チャプター2

 レストシンボルにテレポートをしたハティエルたちは、地図を開いて次のレストシンボルまでの道のりを確認した。

 今回の旅は長期戦になることはわかっていた。野宿をし、2日にわけて歩く形になる。ルートとは離れたところにオアシスがあり、これを経由すると水を補給できるが3日かかることになる。話し合った結果、ハティエルたちは2日のルートを選んだ。

 寝袋があるため全員大きなバッグを持っている。

 大岩など、いくつか目印になるものは地図にあった。元気なうちに長めに移動し、明日の距離を減らそうという話を事前にしており、岩が3つ並んでいるあたりを目標地点と決めた。

 そのあたりは木が生えているようで、燃やして焚き火がつくれそうだった。

 あいかわらず、砂漠の日差しは容赦のなくハティエルたちの体力を奪っていった。ただ、暑さにある程度慣れていたことと、武器を購入したおかげで戦闘が楽になっており、負担はかなり軽減されていた。


 旅は順調といえた。

 地下2層の突破率が5%未満というのが嘘のようである。

 昼になるとパンや乾燥したナツメヤシなどの携帯食を取り、再び歩いた。ボトルに入った水は早く無くなるが、サグが魔法で出して補給することができた。

 夕方頃になると日が落ちていき、過ごしやすくなった。

 だが、月が出てくると急激に気温が下がってくる。

 空には満点の星と、月下の砂漠というだけのことはあり、手を伸ばせば届きそうなほど大きな月が出ていた。寒さに目をつぶれば最高の環境だった。

 ミルファスは両手で抱きかかえるようにしながら言った。


「しかし、寒いな」


 サグも同意した。


「目的地まではあとどれぐらいだ?」

「1時間てところか。なぁ、サグ、お前魔法で火、出せないのか?」

「いや、魔力の無駄遣いになるから我慢しようぜ。むしろ、ミュカこそなにかできないのか?」


 ミュカは震える声で反応した。


「な、なにかって、なんですか?」

「寒さの軽減とか、そういうのだよ」

「できませんし、知らないです。サグさんは魔法の講師なんですよね?そんなのがあるなら教えてほしいです。すぐ覚えますから」

「うーん、参ったな……」


 サグは困惑したように横を向くと、無言で前を見ながら歩いているハティエルの姿があった。やはり寒いのか、体を両手で抱えている。目はうっすらとしており、小さく口をあけている。


「なぁ、ハティエル」


 ハティエルは無言だった。


「おいって!」


 ようやく気がついたハティエルは、


「はっ!」


 と目を見開いた。


「寝そうだった」

「寝たら死ぬぞ」

「寒すぎてやばい。もうここでキャンプでもいいんじゃない?」

「3つの岩までいこうって言ったのはお前だろう?それに、ここじゃ燃やす木もないし、焚き火が作れないぞ」

「あー、そうか……。今は敵でないかなって思ってるよ。動けば暖かくなりそうだし」


 サグはふっと笑った。


「体力が消耗するだけだから、だめだろ」


 そんな会話をしていると、なんとか目的地が見えてきた。

 三角形に位置するように3つの大きな岩が並んでいる。自然と、その中央に焚火を作るような形になる。

 周囲には草丈2メートルほどの木が生えていた。

 荷物を下ろすと、まずは木を集めた。

 ハティエルが剣を持ってバサバサと切断し、ミュカとミルファスが岩の中央へと運んでいく。

 サグは枝を組んで魔法で火をつけた。バチバチと木が燃え始めると、4人はそれを囲んで温まった。

 火の粉の舞う焚き火に当たっていると生き返ってくる。満天の星空や大きな月を見る余裕も出てきた。今では多めに移動しておいて良かったと思えるぐらいだった。

 その周囲を囲うように寝袋を設置する。

 それぞれが横になって、今日の出来事を話していた。明日の移動距離は短く、昼には終わるだろうから辛かった旅も笑う余裕すら出てくる。

 ハティエルはもう少し木を集めてくると立ち上がり、剣を持ってその場をあとにした。

 木を切断した枝を抱えてハティエルが戻ってくると、


「ところでさ、全員で寝ちゃまずいよね?」


 と言いながら枝を地面に落とし、寝袋に横になった。


「まずいですね。深夜に敵が襲ってこないなんて、甘い話はないと思いますし」


 ミュカの発言はもっともだった。少し話し合い、回復魔法の使えるミュカとハティエルはバラバラに起きていたほうがいいだろうということで、ハティエルとサグ、ミュカとミルファスに分かれて2時間交代で見張ることにした。

 まず、ハティエルとサグが眠りについた。ミュカたちは焚き火に枝をくべながら、起こさないように見張った。

 時計を見ると交代の時間になったため、ハティエルたちを起こしてミュカたちが寝た。特に問題はなかったと報告をする。

 ハティエルたちも同様に周囲を意識しつつ見張った。火の燃える音だけが聞こえる、静かな夜だった。

 そして、交代の時間がやってきた。あと1回ずつ見張りをすれば、朝がやってくる。

 ミュカたちが再び見張りについてしばらく立った頃、異変が起きた。

 地面が音もなく盛りあがり始めたことをミュカもミルファスも気が付かなかった。最初に気がついたのは、5体の剣を持ったスケルトンの上半身を見た、ミュカだった。


「敵です!」


 杖を拾いながら全力で叫んだミュカの声に、ハティエルとサグは目をパッと覚ました。

 サグは戸惑いながらも杖を手にとって立ちあがった。ハティエルは素早く反応し、剣と盾を拾って構えた。


 そんな二人が見たものは、光魔法でスケルトンの牽制をしているミュカと、別のスケルトンの剣で体を真っ二つにされたミルファスの姿だった。


 ミュカは血が吹き出しているミルファスの姿を見て、大声をあげた。そこに飛びかかったスケルトンの攻撃を、ハティエルがカバーして防いだ。


「ミュカ!今は戦闘に集中して!」


 だが、ミュカは動けなかった。

 ハティエルとサグはミュカを守りながらなんとかスケルトンの対応をしていたが、相手は5体、こちらは3人という人数の差と、純粋にスケルトンが強いということでジリ貧となっていた。

 ハティエルの脳内に逃げるという選択肢が出てきた。スケルトンを引き剥がして戦闘区域から離れ、テレポートをして地上に逃げるというものだ。

 だが、相手は素早くないとはいえ、夜の砂漠でどこまで走り続けられるかという不安要素もあった。

 その時、激しい風とともに何かがぶつかる音が聞こえた。

 音源に目を向けると、一番遠くのスケルトンがバラバラになっているのがわかった。

 それをトリガーに、他のスケルトンも次から次へと破壊されていった。

 視界には一人の人間の女性がいた。寒い夜なのに、地上のハティエルと同じような一枚布で作られた白い服を着て、腰にベルトを巻いて涼しい顔をしていた。凍えている様子はまるでない。

 長い、薄紫色の髪が風で揺れた。年齢は20歳ぐらいだろうか。

 大きな斧を斜めに下げているところから、重戦士と思われる。アタッカーだ。ほかに誰もいないことから、ソロだとわかる。

 敵か味方かわからない彼女を見て、ハティエルは剣を構えた。まるで勝てる気はしなかったが、戦闘の意思は見せた。

 女性は、ハスキーな声で言った。


「安心して、私は敵じゃない」


 ハティエルとサグは構えを解いた。一方、ミュカは棒立ちのままだった。


「あ、ありがとう」


 女性は身を翻すと、


「もうすぐ太陽が登るから、すぐに次のレストシンボルにいったほうがいいよ。じゃあね」


 と言い残し、一瞬で消えた。

 サグは言った。


「い、今の誰だ?あれがエリシアってやつか?」

「いや、エリシアは格闘家って聞いてるから違うと思う。誰なのかはわからないけど、一応助かったみたい」


 すると、ミュカが声を上げた。


「助かってないです!ミルファスが……」


 地面には2つに切断されたミルファスの死体があった。流れていく血が砂漠を染めていく。

 サグも肩を落とした。短い間だとはいえ、一緒に戦った仲間だからだ。

 だが、天使であるハティエルには悲しいという感情はなく、無表情でそれを見ていた。消滅など日常でよく起きる出来事だし、自分も何度も手を下しているものだ。

 とはいえ、ハティエルも空気が読めないわけではないため、黙って様子を見守ることにした。


「私、もう無理です……」


 か細い声でミュカがそう言うと、サグは岩陰に風の魔法で地面を掘った。


「まずは、埋めてやらないか?」


 ミュカは無言で頷いた。

 ハティエルも手伝い、穴にミルファスの遺体を移動させると、砂をかけて埋めた。

 いつまでもここにいても仕方がないので、ハティエルは先程の女性が言っていたように、レストシンボルに行こうと告げた。ミュカは少し考えて頷いた。

 歩き始めると日が昇ってきた。

 3人はしばらく無言だった。

 やがて、サグが口を開いた。


「なぁ、ミュカ。ミルファスと戦いを始めたのは長かったのか?狩りをしているとか言っていたけど」


 ミュカは頷いた。


「10年ぐらい前ですね。私は6歳、ミルファスは10歳だったと思います。最初はミルファスが弓を持って遠くに離れた的を狙って遊んでいたのが始まりでした。私は横について魔法の真似事をしていました」

「ずいぶん早いんだな」

「半分、病気ですから。そのうち本格的にやり始めて、3年。その頃にはイノシシレベルのものを狩ったりしていました。でも……ミルファスはもういないんですよね。ダンジョンに来るときにこういうこともあるだろうということは二人で話していましたが、まさか本当にこんな日が来るとは思いませんでした」


 ハティエルは言った。


「ミュカはこれからどうするの?私は地下3層を目指して先に進むよ」

「どうでしょうね……。少し考えさせてください」


 3人は予定通り、午前中にサボテンの生えた地域のなかでキーを手に入れた。


 -※-


 地上にテレポートしたハティエルたちの目に飛び込んできたのは、正面のベンチで並んで座るボルトラとジュナの姿だった。


「おー、ボルトラじゃん!」


 と右手を上げて声をかけた瞬間、彼らの様子がおかしいことがわかった。

 死んだような目で顔をあげ、ハティエルを見たボルトラは、


「ああ、ハティか」


 と、元気のない声で言った。


「どうしたの?」

「ピスティスとアコアロが死んだんだ……。あっという間だったよ」


 ジュナも続いた。


「ボクたちは旅が順調だったから、少し調子に乗ってたってこともあったと思う。でも、あんなに一瞬で……長い付き合いだったのに……」

「そっか……。私達も、ミルファスが死んだよ」


 ボルトラたちは目を見開き、兄妹であるミュカの顔を見た。そんな彼女の顔も沈んでいた。


「お互い、残念だったな……」


 ジュナは立ち上がると、ボルトラの肩をポンと叩いた。


「ボルトラ、そろそろ行こう。ハティたちも来るでしょ?」

「どこへ?」

「ギルドだよ。死亡報告をしないと」


 すると、ミュカが声をあげた。


「いや!」

「あのね、そう言われても……現実をみないとダメだよ?ボクたち……いや、冒険者は仲間の死を乗り越えて先に進んでいかないといけないんだ。ミュカだって、そういうのはわかっててここにきたわけでしょ?ドライだけど、そういうものがボクたちの日常って受け入れなきゃダメだよ」


 ミュカは無言でハティエルの顔を見た。


「ハティちゃん、サグさん、ごめんなさい。私、もう無理です。この先、ついていける自信がありません」


 それを聞いたハティエルが何かをいいかけた時、女性の声が聞こえてきた。


「おー?冒険者ですかー?」


 スラッとしているが筋肉質の人間の女性と、中年のノームの男性がいた。

 筋肉質の女性は水色の髪を頭のうえで束ねていた。半袖でスカートの両脇にスリットのある服を着ているのが珍しい。

 中年のノームの男性はやや小太りで、頭は禿げ上がっていた。年齢的に自然にそうなったのではなく、そっているのだろう。

 こちらはTシャツを着た、ラフな姿だった。

 ベンチに寄ってきた女性は、ハティエルたちのゲートトラッカーをさっと眺めると、


「おっ、いいですねー。砂漠の攻略中ですか?」


 と言った。

 ボルトラは少しムッとしながら、こう返した。


「あのな、俺たちはそんな元気な気分じゃないんだよ」

「わかりますよー。死人が出たんですよね?」


 5人は頷いた。


「だったら……えっ?」


 ボルトラは文句を言おうとしてやめた。人間の女性の腕にあるゲートトラッカーに三つ葉と月のエンブレムがあることに気がついたからだった。

 月のエンブレムがあるということは、地下2層のフロアボスを倒していることになる。つまり、


「もしかして、あんたがあの……エリシア……なのか?」


 ということだった。


「そうですよー、こっちが賢者のラシッドですー」


 ラシッドと呼ばれた男は静かに頭を下げた。


「死人が出るっていうのは、あなたたちよりも早く体験していますよー。私達にもモーラって仲間がいましたし、他の冒険者のそんなシーンもたくさん見てきましたから。もちろん悲しいことですけど、私達は乗りこえて行かなければならないんですー。なぜって、死んだ冒険者も深層に向かうことを期待していたからなんですー。それが、死んだ冒険者の意志なんですー」


 ボルトラは頷いた。


「確かにそうかもな」


 ハティエルがそれに続いた。


「ねぇ、エリシア。エリシアたちは今地下3層の攻略に苦労している状態なの?」

「違いますよー。私達は地下3層の攻略はしていません」

「え?なんで?」


 ラシッドは言った。


「2人じゃ無理だろう?我々にはタンクがいないし、仮にいたとしても次に誰かが死んだらまた、代わりがいなくなる」

「私達が今やっているのは、冒険者へのアドバイスだったり、地下3層で装備を集めてギルドに流すことなんですよー。地下3層にくる冒険者を増やすのが目的なんですー」

「なるほど。じゃあ、私達が使っている武器も、エリシアたちが流してくれたものんだったりするのかもね」


 エリシアは微笑んだ。


「だからですね、落ち込むのはわかりますけど、いつまでもそのままじゃダメですよー!早く『しじまの海』まできてくれると、私達も助かりますー!あー、でも、しじまの海っていうのは気をつけないといけなくてですね……」


 エリシアの話を遮り、ミュカが言った。


「ごめんなさい!それでも、私にはもう無理です!ワンダラーナ王国に帰って、実家にミルファスの報告をして……」

「あなたはウィザードですかー?それとも、クレリックですかー?」

「えっ?クレリックですけど、それがどうしたんですか?。ああ、そうか……私に戦う力がないから、ミルファスは死んだんだって話ですね?」

「ちっ、違いますよー!そういうことじゃないですー」

「いいんです。私がラシッドさんみたいな賢者なら、私にも攻撃魔法が使えたんでしょうけど、私はクレリックなんです。でも、もういいです。ここでギブアップです」


 エリシアは身を乗り出してミュカの顔を見た。


「惜しいですねー。まだまだ余裕がありそうに見えるんですけど」


 ミュカは視線をそらし、ハティエルに言った。


「ギルドへの報告、よろしくお願いします。ジオリーさんには私とミルファスはギブアップだと伝えてください」


 そう言うと、ミュカは走ってその場を去っていった。

 ハティエルは止めなかった。彼女が考えていたのは、この雰囲気はなんなんだということと、これから先、どうするかということだった。エリシアたちがいると心強いのだが、ボスと戦えないため今は仲間になれなかった。

 ボルトラは立ち上がるとエリシアに頭を下げ、ハティエルの肩を叩いた。


「俺たちもギルドに行こうぜ」


 -※-


 ハティエルたちはギルドに向かい、ミルファス、ピスティス、アコアロの死亡報告と、ミュカのギブアップの報告をした。

 ギルドを出ると、ボルトラは言った。


「ハティエル、サグ、お前らはこれからどうするんだ?」


 サグはハティエルを見た。


「まずはメンバー集めか?」

「この4人でいいんじゃないの?ボルトラは重戦士でジュナはクレリックなんでしょ?私は聖戦士でサグはウィザード、ちょうどいいじゃん」


 ボルトラとジュナは顔を見合わせて頷いた。


「なぁ、ジュナ、いいんじゃないか?」

「うん、そうだね。バランスはいいみたい。進行度も同じぐらいでしょ?」

「俺たちは北東のキーを手に入れたところだ」

「本当に?ボクたちはまだだよ。地下2層の敵と、よく渡り合えたね」


 ハティエルは強い武器を買ったことを伝えると、それがミルファスのアイデアだったと付け加えた。


「その手があったか。俺たちは拾えないかなって思いながら必死に戦闘してた」

「あー、てことは、あの長い旅をもう1回やるのか……」


 そう言ったサグはハティエルの背中をバシッと叩いた。


「次は死人が出ないようにしようぜ!」


 ハティエルは頷いた。

 解散して宿に戻ったハティエルは、ジオリーにミュカとミルファスが脱退したことを伝えた。

 ジオリーは慣れているように返答をすると、ハティエルは部屋に戻った。

 武器を置いて一人で昼食を取ると、街をブラブラしてそのまま夕食を食べ、部屋に戻った。

 シャワーを浴びて眠りについた。

 ボルトラたちは今日中に新しい武器を手に入れているだろうから、明日からはもう一度あの長い旅に出かけることになる。一度いっているから次も大丈夫だろうと思いながら、ハティエルは眠りについた。


 程なくして、ハティエルの脳内にアリムの声が聞こえてきた。

 天使である時には見たことがなかったが、人間になって見るようになっていた夢でも見ているのではないかと思ったが、目を覚ましても聞こえてくる。

 ハティエルは上半身を起こし、キョロキョロと見回すが、アリムの姿はなかった。

 そこで、楽園にいるアリムを想像してみると、ハティエルの姿が消えた。


 -※-


 楽園の白い神殿では、微笑む女神像の前にアリムが立っていた。

 ハティエルは頭を下げると、寝ているスリーパーのままであることに気が付き、慌てた。

 アリムはそんな人間らしいハティエルの姿を冷静に眺めると、


「少し状況を聞いてみたかったので、呼びました。問題ないですよね?」


 と言った。


「は、はい。問題ありません。現在の状況は……」


 ハティエルは地上で体験したことをまとめながら伝えた。

 報告は私はこう思ったという主観的なものではなく、客観的な形だった。

 最後に、本日死人が出たが、強い人間に助けられたということを説明すると、アリムは無表情でそうですかと言った。

 話を終えると、ハティエルは恐る恐る言った。


「アリム様、一つ質問があるのですがよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「死人が出たことに対して、地上人たちは酷く落ち込んでいるようでした。メンバーの一人は冒険者をやめてしまいました。昨日までの日々が一瞬で壊滅したのですが、人が消滅するというのは、そんなに特別で悲しいことなのでしょうか?」

「ハティエル、いいですか?言葉は正しく使いましょう。『死亡』と『消滅』は違います。地上人の死とあなた達天使の消滅は、全くの別物です。あなた達天使は『個』というものが無く、仲間意識もそんなにありません。消滅を繰り返しても10年に一度、6人ずつ見習い天使が作られて育ちます。天使という塊はなくならないんです。代わりはいくらでもいます。ですが、地上人は『個』ですから、死ぬともう代わりがいないんです」


 ハティエルは困惑しながら頷いた。


「私には悲しいという感情はありませんし、代わりのメンバーもすぐに見つかって良かったという認識でいますが、仲間の表情を見ていると辛いという気持ちにはなります。楽園ではありえないことです」

「それは、あなたが今は人間みたいなものだからでしょう」

「そうなんですね。では、これを乗り越えることも試験なんでしょうか?」


 アリムは何も言わなかった。


「ついでにもう一つあります。地上の食事が美味しいのですが、これを楽しむのは控えたほうがいいですか?」

「いえ、それは試験には関係ありませんので好きにしてください」


 ハティエルは笑顔で頷くと、明日はグラムエース・ケバブに行こうと思った。


「ハティエル、大天使の試験はまだ続けられますか?消滅したいと願えば、今すぐ消滅させてあげますが」


 ハティエルは力強く言った。


「もちろん、続けられます!」

「あなたは無能ではないですね?」

「有能です!」


 アリムが頷くとハティエルの姿は消え、ジオリーズ・インへと戻っていった。

 ベッドに戻ったハティエルは、脳内でアリムとのやり取りを振り返りながら再び眠りについた。

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