チャプター3

 地下5層、最果ての氷河。

 ここは海岸にそびえ立つ崖のうえらしい。しじまの海とは異なり、海のうえに氷山が浮いている。これが『氷河』の所以なのだろう。

 左手には高い山があり、雪に覆われていた。

 ハティエルたちの足元にも深い雪が積もっている。歩くたびにザク、ザクと雪をしっかりと踏み込めるほど深い雪だ。

 周囲の視界は見渡す限りの雪原が広がっており、景色は良い。ところどころに生えている針葉樹からときおりサラサラと雪が落ちていくのが見える。

 マイナスの気温はハーモニック・サークルの影響で軽減できているとはいえ、少し肌寒かった。

 ここの気温は氷点下なので当然である。

 右手側には正八角形の建物が見えた。30分も歩けばたどり着けるだろう。これが、本に近いと記述されていたフロアボスの部屋だった。

 周囲をみわたしながらミュカは言った。


「きれいなところですね。私、雪をみたのは初めてなんです」


 ハティエルは頷いた。


「でも、この雪じゃまともに踏み込めないし、ちゃんと戦えるのかな?ミュカの本になにか書いてあった?」


 すると、エリシアが笑った。


「スパイクのついたブーツとか、アイゼンっていう靴につけるトゲがあるんですよー。氷のあるところだとちょっと動きにくいですけど、雪なら慣れれば戦えると思いますー」

「へー」

「私は雪国の生まれですからね。みなさんより慣れていますよー」

「じゃあ、それ、エリシアに頼んでいい?」


 エリシアは両手を握りしめて、任せろと笑顔を作った。

 そしてすぐに険しい表情を作ると、問題はそこではないと語り始めた。

 これだけの雪が積もっているということは、降ってくるということになる。吹雪が起きる可能性は高く、しじまの海とはまた違った意味で音が聞こえなくなり、視界も悪くなる。

 レストシンボルのそばで吹雪になるのであれば帰るという選択肢があるが、地下2層の砂漠のように野宿が必要な環境であれば過酷となる。

 更に、左手に見える山を登らないといけないとなるとこれも脅威となる。

 地下1層でもキーを取るために登山はさせられたが、冒険者にとってあれはピクニックのようなものだった。

 だが、こちらの山は話が全然違う。歩いて登れるとは限らないし、いくら戦闘能力に長けていたとしても登山技術があるとは限らない。クライミングが必要になると、絶望的だ。そうなるとミュカには確実に無理だった。

 エリシアが話を終えると、流石にハティエルも表情を曇らせた。

 今の段階でははっきりしたことは言えないが、地下5層の環境的な問題は思っていた以上に厳しい可能性がある。

 しかし、ここで悩んでいても仕方がないので、4人は一旦地上に戻った。


 -※-


 ギルドに戻って報告をすると、いつものように大騒ぎになった。

 ゴールドドラゴンとの戦闘を夢中で聞き、初めて見る木のエンブレムに盛り上がった。まだフロアにおりただけだが、最果ての氷河の景色を皆、興奮しながら耳にする。

 ギルドにいた人々の本日の酒場での話題は決まったようだ。

 ラシッドたちが流している地下3層の装備や、ハティエルたちが流している地下4層の装備があることや、ハーモニック・サークルの存在で砂漠の攻略が楽になっているということもあり、しじまの海までたどり着いてる冒険者の数は増えていた。

 それでも圧力の森までたどり着いた冒険者はおらず、この4人の進行度は早すぎた。エリシアとディグラットは元々、名のある冒険者としてとおっていたが、ハティエルとミュカは流星のように現れた冒険者だった。

 人々はゲイズ将軍たちがあっさりやられてしまったものを軽々と突破した……ように見えていることに驚かされた。

 そこにいた冒険者の人間の男は呟いた。彼はまだ地下2層の攻略中だ。


「なにが違うのかねぇ……。あんたら、こう見えて物凄く強いのかい?」


 エリシアはこう返した。


「ミュカちゃんは物凄く強いですー。クレリックだったっていうのが信じられないぐらいに、攻撃魔法のほうが得意なんですよー」

「へー、それでまだ16歳ってのが凄いよなぁ……」

「ハティエルちゃんだって、タンクとして、ものすごーく立派ですー。前にいる安心感が凄いんですー。作戦を練ったりするのも得意なんですよー」


 ハティエルは頭をかいた。

 ただ、別に特別なことをやっているつもりはない。だが、エリシアの話を聞いているとどうもそうではないらしい。どうやら無能は一定数いるらしく、彼女は他の冒険者がどうやって行動をしているか少し気になった。

 この日は疲労も溜まっているため、ゴールドドラゴン討伐の打ち上げは明日の夜にしようということで解散した。


 -※-


 次の日、ベッドから目を覚ましたハティエルがカーテンをあけると、陽はすっかりとあがっていた。

 ソファーの前にあるテーブルのうえに置いてあった懐中時計を見ると、もう12時だった。ゴールドドラゴンとの戦闘は激しかったため、体は相当疲れていたようだ。

 シャワーを浴びて着替えたハティエルは部屋を出た。隣のミュカの部屋に向かうと、扉を2度ノックした。

 反応はない。

 しばらく待ったハティエルは、今度は力強くノックした。

 すると、気の抜けたミュカの声が聞こえてきて、すぐに扉が開いた。

 ミュカはスリーパーを着てボサボサの髪で目をこすりながら、


「ハティちゃん?こんなに早くから、どうしたの?」


 と言った。


「もう12時だけど」

「えっ?ウソっ?」


 ハティエルは持っていた懐中時計を見せると、ミュカは両手で受け止めて目を見開いた。


「私もさっき起きたばっかりなんだけどね。昨日の戦闘は思ってたより、疲れていたみたい」

「あはは……」

「どこかで昼ごはんを食べて、ボルトラのところに行こうよ。ロビーで待ってるから」

「そうですね。すぐ準備します」


 ミュカとわかれたハティエルは一度部屋に戻り、懐中時計をバッグに入れて壁に立てかけてあったグングニルを手に取った。

 両手で持って構えてみるが、使ったことのない武器なので構えが不自然だった。軽く突いてみると、素人の自分でも低層でやりあえそうな気になってくるが、隙だらけで攻撃は当たらないだろうし、敵の攻撃をどうやってよけていいのかがわからなかった。

 自分たちが拾って不要な武器はギルドに流しているが、ただ強いからといって、慣れない武器を手にして死んでいく冒険者もいるんだろうなと思った。そういう意味では、グングニルを使うことを拒否したエリシアは正しいし、いきなり重戦士に転向して斧を振り回したデュナンタは相当有能だといえた。


「いや……。待てよ……」


 ミュカの持っている本に、デュナンタに斧の経験がなかったとは書いていなかった。道中、パーティーの重戦士から借りて使っていたかもしれないし、本には『両手で剣を持って突撃した』というような表現もあったことから、重戦士の真似事をしていたのかもしれない。

 楽園では見習い天使はおろか、自分たち天使も学ぶ武器は剣と盾だ。剣と盾のみである。そして、魔法。なぜこの武器なのかも、いつ使うのかも疑問すら覚えずに学ぶ。

 そんな理由により、大天使の試験に関係なく、楽園の天使が地上にきたとすると、自然と聖戦士になる。今まで何人の天使が試験を受けたかわからないが、きっとそうだろう。デュナンタのように途中で武器を変えることは珍しいはずだ。

 本当か?


 そこで、ハティエルは3つの疑問を覚えた。

 1つは、大天使の試験というのは過去に何人の天使が受けたのか。

 自分と前の天使、ロザリンド。これが100年前で自分は見習いだったので知っている。彼女は地上人を見下して失敗した。

 その前が200年前のデュナンタだが、彼女がどうなったのかは知らなかった。これを聞くためだけに死んで楽園に戻るというのは嫌だし、なによりもそれを聞くためだけに女神アリムに会いに行くというのは難しい。せっかく地下5層まできて、あと少しなのに、アリムの気分を害して消滅されたくはない。

 この件はそれ以上考えても仕方がないのでやめた。


 もう1つは試験を受けた天使は剣と盾のまま進んだのか……ということだ。今は順調に進めているが、剣と盾で進むことはハズレであり、他の武器も使えないとダメなのかもしれない。

 ダンジョンは複雑な要素が絡んでいる。パズルのピースをはめるように、ある準備をしないと先に進めないようになっている。武器を拾って強化しないと進めないというものもあるが、主に環境的な要因が大きい。

 今まで武器が環境的要因になっていることは無かったが、魔法はなっていた。ハーモニック・サークルである。

 ハティエルはしばらくグングニルの先端を眺めながら、どうするべきかと考えた。だが、これも今更変更できるものでもないので、このまま行くことにした。


 最後に、デュナンタの目的だ。

 彼女がなにをしているのか、さっぱりわからなかった。

 2度も助けられていることから、敵ではなさそうだということは推測できる。そのうちの片方は地下4層だった。ということは、デュナンタは少なくとも地下4層まではたどりつけている。


「あー……トラッカーを見ておけばよかった……」


 ハティエルはぼそっと呟くと、部屋を出てロビーに向かった。次にあった時にはなにがなんでも話を聞いてやろうと決めた。

 ジオリーに鍵を渡し、ロビーの椅子に座って待っていると、ミュカが階段をおりてきた。

 2人は適当に昼食をとると、ボルトラの元へと向かった。

 彼が孤児院を作るという話は聞いているが、その後どうなったのかはわからない。

 ただ、ギルドにはたまに顔を出しているようで、今の住まいがどこなのかは聞いていた。ダンジョンを挟んで反対側とのことだ。広場を抜けて行けばいい。

 歩きながら、ハティエルは言った。


「そういえば、ミュカ。ヴァーミリオンズが反対側にも店を出すんだってさ。知ってる?」

「そうなんですね。私はヴァーミリオンズに行ったことがないですし、知りませんでした。あれ、朝ご飯には重すぎるんです」

「じゃあ、ボルトラに槍を渡したら寄ってみようよ。そっちの店もよろしくって言われてるんだ」

「いいですね。行ってみましょう」


 広場を抜けて20分程歩くと、2階建ての大きな屋敷が見えてきた。

 レンガで囲まれた白い石造りの建物は庭も広いようで、木が生えているのが見える。

 2人は壁伝いにしばらく歩かされた。

 ハティエルもミュカも、それを見て目を丸くした。大人数で住むことになるため家が広くないといけないということはわかるが、地下4層までたどり着いたら、ここまでのものが買えるのかと。

 重厚な門をあけてなかに入り、玄関まで歩く。扉を強めにノックすると、ジュナの声が聞こえてきた。


「あれ?ハティとミュカじゃない」


 笑顔のジュナは元気そうだった。なかに入れてもらい、長い廊下を歩いて応接間に向かった。

 そこは、8畳ほどでガラスのテーブルを挟んで向かい合わせの2人がけのソファーがあるだけの殺風景な部屋だった。ジュナが言うには、まだ引っ越してきたばかりで家具や調度品はなにもないらしい。

 一度部屋を出たジュナは、ボルトラを連れて戻ってきた。

 彼がまっさきに驚いたのは、ハティエルたちのゲートトラッカーにある木のエンブレムだった。2人がここにきた目的などより、そっちの話が聞きたいぐらいだった。

 ジュナはトレイに乗せてあったアイスレモンティーを配ると、話が始まった。

 まず、ハティエルはボルトラにグングニルを渡した。

 手に取った瞬間、ボルトラの目つきが変わった。


「これは……凄いな……」

「あ、やっぱわかる?それ地下4層のフロアボスが落としたんだ。私達は誰も使えないし、ボルトラにあげようと思って持ってきたんだ。ダンジョンに稼ぎに行くときに使えるし、いらないなら売っちゃってもいいよ」

「ありがとう、これは使わせてもらいたい。で、フロアボスってのはどんな相手だったんだ?いや、その前のエリアボスから聞かせてくれよ。ラセツとヤシャだっけ?」


 ハティエルとミュカは今日はオフの日で時間もあったため、じっくりと語ってやった。ボルトラもジュナも現役の冒険者であるため、話は興味深く、十分に堪能できた。

 といっても、彼らは先のフロアに進もうとはならなかった。今は孤児院の設立のほうが先だったからだ。


「それにしても、この家はかなり大きいですよね。どれぐらいの人が住めるんですか?」

「俺たちを含めて25人ぐらいじゃないか?」

「それは凄いですね。こんな家、買えるものなんですね。立地もかなり良さそうですけど」


 ジュナは笑った。


「ボクたちもミュカみたいに城にいったんだよ。ミュカがやったように、門番にゲートトラッカーを見せたら簡単に入れてもらえた」

「王様に俺たちのプランを説明したらのってくれたんだよ。この家はグラムミラクトの国のものなんだけど、格安で貸してくれることになったんだ」

「へー、よかったじゃん」

「といっても、いきなり全部の部屋を使うわけじゃない。俺たちにもノウハウがあるわけじゃないから、人数は少しずつ増やしていくつもりだ」

「ボクたちだけじゃ厳しいから、ノウハウのあるスタッフも雇わないといけないしね。やることはいっぱいあるんだ」


 ボルトラは頷いた。


「でも、国が支援してくれるのは助かる。場所だけじゃなくて、キャリアのあるスタッフも何人かきてくれることになってるんだ。ゲートトラッカーにエンブレムがあってよかったよ」

「そうだね。ボクはまだ13歳だけど、これのおかげで大人になめられずに済むんだ。城の兵士と戦ったって、ボクのほうが強いだろうし」

「順調にいけば、こんな施設をいくつも作りたいと思ってる」


 ハティエルは頷いた。


「冒険者の支援も続けているの?」

「ペースは落ちたけど、やってるよ。ボクたちのおかげっていうと驕りもあると思うけど、最近、地下3層にこられる冒険者も増えたんだ。装備を流したこともあるけど、ハーモニック・サークルは革命だったと思う」


 それを聞いたミュカは苦笑した。


「それ私、使えないんですけどね」


 それを聞いたジュナはこう言った。


「ハーモニック・サークルはクレリックやウィザード問わず使えるけど、魔法使いが全員できるわけじゃないっていうのがね。いくら強力な魔法を使えたって、できないものはできないから」


 自分は使えるけどねと言わんばかりにソファーに寄りかかる。

 ミュカは少しムッとしたが、楽しそうなボルトラやジュナに安心した。

 お互いの情報交換で、気がつけば数時間が経っていた。

 起きたのが昼だったこともあり、空は赤い。

 グングニルを譲ったことで何度もお礼を言われながら孤児院を出ると、ハティエルは住民に声をかけながらヴァーミリオンズの新しい店舗の場所を聞いてまわった。


 孤児院から15分ほど歩いたところに屋台があった。いつも知っているデザインの店だった。

 2人は早速列に並び、ホットドッグをオーダーした。

 ノームの若い男の店員も、常連客のハティエルのことはすぐにわかった。

 ハティエルは後ろの列に迷惑をかけないよう、楽しそうに会話をしながらホットドッグを堪能した。もっとも、客も木のエンブレムの入ったゲートトラッカーを持つハティエルとミュカの話は知っており、凄いなという視線を送っていた。

 ミュカはホットドッグが気に入ったようで、おかわりをした。

 2人がジオリーズ・インに戻った時、陽はすっかり落ちていた。街灯のあかりがつき始めている。

 鍵を受け取って3階にあがると、ミュカは話があるといい、ハティエルに部屋に入った。

 テーブルの対面に座ると、ミュカは言った。


「ここから先の情報はなにもありませんが、ハティちゃんだけ知っていることってないでしょうか?」


 ハティエルは両手を返した。


「残念だけど、ないよ」

「では、まずは北東のレストシンボルに向かう形になりますね。ここまでは本に記録がありました」

「うん。最初はいつものように、転送位置の周辺で装備を集めることになると思うから、すぐにはいけないだろうけどね」

「私、この最初の装備集め、好きですよ。強くなっていく実感がわくじゃないですか」

「まぁ、わかるよ。今度はちゃんと、2種類の盾を用意してボスに挑みたいね。魔法用のものがあったら、ゴールドドラゴンはもうちょっと楽だったと思うしさ」

「それよりもアンジェリックウェポンがもう1回欲しいですね。あれは本当に良かったです……」


 そう言いながら、ミュカはニヤニヤし始めた。鳳凰の杖を持ってエリアボスを一撃で倒した快感が忘れられないらしい。

 しばらくくだらない雑談をすると、ミュカは出ていこうとした。

 ハティエルはそれを止めた。


「まだなにかあるんでしょうか?」

「そろそろ時間じゃない?」

「なんのですか?」

「ゴールドドラゴン討伐の打ち上げ。集合までちょっとした時間だからここにいたんだと思ったけど」

「あっ!」


 ミュカはすっかり忘れていたらしい。


「さっきホットドッグ、2個も食べちゃいましたよ?」


 ハティエルは笑うと、ミュカと一緒に外へと出た。

 酒場に向かうと、エリシアとディグラットはすでに飲んでいた。あいている席に座ると、飲み物をオーダーした。

 ボルトラとジュナの話や地下5層の話をしながら、明後日の集合時間を決める。それほどお腹の空いていなかったミュカは、食べないのは悪いと思い、苦しそうに料理を食べた。


 -※-


 2日後の朝、広場に集合するとエリシアがジャラジャラとした鎖を持っていた。これがアイゼンで、靴につけると雪のうえが歩きやすくなるらしい。

 ハティエルたちは珍しそうに受け取ると、早速地下5層、最果ての氷河へと向かった。

 それぞれが靴にアイゼンを取り付けると、滑り止めの効果を確認し、なるほどと思う。草原のように素早く動けないが、踏ん張ることはできる。

 ディグラットは言った。


「早速、戦闘をしてみるか」

「待って」


 ハティエルは彼をとめると、


「しじまの海みたいなことは無いよね?想定外のところから襲われるとか。もうメンバーは一人も失えないし、考えられることは考えようよ」


 と言った。


「殺気を消して音もなく襲ってくるとかか?」

「そう、そういうの」


 ディグラットはふっと笑った。


「それでも、進まなきゃ始まらないんだ」

「そうですよー」


 エリシアはハティエルの背中をバンと叩いた。筋肉質の彼女は力強く、ハティエルは一歩前につんのめった。

 3人が楽しそうに進んでしまったので、ハティエルも仕方がなくついていった。ただ、ここまできた有能なメンバーだし、ゴールドドラゴンで油断したことを反省しているだろうから、集中はしているだろうと思うことにした。


 ハティエルたちはなにもないまま20分ほど歩いた。

 道は広く、周囲はまばらに針葉樹の生えている雪原であり、左手側には山があり、右手側は崖になっていて氷山の浮いている海が見えていた。

 アイゼンの違和感にも慣れた頃、ゴゴゴゴと音が聞こえ始め、正面の雪原が盛り上がり始めた。

 体長3メートルほどの氷でできたゴーレム、『アイスゴーレム』だった。重厚感のある巨人のようだった。

 ディグラットとエリシアが武器を構えようとした瞬間、アイスゴーレムは素早く突撃をしてきた。

 2人は目を丸くした。見た目とは裏腹に、動きが想定外だった。


「えっ?」


 そこへ、盾だけ構えたハティエルが飛び出した。突撃を受け止めると、これも予想以上の重さに盾を両手で押さえた。

 杖を構えたミュカは、


「こういうのは炎ですかね?イフリート・キャノン!」


 と魔法を発動させた。赤い光線がアイスゴーレムを溶かすが、アイスゴーレムは体が少し溶けた程度で致命的なダメージは入らなかった。

 横から飛び出したエリシアがアイスゴーレムの腕を目掛けてラッシュを仕掛けた。ザクザクと氷が削られていくが、これも致命的なダメージになっていない。

 反対側からディグラットが斬りつけるが、これも少し亀裂を入れるだけで精一杯だった。ゴールドドラゴンの鱗よりも硬い。


「いきなりこの強さか!」


 アイスゴーレムは両腕を広げてグルグルと回転させた。

 エリシアたちは挙動をしっかりと見極め、避けた。最初の突進に驚いたが、動きにはなんとかついていけるようだ。

 2人は再び攻撃に移った。

 ハティエルは声をあげた。


「2人とも、右足を狙って!ミュカも!」


 3人は頷くと、ハティエルの指示に従った。

 まず、イフリート・キャノンを右足にぶつけて氷を少し溶かす。そこに2人が攻撃を繰り返して氷を削った。

 アイスゴーレムは当然暴れるが、それはハティエルが押さえた。

 しばらく攻撃を繰り返すと、ハティエルはアイスゴーレムの攻撃が弱くなってくるのを感じた。右足のダメージで踏ん張れなくなっているからだ。

 そして、ディグラットの一撃で足が切断されると、アイスゴーレムはバランスを崩した。背後からエリシアが背中に蹴りをいれると、アイスゴーレムは前のめりに倒れた。

 立ち上がれず、なにもできないアイスゴーレムに4人で集中攻撃をすると、ジュッという音とともに蒸発した。


「今の作戦、良かったですねー」


 雪原には氷でできた盾が落ちていた。『アイスシールド』である。

 ハティエルは拾うと、少し重いが扱えなくはないなと思った。見た目通り氷の魔法やブレスに強いのだろうと推測できる。

 予想通り、ここの敵は氷属性の敵が多く、この盾は役に立った。


 -※-


 転送位置の周辺で戦闘を繰り返す日々が続いた、

 ディグラットの剣、『ガラドボルグ』を手に入れたら戦闘が楽になった。

 彼は今まで大きな剣を持っていたが、その倍ほども太さがあり、重かった。最初は振り回すのにも苦労していたが、ついでに腕力も鍛えられると強がりながら使った。

 ハティエルが手に入れたのは『ティソーナ』という炎の剣で、刃が燃えていた。その効果もあり、アイスゴーレム程度の硬さなら彼女でもなんとか戦える威力を持っていた。

 エリシアは『ドラゴンファング』というものを手に入れた。先端にドラゴンの爪がついているもので、硬い鱗を簡単に貫けるというものだ。

 文字通りドラゴンに強く、ここから先にドラゴンが出てくるのかはわからないが、その時には非常に役に立つ。

 そして、アンジェリックウェポンを願っていたミュカだったが、デュナンタたちが1つしか出なかったというそれは、まったく出てこなかった。

 『天命の杖』と呼ばれる先端が光り輝く球体のついている杖を手に入れたときはきたかと胸を躍らせたが、残念ながら普通の杖だった。だが、球体の部分で殴れば地下3層のグリードトータスの甲羅を割れる威力を持っていたし、攻撃魔法全般が強化される優秀な武器であり、ミュカはその効果を楽しんだ。


 こうして、4人は地下5層に慣れてきたのでそろそろレストシンボルに向かおうという話をし始めた。

 一見、順調のようだが、問題は吹雪だった。

 エリシアが予想した通り、地下5層は吹雪の日もあった。視界が悪く、ゴウゴウと鳴る音で声を出しての連携も取りづらく、まともに冒険できないということがわかった。

 当然、ハーモニック・サークルでもどうにもならなかった。晴れていても氷点下のここは、吹雪がくると寒さは厳しく、風圧も軽減してくれなかった。

 吹雪が来ると地上に引き上げていた4人だったが、冒険の途中で天候が変わるとまずいなと感じていた。現状ではキーやレストシンボルが近かったとしても、引きあげるしか無いようだ。

 ただ、ずっとここにいても仕方がないので、ハティエルの提案で明日、晴れていればレストシンボルに向かうことに決めた。

 ここまでは過去の冒険者の記録があり、そこから先なにが待っているのかは一切不明だった。

 ハティエルは口には出さなかったが、そこから先が地下5層の本番であり、地下3層をマッピングした時と違い、4人でそれをしなければならないというのは骨の折れそうな作業だなと感じていた。

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