チャプター4
その周辺には水路が張り巡らされていた。
長さ10メートルほどの石で作られた橋があり、その先の島のような場所に正八角形の建物と台座があった。
フロアボス、『アンブリア』の部屋である。
サグが言った。
「どうする?」
「まずはデザートブリンガーと同じように戦ってみよう。私が攻撃を受け止めてみる。あれと同じような展開になるなら、私はほとんど攻撃ができないから、ボルトラとサグが攻撃、ジュナはサポートに回って欲しい」
3人は頷いて同意した。
台座に手をおいて扉を開き、なかに入った。
黄色い魔法陣とともに人型のなにかが現れた。緑色の長い髪を持つ、女性の姿だった。耳は長くエルフやノームのようだが肌も若干、緑がかかっており、違うようにも思える。
薄いローブを着ているところから、防御はあまり得意ではないように思えるが、フロアボスとなるとそう甘くはないだろう。
アンブリアは両手で持つような、木でできた長い杖を持っていた。
「行くよ!」
ハティエルが剣と盾を構えると、その後方で他の3人も武器を構えた。
ジュナはさっと支援魔法を唱え、4人のスピードをあげた。
アンブリアは両手でバトンのように杖を回すと、周囲に木の葉が舞い、広範囲に飛び出した。
その葉っぱは一枚一枚が鋭い切れ味を持っていた。
ハティエルのフェアリーシールドは機能した。盾を前に出すと広範囲の白い障壁が展開され、カンカンという音とともにそれらをはじいた。
そのまま突撃したハティエルが剣を振ると、アンブリアは右手で杖を持ち、軽々と合わせた。
魔法主体というアンブリアだったが、腕力がないわけではなく、そこそこの重さを持っている。
アンブリアは左手を構えた。なにか魔法が来ると思ったハティエルは、タイミングを見計らって一歩後退し、フェアリーシールドを構えた。
炎の渦が盾の障壁に飛び出していく。しかし、先程の木の葉の魔法と異なり威力は高く、完全に消すことができずに盾を中心に後ろに流れていった。
ボルトラはそれを避けながら飛び出し、左からアンブリアに槍を突き刺した。アンブリアはなんとか避けたが、深くは無いがダメージをおった。
と同時に、左手で小さな炎の塊をボルトラに向けて3つ出す。攻撃されるとは思わなかったボルトラは、なんとか避けようとしたがカウンターを受ける形でその一つを直撃した。
腹にダメージを受けて吹き飛ばされ、壁に激突すると右手で腹を押さえながらヨロヨロと立ち上がった。
「ストームウェーブ!」
ボルトラに追撃をしようとしたアンブリアの背後から、サグの風の魔法がぶつかった。鋭く大きな風の刃を背中に受けたアンブリアは、身を翻して短く詠唱をした。
「ストームウェーブ」
サグの風の刃の倍ほどのものが飛び出した。が、彼が魔法を出した瞬間に反応していたハティエルがカバーに入って盾で受けた。
アンブリアの後方ではジュナがボルトラをいやしていた。何も言わずにやってほしいことをしてくれるジュナが有能でありがたかった。
2つに分断されているのがまずいと思ったハティエルは魔法で光の矢を飛ばすと、続くように突撃をした。
杖で光の矢をはじいたアンブリアは、右手から炎を飛ばした。それをフェアリーシールドでなんなく受けたハティエルは、剣を左下から右上に向かって切り上げた。
アンブリアのローブが切断し、体に傷が入った。
もう一撃を繰り出そうとするハティエルは、背後から両手で槍を持って突撃してくるボルトラの姿を捉えた。
ハティエルとボルトラの攻撃のラッシュをアンブリアは魔法や杖で受け止めた。防戦一方で、深くはないがたまに攻撃を食らう。
その瞬間、アンブリアは声を上げた。
「グレネード・ブレイズ!」
アンブリアの周囲を囲むように火柱が上がると、ハティエルとボルトラは吹き飛ばされた。ハティエルはなんとか盾を構えたが間に合わず、ボルトラは直撃だった。
ハティエルは立ち上がると自分でヒールを唱えたが、ボルトラは立ち上がることができなかった。
ジュナが回復魔法を唱えようとすると、アンブリアの打ち込んだ風の魔法がスネークウォンドを吹き飛ばした。
アンブリアは言った。
「頑張った。キミたちは頑張ったほうだ」
サグは言った。
「しゃべれるのかよ」
アンブリアがサグを見ると、ジュナはこっそりスネークウォンドを拾おうとした。
そこへ、風の魔法が飛び出して阻止される。アンブリアは決して油断しているわけではなかった。
「この前の2人よりも頑張った」
その言葉にハティエルは反応した。
「2人?もしかして、ゲイズ?」
「ゲイズというのはあの大柄な男か?」
ハティエルが頷くと、ジュナが言った。
「ゲイズ将軍、もしかして、ここで……」
どうやらゲイズとコーデルトは死んだらしく、ジュナの心は折れ、肩をがっくりと落とした。サグも同じだった。
それを聞いてハティエルが考えていたことは、フロアボスは過去の戦いを覚えているのだということと、2つのパーティーが同時に戦闘したらどうなるのかということだった。
「楽しかった。でも、そろそろ終わりにしよう」
アンブリアは両手で持った杖を高く掲げ、長い詠唱を始めた。
隙だらけだが、ジュナとサグは戦意を失っており、ハティエルからの距離は遠く、威力不足だった。
その瞬間、パッと立ち上がったボルトラは槍をアンブリアに向けて力いっぱい投げ飛ばした。この攻撃が来るとは思っていなかったアンブリアは虚を突かれたように目を見開き、槍の先端の斧を腹に直撃して骨にダメージを負った。
ハティエルは地面に崩れそうになるアンブリアのもとに、盾を捨てて全力で飛び出した。左手で剣を魔法の光のオーラで包むと、剣を両手で構えてアンブリアの切れた腹をめがけて横に払った。
ボルトラの一撃で亀裂の入っていた骨ごと体を真っ二つに切断すると、アンブリアは無言で崩れ去った。
体が蒸発すると、小さな指輪が落ちた。
ハティエルはそれを拾うと、
「強かったね。ところで、ボルトラはなんで動けたの?」
と言った。
「ああ、ヒールロッドだよ。あれでこっそり回復した」
「やるじゃん!」
ボルトラもゆっくりと歩いてきて自分の武器を拾った。
「ほら、ジュナ、サグ、行くぞ」
「え?うん」
か細い声でジュナはそう返すと、スネークウォンドを拾って腰に差した。サグは無言で台座に向かった。
ハティエルは台座の説明を読んだ。
「『ディフェンダーリング』だって。『あらゆる攻撃を若干だが軽減』て書いているね。これはジュナかサグがはめたほうがいいのかな?」
「いや、お前が使えよ。一番ダメージを食らうのは、お前なんだから」
ハティエルは頷くと、左手の人差し指にはめた。サイズが大きくぶかぶかだったが、指につけた瞬間フィットした。不思議なものだ。
4人は台座に手をかざすと、ゲートトラッカーに月のエンブレムが刻まれ、地下3層へと転送された。
-※-
地下3層、しじまの海。
扉をあけて外に出ると、音のない世界だった。
立っているのは砂浜だった。
雲ひとつ無い青空が広がり、右手には林が見える。
左手には海があったが波は立っていない。
風の音はなく、音一つ聞こえない、穏やかな場所だった。
これが『しじまの海』と言われるゆえんだろう。少なくとも、月下の砂漠のような環境的な問題は何もなく、砂漠用のトーブを着ている4人には若干暑かったというぐらいだ。
ボルトラはキョロキョロと周囲を見渡すと、
「地下2層のつらさが嘘みたいだな。少し海岸を歩いてみるか?」
と言った。
顔を落としているジュナを見ると、背中をバンと強く叩いた。
「俺たちはゲイズ将軍より強かったってだけの話なんだよ、元気だせよ。俺達は人数も多いんだ」
「でも、ボクたちはアンブリアにかなり追い詰められてたんだよ?全滅するところだった。この先は情報も少ないし、やっていけるかどうか……」
サグは反論した。
「行こう、ジュナ。やっていけるかどうかは雑魚戦をやってみてから決めてもいいんだ。当然、強いんだろうけど、流石にいきなり全滅するってことはないだろう?キツい程度ならギルドに戻って対策を練ればいい」
ジュナは頷いた。
4人は海岸に沿って歩き始めた。ハティエルを先頭に、ジュナ、サグ、ボルトラの3人が後ろに続く
音の無い世界を砂浜を歩いていたブーツの音が響いた。
そして、音を出してサグの首が飛んだ。
「えっ?」
ハティエルが振り返ると、体から血を吹き出しているサグと、あっけにとられているジュナとボルトラの姿があった。
もう一つ、三叉のモリを持ったサハギンの姿があった。
いち早く反応したハティエルは剣を抜いて突撃した。
サハギンは余裕でモリを突き出し、カウンターを狙いに行く。が、ハティエルの払った盾で隙ができ、剣を突き刺された。
それほど大きなダメージではなかったが、ボルトラが槍を突き刺すのには十分だった。
地下2層ならそこで終わっていたが、地下3層は甘くなかった。
サハギンは倒れるまでにはならず、体制を整えてモリをボルトラに突き刺そうとした。
彼はサハギンに突き刺さっている自分の武器を手放し、さっと後方へ飛んで攻撃を避けた。
槍を体に突き刺されたまま、攻撃に転じようとしているサハギンからなんとか武器を取り返そうと考えるボルトラだったが、上手い手段が見つからなかった。
戦意を失っているジュナはどうもできず、あとはハティエルがなんとかしてくれることを祈るだけだった。
だが、チャンスは別のところからやってきた。
風のように流れる何かが右手の林から飛び出すと、サハギンの顔を勢いよく殴りつけた。顔にはいくつか穴があき、血が溢れている。
それは流れるように次の行動にうつり、ボルトラの槍を持って海に向かって振った。
サハギンは勢いで斧の部分で体を切断しながら海に落ちていき、海面に衝突した瞬間、蒸発した。
視界にはエリシアがいた。
両手にはバグナウと呼ばれる、先端に小さな爪のついたメリケンサックのようなものをつけている。
続いて、ラシッドも林からやってきた。
「危なかったですねー」
エリシアはボルトラに槍を返した。
「た、助かった……。その……サグは残念だったけど……」
視線を動かすと、血で砂浜を染めているサグの姿があった。
ハティエルは言った。
「襲われたの、全く気が付かなかった」
エリシアが頷くと、ラシッドがこう返した。
「これが地下3層の環境的な問題だ。気候には問題ないが、敵がしじまのなかから突然襲いかかってくる」
「前に広場で会った時、言いたかったんですけどねー、チャンスがなくて、話ができませんでした。私達の仲間のモーラも、これでやられたんですー」
「まずは、彼を弔ってやろう」
エリシアとラシッドは林の側に穴をあけ、サグの死体を運んだ。ハティエルも手伝うべく、サグの首を穴にいれてやった。
砂をかけて埋めると、ジュナが泣きそうな声で言った。
「敵が突然襲ってくるだって?そ、そんなところ、ボクは耐えられない!ギブアップする!」
そんなジュナの肩を、エリシアがポンと叩いた。
「却下ですー!」
そして、優しい声をかけた。
「諦めるのはまだ早いですー。そのための私達ですー!」
「どういうこと?」
ラシッドが説明を加えた。
「前にエリシアとここの武器をギルドに流していると言っただろう?それから、これも言ったよな?冒険者のサポートをしている」
エリシアは苦笑した。
「主に地下1層や2層にいることが多くて、ここまで来た人はまだ誰もいないんですけどねー。運が良かったですー」
「しじまへの対応はしっかりと教えてやる。もしダメでも、ここに来る実力があるなら地下2層で装備を集めて冒険者に流すことだってできる。だから、諦めるのは早い。腕を見てみろ。月のエンブレムは5%未満の証明なんだぞ」
ジュナは少し考え、静かに頷いた。泣きそうな目はもうなかったので、ハティエルは、
「大丈夫なの?」
と訪ねた。
「まぁ、ボクも病気みたいなものだから、あれに対応できるっていうのなら、やってみたいよ。やってから無理って言いたい」
「うんうん、では、一度地上に戻りましょう!ギルドにも報告に行く必要がありますし、アンブリアとの戦いで、疲れていますよね?」
「ああ、そうだな。一度戻りたい」
5人は地上へとテレポートした。
-※-
広場に戻ると、まずはギルドへの報告をということになった。
ニコニコと先頭を歩くエリシアの姿と、後ろに続くはげ上がったラシッドの姿は、広場にいた冒険者や街を歩く人々の注意をひいた。この2人はダンジョンの進行の最先端なので有名だったからだ。
そして、人々はこれからその最先端に並ぶ人数が3人追加されることを知る。
元気よくギルドの扉を開き、エリシアが右手をあげながら入っていった。
カウンターにはいつものドワーフの老人とエルフとノームの女性がいた。
「やっほー!いいニュースと悪いニュースがありますけど、どっちから聞きたいですかー?」
ドワーフの老人は言った。
「いいニュースから頼もう」
エリシアは頷くと、横にいたハティエルの右腕をぐっと掴み、ゲートトラッカーをカウンターに向けた。筋肉質な彼女の力はかなり強い。
3人の目が、がっと見開いた。
「ハティエルちゃんでしたっけ?を含めた、3人が地下2層を突破しました」
「なんと……」
エルフの女性は両手を合わせて喜んだ。
「おめでとうございます!これは相当の偉業ですよ!」
ノームの女性は裏手に回ると、他のスタッフを呼んできた。エルフの女性は地下にもおりて、そこにいるスタッフも呼んでくる。ちょうどそこで買い取りをしていた3人の冒険者も、何事かと階段をあがった。
ハティエルはそこまでのことなのかと驚きながら、戸惑った。
ボルトラとジュナも照れくさそうだった。
ドワーフの老人は言った。
「アンブリアの対策はどうしたんだ?エリシアたちはタンク無しで強引にかき回して無理やり撃破したと聞いているが……」
ハティエルは腕に付けていた盾を外した。約束を思い出す。
「これ、フェアリーシールドって言うんだけどさ、オベリオって人の店で買ったんだよ。魔法に強い盾だから、これで攻撃を防ぎながらって感じ。いやー、オベリオの店でこれと出会わなかったら死んでたなー。オベリオもいい人だし」
ギルドにいたメンバーはざわついた。
ちょうど、ここには他の3人の冒険者もいる。今一番ホットな話題を持っている冒険者はいち早く語りたいだろう。あとは勝手に口コミで広まっていくはずだから、彼との約束は果たしたと言って良いだろう。
ボルトラとジュナも質問のラッシュに対応していた。
落ち着くと、ドワーフの老人は言った。
「で、エリシア。悪いニュースというのは?」
「はい、ハティエルちゃんたちのメンバーのサグ、それと、ゲイズ、コーデルトの2人が亡くなりました」
3人の冒険者の一人が甲高い声を出して驚いた。
「はぁ?ゲイズとコーデルトってゾークブルグのゲイズ将軍と右腕のコーデルトのことでしょ?」
「そうですよー。死因はアンブリアですー」
再びギルドはざわついた。誰もが冒険者のなかで一番先に進みそうなのは、ゲイズだと思っていたからだ。ハティエルを除いて。
ハティエルはゲイズがメンバーを増やし、柔軟に対応できていれば結果は変わっていたかもしれないと考えていた。
彼の話は地下3層についてからじっくりと備えると言っていたが、早めにめぼしい仲間を見つけ、一緒に攻略をするべきだったと思う。
また、ゲイズには将軍としての奢りもあり、アンブリア程度なら2人で突破できると考えていたかもしれず、自分の直前に大天使の試験を受けて失敗したロザリンドも同じような終わりだったかもしれない。
ハティエルには1000人を引き連れて戦うことはできないだろうが、ゲイズにも4人で戦うことができなかった。
話はエリシアが締めた。ポンと手を叩くと、
「では、みなさんは明日は休んでください。明後日から修行ですよー!8時にギルドの講習の部屋にいてください。朝の8時ですよー!」
と言って解散した。
本来ならばお祝いをしたい状況だったが、サグを失ったばかりで騒ぐ気になれず、ハティエルたちもそのまま宿に向かった。
その夜の間に、街のあちこちでは地下2層突破の偉業が語られ始めていった。酒場から酒場へと伝えられていった話は、朝になる頃にはかなりのグラムミラクトの住民が知ることとなっていた。
メンバーのうちの2人が子供ということにも驚かされた。
もちろん、ゲイズ将軍の死亡も。
なお、ゲイズ将軍が偉大な人物だったとしても、ギルドはゾークブルグ王国に報告にいったりはしなかった。他の冒険者から口コミで伝わるだろうし、それはギルドの仕事ではなかった。
-※-
目を覚ましたハティエルが、ゴソゴソとバッグから懐中時計を取り出すと、昼過ぎだった。
うそだろうと思い、カーテンをあけて街を見ると、すっかり活動を始めていたため、時計が狂っているというわけではなさそうだ。
昨日のフロアボスの部屋への移動とアンブリアとの戦いは、相当の疲労だったらしい。
あくびをしてボサボサの頭をかいた。そして、スリーパーを脱いでシャワーを浴びた。目が冴えてくる。
ソファーに座って体をタオルで拭きながら、お腹は空いているが食欲があまりなく、重いものは食べたくないと思い、ヴァーミリオンズのホットドッグにしようと思った。
1つ食べ、食欲が湧いてきたらあとで本格的に店に入ろうと思いながら服を着ると、ヘアバンドをつけてバッグを持って外に出た。
地下2層突破の話は昨晩あちこちで語られたが、ハティエルと面識のあるものは多くなかった。
そのため、彼女が街を歩いていても声をかけてくる人はいない。右腕のゲートトラッカーを見ればわかるのだが、すれ違う人はそこまで見たりはしなかった。
だが、ヴァーミリオンズでは話が違った。
「ホットドッグ、ひとつちょうだい!」
「飲み物はどうする?」
「じゃあ、レモネードで。炭酸は無しね」
太ったドワーフの男の店員は客を見て対応をしているので、嫌でもゲートトラッカーが目に入る。そこには月のエンブレムが記録されていた。
よくここに来る薄い金髪の少女が地下1層を突破している冒険者ということは把握していたが、まさか噂の人物だとは思わなかった。
「もしかして、あのハティエルって……あんたのことなのか?」
ジュナも子供だが、ホビットと聞いている。人間のほうはハティエルと聞いていた。
「え?うん」
「まさか、うちの店をひいきにしてくれるお客さんが、そんな凄い冒険者だとは思わなかったよ。今日は地下2層突破のお祝いで俺の奢りでいいから、タダでいいよ」
「いいの?ありがとう!ていうか、それ知ってるんだ」
「そりゃあ、もう」
店員は昨晩のうちに話は広がっていると伝えた。
「その代わりといっちゃなんだけど……」
「わかってる。店の宣伝でしょ?」
店員は頭をかきながら、よろしくとお辞儀をした。
ニコニコしながらいつものようにケチャップを2、マスタードを1の割合でかけ、店をあとにした。
ハティエルはホットドッグをかじりながら街をブラブラした。相変わらず、ジューシーで美味い。
この街は歩いていて飽きない。人が歩いているだけで、楽園とは違う景色で面白かった。
ホットドッグを食べ終わると、紙をクシャクシャにしてポケットに入れた。
ハティエルは左手でレモネードの入った紙コップを持ちながら、ダンジョン前の広場のベンチに向かうことにした。
ポカポカとした日差しを浴びながら、たまにレモネードを飲み、明日からの冒険について考えてみた。
しじまの海。
しばらくはエリシアとラシッドによる修行だろう。地上人に修行をしてもらうというのも面白いかもしれない。
そこへ、ジュナが片手をあげてやってきた。
隣のベンチに座ると、
「いやー、大変だった。昼ごはんを食べてたら囲まれちゃってさ」
と笑った。
「私もさっきホットドッグを買いにいったんだけど、タダでいいよって言われたよ。結構なこと、したんだなって思った」
「それに、ボクはまだ13歳。冒険者でボクたち子供っていうのは、相当珍しいだろうしね」
「えっ?ボクたち子供?あー、そうか……」
ハティエルはレモネードを一口飲むと、言った。
「私、17歳だよ?」
「へっ……?じゅ、17?本当に、17?それで?」
あっけに取られたジュナは、面白い冗談だと言うが、ハティエルは本当に17歳だった。
「……と、とてもそう見えないんだけど」
「見えなくてもそうなんだよ。それよりも、ジュナはボルトラと旅をするのは長いの?」
「長いよ。ボクが7歳のときからだから、6年ぐらいかな?ピスティスはあとからだけど、アコアロも最初から一緒にいた。あの頃は辛かったからね。ボクたちはみんな孤児で、地方の農場でこき使われてたんだ」
「そうなんだ」
「3人で脱出して、何年かは放浪生活。ボクは天才だから魔法は当時からいけてたけど、体力が無いのがきつかったなー」
それを聞いたハティエルはこう返した。
「そんなに長い付き合いだったんだ。アコアロは残念だったね……もちろんピスティスも。短い付き合いだったけど、悲しいよ」
そして、はっとした。
楽園にいた頃なら、まず出てこないセリフだった。演技としてではなく、本心から残念だったと思ったことに驚いた。
気がつくと、サグに対しても同じ気持ちをいだいていた。
ハティエルは少し困惑しながらしばらくジュナと雑談をすると、宿に戻っていった。
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