第7話
竹昌(たけあき)とは中学校まで一緒だった。橋部小学校と橋部中学校。陸矢(りくや)は六年間、竹昌と同じ通学路を歩いたのだ。
高校進学を機に、別々の道をゆくことになった。
竹昌はご近所さんである龍神神社の跡取りで、将来のことを考えて、専門性のある勉強をするためにと、神仏専門高等学校へと進学した。
一方、陸矢は橋部中学校のすぐ隣、橋部高等学校へと進んだ。選んだ理由は、家から一番近いからだ。授業が終わったらすぐに家でゲームが出来る。陸矢の成績からしてみると、橋部高校は少し偏差値が低かったが、そんなことはどうでも良かった。
神仏専門高等学校は全寮制で、橋部町からは車で四時間ほどかかる。最寄りの駅からはバスで一時間半もかかるアクセスの悪さで、長期休みにならないと橋部町に戻って来られないだろうことは容易に予想がついた。
「夏休みと冬休みと春休みだ。必ず戻ってくるから、ゲームやろう」
別れ際、竹昌は確かに言ったのだった。
夏休みと冬休みと春休み。
「寮生活は原始人並みだって、先輩から聞いたんだ。ネットは使えないし消灯は午後九時だし。携帯電話も禁止。秋までに薪をたくさん蓄えておかないと、寮には薪ストーブしかないから冬に凍死する。だから秋に巻き割り大会あるんだ。考えただけでゲロ吐く」
ネットが使えないから、オンラインゲームも出来ないのだろう。日課クリアによる単調なレベル上げすらままならない。次会った時にはゲームの腕が相当衰えているだろうと想像し、陸矢は心底つまらなく感じた。
それでも。
つまらなくなった竹昌でもいい。戻って来た彼と一緒に、またゲームをして遊ぼう。
だから。
「竹昌、じゃあな」
いつもみたいに手を振った。これからしばらく会えない友人を見送るみたいにじゃなくて、また明日も会う友人にやるみたいに。
竹昌もいつもみたいに笑っていた。
明日にでもまた会える、みたいな顔で。
時が過ぎ、高校一年生の夏休みがやってきた。
陸矢は待っていた。竹昌の帰還を。
しかし、彼は戻ってこなかった。
高校一年生の冬休みがやってきた。
今度こそは、と、陸矢は新作ゲームを揃えて待っていた。
けれどその冬休みも、竹昌は戻って来なかった。
陸矢は龍神神社を訪ねて、竹昌の母親にいつ彼が戻ってくるのかを聞いた。
母親は寂しそうに微笑んで「さあね」。
「いついつに帰省するとか、そんな連絡をくれるような子じゃないのよ」
きっと竹昌は向こうの高校で充実した日々を過ごしているのだろう。ネットも使えない、原始人並みの全寮生活は、帰省することを忘れるほど楽しいのだろう。
なんだか切なく感じたが、陸矢の方も高校で新しいゲーム仲間を手に入れたのもあり、お互い様かなという気もした。裏切られた、というより、進路を違(たが)えるというのはそんなものなのかもな、という、悟ったような諦めの感情が大きかった。
それぞれの道、それぞれの人生。変わりゆく人間関係。
出て行った人間が帰って来ないからと言って、裏切ったと責めるのは心の狭い人間のやることだ。
いつか、竹昌がふらりと戻ってきた日があったとしたら、その時は当たり前のように迎え入れて、陸矢もまだ遊び慣れていない新発売されたばかりのゲームでも、一緒にやればよいのだ。
そのように結論づけて、竹昌のことは頭のど真ん中からは忘れ去っていた。
だから驚いた。
高校一年生が終わり、これから高校二年生が始まるという春休み。
竹昌から、その手紙が届いた時には。
『ごめん。それからありがとう。陸矢と遊んでいる時が一番、楽しかった』
不安になりすぐに龍神神社へ行った。
参拝客を相手にお守りを売ったりしている竹昌の母親を引っ張り出し、彼はどうしているのかと聞いた。
「こないだ担任の先生からご連絡いただいてね、とても頑張っているって、言ってたのよ。生徒会に立候補して会長になって、みんなをまとめる役割をしているんですって。なんだか人が変わったみたいよねぇ、中学生の頃なんて、部活もやらずに陸矢くんとゲームばっかりしてたのにね」
「なんかこう、手紙が届いたりはしてませんか? 僕は元気です、みたいな」
「手紙? あの子がそんな物書くわけないでしょう」
「……ですよね」
神仏高等学校に電話をして無事を確認しようとすら思ったが、気恥ずかしさが勝ってやらなかった。
その代わり、竹昌が送ってきた手紙に記されている送付元住所に返事を書いた。
“裳木崎(もきさき)村 一丁目 白仙洞 五号 ”
神仏高等学校の所在地は同じ裳木崎村の“二丁目一番 ”だ。スマートフォンの地図アプリで調べてみると、二丁目一番はまるごと神仏高等学校の敷地のように見て取れた。
そして一丁目の白仙洞。小高い丘だ。小屋のような建物が麓のところに数軒ある。もしやこれが寮なのか。
『竹昌。俺の女戦士たちは全員、レベル百までいきました。もうそこらへんの雑魚(ざこ)には負けません。最近は自動プレイでクソ雑魚ステージ全部片手間で終わらせてます。もはや竹昌の手が届かないフェーズまで到達しました。悔しいですか?
手紙書いてる暇があったら一度くらい帰省しなさい! ほら、お母さんだって言ってるでしょ! 以上。』
郵便局からその手紙を出した。ポストがどこにあるかなんて知らないから、郵便局が一番早い気がした。
その三日後のことだった。
ニュースが流れた。
四月三日未明。裳木崎村東部にある鳥出山で、竹昌が行方不明になった。日の出前に山の中へと入ってゆき、そのまま戻って来なかった。捜査中だが、まだ見つかっていない。
そのような内容だった。
新学期が始まり、橋部高等学校ではロビーにある絵画が刷新されていた。これまでずっと飾られていたゴッホの模造品は隣の橋部中学校へと譲り渡され、代わりに画家になったOBが描いたという野菜の絵になっていた。綺麗なクロスが敷かれたテーブルの上に大根、かぼちゃ、にんじんとリンゴに、花瓶に白い花。
春の校舎は浮ついている。
新しい人々、新しい環境、変化の予感、始まりへの期待。夢見心地な生温かい風、ふっと吹かれて散る桜。
そのどれもが、陸矢の抱えた陰鬱な気分とは合わなかった。
竹昌は本当に山で行方不明になったのだろうか?
一人で?
やはり、あの手紙が引っ掛かった。
わざとではないのか。
竹昌は自分で山へ入り、そして行方不明になった。そのように望んだのだ。実行する前に、友人である陸矢に手紙を出しておいた。
きっと事故ではないことを証明するためだ。自分の意志であることを示すため。
陸矢は毎日、裳木崎村のニュースを確認した。一つページをクリックするたびに動悸がした。もし遺体が発見されてしまったら?
地元警察は遭難事故で片付けるだろう。
あの手紙のせいで、陸矢だけが、事故ではなかったと知っている。
どうするべきだろう?
あの手紙を公にするべきだろうか? 竹昌の両親に、見せるべきだろうか?
考えるほどに悩みは深くなり、ニュースを追い続ける日々が長くなるにつれて鬱気分が増していった。
そして、一週間経っても、三週間経っても、そして一カ月半が経っても、竹昌の遺体は発見されなかった。
手紙の返事も、来なかった。
母親がコップに麦茶を注ぎ入れるのを、陸矢はぼうっと眺めた。
なんのことはない、ただの平日の夜十九時。これから、母親が作った夕ご飯を食べる。いつもと同じ、麦茶。
気の抜けた表情に気がついた母親が陸矢を見つめた。
「……あんたさぁ……。ニートになっちゃうよ、そんな様子だと」
陸矢は椅子の上で胡坐を組みなおした。
「そんな様子って?」
「そんな馬鹿っぽい顔してると、ってこと。大丈夫よ、見つかるって」
「……なんでわかんの?」
竹昌が行方不明になってから二カ月が経っている。もう六月。味気のない季節。
「足腰きかない爺さん婆さんが遭難したわけじゃないんだから。竹昌くんのことだから、どこかの洞窟にでも隠れて生き延びてんじゃないの」
「本気で思って言ってる?」
陸矢はテーブルの上のコップを見つめた。母親の顔を見る気にならない。大人は時々、ひどい建前を言う。
「希望はあるってこと。まだ死んだって決まったわけじゃない」
「二カ月だよ、二カ月」
「まだ発見されてないんでしょう」
「捜索隊がしょぼいだけだろ」
母親はため息をつく。
「……仕方ない。自然は怖いのよ。例え気軽に登りに行ける山であってもね」
その言い方に、苛立ちを感じた。
「自然が怖いから何なの?」
「……未明に山登りなんかしちゃいけない。危ないでしょう?」
「だから?」
「あんた何イライラしてんの」
「だからさ、なんで竹昌が変な真夜中の時間帯に山登りして遭難したんだって、決めつけんの?」
「そんなこと言ってないじゃない」
「ママのその話しぶりだと、竹昌が馬鹿だから死んだ、みたいに聞こえるんだよ。馬鹿だから夜に山行って死んだって」
母親は呆れたような顔をする。
「あんたどうかしてる。あたしは竹昌くんが死んだなんて一言も」
「もう二カ月だよ」
陸矢は立ち上がる。
「ママと話してると話にならない。会話が成立しないし、なんか腹立つわ。飯いらね。明日の朝飯にすっからとっといて」
乱暴な足取りで、二階の自分の部屋へ戻った。
扉はわざと大きな音を立てて閉めた。すると、母親の盛大なため息の音が聞こえてきた。二階のこの部屋まではっきりと届いた。
「どんだけでかいため息……。肺活量鍛えてんのか」
陸矢は力なくベッドに倒れ込み、ゆっくりと仰向けになると、天井を眺めた。
体がむずむずして、居心地が悪い。
――竹昌……。
悲しむことも、怒ることも、後悔することも出来ない。
まだ、彼の結末を見ていない。
――探しに行くか。
十分後に、陸矢は家を飛び出した。
橋部駅から各駅停車に乗り戸羽駅まで二十分。車窓から外を見ると暗い。橋部町は郊外へ出ると空き地か畑が広がるばかりで、電灯なんてない。
途中、急行に乗り換えて風ノ芽駅で降りた。風ノ芽駅――神仏高等学校のある裳木崎の最寄りだ。
その夜は駅の近くにあるビジネスホテルに泊まった。
携帯電話に親からの着信が何度も来たが、全て無視をした。
翌日の朝、バスに乗って裳木崎へ向かった。
バスに揺られること一時間半、裳木崎に着いた。
橋部町の風景は平ったい。山が少なく、大地に起伏がないから、遠くまで見える。
裳木崎は違う。東の方に山脈がある。高くて、深緑の影をしていて、立派だ。その前段にも小山が連なっている。その中に鳥出山もある。竹昌が消えた山だ。
裳木崎は人口二千人ほど。
建物のほとんどが平らな一軒家だ。一つ一つが広い敷地を持っている。車は三台入り、庭園を造って楽しむことも出来そうだ。
道路は一車線に二台が並んで走れそうなほど広い。
陸矢は歩き始めた。
心なしか、山のある方から冷え込んだ風が吹いている気がする。
途中でレンタサイクルを見つけたので借りた。
無心で自転車を漕ぎ続けて、道に迷い同じ場所を二周、三周したりもしながら、“裳木崎トレッキングコースの鳥出山行き”と書かれた看板までたどり着いた。その先は砂利道なので、自転車を捨てて歩くことにした。
歩き始めてすぐに、足の裏が痛くなった。砂利は角が立っていて、薄い靴底だと刺さるような感触がする。靴が破れないかを気にしながら歩き続けて、しばらくすると気にならなくなった。慣れたのだ。そして、道はいつの間にか登山道になっていた。
森が深くなってゆく。
足元の木の根が太い。
二本の巨木がある。しめ縄が張られている。その背後にはそれぞれ巨大な岩もあって、そこにも注連縄が張られている。
看板がある。
【ここより先、鳥出山禁域 ※一般登山客の皆様は表口からどうぞ】
橋部町は縦に長い町だ。
北の方には山があり、それを超えると隣町。南の方には広い草原を分け合っている隣町。
東側は開発地区で、西側には高速のインターチェンジがある。
北の方、富田連峰と呼ばれる山脈地帯の前座に低山が三つある。そのうちの一つ、大岩山へと、陸矢は向かった。錆びついた自転車を漕いで、家から三十分も走らせれば着いた。
大岩山は散歩コースが整備されていて、五合目と山頂には展望台と屋台がある気楽な山だ。
自転車は駐車場に置いて、平坦で人気な『らくらくトレッキングコース』の舗装された道を登った。
途中、舗装された道から外れた。足場の悪い、雑草の生い茂る山の斜面を登る。
しばらくすると斜面に張り出した巨大岩に木の根が張り巡らされていて、木の根を足場にして岩の裏側まで行く。
するとそこにあるのだ。
「あー、久々!」
小さな滝を前に、陸矢は大きく伸びをした。
五メートルほどの小さな滝だ。ここ数日、全く雨が降っていないのもあって水量は少ない。ちょろちょろと、水が池に滴り落ちる。水に水が溶ける音。とても貴重な一音のように聞こえてくる。お寺とかにある水琴窟のよう。
小池は澄んでいて、水底に落ちた枯葉までよく見える。
「師匠! 俺だよ! 久しぶりに聞いて欲しいことがあるんだ! 師匠!」
大声で叫ぶ。
「師匠! 俺だ!」
沈黙。
風が脇を吹き抜ける。
ほんのわずか、無音の時間。
「陸矢か!」
低いしわがれた声。おじいさんの声のようにも聞こえるが、若々しく張りのある発声だ。
「久しぶりだなぁ、陸矢」
声の主を探し、陸矢はきょろきょろする。
「どこだよ? 見えねぇんだけど」
「ここだよ、ここ」
「どこ?」
「ここじゃ」
「だからどこって?」
ぴょん、と、陸矢の眼前にカエルが飛び出してきた。濃い茶色のでこぼこした皮膚と、睨みつけるような横に細い目を持つヒキガエルだ。
「ここじゃよ、ここ」
「師匠!」
陸矢はカエルを両手でつかむと、自身の頬に擦り付ける。
「会いたかったよ! 師匠! 相変わらず可愛くないカエルだな! 綺麗な緑のアマカエルになってくれてもいいんだぜ」
師匠は苦しそうにゲロゲロと鳴く。
「これこれ。潰すでない。丁寧に扱え、丁寧に」
「カエルが喋ってるなんて相変わらずきもいな! そう、このきもい感じ! ほんとに久しぶりだ、師匠!」
陸矢は師匠と約束をした。助けが必要な時にしか会わない。それは言わば契約のようなものだ。
だから師匠と会うのは一年ぶりだ。
祖母の自宅に住み着いてしまっていた竜宮童子を常世(かくりよ)の竜宮城に戻してあげた、その時以来。
再開の喜びのあまり、陸矢はカエルの背中をなでなでする。
「師匠、一年も経つから俺だいぶ、師匠のこと忘れてる。正式名称を持ってたよな」
ゲロゲロと咳き込んだあと、師匠は「うむ」と頷く。
「我が名を多爾具久(たにぐく)、全てを知り尽くした者である。かつては大国主神(おおくにぬしのかみ)にも仕え」
「解雇されたんだっけ?」
「……ゲロゲロ。さらに案山子の久延毘古(くえびこ)のよき友人でもあり」
「喧嘩別れして以来会ってない人?」
「……ゲロゲロゲロ」
「色々と思い出してきた。大国主神だっけ? 解雇された理由、その人の不倫現場を見たからだったよな」
「ゲロゲロ」
「ついでに友人との喧嘩別れの原因も思い出したぞ。案山子(かかし)の運命はしょせん、小作人の気分次第だからカエルの方が自由だ、高等だと言ったんだったな。案山子になるくらいなら地獄へ落ちた方がまし、と。それで傷つけて」
「鳥につつかれるごとにボロボロになり、そのたびに小作人に新しく作り変えられるあやつの眷属たちを哀れに思ったのだ」
「全国の案山子たちってことね?」
「そうだ。我は全てを知る者。全国の畑を守る案山子たちが鳥や獣につつかれ噛まれボロボロになって行く姿を見ていたのだ。つい言ってしまった」
「好物は激辛ラーメン、報酬はヘッドマッサージ三時間、水道水だけで我慢できるのは最大一週間、ミネラルウォーターは軟水派、条件変わってないな?」
「変わらん」
陸矢は師匠を小岩の上に乗せた。目線が同じ高さになるようにしゃがみ込み、右手を差し出す。
「一緒に解決して欲しいことがあるんだ、師匠。受けてくれるなら、この手を」
師匠は数秒、その陸矢の右手を見つめ、それから「ゲロゲロ」と鳴き、左前脚をちょこんと、陸矢の右手の上に重ねた。
「夜食の激辛ラーメンは必須だからな」
二人の手の重ねたところがほんのわずか青白く輝き、その光は一瞬で消えた。
「うーむ」
師匠はパソコンに表示された地図を見ながら頭をひねる。
「白仙洞の五号か……」
竹昌の手紙に開いてあった送付元住所、裳木崎村の一丁目、白仙洞。
「師匠、何か知ってるのか?」
「いや、実際に行ってみないとわからないがおそらくこの裳木崎――ただの村ではないな」
「つまりは?」
「常世(かくりよ)へは通常、術師が扉を開けるか、さもなくば向こうからこちらへ何者かが扉を開けるかしないと繋がらないのだ。繋げる方法を知っている者はごくわずか、実践出来るのもごくわずかだ」
常世とは、この世界とは異なる体系に存在する世界。
この世界と常世は本来、体系的に交わらない。
「しかしこの裳木崎……穴が空いているのではないか?」
「穴?」
「高校があると言っていたな」
「ああ、うん、ここだよ」
陸矢はパソコン画面の“裳木崎 二丁目一番”の部分を指さす。
「この緑の部分が敷地で、この建物」
白い建造物が、一面緑の広い敷地の中にぽつんとある。
「この建物が、神仏専門高等学校。竹昌の進学した学校なんだ」
「この学校、きな臭いな」
「だろ。こんな辺鄙なところにあるし、寮では携帯電話も使用禁止らしい。まるで洗脳工場だな」
「立地がきな臭いのだ」
「立地?」
「かつて、とある降霊術師が、人形に死者の魂を降ろした。全部で三千体ほどだ。降ろされた魂たちはたちまち暴走を起こし、大規模な鎮魂術を行ったが鎮まらなかった。――結局、常世への扉を強制的に開け、送りこんだ」
「へえ?」
「それは本来、やってはならぬこと。常世からしたら、暴走した魂たちが突然に、三千も湧いて出てきたのだ。たまったものではないな。怒った常世の官吏が、降霊術師を呪い殺した、それがこの場所、裳木崎」
「それ、何年前の話?」
「百五十年ほどだ。この神仏専門高等学校とやら、創立はいつだ?」
「調べてみる」
ネットで検索してみると、すぐに出た。
「大正十年……ちょうど百年前くらい」
「む?」師匠は目を細める。「大正とはいつだ?」
陸矢はため息をつく。
「明治、大正、昭和、平成、令和、の明治の次の大正」
「百年前といえば天長ではないのか」
「いつの話してんだよ。もう一回聞くけど、裳木崎で降霊術師が呪い殺されたのはいつ?」
「延暦元年、桓武天皇が践祚なさっためでたい時に裏ではそのようなことが起こっていたのだ」
「いつの話だよ、もういいよ。俺は竹昌が……」
陸矢は言葉を詰まらせた。急に喉の奥が締め付けられて、身を屈める。
「む? どうしたのだ? 便意か?」
息が苦しい。
「厠はどこだ?」
――竹昌の生存に自信なんかないくせに。
声が頭の中でする。
「さては我に捧げる予定だった激辛ラーメンを腹にしまい込んだな。馬鹿め、激辛君超ド級マックスは凡人にはただの毒」
――死体でもいいのか? 見つけたのが死体でも?
「吐くなら池に吐くでないぞ。ここの水は神聖なのだ」
――おまえは何をしたいんだ?
「川もだめだ。ここは上流だからな」
――人でない存在を引っ張りだしてまで。
「地面に穴でも掘るか?」
――二カ月も傍観していたくせに。
陸矢は身を起こす。
「師匠」
小さなヒキガエルを見つめた。
「俺は竹昌がどんな姿になっててもいいんだ。ただ、言いたいだけなんだ」
次に遊ぶのいつにする?
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