チャプター2

 朝、目を覚ましたハティエルは、さっとシャワーを浴びて髪をとかした。

 ダンジョンにいった夜は激しい運動をしているために熟睡でき、目覚めはばっちりだった。

 服を着ると朝食を食べるべく、ヴァーミリオンズに向かった。朝の早い冒険者のために、朝食を食べられる店はたくさんあった。地上にきて色々食べたハティエルだったが、やはり『グラムエース・ケバブ』と『ヴァーミリオンズ』の2つは外せなかった。

 ディグラットが何を食べているかは知らないが、エリシアやボルトラはもっとがっつり食べろという。そんなんだから小さいのだと。

 ハティエルはこの体型は食事をしない楽園にいる時からそうだったのだから、今更食事を変えてもしょうがないだろうと思う。そもそも、自分が地上人と同じように成長するものなのかも知らない。

 ミュカは朝はカフェに行くことが多いらしい。やはり、エリシアやボルトラにもっと食べろと言われるが、夕食はみんなで行くことが多く、基本的に量が多いので朝はそれほど食べたくないらしい。


 ハティエルがヴァーミリオンズにつくと、5人が並んでいた。

 最近客が増えていると感じていたが、待ち時間は嫌いではなかった。並んでいる客も顔見知りの人が多くなっていたし、店員の太ったドワーフの男とも仲がいい。

 知り合いと片手をあげて挨拶を交わすと、ハティエルは列の後ろに並び、耳をすませる。ソーセージを焼く音を聞いているとワクワクする。何度食べても飽きない。

 前に並んでいる客が品物を受け取り、ケチャップとマスタードをかけて列から去っていく。

 ほどなくして、ハティエルの番がやってきた。店員の太ったドワーフの男は、


「いつものかい?」


 と言うと、


「うん、アイスレモンティーで」


 と、ハティエルはお金を差し出した。いつも、1個で良かった。

 待ちながら、ハティエルは思っていたことを聞いてみた。


「最近、混んでる気がするね」

「そりゃ、あんたのおかげだよ。有名な冒険者御用達の店ってなっちゃ、俺も鼻が高いよ」

「ここは美味しいもん」


 店員は笑顔で親指を立てた。


「そういえば、客が増えてきたから今度、新しい屋台を作るんだ。ダンジョンを挟んで反対側なんだけど、そっちも贔屓にしてほしいね」


 有能すぎると、ハティエルは嬉しくなった。


「そうなんだ!もちろん行くよ」


 ハティエルはアイスティーとホットドッグを受け取った。アイスレモンティーを台のうえに置き、ケチャップをかけはじめる。


「ワンダラーナには店を出さないの?」

「いやぁ……まだまだ国内が精一杯だな。海外に行くとしても……うーん、ゾークブルグのほうがよさそうだ」

「なるほど……」


 どうやら田舎のワンダラーナ王国ではビジネスにはならないらしい。

 ハティエルは横一列に並べてあった椅子に座り、ホットドッグをかじった。店としてもそこで食べてくれると宣伝になるらしく、嬉しいらしい。

 すると、ハティエルの隣に大柄な男がどかっと座った。タンクトップを着たラフな格好のディグラットだった。腕から見える筋肉が凄く、まさに重戦士といったところだ。


「おう。朝メシか?」

「うん。そこのホットドッグ。美味しいよ」

「ほう?なら、俺も食べてみるかな」

「ディグラットは朝ごはん食べてないの?」


 ディグラットは立ち上がると、朝は軽いんだと言い残し、列に並んだ。

 ヴァーミリオンズは活気があり、常時2、3人が並んでいる。客はその後ろに堂々と立つディグラットに畏怖を感じてしまう。

 ホットドッグにマスタードだけを塗ったディグラットが戻ってくると、ハティエルはケチャップはいらないのかと尋ねた。どうやらいらないらしい。

 一口かじり、ジューシーなソーセージの肉汁が口の中に溢れると、ディグラットは頷いた。


「美味しいでしょ?」

「ああ、気に入った。でもお前、毎日これ1個なのか?」

「そうだよ。エリシアにはもっと食べろって言われるけど、2個はキツいんだよね」

「あいつは朝から食べそうだな」


 ハティエルはふっと笑うと、


「食べても消化するから問題ないんですー。って言ってる」


 と言った。すると、ディグラットは真顔になり、


「大丈夫なようには見えないんだけどな。あいつ、脂肪はそれほど無いだろうが、きっと見た目以上に体重、重いぞ」


 と返した。はっと何かに気がついたハティエルは、


「そっ、そんなことないよ?エリシアはスリムじゃん。美人だし」


 と慌てるように言った。


「美人かどうかは戦闘能力にはなにも関係ないだろう?格闘家だから筋肉が重要なのはわかるが、あいつの課題がスピードで、支援のできるジュナを欲しがるのはそういうことなんだよ。単純に重いんだ。ミュカじゃ支援できないし、少しダイエットさせたほうがいいんじゃないか?」


 すると、いつの間にか隣にいたエリシアが、


「重くてごめんなさいねー」


 と言った。

 ハッとしたディグラットはエリシアのほうを向くと、顔から汗を流して慌てた。そんな彼を初めて見たハティエルはおかしかった。

 エリシアは両手を返して笑った。


「まぁ、重いのはわかっているし、課題なんですけどねー、今朝も食事、たくさん食べちゃいましたし。ところでハティエルちゃん、この店がいつも言っているヴァーミリオンズですかー?」

「うん」

「美味しそうですねー。私も並んできますー」

「えっ?今、わかってるって……」


 何がですかと言わんばかりにエリシアはとぼけた。そこへディグラットがお金を渡し、


「俺の分も頼む。マスタードだけでいい」


 と言った。


「わかりましたー。ハティエルちゃんも食べますよね?」

「うっ……」


 ハティエルはお腹をさすった。食べたいが、食べると苦しくなる。

 だが、2人が食べるという流れに逆らえず、誘惑が勝ってしまった。無言でエリシアにお金を渡すと、ケチャップとマスタードの比率を2対1だと伝えた。

 列に並んでいる客は、椅子に座っているハティエルとディグラット、列に並んだエリシアを見てなにごとかを思ってしまう。

 ワクワクしながらエリシアが戻ってくると、ホットドッグを2人に渡し、自分も椅子に座った。3人でかじり、笑顔を作る。店にとっては最高の宣伝効果だった。

 ホットドッグを満足そうに食べながら、エリシアは言った。


「そろそろエリアボスのことを考えないといけないですー」


 それを聞いたディグラットは口のなかのホットドッグを飲み込むと、


「ミュカが持ってる……アンジェリックウェポンか?あれがもう1つ手に入ると安心なんだがな」


 と返した。


「あれはミュカちゃんが調べた話だと、前の冒険者も1個しか手に入らなかったみたいですー。だから、アンジェリックウェポンに期待するのはやめましょう。1年かけて攻略するというのなら、話は変わってくるんですけどねー」

「現実的ではないな」

「前の冒険者みたいにハティエルちゃんと他3人でわかれるとしても、私達3人なら問題ないっていうのは慢心ですかねー?ディグラットさんはグレーターデーモンを一人で倒していますし」

「俺の戦略でいくというのなら、開幕から全員で総攻撃ということになる」


 そう言いながら、ディグラットは思考を巡らせた。


「意外とありかもしれないな。ミュカは全魔力を使い果たしてもいい」

「ミュカちゃん、そういうの喜びそうですねー。となると、魔力を回復する薬を多めに持っていきたいですねー」


 ディグラットは頷いた。


「まずは第一案として、それだな。ハティが片方を引き受けている間にミュカがアンジェリックウェポンで全魔力を叩き込む。それを俺とお前で叩く。残ったやつを全員で叩く」

「強引ですけど、良さそうですねー」

「あとでミュカと合流したら、詰めてみよう」

「ところでハティエルちゃん、先程から黙っていますけど、なにか意見はありませんかー?」


 ハティエルは無言でエリシアの顔を見た。とても苦しそうだ。


「2個はやっぱ、きつい……」


 -※-


 一度解散したハティエルたちは、荷物を持ってダンジョン前の広場で改めて集合した。ヴァーミリオンズでの話をざっとミュカに話すと、彼女もその作戦には乗り気だった。

 お腹を右手でさすりながら、ハティエルも同意した。というよりも、その方法しか無いので同意するしか無かった。大天使の試験をクリアするためにはこのまま地下4層でウロウロしているわけにもいかなかった。

 その前にまずは、レストシンボルにいかなければならない。ヤシャとラセツとの戦闘前にいくつか押さえなければならず、あと数日は考える余裕がある。

 だが、それ以外の作戦が思いつかないまま、明日はいよいよエリアボスとの戦闘というところまできてしまった。

 その日の夜はエリシアも酒場に行こうとは言わなかった。オープンテラスのレストランで、4人で適当に腹を満たした。


 -※-


 次の日、ハティエルたちはフロアボスの前にたどり着いた。最初は苦労していた圧力の森も、今ではただ不気味なだけの場所だった。

 真面目な顔つきでミュカは言った。


「死ぬつもりはもちろんありませんが、やれるだけやりましょう」


 ディグラットは頷いた。


「流石にそこまで無茶なやつは出てこないと思うが、どうだろうな」


 ハティエルも頷いた。


「そもそも、ビビりすぎっていうのもあるかもしれない。今までのエリアボスと違って複数出てくるっていうだけの話だし、前のパーティーで死人が出たらしいけど、私達よりも弱かっただけなのかもしれない。2体いるぶん単体ではそんなに強くなくて、案外、あっさり倒せちゃうかもしれないよ?」

「そう思いたいですね。作戦のおさらいですが、どちらがヤシャなのかはわかりませんが、向かって左側のほうをハティちゃんが押さえて、右側に向けて私が全力で魔法をぶつければいいんですよね?」

「全力でお願いしますねー。多少の魔力は薬で戻ってきますー」


 ミュカは震えながら頷いた。だが、怯えているわけではない。


「お前、ちょっとワクワクしてないか?」

「ディグラットさん。ちょっとどころか、かなりワクワクしています!」

「完全に病気だな」


 ミュカは笑った。


「そう思います!」


 4人は顔を見わせると、台座に手をかざした。

 中に入ると黄色い魔法陣とともに、2体の鬼が姿を現した。どちらも体長2メートルほどの巨大なもので、腰に布を巻き付けている。それらは首をポキポキと動かしながら、巨大な曲刀を肩でトントンと叩いていた。

 向かって左側がラセツ、右側がヤシャである。2体の鬼はギョロリとした視線を送っている。

 重戦士タイプと記録にあるが、その巨体から繰り出される一撃は重く素早く、ハティエル以外は即死するレベルと推測された。

 ハティエル以外の3人は、背中から嫌な汗が流れてくるのがわかった。つい先程、ハティエルがあっさり倒せちゃうかもしれないということに期待してしまった部分が多少はあったが、間違いだったと瞬時に気が付かされた。

 ミュカが鳳凰の杖を構えると、杖から膨大な情報が流れてくる。それを使って全力で魔法を叩き込むという行動は脳から体へと伝達し、体が熱くなってきた。

 ディグラットとエリシアも武器を構えて様子を伺っていた。

 正八角形の部屋は緊張感に包まれた。

 その静寂を破ったのは、ハティエルの大声だった。


「じゃあ、いくよ!」


 作戦通りに、ハティエルが左のラセツに向かって飛び出した。

 それと同時に、ヤシャに向けて両手で鳳凰の杖をかかげたミュカが杖から流れてきた詠唱を『選択』した。


「ボルカニック・エクスプロージョン!」


 ヤシャの周囲に熱源が現れると同時に、部屋を覆うほどの巨大な爆発が起きた。爆発はヤシャだけではなく、ラセツも巻き込むどころか、向かっているハティエルも巻き込んだ。

 瞬時に反応したハティエルは、盾をミュカのほうに向けた。しかし、威力が凄まじすぎて盾ごと体を持っていかれ、壁に激突した。

 ディグラットとエリシアも激しく熱い風圧に巻き込まれ、壁に激突して地面に倒れた。

 ミュカだけは杖が出したオーラに守られて無事だったが、耳だけはおかしくなり、周囲の音が消えた。

 呆然と立ち尽くしたミュカは、疲労でがっくりと両膝を落とした。

 正面を見ると、ラセツとヤシャの姿はなく、自分でヒールを唱えながら立ち上がろうとするハティエルが見えた。

 横を向くと体からブスブスと湯気の出ているディグラットとエリシアが見えるが、動いていない。

 ハッとしたミュカは急いで薬で魔力を回復すると、2人にヒールを唱えた。ディグラットたちは生きてはいるようで、立ち上がることはできた。

 エリシアは小さな声で言った。


「なっ、なんだったんですかー?」

「まさか一撃とは……」


 そこへ、ハティエルがラセツの曲刀を引きずりながら歩いてきた。


「死ぬかと思ったよ。やりすぎだよ、ミュカ!」

「ごめんなさい。でも、全力でやったらあれが発動したんです」


 ハティエルは無言で曲刀をディグラットに渡すと、


「アンジェリックウェポンってのはそこまでのものなんだね」


 と笑顔になった。

 ミュカは改めて鳳凰の杖の先端を眺めた。

 すると、赤い鳥が羽ばたくようなモチーフが破壊され、ただの棒になってしまった。この棒からはなんのイメージも流れてこないし、威力もなかった。


「壊れちゃいました。アンジェリックウェポンって、壊れるんですね」

「こんなに威力があるのなら、使いどころ間違えちゃったかな」

「まぁ、いいじゃないですかー。結果オーライですー」


 ディグラットは頷くと、ラセツの曲刀を振ってみた。悪くない。

 そして、ヤシャのほうも拾うと、どちらも同じものだった。片方は売っていいとして、地下4層のエリアボスの刀がいくらになるのか想像もつかなかった。

 4人はキーを手に入れると、部屋をあとにした。

 ハティエルは言った。


「ねぇミュカ。これ、ギルドに報告するんだよね?」

「そうですけど、それがどうかしたんですか?」

「なんていうの?一撃で倒しちゃったから攻略方法はわかりません、アンジェリックウェポンを手に入れましょう……ってなっちゃうけど」


 エリシアは面白かったようで、ハティエルの背中をバンバンと叩いた。

 ミュカは頭をかいた。


「うーん、そうなっちゃいますね」

「これはお説教ですよー。ねぇ、ディグラットさん?」


 ディグラットはふっと笑った。


「そうだな」


 ハティエルとミュカは、酒場に行こうと言っているのだと察した。

 流石に明日、フロアボスのゴールドドラゴンというわけにはいかず、何日か休みを取らないと体が持たなかった。ミュカのせいで。


 -※-


 そしてゴールドドラゴンへ。

 本には『氷のブレスを吐く、金色の竜』ということと、『デュナンタが斧を持ってザクザクと鱗ごと体を切断した』という記述しか無く、攻略になりそうな話は何一つ無かった。

 ブレスということは魔法攻撃用の盾が欲しいのだが、ディバインシールドもショックシールドもどちらも物理攻撃用の盾だったため、ハティエルは持っていなかった。

 ただ、デュナンタは盾すら持っていなかっただろうと考えると、どちらでもいいかという気になってしまう。記録がなければ色々と備えたのだろうが、記録があるせいでどうしても、フロアボスをなめてしまう。

 それはディグラットとエリシアも同じで、特にラセツの曲刀を手に入れて強化されたディグラットは俺が倒してやるぐらいに思っている部分があった。

 みんな油断をするような性格ではなかったのだが、エリアボスのほうが強いと書かれていたことや、デュナンタが軽々と倒したような記述の影響は大きかった。


 4人は台座に手をかざすと、正八角形の部屋へと入っていった。

 黄色い魔法陣とともに現れたのは、金色の鱗を持つ巨大なドラゴンだった。高さ3メートルほどの口からは唸り声をあげており、全長も10メートルはあった。翼はあるが、この部屋の大きさでは自由に飛び回ることはできないだろう。

 ゴールドドラゴンはぎょろりとした目で目下のハティエルたちを見ていた。

 ディグラットとエリシアは素早く横に移動した。

 と同時に、ハティエルは大声をあげて光の魔法をゴールドドラゴンにぶつけた。ダメージが目的ではない。ターゲットを自分に向けるのが目的だった。ミュカはハティエルの後ろで支援魔法をかける。

 予想通り、首を持ち上げたゴールドドラゴンはハティエル目掛けて氷のブレスを吐いた。横からディグラットとエリシアが攻撃を仕掛けているが、ゴールドドラゴンはそれを無視していた。

 ハティエルの盾と後方のミュカのシールドでブレスを防ごうとするが、予想以上に威力が高く、耐えることが辛い。ハーモニック・サークルの影響で寒さは軽減されるが、氷のつぶてが彼女たちの体を刻んでいく。

 2人は回復魔法を使いながら、耐えた。

 正面で攻撃をしているディグラットとエリシアは焦るような表情を作っていた。叩いても叩いても変化がなかった。

 ゴールドドラゴンはフロアボスにふさわしい強さだった。

 ハティエルは盾を構えながら、大声をあげた。


「落ち着いて!」


 声に反応したのか、ゴールドドラゴンはブレスをやめ、ハティエルに体当たりをした。これは予想外の攻撃だったが、ハティエルは冷静に、問題なく受け止めた。

 ハティエルも隙を見て攻撃を仕掛けていった。

 ゴールドドラゴンの鋭い爪と頭突き、体当たりを防ぎながら隙を見つけて斬った。回復はミュカに任せる。


 だが、10分ほど攻防を続けてもゴールドドラゴンに致命的なダメージは入らなかった。傷はつけているが、ゴールドドラゴンの動きはずっと変わらないことから、焦りが出てきた。

 ハティエルは物理攻撃はまだ耐えられるが、氷のブレスはつらく、折れそうになる。ブレスも魔法のようなものなのか、延々とそれが続くわけではないのが幸いだった。

 エリシアは声をあげた。


「硬いですー!話が全然違いますー!」

「それを言うな!」

「エリシア!ディグラットと一緒に集中攻撃して!」

「わかりましたー!」


 ハティエルの提案で、エリシアは尻尾を飛び越えて移動をし、ディグラットと集中攻撃を仕掛けた。


「おいエリシア、翼を狙うぞ!」


 エリシアは頷くと飛び上がり、ゴールドドラゴンの翼にラッシュを仕掛けた。体よりも柔らかく、グリードナックルの威力は効果的で、ゴールドドラゴンは明らかに嫌がっていた。

 そこへ、両手でラセツの曲刀を構えたディグラットも飛び上がった。翼の根本から渾身の一撃を繰り出すと、翼を一気に切断した。

 ゴールドドラゴンドラゴンが血を吹き出しながら、叫び声をあげた。明らかに効いている。

 ハティエルの前に飛び出したエリシアは、


「ミュカちゃん!」


 と声をあげると、ゴールドドラゴンの顔目掛けて飛び上がった。

 と同時に、ミュカも詠唱を始めた。

 エリシアは両手でゴールドドラゴンの口を掴むと、全身に力を込めて無理やりこじあけた。

 唸り声をあげながら力強く抵抗するゴールドドラゴンを、エリシアも唸り声をあげて必死の形相で耐えている。腕がプルプルと震えてくる。

 ミュカの詠唱は長いようで、まだ終わらない。


「まっ、まだですかー?」


 ハティエルが回復魔法で苦しそうなエリシアを癒やすと、ミュカがゴールドドラゴンに飛び出した。

 そして、こじあけた口に勢いよく杖を突っ込んだ。


「イフリート・キャノン!」


 ミュカの杖の先から真っ赤な光線が飛び出し、ゴールドドラゴンの体を内部から焦がした。エリシアの両手が軽くなる。

 ぐらりと倒れるゴールドドラゴンのもう一つの翼をディグラットが切り落とした。ゴールドドラゴンはミュカからのダメージが大きいのか、唸り声ををあげるのに精一杯のようだった。

 更に、エリシアがひたい目掛けて力任せに殴りつけ、ミュカがもう一発イフリート・キャノンを発動させると、ゴールドドラゴンはようやく蒸発した。

 カランカランと槍が落ちた。神々しいオーラを放っている。

 エリシアは両手をブラブラさせながら息を吐いた。


「はー、強かったですー。あした、絶対に筋肉痛ですー」


 ディグラットが槍を拾いながら同意した。


「まったくだ。油断していたわけじゃないが……いや、してたかもしれない。デュナンタってのが、相当強かったと認めざるを得ない」

「ところでミュカはなんであの魔法を使えたの?あれって鳳凰の杖の効果じゃなかったっけ?」


 ミュカは微笑んだ。


「あれは咄嗟でしたけど、言われてみればそうですね。あの杖に教えられたんでしょうか」

「そういうこともあるんだね」

「たいしたもんだ」

「じゃあ、早速、地下5層に転送しようか」

「ハティちゃん、今日は見るだけにしましょうね。何日か休まないと……」

「もちろん」


 そう言いながら、ハティエルは台座に向かった。

 説明によるとこの槍は『グングニル』というらしい。フロアボスのドロップということは相当な性能を持っていると思われるが、自分たちには使えない。

 ハティエルはエリシアにどうするかと提案してみた。格闘家である彼女は時間をかければ使えるようになるかもしれないからだ。

 エリシアは腰に下げているグリードナックルをポンポンと叩き、


「私はこれでいいですー。直接殴るのが気持ちいいんですよー!」


 と言った。


「じゃあ、ボルトラにあげようか。みんな、お金はもう十分でしょ?」


 3人は頷いた。地下5層でもアイテムを拾って売れるし、十分である。

 こうして、グングニルは明日、ハティエルとミュカでボルトラに届けることにした。

 そして、ハーモニック・サークルを持つハティエルから台座に手をかざし、4人は地下5層へと転送をした。

 それぞれの腕には木のエンブレムが刻まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る