チャプター4
地下4層、圧力の森。
今までのフロアがウソのように薄暗く、空は紫がかった夕暮れのようであり、それさえも頭上に広がる森の木々に遮られていた。
肌寒く。薄気味悪い。
ドギャァァ!と、なにかの鳥の鳴く音が聞こえてくる。
そんな不気味な景色を見学する余裕もなく、ハティエルたちは体にもの凄い力を感じた。
何かが体が押しつぶしてくると、力の弱いミュカはすぐに片膝をつき、地面に横たわった。
ハティエルたちも立つことができず、かろうじてボルトラが両足で地面に立っているといったところだが、彼も時間の問題だろう。
歩けるかどうか以前に、その場で体を維持することすらできない。
4人はこれは攻撃ではなく、地下4層の環境的問題なのだと察した。
ボルトラが声をあげた。
「逃げるぞ!ハティ!」
ハティエルも当然、すぐにテレポートで逃げることを思いついた。思いついたが、ミュカがまったく動けず、見捨てて行くことになることに躊躇した。
メンバーはもう、一人も失うわけには行かなかった。そのせいで躊躇した。
その時、4人の中央に女性の姿がいることに気がついた。
大きな斧を斜めに下げている、白い一枚布を着ている女性だった。薄紫色の長い髪は忘れない。
彼女は短い詠唱をすると、周囲を光が包み、ハティエルたちは圧力から開放された。
ハティエルはよろよろと立ち上がり、女性の顔を見た。地下2層で野宿をしているときに助けてもらったあの女性だった。
ミュカも意識を取り戻し、立ち上がることができた。
ハティエルは言った。
「あ、ありがとう」
女性は無視をした。
「これは、何をしたの?魔法?」
それも女性は無視をした。
女性は4人を確認すると、ハティエルのもとに向かい、
「大丈夫。あなたならできるわ」
と呟いた。
「えっ?できる?なにができるの?ねぇ、名前とか、なにか教えてよ」
女性は再度無視すると、その場から消えた。
エリシアは言った。
「誰なんですかねー、今の人。ハティエルちゃんみたいな服装ですが」
「砂漠でもあの人に助けられましたよね」
「それはよくある服だろう。そんなことより、これは一体何が起きているんだ?」
「さぁ……なにも答えてくれなかったし……。ねぇ、ミュカ。あれは魔法なのかな?」
「すいません、わかりません。魔法なんですかね?」
ハティエルは両手を返すと、話題を変えた。
「で、どうする?私達にできることは2つ。一つは、この魔法かなにかの影響があるあいだに歩いてみる。もう一つはすぐに地上に戻る。この場合、もうここにこられない。だとしても、私は地上に戻ることを提案したいけど、どう?」
他の3人は頷いた。
ここにはいたくない。
-※-
広場に戻ったハティエルは、ゲートトラッカーに貝殻のエンブレムが刻まれている事に気がついた。これに気が付けないほど、地下4層の出来事は圧倒されるものだったようだ。
本来はすぐにギルドに報告に行くべきだったが、4人はあまりにも疲労が溜まっていたので、この日はここで解散し、明日に集合して向かうことと決めた。
部屋に戻ったハティエルは、ソファーに腰掛けた。。
地下4層のことを思い返してみると、あの女性は自分にはできると言っていた。自分が他と違うのは、レアな聖戦士であること。そして、『天使』であることだ。
こうなると、あとは女神アリムに尋ねるしかなかった。
問題なのは、こちらから楽園に向かうことはできないということだ。唯一できるとすると、死ぬことだ。前にキラーイーグルに殺された時の体を食べられていく感覚は、非常に嫌なものだった。
「うー……」
頭を抱えて悩んだが、それしか方法は無かった。
-※-
深夜になり、街が寝静まった頃、ハティエルはベッドから起きた。
剣や盾、バッグを持って外に出ていこうとするが、死ぬだけなので不要だと思い、置いていくことにした。
その時、暗闇で見えずにテーブルの角に腰をぶつけ、持っていた剣や盾を落としてしまい、大きな音がした。腰を抑えながら床から拾い、元の位置に戻すと、ゆっくりと部屋の扉をあけて外に出た。
カウンターにいたスタッフに、すぐ戻るかもしれないし、しばらく留守にするかもしれないとよくわからない説明をし、鍵を預けて外に出た。
一方、ハティエルの出した大きな音で、隣の部屋のミュカは目を覚ましてしまい、扉をあけて外に出ていく音を耳にした。
こんな時間になんだろうと思いながらも興味を持ってカーテンをあけると、歩いていくハティエルの姿を見つけた。
急いで着替えて外に出たミュカは、ハティエルの歩いていった方角に向けて走った。方向的にダンジョンに行くのだろうと推測するが、窓から見た限り、剣や盾を持っていなかったように思えた。
深夜にお腹が空いたのかなと苦笑しながら走ると、ハティエルの姿が確認できたので、隠れながら慎重に進んだ。悪いことをしているわけではないので声をかけてもいいのだが、好奇心が勝った。
予想通り、ハティエルはダンジョンに向かい、階段を降りていった。
しばらく待つかと思ったミュカだったが、初めてここにきたとき、ハティエルが風がどうこうでパーティーが分かれると言っていたことを思い出した。そんな実験もした気がする。
ミュカも階段をおりはじめた。問題は、彼女がどこにテレポートするのかということだ。
地下4層はないだろう。また、あの格好で夜の砂漠に耐えられるとは思えないので地下2層もないだろう。
星空でも見にいったのかと地下1層に絞り、レストシンボルに片っ端から移動してみることにした。テレポートをして周囲を見回し、いなければ次のレストシンボルに向かえばいい。
もし追いついたら、何をしていたのかと声をかけようと思い、ミュカはテレポートをした。
ハティエルは地下1層のどのレストシンボルにもいなかった。となると、素手で地下3層にむかったことになり、いくらなんでも無謀である。
そこで、レストシンボルの周辺は敵に襲われることはないから、景色を楽しむだけなら素手でも問題ないはずだと、考えを改めた。
だが、ミュカが見つけたのは地下3層の東のほうにあるレストシンボルから離れた場所で、魔物に襲われているハティエルの姿だった。
彼女は何も抵抗をしておらず、死ににいったとしか思えない行動だった。
ミュカは大声をあげた。
「ハティちゃん!」
声が届く前に、ハティエルは死んでいた。
ミュカが目を疑ったのは、そんなハティエルの姿が消えたことだった。
死体はその場に残らなかった。
「……ハティちゃん、消えちゃった……」
しばらく呆然と立っていたミュカは、一旦ジオリーズ・インに戻った。
鍵を受け取りながらミュカは受付の女性に聞いてみた。
「ハティちゃん……って、外に行きましたよね?」
「ええ、しばらく留守にするようなことを言っておりました。いえ、戻るかもとも言っていました。申し訳ないですが、よくわかりません」
「え?あ、ああ、そうですか。ありがとうございます」
ミュカは困惑しながら階段に向かい、部屋に戻って寝ることにした。
-※-
ハティエルは女神像のもとでアリムと面会した。
前回死んだ時は笑っていたアリムも、ハティエルの表情を見て真顔だった。流石に2度目は笑えない……といった表情だ。
そんなアリムを見て、言った。
「アリム様。アリム様はダンジョンについて、どれぐらいご存知ですか?」
いい終わろうとする時、しまったと思った。まずは、質問をしていいかと尋ねるべきだったが、焦りからつい、でしゃばってしまった。
アリムは怒ることもせず、こう返した。
「なにかあったんですか?」
そのひとことは、反応を楽しんでいるようにも思えた。
「実は、地下4層までたどり着いたのですが、そこは『圧力の森』という場所で体が潰されそうになるんです。まともに立つこともできません」
ハティエルはまずは、助けてくれた女性のことは隠すことにした。
「今まではギルドの情報でなんとかなりましたが、この場所はなにも情報がなく、アリム様の力を借りようと思いました」
アリムは長い息を吐いた。
「あなた、これが大天使の試験ということは理解しているんですか?」
「あっ!そ、そうでした。申し訳ありません!」
ハティエルは血の気が引いた。確かに、試験中にヒントをくださいというのは如何なものかと思う。
が、アリムは普段見せないような笑顔を作った。
「まぁ、地上でも手詰まりのようなので、いいでしょう。これが最後ですよ?」
「はい、ありがとうございます!」
「『ハーモニック・サークル』と呼ばれる魔法があります」
ハーモニック・サークルとは、自分の周囲の環境を調和し、適切なものに変えるものだという。効果の範囲は唱えたものの能力によるものだが、ハティエルなら半径100メートルはいけるだろうというものだ。
環境の調和とは、例えば砂漠の昼は暑くないし、夜も寒くなくなる。森の圧力も消してくれるというものだった。
魔法ということだが、魔法使いなら誰にでも使えるわけではなかった。クレリックとウィザードが使える魔法が違うように、ジュナとミュカ、ラシッドとミュカの使える魔法が違うように、誰にでも使えるわけではない。
ただし、天使であるハティエルには使えるようだと、地下4層で助けてくれた、女性と同じことをアリムも言った。
ハーモニック・サークルは天使専用の魔法というわけでもないので、地上でハティエルが伝えることは自由にしていいらしい。のちにミュカ、ジュナ、ラシッドに伝えることになるが、習得できたのはジュナのみだった。
「一つ質問、よろしいものでしょうか?」
「どうぞ」
「私の前の天使、ロザリンドはどのように切り抜けたのか、教えてもらうことはできないでしょうか」
アリムは首を横にふった。
「ロザリンドは地下4層にはたどり着いていませんよ」
「えっ?でもアリム様は前にロザリンドは試験に失敗して死んだと……あっ!」
ハティエルはなにかに気づき、発言をとめた。
「そうです。ロザリンドは死んだのではなく、『消滅』したんですよ。地下3層のどこかのボスにやられてここに戻った時、私がこれ以上試験は無理だと判断して消滅させました」
「そ、そうだったんですね……。でも、私は大丈夫です!まだまだやれます!」
アリムは話題を戻し、ハティエルにしばらく楽園に残り、ハーモニック・サークルを習得していくように言った。当然、試験中のハティエルが坂を下って自宅に帰ることは許されず、アリムの神殿に居座ることも許されないので、そのへんの草原で寝ろと命令した。
ハティエルは天使の姿に戻してもらった。翼が生え、耳も長くなる。
この姿であれば楽園にいる間は食事などは一切不要であり、快適な楽園であれば、草原で寝ることに何の不自由もなかったため、了承した。
アリムは待っているようにいい、神殿の奥に入っていくと、一冊の本を持って戻ってきた。
これを読んで勝手に覚えろというと、ハティエルはお礼を言って外に出ていった。
こうして、ハティエルはしばらく楽園で過ごすことになった。
-※-
グラムミラクト王国では、地下3層を突破したエリシアたちに大騒ぎだった。
冒険者たちはルビーハーミットやグレーターデーモンといった、まだ見ぬボスに興奮し、圧力の森の凄さにぞっとした。
ジュナとラシッドもおめでとうと祝福する。
ハティエルがどこかに出かけてしばらく戻ってこないかもしれないということは、ミュカからエリシアたちに伝えられた。仮に彼女がいたとしても、圧力への対応策が何もない以上、地下4層に向かうことすらできないので、足止めを食らうことには変わりない。
ここにいても進まないので、ミュカは一度ワンダラーナ王国に帰ると言った。といっても、実家に帰るわけではない。
ワンダラーナ王国はエルフやノーム、ホビットといった亜人が多い国で、知識と学問の国と呼ばれていた。ミュカは、城の図書館には膨大な書物が眠っていると言われている噂を知っており、それを見せてもらおうと考えていた。
ポーシアの家が学者の一族とはいえ、城にはなんのコネも持っていない。だが、貝殻のエンブレムの入ったゲートトラッカーを見せて説明すればチャンスがあるのではないかと期待していた。
残念ながら地下3層だの4層だのという話は、ここでは相当の偉業だが、ワンダラーナ王国には一切関係のない話ではある。それでも、グラムミラクト王国のダンジョンの話は世界中で知られており、それぞれの国から多数の冒険者が向かっている。そのため、ギルドの情報は他の国でもある程度は共有されているだろうというのもあった。
ミュカは進行度が最先端の冒険者で、その情報を更新していく役割であることは間違いがなく、本ぐらい読ませてもワンダラーナとして損するものは何もないはずだった。
それをエリシアたちに伝えると、快く了承した。
エリシアたちは地下3層のアイテムを集めたり、地図をギルドと作成しながら待っているといった。
ミュカは支度を整えると、馬車に乗ってグラムミラクト王国の空港へと向かった。ここから飛行船に乗り、海を超えて5時間ほどの移動でワンダラーナ王国にたどり着く。
何回か往復しているため、珍しいものもなく、飛行船が空に浮かぶところを見学すると、椅子に座って本に集中した。
5時間後、飛行船はすこし高度を落とした。
深い森を超え、畑や田んぼが並び、住宅がまばらな田舎の上空を飛んでいく。
土でできた道や、あちこちを流れる川が見える。
ワンダラーナ王国は木々に囲まれた、田舎の国だった。簡素な空港にたどり着くと、飛行船をおりたミュカは馬車を手配し、城に向かうように告げた。
城は丘の上に立てられたもので、周囲は塀で囲まれていた。石造りの階段を上がっていくと、それほど大きくはない城がある。
入り口には、二人の兵士が立っていた。
どちらもエルフの男で、穏やかな国で治安もよく、形だけの兵士である。大した訓練もしていないだろうし、その辺の冒険者のほうが強い。ディグラット一人で城を制圧できるのではないかと思えてしまうほどだ。
ミュカは、礼儀正しく自己紹介をし、挨拶をすると、
「実は、私はここの出身で、ダンジョンの冒険者なんです」
と言った。
左側の兵士が、気の抜けた声で、
「へえ、キミがかい」
と返した。
右側の兵士は横を向くと、
「結構過酷で、地下1層の突破率が30%とかってやつだろ?地下3層は数えるほどしか、たどり着けないんだとさ」
と説明した。
「へえ、よく知ってるな」
「あの国、今はもの凄い騒ぎだからな。100年とか200年とか、誰もたどり着けなかった地下4層にたどり着いた冒険者が出たんだと。ワンダラーナまで情報がくるぐらいの偉業らしい」
「そりゃ凄いな」
ミュカはくすっと笑うと、右腕のゲートトラッカーを見せた。
「その一人が私なんです」
二人の兵士は目を丸くした。
ミュカはゲートトラッカーのエンブレムの説明をすると、これ以上先に進めず、昔の文献が残っていないか、城の図書館を拝見したいと説明した。
右側の兵士は興奮した口調で待ってろと言うと、走って城に向かった。
残った兵士とダンジョンについての雑談をして待っていると、兵士は両手をあげて丸を描きながら走ってきた。
「王様に面会してくれ」
「ありがとうございます」
兵士に先導され、ミュカは城のなかに入った。赤い絨毯を歩き、正面にある観音開きの扉を開くと、大きな空間があった。
正面には、少し高い玉座に白髪の老人が座っていた。これが、現在のワンダラーナ国王である。種族はエルフだ。
そのとなりには太っているがガタイの良い、顔中にひげを生やした中年の人間の男がいた。彼が大臣である。
その他、4人の兵士が部屋にいる。
門番の兵士はお辞儀をすると、部屋をあとにした。
ミュカは王の前に立つと、頭を下げて跪いた。こんなことをしたことがなかったので、見様見真似である。
王は楽にしてくれと言うと、兵士の一人に急いで椅子を用意させ、ミュカを座らせた。
「あなたが冒険者なのか?」
ミュカは自己紹介をした。すると、大臣が割り込んだ。
「ポーシアというのは、代々学者をやっている、あのポーシアかな?」
「はい、そうです。私はそっちには進みませんでしたが……」
ミュカは頭をかいた。
「この城の書物が見たいと?」
「はい。攻略の糸口が必要なのですが、ギルドには私達がいるフロアの記録が一切ありません。冒険者の国ですから、ギルドにないということはグラムミラクト王国にも無いと思っています。ですが、フロアに『圧力の森』という名前がついている以上、誰かがそこにたどり着いたはずなんです。それで……」
王は言った。
「なるほど。確かにこの城の図書館には膨大な本があるし、ホコリをかぶって触れられていない書物も山のようにある」
「見せていただくことは難しいでしょうか?」
王と大臣は顔を見合わせ、微笑んだ。
「自由にして構わないが……一つ条件がある」
「ど、どんなものでしょうか?」
大臣は笑顔で言った。
「簡単だよ。食事の間でいいから、冒険の話を我々に聞かせて欲しい。刺激がなくて、退屈していたところだからな」
「もちろん、部屋はここに用意させるよ。しばらくいるんだろう?」
「任せてください!」
「その前に、ゲートトラッカーというものを見せてくれないか?」
ミュカは立ち上がると、失礼しますと玉座に向かった。
王と大臣の視線がミュカの右腕に刺さった。少し恥ずかしい。
「三つ葉のエンブレムが地下1層突破の証です。突破率は30%と言われています」
「ほう、地下1層でそんなに少ないのか」
「まぁ、低いのには色々と問題があるようなのですが、そのようです。隣の月のエンブレムが地下2層、月下の砂漠のものです。突破率は5%未満です」
「とすると、隣の貝殻が……?」
「はい、地下3層、しじまの海のものです。これが記録されているのは、今は世界で4人だけです」
王と大臣は驚きの声をあげた。
こうして、ミュカは城の書物を読むことが許された。
1階の奥にある、誰も利用しないような薄暗く、古い石造りの階段をおりていくと、扉が一つあった。
錆びついたようなギイという音とともに開くと、見渡す限りの本棚があった。驚くことに、地下2階もあるらしい。城の丘の部分に位置するそれは、知識の宝庫だった。
床にはホコリが積もり、蜘蛛の巣も張っているところから、誰も利用していないと思われた。本屋に売られているような話題の書物は別の場所にあるようだ。
その日から、ミュカは本を探し始めた。
朝早くに目を覚まし、図書館を漁る。
量が膨大でいちいち開いていられないため、まずは本のタイトルから推測していく。『世界の鳥料理』という本にダンジョンのことが書かれているとはとても思えないように、それで、かなり絞り込める。
気になったものはページを捲ってみる。目次を眺め、数ページも読めば十分わかる。
記録がないものの記録を探している以上、成果は出ないかもしれないが、ミュカは必死だった。ダンジョンには関係ないが、興味を引くタイトルもいくつかあったが、それらは諦めることにした。
城の料理は素晴らしく、長いテーブルに見たこともないような料理が並べられた。王や大臣を始め、彼らの家族といった城のトップクラスのメンバーが揃うなか、初日、ミュカはかなりの緊張をした。
ワンダラーナ王国は森のある田舎の国であり、料理は野菜や山菜が主体だ。城で出てくる料理も同じように山菜が主体なのだが、一流のコックが作るとこうも違うものなのかと思った。
ミュカのテーブルマナーは怪しいものだったが、王たちが気にしなかったのは救いだった。
そんなことよりも、王たちはミュカの話が聞きたかった。
ハティエルたちの話を交え、王や大臣に地下1層から伝えていくと、彼らは非常に満足しながら聞き入った。
しじまの海についてはグラムミラクト王国の冒険者もほとんど知らない。そんな話を詳細に聞けるというのは、彼らも鼻が高かった。
地下3層のアイテムを売っているミュカは、お金はたくさん持っている。
彼女がのぞめばこういった料理はいくらでも食べることができたが、彼女を始めとして、冒険者は基本的に食事には疎く、興味は無かった。
大人は基本的に酒を飲んでいれば満足するし、子供もその辺のレストランで十分だ。ハティエルなどは何を食べても美味いと言うし、普段の食生活も偏ったものだった。
-※-
王たちと良い関係を築きながら、3日が経った。
この日、ミュカは地下2階の本棚を探していた。
いつものように右手の人差し指を動かしながら集中し、頭のなかで違う、違うと考えながら本のタイトルを追っていく。
地面にしゃがみ、足元の本を探していた時、ミュカの指がピタッと止まった。
そこには古ぼけた一冊の本があった。
「えっと……。『大天使の試験』ですか」
興味を持ち、目次と最初の1ページを読むべく、手でホコリを払ってページを捲ってみた。
目次は無く、いきなり本文で、こんな出だしだった。
我々が認識する天使というのは架空のもので、悪魔の敵という設定であり、天使と悪魔はついになっている。だが、天使は実在する。『楽園』と呼ばれる場所に住む天使は、女神アリムのもとで生活をしている。
楽園は雨もふらず、穏やかな気候のようだ。
見習い天使が天使となり、天使はいずれ大天使になるらしい。そのためには試験があり、アリムの命令で大天使の試験を受けるために極稀に人間の姿になり、地上にやってくる。
見た目は地上の人間と何も変わらない。子供が作れないなど、人間と異なる特徴がいくつかあるようだが、最大の違いは天使は死なないことだ。
天使は死ぬと、体は楽園へと戻される。
「……えっ?」
ミュカは思わず声を上げた。それはまるで、ハティエルではないかと。
地下3層で死んだハティエルは、死体を残さずに消えた。彼女が天使であり、楽園に戻ったと考えるとすんなりと理解できる。
あれは、自殺をしたわけではなく、楽園に戻りたかったのではないかと。目的は当然、地下4層の攻略を探るためだろう。
ただ、そう考えると色々と不自然だ。大天使の試験を出している女神アリムに試験のヒントを教えろと言っているようなものであるし、ハティエルはそこまで馬鹿ではないはずだ。
実際には、ヒントを教えろと言ってしまったわけだが、そこまではミュカの知るところではなかった。それよりもハティエルが天使かもしれないという思いは募り、続きが気になった。
ミュカは更にページを読み進めた。しばらくは見習い天使と天使のシステムが書かれていた。
驚いたのは、その先にはダンジョンの冒険の話が続いていたことだった。
ミュカはこれだと思った。
本を抱えると、急いで城の自室へと戻っていった。
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