Episode.9...Last snow falls down in myself.
一点集中は、頭の何かが引っかかって、妨害を許さざるをえない状況下にあった。僕の身体という名のお城は、いとも簡単に目の前の何者かに侵入されてしまい、そして支配されることを余儀なくされた。
高校三年生にもなって入試を考える時期だったけれど、そんなものはまるで頭に入らないことは予想済みだ。だから、AO入試で受かっておいて、この演技を組み立てたわけだけど、大学でどんな人に出会えるだろうか―――。
と大人ぶった一言を紹介出来るほど甘くはなかった。
それは勉強でもサークル活動でもなく、隣に居た彼女が亜紀そっくりだった。顔のパーツまで瓜二つだった。
こんな人今まで見たことがない、と言おうかどうか悩んでいると。
「宜しく、蔵人。久しぶりね」
そう言って、抱きついた。周りの連中もびっくりした。しかしそれを追いぬくくらいびっくりしている自分に気が付いた。
これは、どういうことなのだろう?
話を聞くと、大学を留年した、亜紀の姉だったのだ。拍子抜けしたと同時にそう言えば、いつか出会ったっけ……?
「僕ら、出会いましたかね?」
「いや、全然」
「じゃあ、何で」
「亜紀から聞いてたから」
「そう……なんだ」
「だから、亜紀の代わりにあたしと付き合って」
「でも、亜紀にしか見えないけど、亜紀じゃない。姉がいたって本当なんですか?」
「あら、聞いてないの。じゃあこれ」
そう見せるのは学生証。水木亜子とある。住所も亜紀の家だった。
そうなのか……。
緑の青い夏草が揺れている。その木陰でランチを食べた。亜子さんは料理を作るのが上手いみたいで、一人暮らししていたそうだ。
「亜紀とはどんな話していたの?」
「え、どんな話って。もうほんと恋人同士の会話みたいに」
「え、たったそれだけ?」
「たったそれだけって?」
「例えば、猫飼ったりとかしていない?」
「いや、全然。興味ないし」
「……はぁ?お酒とかは、大学生だからカクテルとかいけんでしょ?」
「いや、なったばかりだから19歳だし……」
「これだから、お子様さんは」そう言って、口からこぼれ出たパンくずを摘んで亜子さん自身の口にいれる。
「お子様さんって……僕これでも19ですよ?」
「そんなの言い訳にもならないじゃん☆」
そう言って、笑った。気さくに話す姿がなんというか男らしくって、粋だった。
「これからどうしますか?」
「亜子って呼んで、って言ってるでしょ。蔵人」そう言って、僕の頭を撫でておでこにキスをした。「それとも、まだ亜紀のこと気にしてる……?」
「気に……してます」
「素直ね。タメ口から入ろっか。タメ口に慣れて」
「えっとそうだね、亜子」
「やり直し」
「それだと昼終わるぞ、亜子」
「そのくらい男らしくいなくっちゃ。後一人称俺でいいから。何というかクドイ」
「クドイってそんな、そんなもの慣れてないぞ」
「なんかちょっと違うんだよなあ、イントネーションかな」
「へぇー」
「そうそう。クダけて。―――宜しい、お姉さんのレッスン終了」
「……いつまでも人をおもちゃにしてんじゃねえよ」
僕は何かが切れた。
もう言ってしまった時は遅くって。
亜子さんはうるせえといって、僕の肩を突き飛ばした。
お弁当がぐちゃぐちゃになっていく。
もう、僕の人生の歯車はあの時から終わっている。
でも、僕の中には亜紀がいるから。
「亜紀以外どうでもいいっすよ。亜子さん」
「―――そうね。貴方に似合っている女の子は多分そうね。アルバム見せてあげよっか。スマホにとってあるんだけど、ほら」
そう言って出された無数の写真。
白い部屋とバックにあるのは病院。
白衣を着た医師と写真を撮る亜子さん。ダブルピースしている。
散々そんな説明をしたあげく結局見せた亜紀の写真。
油絵でペンを握って、凛とした表情でキャンバスに赤い絵の具を付けている所。
目の前には桜があって。
映し出された彼女のキャンバスには、真っ赤な林檎とそれを食べている亜紀と僕が居た。
―――そこで初めて知った。亜紀も僕のことを想っていたということを。
全ての最適解は彼女に向けられていただけだったことを知ると、長い道のりが愛おしく感じる。向かい風を感じていたのは自分だけだったことを思い知り、反省する。
熱を出した彼女の本音は合っていて。
真相をはぐらかしたいだけの本音をいつも隣で伝えていた彼女は青い泡で包まれ、人魚のように幻想の世界の住人だったのかな、なんて思えたくらい同意していたのも事実で、それが全て一本の糸のように繋がった。
真実はいつも一つ。
アニメで言っていたセリフが本来使うべきでない場面で思い出した。
すべてのフェイズは、もう彼女のためのステージでしかなかったのに。
悪魔は死神を連れてきたのだろうか。
結局僕はなせばなると思っていた頃からずっとその事実にだけは抗えはしなかったのだ。
それを知って僕は嗤った。
高笑いをして。
青空に向かって。
スマホのカメラで写真を撮って。
今日は悔しいくらい晴れていて。
それもまた僕を元気にさせる要因になってしまっていることが悔しくて。
元気なときにいっそ僕は告白をしたのに。
彼女が裏切る理由はどこにもありはしなかったのに。
「……生きる時間が無かったのよ。それを告げられて彼女と永遠にいられるわけじゃないってこと貴方は知らなかったでしょう?だから家族で話し合って決めたこと」
そんな事実ってあるだろうか。
プロミネンスが背中をじりじり照りつける中、僕は言った。
「学校のガラス、パチンコ当てて壊しません?」
「そんな提案お姉さんにしてどうするよ?―――賛成するだけしかないっしょ、君ぃ?」
そう言って、隠れてパチンコで狙ってガラスに当てた。あとは教授とおにごっこだ。
そんな日々を過ごした。
僕は、僕らしくいられただろうか。
亜紀よ、答えてくれないか?
答えないのであれば、僕は僕でいるために悩む日々を諦め、亜子と付き合うよ。
なあ、そうだろみんな?
亜紀との淡い日々が愛しい―――光と影のように僕らはいつも対極の位置に存在していたはずだ。なぜなら僕が意図的に仕組んだからだった。僕は彼女のことは確かにいとしいとは感じていた。しかし心のどこかで、それを遠ざけてしまっている自分に気が付いていた。
こんなはずじゃなかったという後悔と、寂寞の想いはどこかに消え、自分を知る。そうだった。僕が単純に彼女を操作して遠ざけていた原因は分かりやすい。彼女の病気ではない。彼女は、単純に、僕の好みではなかったわけでもない。
本当に、彼女で良かったのか、彼女の死後、僕は亜子と確かめ合う。
僕は多分気どり過ぎていて、彼女のことを表面的にしか見ていないことを知っていた。それがいらいらして辛く当ることはなかったけれど、しかし、彼女のことを遠くから見ていた自分がいた。
僕はやはり僕だった。本当の僕は洒落ているところを語り合うところではなく、多分、そんな部分も、そうじゃない部分も、すべて見ていてほしい、という願いを100%聞いてくれなくてもいい、ただ、僕の想いを彼女に伝えるにはあまりにも伝えておくことが多すぎて、その間に生きていなかっただけの関係だったのかもしれない。
僕と亜紀は光と影の関係のようになったのだ。僕が光で彼女が影のように消失してしまった。泡のように消え、その泡沫は愛おしい。
しかし、僕は振り切って、走り続けなくてはならない。亜紀の代わりに、亜子を選ぶことで、僕は多分、今一応の自我は保てるだろう。それだけの想いが僕を支えてくれるだけの力となって、僕は僕として生きていける。
「やあ、亜子さん」
「なんじゃい、急に」
「僕は色々悩んでいるんだけど」
「あたしと付き合うとことか?」
「というか、僕は君を選んでよかったというよりかは、僕は君でなくちゃいけない理由が、亜紀の代わりだったから、ってことなんだけど、それは多分君は怒るよね?」
「……」亜子は黙った。「よくないことだと思われているようなことって貴方ってすぐに察するけど、そういう癖が良くないよ」
「どういうこと?」
「わざと、亜紀に治らないと噂の藪医者を紹介したの、あたしなんだから、って言ったら怒る?」亜子は言った。
「まあ、嘘だろうね―――」僕はすぐにそう断じる。そして亜子の頭をなでた。亜子は嫌がることなく、猫のような鳴き声をする。うにゃーと言って、亜子はまた、一つ僕の彼女らしくなったような気がする。
これが僕らの新しい関係なのだろう。
今度は消えることのない関係であることを祈る。
もう亜紀のように泡沫のようにきれいな存在はもういないのだから。
その祈りが届くかどうかは分からないが、僕より先には死なないでほしいくらいの関係が暖かい。なんというか、僕にとってはあったかい息をするような鼓動を伝う体温を感じるような関係。
なあ、君たち、そんな関係でいよう?
これからも、僕と―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます