第3話:麗し殿下は今、5度目の人生を生きている(らしい)
アスタリス王国の王都は、ユーモアリス大陸の中でも有名な観光地の一つになるほど豊かに栄え、最先端のものから歴史ある建造物まで、そのすべてが勢揃いとなっている。
レンガ調のきれいに補正された道路に、個性あふれる店が揃い、朝から夜まで活気のあるここは、誰もが一度は訪れたい場所に指定するほどであった。
また貴族たちは王都に自分の住まいや別荘を持つことが一つのステータスとなっていて、彼らの権力や財力を誇示するために、それは豪華な城がいくつも建造されている。
「……古めかしい、と言えば聞こえはいいかしら」
そんな中、リリアノの一族であるハーヴィッド家にも、一応は王都に別荘を所持している。
とはいえハーヴィッド家の根幹は商売である。
自身を着飾り、目立たせ、華やかな場所に繰り出す他の貴族とは違って、ハーヴィッド一族が何よりも大切にしているのは人脈だった。
彼らの先祖は各地を駆けずり、どこにでも飛んで回り、商談や取引を一つずつ丁寧に行ってきたからこそ、今の栄光があることをリリアノは父から懇々と言い聞かされていた。
そのためハーヴィッド家はどの貴族たちよりも各地に別荘を持ってはいるものの、それが豪華なものかと言われれば……そうとも限らない。
王都にある一族の別荘の門をくぐり、屋敷の扉を開けた瞬間、埃が舞い、カビのにおいが鼻をかすめ、蜘蛛の巣は芸術作品のように何重にも重なって張られているのを見て、リリアノはその場に立ち尽くした。
「(マーリンが使用人を手配しておく、と言ってくれたわよね?)」
荒れた庭に、錆びた柵。塗装の剥げた外装に灯りすら灯っていない別荘は幽霊屋敷と呼ばれても過言ではないほど廃れている。
「……あぁ、帰宅なさっていたのですか」
「あなたは?」
立ち尽くことしかできずにいたリリアノに声をかけたのは、メイド服に身を包んだ一人の女性だった。
「サリエルです」
屋敷の持ち主が帰ってきたというのに、ひどく無愛想なメイドのサリエル。
それでもリリアノはにこやかに笑って、馬車から降ろした手荷物を部屋の中へ入れるようお願いした。
「サリエル、あなたは普段からここのメイドなの?」
「いいえ。奥様に言われて数週間前に派遣されただけです」
「(数週間前……ね)」
それなら屋敷をきれいにする時間は十分にあったはずよね?とはあえて言わず、リリアノは今ではすっかり慣れた外面の表情を浮かべながら中へ入った。
もとは商談に赴いた際、寝床に困らぬようにという名目で創られた屋敷のため、決して豪華なわけでも広いわけでもない。
けれど一人で泊まるには贅沢すぎる屋敷であるし、立地のよい小高い丘の上に構えられているため、きれいにしてやれば相応に住みやすいところだというのに……とリリアノは心の中でため息を落とした。
「今日はもう休みたいから、湯浴みの用意だけお願いできるかしら」
「……はい」
明日から本格的に商団の打ち合わせや店舗の視察などの予定がビッシリと詰まっている。
今日はもう眠ってしまおうと、二階の寝室へ向かった。
そして案の定まったく手入れのされていない部屋を見て、本日二度目のため息をついたのは言うまでもない。
***
「朝食って……、これだけ?」
「なにか?」
「いえ、えっと……」
ざっくりと切り分けられたパン二切れに、数種類の葉もの野菜を混ぜただけのサラダ。それと半分に切られたオレンジと、曇ったガラスコップにお水が一杯。
サリエルはなにか自分に不満でもあるのだろうか。
そんな疑問を抱かずにはいられないほど粗末な給仕に、リリアノは朝から気分を落とした。
「今日は終日家を空けるから、その間に屋敷の掃除をお願いしますね」
「……」
「サリエル?」
「あぁ、そういえば奥様とミーシャ様からお手紙が届いております。そこに置いていますから、必ずお読みください」
「……えぇ。ありがとう」
「返事は必ず今日中にお書きください」
掃除の返事はされないまま、埃のかぶった机にポンと置かれた二通の手紙。
リリアノはパンをひと口だけ摘んですぐに、その手紙を開封した。
「……サリエル!すぐに書くものを用意してもらえる?」
手紙に書かれてあった内容は、どちらもエルティス殿下とダンスを共にしたことについての抗議文のようなものだった。
『お姉様、聞きましたわ!
エルティス殿下とダンスを共にしたそうじゃないですか!あたしがあれだけ好きだって言った人とダンスを踊るなんて、なにかの嫌がらせですか!?
きちんとした説明を求めます。すぐにお返事をください ミーシャ』
『リリアノ、お前にはガッカリしました。
エルティス殿下にミーシャのことを紹介するようには伝えましたが、よもや自身がダンスを共にするとは……。
わたくしとミーシャが納得できるよう事情の説明をしなさい。そして今一度、殿下とミーシャに繋がりが持てるよう努力なさい』
その手紙を読んだリリアノは、一瞬のうちに青ざめた。
昨夜のパーティーのことがどうして王都から遠く離れたハーヴィッド家の領地まで知られているのか。
いったい誰が告げ口のようなことをしたのか。
リリアノの頭の中にはそんな疑問がよぎりながらも、まずは急いで釈明をするべくインクペンを走らせた。
『親愛なるマーリン、ミーシャ。
昨夜のことは本当に申し訳なかったと思っております。殿下からの申し出があり、どうしても断るわけにはいかず一度だけダンスを共にさせていただきました。
きっと私がどの貴族よりもみずほらしかったのでしょう。パーティーの楽しみかたすら知らない私に、エルティス殿下がお情けをくれただけの、なんの意味もないものだと思われます。
そもそも私が王都へ来た本来の目的は、商団にまつわる業務のためです。決してお二人が思われているようなことはありませんので、どうかご心配なさいませんよう。
ミーシャ、私はあなたとエルティス殿下の仲を応援しているのよ?だから心配しないでね。
最後にマーリン、いつも父の看病をしてくださっているマーリンには本当に感謝しております。今後ともよろしくお願いいたします。 リリアノ』
手紙を書き終えると、リリアノは急いでそれを封筒に入れ、印璽で閉じたあとすぐにサリエルに手渡した。
「これをすぐに伝書送信機で送ってください」
遠方からでも一日足らずで手紙が届いたのは、義弟のレブロンが開発した伝書送信機のおかげだった。
魔術に長けているレブロンは、ワープの魔法紋様を応用して、その紋様を持っていればいつでも手紙や簡単な荷物などを届けられるような仕組みとなっている。
「マーリンたちからなにか届いたら、すぐに知らせてくださいね?」
「……ふっ。えぇ、かしこまりました」
リリアノが焦りながらそう言うと、サリエルは聞こえるように鼻で笑って一瞥した。
「……っ」
本来、リリアノが継母であるマーリンやミーシャに気を遣う必要などどこにもない。
なぜなら彼女たちが身につけている洋服もアクセサリーも、義弟たちが通っているアカデミーの代金も、すべてリリアノがハーヴィッド商団をうまく回せているからに他ならない。
それでもリリアノがここまで彼女たちに下手に出ているのは、病に伏せている父の面倒を見てくれているからだ。
父の唯一の栄養摂取剤となっている点滴を時間どおりに入れ替え、体を拭き、毎日神殿から司祭を呼んでご祈祷をしてもらっているのが、マーリンだからだった。
「(いつ父のことを見放されるのかと思うと、怖くなる……っ)」
リリアノはキュッと襟元を握りしめながら、父が一刻も早く良くなりますようにと祈ることしかできなかった。
今日から商団の大事な仕事が山積みだというのに、朝から遣る瀬ないない気持ちになりながらも、自分に鞭を打ってリリアノは最初の打ち合わせへと向かうのだった。
***
今日の取引先の相手は、中流階級の世帯に絶大な人気を誇っているブティックとの打ち合わせだった。
相手は平民出身の商人とはいえ、経営主はバーレン男爵という貴族である。
アスタリス王国の商売法では爵位のある者ない者に関係なく、あくまで対等な取引をすることが義務づけられている。
「(香水のサンプルと、売上見込みの資料と、それから手土産もあるわね)」
待ち合わせ場所となっているケーキ屋のテラス席。
時間よりも早く来たリリアノは、そこでバッグの中身を今一度確認していた。
「──こんにちは、リリアノ」
「ひゃっ!」
そのとき、突然聞き慣れた声に名前を呼ばれたリリアノは、思いきり驚いて体をビクつかせた。
「アッハハ!その驚くときの仕草も変わってはいないね」
「エ、エルティス殿下!?」
「シー。ここであまり大きな声で僕の名を呼ばないで。護衛たちを巻いてきたんだ」
なんの前触れもなくやってきたエルティスは、人差し指でリリアノのくちびるを塞ぐように触れたあと、軽やかに向いの席へ腰掛ける。
昨日の完璧な姿とは打って変わって、今日のエルティスは深くフードを被り、かなりラフな装いになっている。
「昨日ぶりだね、リリアノ。元気にしていた?」
「あ、あの殿下……っ。申し訳ありませんがこれからここで大事な打ち合わせが」
「大丈夫、僕に任せておいてよ」
優雅に店員を呼んで珈琲をオーダーするエルティスに、リリアノは困った様子を隠しきれない。
もうすぐ相手が来てしまうのに、と焦っていたそのとき。
「おやおや、こちらは先約ですかな?」
タイミング悪くやってきたのは、今日の取引相手のオリヴァーだった。
リリアノはすぐにでもエルティスが座っている席を案内したいところだが、何しろ相手は王位継承権一位の男。
『そこを退けてください』とは口が裂けてもいえない。
「うーん、さすがはリリアノ様。やはり美人に男は付き物ですな」
「そ、そんなことは……っ!」
「いやぁ、しかし時と場合をわきませませんと。不埒な女と取引したがる商人はなかなかおりませんぞ?」
「ち、違うんですオリヴァーさん!これは、えっと」
──このままだと今回の話が流れてしまう。
今、中流階級世帯で大人気の香水事業は、リリアノが絶対に成功させたい品物の一つだった。
どれだけ平民相手に舐められたことを言われようと、不埒な女だと思われようと、この話だけはなんとしても成功させなければならない。
リリアノはどうにかオリヴァーを引き止めようと席を立った。
そのときだった。
「今の言葉、聞き捨てならないですね」
「はい?」
「彼女に対する無礼極まりないな言葉、すぐに謝罪するべきでは?」
エルティスのドスの効いた声がこの席一帯に響いた。
「おやおや、君は随分な物言いをするんだなぁ」
「これ以上罪を重ねる前に、早くこの場から立ち去ったほうがいい」
「な、何をこの男は……!」
「……君のために、言ってるんだ」
スッとフードを脱いで、エルティスはオリヴァーを見上げた。
コバルトブルーのその瞳がオリヴァーを黙らせるまでに、もはや時間は必要ない。
「なっ!も、もしやあなた様は……っ!」
「シー。ほら、分かったら立ち去ってくれないか?」
「こ、これは大変に失礼いたしました!どうか、どうか無礼をお許しください!」
オリヴァーは深々と頭を下げて、この場を去ろうと向きを変えた。
「そ、それでは失礼します!」
「ま、待ってくださいオリヴァーさん!」
「──待て」
このまま帰ってもらうわけにはいかない!せめて香水のサンプルだけでも持って帰ってもらわなくちゃ!
しかしまさか目の前にいる男があの麗しの王太子だとは思ってもいなかったオリヴァーは、恐怖に駆られて一目散にこの場から離れたくてたまらない。
リリアノの言葉は聞こえなかったことにして、さっさと消えてしまとうとしたとき、エルティスの“待て”の一言にピタリと体の動きを止めた。
「彼女が今日持参した香水のサンプルと資料、それから君のために購入した手土産を持って帰ってくれますか?」
「も、もちろんでございますとも!」
「それと、この商品の販売はいつ検討し、いつごろ返事をもらえそうかな?」
「そ、それはもちろん!今すぐにでも店頭販売いたしましょう!ハーヴィッド商団の品物に間違いはございませんからね!アハハハハ!」
「よろしい。……ではもう行って」
エルティスのゴーサインが出ると、オリヴァーは飛び跳ねるようにこの場を去っていった。
これからリリアノが数時間かけて行う予定だった打ち合わせは、ものの数分で発売が決定するまで至ってしまった。
「さて、と。まずは話し合いがうまくいってなによりです」
「……」
「リリアノのお仕事も終わったようですし、僕と珈琲でもいかがですか?」
エルティスが注文した珈琲がやってきた。
リリアノはこの一連の流れに頭がついていかず、言葉すら発することができない。
「うん、ここの珈琲はなかなかに美味しいね。気に入りました」
「……」
「リリアノはなにか頼んでいるの?もしもまだなら、僕が選んであげよう」
そう言ってメニューを手に取った彼に、待ったをかけた。
「あ、あの、殿下……っ。どうして私が今日ここにいるということが分かったのですか?」
リリアノは不思議でならなかった。
自分の居場所を知られていることも、今回の打ち合わせの品物が香水だということも、オリヴァーに用意していた手土産がここにあるということも、すべて。
「昨日言ったでしょう?今の僕は、君よりも君のことを知っている、と」
「こ、答えになっておりません殿下」
「ダメだよ、リリアノ。僕のことが知りたいなら、僕を知る努力をしてくれないと」
「……え?」
今、リリアノに見せているエルティスの顔は、全国民から慕われ、貴族令嬢たちから頬を染められている『麗しの王太子殿下』のそれではなかった。
ただ、目の前の女の子に恋をしている純粋な男の顔をしている。
その表情に、ただただリリアノは困惑することしかできない。
「仕方ないね。なら一つだけ教えてあげる」
エルティスは出された珈琲を飲み干したあと、肘をつきながらリリアノの反応を観察しながら話しはじめた。
「──僕はね。この“エルティス・ミューロライ・アスタリス”の人生を五度生きているんだ」
「……はい?」
「僕はこれまでに四回死んで、死に戻りを果たして、今五度目に突入しているって言えば分かりやすいかな?」
分かりやすいわけがない。
リリアノは彼に『何を言っているのですか』と問いたくなる気持ちをグッと堪えた。
それでもエルティスは、その続きを強引に話しはじめる。
「僕の最初の人生でね、君は家族に殺されるんだ」
「私が、家族に……?」
「リリアノが今一人で担っているハーヴィッド商団は、君のお父上が亡くなるとすぐに、ダーレン男爵という人物の策略によって大損害を被ることになり、解散してしまうんだよ」
「そんなっ」
「そして金銭の確保が困難になって、あの女狐……じゃない、継母や義妹たちは君を奴隷のごとく働かせた。それでも飽き足らず、魔術師崩れのあの双子どもは必死に働くリリアノに……っ、奴隷以下の行為をさせて衰弱させた」
奥歯を噛み締めるように苦い表情を浮かべながら、エルティスはなにかつらい記憶を呼び起こしているように思えた。
「誰がどんな施しをしようとリリアノにはもう回復の兆しがないと言われてから、僕はだんだんと生きる気力を無くしていったんだ。もうこの国がどうなろうと、国民たちが何を言おうと、どうでもよくなった」
エルティスのきれいな瞳がかすんでいく。
“絶望”という言葉を体現するかのように、彼は両手で顔を覆って俯いた。
「だから君が今、必死にあの女の娘であるミーシャを紹介しようとしているようだけれど、すでに本性を知ってしまっている僕には無駄なことだよ。アレたちをもう一度殺してもいいというなら会ってあげられるけれどね?」
「な、なんと物騒なことをおっしゃるのですか……っ」
「結果、僕はハーヴィッド一族を皆殺しにした。全員だ、余すことなく……全員ね」
全員、を強く強調する意味をリリアノはすぐに汲み取った。
「もしかして、リーファスお兄様も?」
「そのとおり」
「なんてことを……っ!
──信じられない。
今を生きるリリアノが実際に経験したことではないとはいえ、血のつながりのある兄まで殺めてしまったとう話を聞いて、冷静ではいられない。
けれど、エルティスの話す内容がただの空想だと思えないのはどうしてだろうか。リリアノはそこにも疑問を抱いている。
「(まるで本当にリーファス兄様を殺されたかのような感情になってしまったわ)」
「僕がしたことをどこかで聞いたリリアノは、最後に“あなたを絶対に許さない”と言って……息を引き取ったんだ」
「わ、私は死んだのですか?」
「あぁ、そうだよ。そこで僕は一つ学んだよ。君のお父上と兄のリーファスだけは守ろう、とね」
「あの、それで殿下は……」
「君の後を追って命を絶った。リリアノのいない世界なんて興味のかけらもないから」
「えぇ!?王太子殿下が!?」
「……の、はずだったのだけどね。目を覚すと、不思議なことに僕はリリアノのデビュタント当日の朝に戻ってきていたんだ」
これが僕の二度目の人生のはじまり、と付け加えて、エルティスはその後も自分の死に戻りについて説明を施した。
つまりエルティスは、これまでに四度もなんらかの『死』を経験し、そのたびに昨日行われた名呼びの儀に舞い戻ってきているということ。
そしてエルティスは死に戻りを果たすたびに、違う形でリリアノに振り向いてもらおうと懸命に努力を重ねてきたのだという。
「ということは、殿下は昨日、また死に戻りを果たした……ということですか?」
「……あぁ、そうだよ」
「殿下の最後の人生は、いかがなものだったのですか?」
「そうだね、僕はみんなから“魔王”と呼ばれていたよ」
「……」
いったいなにをすれば、この国の太陽と呼ばれていた存在から一気に魔王にまで転落してしまうのか。
いったい四度目のエルティスの人生になにがあったというのか。
リリアノはそんな素朴な疑問をあえて口にはしなかったものの、エルティスにはそれさえお見通しなのか、その続きを話していく。
「二度、三度と立て続けに君を失い続けた僕は、ちょっとおかしくなっていたのかもしれないね。どうやっても君を手に入れられないのなら、いっそ世界を滅ぼしてしまえばいいってね。君と、君の兄とお父上以外の人間をすべて消そうとした」
「そんな!」
「でもね、四度目の人生で君は勇者のごとく僕を殺してくれたんだ。それまで僕から逃げるばかりだった君が、僕のことを追いかけてきてくれたんだ」
「……っ」
「それが本当に嬉しかった。だから僕は思った。今度こそ真っ当に君を愛して、そして君に愛されてみたい……と」
遠くの方を見つめながらそう言ったエルティスの声色には、嘘をついているようには思えない重みがあった。
リリアノはエルティスの五度にも渡る死に戻りの話について、信じられるわけがないと思う一方で、昨日のシャンデリアの件から不審に思っていたことの全てが繋がったような納得感を得たのもまた事実。
「あの、殿下は今五度目の人生だとおっしゃっていますが、これまでずっと、その、私と関わってこられた……ということですか?」
「うん、そうだよ。だから今の時点では、君より君のことを知っていると言ったんだ」
「私と関わって、その、一度でも私は殿下と結ばれたのでしょうか……っ」
そんなことを聞きづらそうに目を泳がせながらそう質問を投げるリリアノを見て、エルティスはまた彼女に絆されていく。
今すぐにでもリリアノを王宮で連れ帰ってしまいたいという衝動を抑えた。
それはすでに二度目の人生で経験して失敗したじゃないか、と自分に言い聞かせながら、彼女のかわいい質問に答えた。
「一度も僕と結ばれたことはないよ」
「そう、ですか」
「直前でいつも君は死ぬか殺されるかの二択だった。四度目の人生でも、君は僕を刺して命が尽きた」
「死ぬか、殺されるかの二択……」
リリアノは死ぬ。
自分には死ぬか殺されるかしかないのだと聞いて、途端に恐ろしくなった。
「僕はもう、君の死を見たくはない。だから君は、素直に僕だけに守られていてはくれないだろうか?」
エルティスの切実な願いに、リリアノは頷くことも否定することもできない。
過去に何があったとしても、今世でしか生きてきたことのないリリアノにとって、エルティスはこの国の次期国王であり、誰もが羨む麗しの王太子という存在でしかないのだ。
「どれだけ懇願してみても、君は例外なく僕から逃げるのだろうね」
「……」
「でも僕には君を捕まえられる勝算があるということを忘れないで?四度に渡って君と過ごしてきた僕には、君自身でさえ知らないことを山ほど知っているのだから」
そう言って、エルティスはリリアノの手にそっと触れる。
そして昨日と同じように彼女と指を絡め、何度も何度も力を加えてリリアノの存在を感じ取っていくのだった。
「で、殿下……っ」
「いつかこの手を、君から握り返してくれる日が楽しみでたまらないよ」
目の前にまた彼女がいる。
こうして再び再会できたのだという喜びと、次こそリリアノを自分のものにするのだという欲望が、エルティスの中で際限なく入り混じっていく。
「僕のこの話、まだ信じられない?」
「い、いえ、そういうわけでなくて……」
「そういえばこの話は神殿にも例が載っていたはずだから、今度一緒に見に行かない?」
「神殿、ですか?」
「あぁ、奥の間にある秘蔵書の中にあるよ」
神殿の奥の間に入ることが許されているのは、王家と大祭司のみだ。
「わ、私はそこにはいけません殿下」
「僕がいれば大丈夫。二人で神殿デートをしよう」
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