チャプター5

 ミュカは自室のソファーに座ると、ページを捲った。ソファーはジオリーズ・インのものとは異なり、やわらかく体を包む。

 本は200年前の記録だった。

 これを記載した人物の名前、種族は一切記録されていなかったが、男のウィザードらしい。

 一方、天使の名前は記載されていた。人間の女性の姿をしており、『デュナンタ』と言うようだ。

 特徴も書いてあり、人間でいうと20歳で、薄紫色の髪の聖戦士とのことだった。白い一枚布を好んで着ていたらしい。

 どこかで見たことあるなと思ったミュカは、すぐに2度助けてもらったあの女性だと思った。

 違いがあるとすれば、聖戦士というところだろう。あれはどう見ても重戦士である。同じ天使であるハティエルとの面識も無いようだ。


 続きを読むと、地下1層の攻略について書かれていた。ギルドにあるような攻略情報ではなく、デュナンタと一緒に旅をした記録だ。

 メンバーは聖戦士……つまりデュナンタと、本を書いているウィザード、クレリックと重戦士という、割と王道の構成だった。

 重戦士は斧を使うらしい。

 ページを捲ると、見開きで地図が描いてある。彼らはすべてのフロアを探索したわけでないようだが、今ミュカたち冒険者がギルドで見ているものとほぼ同じものだ。

 リザードキングやオーガフラワーというエリアボスは200年前から変わらないようだ。

 デュナンタたちの戦いは詳細に記載されていた。地下1層の攻略など、過ぎたミュカにはどうでもよい情報だったが、目は文章を追ってしまう。

 本によると、デュナンタは早とちりで気が早い性格のようだった。おまけに好奇心も旺盛である。

 聖戦士としてはタンクであり、メンバーを守りつつアタッカーが攻撃できる隙を作り出すのが役割だが、デュナンタは盾を構えずに両手で剣を持って突撃したりするほうが多いと書いてある。

 同じ聖戦士でもハティエルはあまりやらない行動だなと、ミュカはニヤニヤする。

 そして、デュナンタはサンドウィッチを好み、朝食はほぼそれだと書いてあった。チーズとハムのものを特に気に入っていたとある。ここは朝にケバブやホットドッグばかり食べているハティエルみたいだなと感じた。

 ミュカはどうしても、デュナンタとハティエルは同じ天使だと考え、比較してしまうことに気づいた。


「やはり、そうなんですかねぇ……」


 デュナンタたちも死者は出したらしい。ダンジョンの突破率は今よりも低かったようで、メンバーの補充に苦労したと記載されている。

 どうも、エリシアたちがやっているような深層の武器をギルドに流すというような文化は当時は無く、使わないアイテムは荷物になるので拾わないことが多かったようだ。そもそも、当時のグラムミラクト王国にはまだギルドという仕組みが無く、支援が無いまま冒険者は好き勝手にダンジョンに挑んでいたようだ。

 この本には記録はないが、突破率が上がったのはギルドという仕組みができたからだと考えられる。当時はギルドが無かったから、この本に書かれている情報はギルドに無いのだとも考えられる。


 地下2層を読み飛ばし、地下3層へ。

 しじまへの対応……つまり、殺気に関しては、ほぼ全員が備えていたようだ。

 これはミュカの歴史の知識から推測できた。当時は国同士の戦争もあり、荒れていた時代だったこともあり、全員備えていたのだろう。

 つまり、当時は地下3層での環境的脅威はほぼ無かったと言える。

 ミュカが驚いたのは、北のキーの入手方法だった。

 これは、地下3層で見つけられる、キーを入手するためのアイテムがあり、それを海に向かって放り投げれば水がひく仕組みだったようだ。自分たちはかなり強引な方法だったらしい。このアイテムは石であり、在り処は地図に記載されていた。あとでギルドに共有しようと思う。


 グレーターデーモンとの戦いも驚かされた。

 魔法の脅威はデュナンタたちも変わらず、苦戦したようだ。

 長期の戦いにイライラしたデュナンタが仲間の重戦士の斧を奪い取ると、グレーターデーモンに力いっぱいぶん投げ、首を切断したとあった。


 苦笑しながらページを捲ると、ミュカの手が止まった。

 地下4層、圧力の森。その地図があった。

 例によってフロアのすべてが記録されている訳では無いが、キーに向かうためのレストシンボルの位置も、キーが2つあることも、フロアボスの位置も書いてあった。

 ミュカは興奮しながら、しばらく地図を見ていた。

 ページを捲ると、『ハーモニック・サークル』という魔法で圧力の対応ができたとあった。読み飛ばしたページを戻してみると、砂漠もこの魔法で対応したらしく、ハーモニック・サークルの魔法は本を記載したウィザードが使えていたものらしい。

 ミュカたちが地下4層で助けてもらったものもただの魔法であり、ハーモニック・サークルなのだろうと考えた。あの女性がデュナンタだとすると、このウィザードから教わった可能性が高い。

 が、だとすると200年前のデュナンタがなぜ生きているのかと思う。姿はこの本にある通り、20歳のままだった。

 ミュカは天使は寿命が長く、老いないのだろうかと仮定することにし、先を進めた。

 南東にあるキーは、迷路のような森を抜けた先にあるようで、道を間違えると永遠に森を抜けられず、何度もレストシンボルにテレポートをして戻りながら攻略したと書いてあった。かなりの時間を費やしており、イライラするデュナンタをなだめるのが大変だったらしい。


 北西にあるキーは『ヤシャ』と『ラセツ』という2体のボスだ。どちらも曲刀を持った鬼のような姿で、重戦士タイプらしい。

 ラセツを自分がなんとかするからヤシャは他の3人でなんとかしろというデュナンタの作戦はかなり無茶だったようで、タンク無しで攻撃を受け止めた重戦士はここで力尽きてしまった。

 今の自分達と同じなのは、当時冒険の最先端はデュナンタたちだったため、替えのメンバーは見つからず、3人で攻略を進めることにしたようだ。

 この重戦士の斧はデュナンタが持っていくことに決めたようだ。なるほど、それで今のスタイルになったのかと、ミュカは思う。

 また、ヤシャとラセツは自分たちも相当苦労しそうだと感じた。


 フロアボスは『ゴールドドラゴン』で、氷のブレスを吐く、金色の竜とある。

 本によると、これよりもエリアボスのほうが苦戦したように書かれている。

 そこにはデュナンタが斧を持ってザクザクと鱗ごと体を切断したという表現があった。重戦士みたいなことをするんだなと思うと同時に、彼女のせっかちな性格からすれば、聖戦士よりもそっちのほうが合うなとも思う。


 一つ朗報なのは、地下4層から『アンジェリックウェポン』という非常に武器が落ちるらしい。この武器は通常の武器よりも強いのだが、もの凄くレアで基本的には手に入らないということだった。

 アンジェリックウェポンはデュナンタたちも長い冒険の間に1つだけしか手に入らなかったようだ。


 そして、地下5層、最果ての氷河。

 すぐ南にフロアボスの部屋があるということと、北東にレストシンボルがあるということ以外はわからなかった。

 記録もハーモニック・サークルで寒さに耐えたということと、敵が想定外の強さということしか残っていなかった。

 ミュカは、地図が途中ということは、ここで攻略が終わったのだろうかと考えた。

 彼がここで終わっただけなのか、デュナンタも終わったのか。

 デュナンタの大天使の試験はどうなったのか。

 2度助けてもらった女性がデュナンタだとすると、彼女の目的はなんなのか。

 これらは、一切わからなかった。自分たちが地下5層にたどり着くことができれば、合流して先に向かおうと提案されるのかもしれないし、別の目的があるのかもしれない。

 一つはっきりしているのは、自分たちにとって今後の攻略に必須なのが『ハーモニック・サークル』という魔法だということだ。

 ハーモニック・サークルは天使であるデュナンタが使えたわけではなく、地上の魔法使いが使えたものだった。だとすると、今いる冒険者のなかにも使えるものがいるかもしれない。


 そこで、ミュカは首を横にふった。それなら地下2層の攻略方法が変わってくるではないかと。情報があるなら地図に書いていてもいいぐらいだし、更に考えればギルドに報告した時、ハーモニック・サークルの存在を教えてもらってもいいはずだ。そういう魔法があるから森で試してみろと提案を受けてもいい。

 つまり、ギルドにはハーモニック・サークルの情報は無いといえる。魔法自体、恐らく知らない。もちろんギルドに確認はするつもりだ。

 そしてもう一つ、ハティエルのことだ。

 大天使の試験がどんな目的なのかは本からはわからなかったが、彼女が天使なのはほぼ間違いがないだろう。


 -※-


 ミュカは王に本を見せると、天使の話を隠し、内容をざっと語った。

 興味深くうんうんと頷きながら話を聞いた王は、


「これで先に進めそうかな?」


 と笑顔でいった。


「はい!ありがとうございます!本当に助かりました。それで、一つお願いがあるのですが……」

「本を持っていきたいと?」

「は、はい。難しいでしょうか?」

「我々には不要なものだし、自由にして構わないが……条件がある」


 ミュカは笑顔でいった。


「先の話を聞かせてほしいということでしょうか?」

「わかっているではないか。生きてワンダラーナに戻ること、そして、体験を聞かせて欲しい」


 ミュカは力強く頷くと、右腕のゲートトラッカーを王に向けた。


「任せてください。次に会う時は、このエンブレムを増やしてきます」


 そして、頭を下げると城をあとにした。

 馬車に飛び乗り、空港に急いだ。

 人もあまり歩いていない田舎道を馬車が駆け足で向かうと、直前の飛行船を手配して乗り込んだ。

 移動の間、ミュカは本をもう一度読んでみた。

 この本をギルドに見せるのは難しいだろう。デュナンタの情報……というよりも、天使の情報をどう扱っていいのか、自分には判断ができない。

 本を持ってきたことは隠し、地図だけをノートに清書することにした。ハーモニック・サークルの話は口頭でいいだろう。

 グラムミラクト王国にたどり着いた時には、夜になっていた。

 窓からは街灯が見え、空港の誘導灯が一列になっているのが見える。

 飛行船が着陸すると、ミュカは馬車に乗ってジオリーズ・インへと戻った。

 カウンターにいた受付の人間の女性に鍵を受け取ると、


「ハティちゃんって、まだ戻っていませんか?」


 と聞いてみた。すると、


「先程戻りましたよ?一緒では無かったんですね」


 と返ってきた。

 ミュカの心臓の鼓動が上がっていく。話をするのであれば、今がチャンスかもしれない。

 3階にあがったミュカは一号室の前で呼吸を整え、扉を2度ノックした。

 すぐにハティエルの声が聞こえ、扉が開いた。


「どうしたの?」

「しばらく留守にしていたみたいですけど……」

「うん、ちょっとね」

「少し話をしたいのですが、なかに入っていいですか?」

「え?うん、いいよ」


 ハティエルはミュカを部屋に入れると、ソファーの前のテーブルにあった、食べかけのホットドッグを持ち、小さいテーブルに向かった。対面にミュカが座る。

 どう切り出したものかと思うミュカだったが、直撃の質問を投げることにした。


「ハティちゃんって……その……天使なんですか?」


 ハティエルがホットドッグを口に入れようとする手を止めた。


「はぁ?いやっ……えっと、急に、なに?」


 明らかに戸惑っているのがわかった。


「実は、何日か前の夜、地下3層でハティちゃんが死ぬのを見たんです。死体がその場に残らなくて、消えちゃって驚いたんですが……そのあと色々あって、天使が死なないって知りまして……」

「あー……」


 ハティエルは頭をかいた。

 あれが見られていたとは思わなかった。


「もしかして、今日まで楽園っていうところにいたんですか?」


 ハティエルは真顔で頷いた。


「うん、そう。私は天使だよ。でも、別に隠していたわけじゃないんだよ。言っていいものか、いけないものかがわからなくて迷ってたってところなんだ。こんなこと、アリム様に聞けないし」

「そうなんですか?」

「そりゃそうだよ、そんなことも判断できないのかって、無能扱いされても困るもん」


 ミュカの思う女神アリムとは異なる印象だった。


「私としては言えたほうがいいんだよ。地下4層からはもうメンバーの補充がきかないから、もし強力な敵が出たときに、死なない私が盾になるから逃げてテレポートしてっていうことができるしさ。知らないと逃げるのに躊躇する人もいるかもしれないでしょ?でも、なんで私がダンジョンにいったのを知っているの?」

「ハティちゃんの部屋から大きな音があって、起きちゃったんですよ。窓から外を見たら、歩いていくハティちゃんが見えて何をしているのかなって」

「あー、あれか……」


 ハティエルはあの日、部屋で転んで大きな音を立てていたことを思い出した。


「今、地上にいるのは大天使の試験っていうやつですか?」

「えっ?なんでそんなことまで知っているの?」


 ミュカはそこで、バッグから本を取り出した。


「その試験がなにをするのかはわかりませんが……」


 地下4層の情報が何もないので、ワンダラーナ王国の文献になにかないかと探した結果、これを見つけたと。

 ハティエルが冒頭をさっと読むと、目を見開いた。


「あの人、デュナンタっていうらしいのですが、面識あったんですね」

「いや、それは知らない。本当に知らないんだ。私の先輩にロザリンドって人がいるんだけど、その人しか知らない。200年前なら私が生まれる前だからね」

「そういえば、そうですね。でも、女神アリム様は実在しているんですね」

「うん」

「女神像のままなんですか?」

「いやー、ちょっと違うかな。見た目は同じなんだけど、あんな笑顔じゃないというか……怖いわけじゃないんだけど。そもそも、簡単に面会できるものじゃないし……」


 アリムが笑っているのは2回ぐらいしか見たことがなかった。1回目は死んだ時、もう1回は攻略のヒントを教えろと言った時。まるで、自分が不幸になることを楽しんでいるようでもあった。


「ねぇ、ミュカ。私が人間じゃなくて天使だと、ダメかな?」

「なぜです?むしろ頼もしくていいじゃないですか」

「ありがとう。でも、このことはエリシアたちにはまだ言わないで欲しいんだ。時期を見て、私から言いたい」


 ミュカは頷いた。


「ハティちゃんは本当は私みたいに耳が長くて、翼が生えているんですか?」

「うん、そうだよ」

「この本も、ギルドにはそのまま渡さないほうが良いですよね?デュナンタのことはまずいでしょうし」

「そう思う。攻略には特に関係ないし、必要なところをピックアップして伝えようよ。地図とボスの情報だけあればいいでしょ」


 ミュカは改めて頷いた。元々その予定だったため、地図は飛行船のなかでノートに写していた。


「やるじゃん。準備がいいね」

「ハティちゃんこそ、楽園でハーモニック・サークルを覚えてきたんですよね?」


 ハティエルは頷いた。もちろん習得している。


「さっき砂漠と森に行ってきたけど、問題なかったよ」

「もうですか?準備がいいですね」


 ハティエルは微笑んだ。


「ミュカと一緒だよ」


 -※-


 次の日の早朝。エリシア、ボルトラと合流したミュカはギルドに向かった。

 すでにハティエルはついており、カウンターの前のテーブルでケバブサンドを食べていた。本来はダメなのだが、地下4層に向かえるハティエルにギルドは飲食禁止とは言えなかった。

 ボルトラは右手をあげた。


「おう、久しぶりだな!」

「うん。昨日は久しぶりにヴァーミリオンズで食べたから、やっとグラムエース……」

「そうじゃなくて!」


 ハティエルは頭をかいた。


「ああ、そっちか。久しぶり」

「まぁいいや。元気そうで良かった。ミュカがすごい情報を手に入れたって聞いたんだが、一体なんなんだ?」

「気になりますー」


 ミュカがカウンターに向かうと、ハティエルは大きく口をあけてケバブサンドを放り込み、包みをくしゃくしゃにしてポケットに入れてあとに続いた。

 中央にいるドワーフの老人に地下4層の情報が入ったため、主要メンバーを隣の講習室に集めてくれと言った。

 彼は驚きながら頷くと、講習をしているノームの老人と2人で向かった。

 黒板の前に立つミュカの前に、5人は座った。

 ミュカはワンダラーナ王国の城の図書館で、地下4層と5層の攻略がかかれた昔の文献を見つけたと伝えた。

 ハティエルを除いた全員が驚きの声をあげたのは言うまでもない。

 城に入れた理由はゲートトラッカーを見せたということと、王様を始めとした上層部がダンジョンの話を聞きたがっているから、みんなも入れるかもしれないと説明した。


 本題に入る前にノームの老人は右手をあげると、


「ミュカ様。なぜ、ギルドに情報が無いのでしょうか」


 と言った。


「この当時……ええと、200年前はまだギルドがなく、冒険者はそれぞれが勝手にダンジョンに挑んでいたようです」

「なるほど、そういうことでしたか。情報が集まる場所が無かったんですね」


 ノームの老人が頷くと、ミュカは地下4層の地図を黒板に大雑把に描いた。


「全フロアはマッピングしておりませんが、キーに向かうレストシンボルとキーの位置、フロアボスの位置はこうなっております」


 そして、ミュカは南東のキーをトントンと叩いた。


「こちらは森の迷路を正しい道順で進まないといけないようです」

「面倒だな」

「大丈夫です、ボルトラさん。このパーティーは苦労したようですが、私達は道順がわかっているので問題ありません」


 ミュカはデュナンタのことを隠す必要があるため、ある程度の説明は省いた。当然、地下4層で助けてもらった人物ということも、省いた。

 次に、北西にあるキーをトントンと叩いた。


「問題はこちらのエリアボスです。ラセツとヤシャという、曲刀を持った重戦士タイプの鬼を2体同時に戦わないとなりません。ボスなので当然強く、このパーティーはここで死者を出し、それから先は3人での攻略となりました」


 エリシアが言った。


「タンク1人に対してボス2体というのが厳しいわけですねー?」

「そうです。このパーティーはタンクがラセツを引き受け、残りの3人でヤシャという作戦だったようですが……」

「攻撃を防ぎきれなくて、一人、死んじゃったわけですねー」


 ハティエルが言った。


「そこは、あとで考えよう。まずは、地下4層の装備も集めながら、南東のキーを取りに行こうよ」


 エリアボスに関してはハティエルもどうすればいいか答えが出ていない。

 昨晩、ミュカに話を聞いてからずっと考えてはいた。


「そうですねー。まずは装備ですー」


 最後にゴールドドラゴンの説明をすると、ボルトラが右手をあげた。


「待てよミュカ。肝心なことを忘れていないか?」

「環境の話ですか?」


 ボルトラは頷いた。まずそこをクリアしなければ、歩くことすらできない。

 ミュカはハーモニック・サークルという魔法があると伝えた。砂漠の熱や寒さもこれで対応できるらしい。

 ギルドの2人はミュカの予想通り、知らなかった。

 ドワーフの老人は言った。


「砂漠でも効果があるということは、そのレベルの魔法使いでも使えるもので、難しい魔法ではないのか?」


 エリシアが続く。


「そもそもですけど、ミュカちゃん、それ、誰が使えるんですかー?ミュカちゃんが覚えてきてくれたんですかー?」


 ミュカが否定すると、ハティエルが声をあげた。


「私、使えるよ。覚えた。別に難しくもないから、あとでミュカやジュナにも教えるよ。そうやってどんどん伝えていけば、地下2層の突破率はあがるかもね。でも、たいして難しくもないし、クレリックとかヒーラーとか関係なく使えるみたいけど、習得できるかできないかはわからない。才能は関係なくて、相性の問題じゃないかな?」


 なんで使えるのかと追求されたくないため、途中で割り込まれないよう、ハティエルは少し早口で一気に語った。


「ボルトラはジュナに連絡取れるよね?ラシッドと一緒に、どこかで会いたいんだけど。ハーモニック・サークルを教えたい」

「ああ、任せろ」


 落ち着くと、ミュカは再び語り始めた。


「続いて、地下5層の話です」

「そこもわかっているんですかー?」

「残念ながら、途中までです。そこで攻略は終わっていました」


 エリシアは顎に右手を当てると、深刻な顔をした。


「冒険、終わっちゃったんですかねー」

「おそらく……」


 ノームの老人がこう言った。


「それでも、ミュカ様の話は大変ためになりました。しっかりと記録をしたいので、オフの日に改めて詳細に教えていただけないでしょうか?」

「もちろんです。地下3層も私達よりも効率のいい攻略方法がありましたし、これから私達が見るものも含めて、どんどん記録していきましょう!」


 ボルトラが続いた。


「それにしても、次から次へと問題が出てくるな。圧力に耐えたら次はエリアボスか」

「今までだってそうじゃん。地図があるぶん、地下3層より良くない?南東の森の迷路なんて、めんどくさそうだし」

「そうだけどさ……」


 ボルトラは少し怯えていた。

 ラセツとヤシャとの戦いで出た死者は、重戦士なのである。

 似たような作戦を取る場合、ハティエルが引き受けなかったほうを3人で倒すことになる。そして、エリシアよりも戦力の劣っている自分のほうが死ぬ可能性が高い。

 ボルトラは地下3層で離脱したジュナの気持ちがよくわかった。

 確かに、死ぬかもしれないというのは怖い。問題なのはジュナが離脱したときと異なり、もうメンバーの替えが効かないのである。自分がギブアップすることの影響は大きすぎ、正直な気持ちは伝えられなかった。

 ギルドの二人とエリシアを見ると、ミュカと楽しそうに話をしている。現存の冒険者でまだ攻略されていない地下4層に足を入れるのだから当然だ。

 入手するアイテムも破格の値段で売買されるだろう。

 エリシアが言った。


「早速、これから地下4層に行ってみませんか?楽しみですー」

「うん、いいね。敵の強さを掴んでおきたいし」

「はい、ぜひ!」

「でも、いきなりテレポートをしちゃダメだよ?まず、私がおりてハーモニック・サークルを展開するから、ちょっと待ってからこないと潰れちゃう」

「わかってますー」

「半径100メートルぐらいはいけるいけど、戦闘中以外は魔力を抑えるために狭くするから、私からあまり離れちゃダメだからね」


 ミュカが元気に同意すると、ボルトラも行かないわけにはいかなかった。

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