第三話
「うわ! ヤバいヤバい!」
雷が部屋全体に響き渡った次の瞬間、聡が大声をあげながら玄関のドアを音を立てて閉めた。手にはピザのLサイズ。3人家族なのに、いつもデカいのを買って来て、みんなに怒られるのだ。
「大きいのが落ちたな。夕夏、電気点くか?」
「お父さん、またピザ大きいの買ってきた! 食べきれないよ」
「だから電気」
バタバタと歩き回るものだから、母の里香も起きて来てしまった。
「もう、眠れないんだけど。お母さん今日も夜勤なのよ」
「あ、お母さんごめん。さっきすっごい雷が落ちてさ。お父さんが大きな声出すから」
「ああ、停電ではないな。良かったな、夕夏。停電だったら偉いこっちゃ。さあご飯ご飯!」
テーブルに座って食べ始めると、聡が嬉しそうにピザは頬張りながら過去に停電になった時の事を話し始めた。
「昔停電した時のこと覚えてるか? 夕夏が小学校のまだ小さい時だったかな。雷で半日停電して、冷蔵庫の中身がダメになったんだ。テレビも点かないし、暑いしで大変だった」
「そんな事もあったわね。冷凍食品とか生ものも全部駄目になっちゃった。夕夏のアイスも溶けちゃったから、夕夏ってはずっと不機嫌で」
「えー、そうだっけ」
その時の停電、実はよく覚えている。
休日で、その時は母も休みだったので、電気が点くまで非常用の懐中電灯とうちわ、お腹が空いたらカセットコンロでラーメンと卵焼きを作って食べたのだ。
「ちょっと楽しかったかも」
「夕夏はそうだったかもね。一緒にトランプとかして遊んだね」
母と顔を見合わせてクスクス笑う。ちょっとした冒険気分で、楽しかった。
今度は停電もしていないし、あの時よりひどくはない。でも落ちた雷はとても大きくて、一瞬明かりが消えたような気もしたのだが、今回は運が良かったのだろうか。
夕夏はタブレットを取りにいった。また他の友達とチャットをしようと、「ザグワイア」を立ち上げ、(雷凄かったね)と送る。
(音凄かった。みんな、怖くなかった?)
レスポンス無し。
(おーい)
「あれ?」
チャットの返信が無いので、夕夏は首を傾げる。キッチンを見ると、父も母も普段通りスマホを見たり、冷蔵庫から麦茶を出したりしている。もう一度タブレットを見るが、誰も返信してこない。
「ねぇ、お父さん。今停電してないよね。絵梨とチャットしたいんだけど、全然返信が無いよ」
「ほう。良いところに気付いたね。夕夏、周りの家見てごらん」
聡は勿体ぶりながら家の周りを見るように夕夏に促した。夕夏は訳が分からないので母を見るが、母は特に動じる様子もなく、やれやれ、というように頷いた。
夕夏の家はこの一帯の高台に建っており、街の方向が一望できる。リビングの窓から街のちょうど繁華街の辺りを眺めて、あれ、と夕夏は首を捻った。雲が垂れこめてきているので、少し薄暗くなっているのだが、街の辺りは看板の光が見えてこない。よく見ると、信号も消えているようだ。
「お父さん、停電してるよ!」
「だろう? さっきの雷、近くに落ちたらしい」
「何でうちは消えてないの? 冷蔵庫も点いてるし、スマホも充電しているし!」
「それはな」
ふふ、と嬉しそうに聡は冷蔵庫の側の棚の下を指さした。冷蔵庫の側、ちょうど台所の隅にはオープン棚が置いてあって、その横に食器棚が並んでいるが、そのオープン棚の下段に何か箱のようなものが2つ積まれていた。
「昔あった停電は、台風に絡んで長く続いたんだ。覚えてるか? その日の真夜中まで復旧しなくて、うちは冷蔵庫の中も全部駄目になってさ。おまけにテレビもネットも繋がらないから、全員暇で暇で。俺は俺で、雨風の中近所のスーパーを回って食料を探したりで、その時こんな事はごめんだと思った」
そこでだ、と箱のようなものを指さす。
「我が家のインフラを守るため、バッテリーを備えることにした。第一の目的は何か? まずは食料と飲料を確保するため、冷蔵庫への対応。あとは非常時の情報収集のため、スマホとかPCの電源確保だ。この二つが生きていれば、残りはカセットコンロや非常食で間に合う。ほら、この前試食しただろ?」
夕夏はぽかんとして聞いていた。里香の方を見ると、小さく笑って、コーヒー淹れよっか、と席を立つ。
「ネットも中継局がやられたら難しいけど、まあそれは運だろう。でもこのバッテリーは大容量で2つ繫げているから、ほら、ここを見てみ? コンセントがあるだろう? これをつかって扇風機だって使えるし、灯りだってとれる」
「……すごい、いつの間にこんなのがあったの?」
聡は、ああ情けないと言わんばかりに手を広げ、「それは!」と語ろうとしたが、母の里香に遮られた。
「去年かな? ほら、最近大きな災害が多いでしょ? だからせめて冷蔵庫だけでも守りたいねって話してたの。お母さんとしてはアイスボックスとかそんなのでいいかなって思ってたけど」
「いや! どのみち氷とか、充電式でも停電してからじゃ駄目なんだよ。このバッテリーは常時電源につないでいて、常に蓄電しているんだ。だからこそ非常時に役立つだろ?」
「2つ買うとは思わなかった」
「今は昼間だから気付かなかったと思うけど、夜だったら明かりに冷房、テレビだってあったらいいよな? お父さんの今後の展望としては、電気自動車を」
「はいはい。私はまだそこまでは要らないかな」
里香に止められて残念そうな聡を、夕夏は呆気にとられて眺めていた。うちのお父さん、めっちゃお金使うし、キャンプ好きな癖にアウトドアに向いてなさそう。
取り敢えず、宿題やんなきゃ。
時計を見ると、14時過ぎになっていた。その瞬間、ピコンとアプリのレスポンスが付いた音がし、居間の電気が一つ一つ点いていった。
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