きましょう」

「秒で終わらせたるわ」

沙和、慶太も続くようにして出ていく。

「うち髑髏は嫌だな……」きいが気落ちしたように言う。「小学生の頃いじめてきた子が髑髏のパーカー来てたんだよね……」

「きいちゃん、行くよ」

 依斗はきいの手を引く。

「大丈夫だよ。大変なことは大人がやってくれる。きいちゃんは出来ることだけやればいいんだよ」

「依斗くん、うちは髑髏が嫌なんだよ。大変なのが嫌なんじゃなくて」

「わかった」

 依斗は自分の首に巻いてあるマフラーを外すと、目隠しするようにきいの頭に巻き付けた。

「これで見えないよ」

 きいは「え……」と戸惑った声を出す。「これだと髑髏だけじゃなくて何も見えない……」

「二人とも、早く行きな」

 仁藤が優しく言う。

「三人に置いていかれてしまうよ」

 きいはマフラーを外し、依斗に返す。

「依斗くん、これありがと。仁藤、うちやっぱり頑張ってくるわ。これが終わったらクレープだもんね」

 仁藤はにこりと微笑み、頷いた。

「行ってらっしゃい」



 現場にやって来た五人は、それぞれあたりを見回した。

 ハンターはみな少なからず力を持っている。珍品が放つ力の波――源波(げんぱ)の発生源を探り当てる力だ。

 久我は、源波を色で見る。珍品に近づくほど、あたりの色彩が薄くなって見えるのだ。珍品の目の前に立つと、久我の目には映る物の全てがモノクロになる。

 久我はゆっくりと周囲を見渡す。道路を土砂が塞いでいる。両腕で抱えるほどの大きさの岩がゴロゴロと転がっており、明るい色の砂が道路を覆い尽くしている。斜面の樹木は根本から崩れ、下の方に積み倒されたように溜まっている。

「もう珍品は、ここらにはないな」

 久我が呟くと、沙和は「しー!」と口に指をあてる。「ちょっと静かにしてて」

 沙和は耳を持っている。沙和には珍品の放つ源波が音として聞こえてくる。それは除夜の鐘のよう音だ。珍品に近づくほど大きくなる。

「……あっちじゃない?」

 沙和は土砂が崩れてきた方の森を指さした。鳥のさえずり、風で木の葉が擦れる音に混ざって、そっちから微かに、鐘の音が聞こえたような気がした。

 依斗は深く息を吸って集中した。依斗の源波を探る能力は感覚的なものだ。珍品に近づくと、ぞわぞわと鳥肌が立つのだ。けれどそれは、沙和に比べたら曖昧な能力だ。

「うちも沙和ちゃんの方だと思う」

 きいは鼻をひくひくさせて言う。

「甘い香りがするもん」

 きいは、珍品の源波が匂いとなって感じられる。珍品に近づくほど、お線香のような匂いがするのだ。

「かなり遠くや。今回の珍品、動くやつらしいな」

 慶太の能力は久我と似ている。ただ、慶太には源波が金色の光となって見える。

 慶太には、沙和が指さす方向に金色の光が見えている。

「行くか」

 久我が駆けだした。

 彼に続いて、四人は走り出した。


 森の中は地面がぬかるみ、気を抜くとすぐに足をとられてしまう。

「ちっ!」

 慶太は頬に突き刺さってきた木の枝を振り払う。

「ふん!」

 沙和は勢いよく鼻息を吹いた。鼻の中に虫が入り込んできたのである。

「うちやっぱり来なければ良かった……」



 


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