チャプター2

 ギルドを出たハティエルは、時間を潰すべく、どこかの店に入って何かを食べようかと思った。といっても、地上人の文化などは多少勉強していたが、飲み物や食事については味わうことが永久に無いと思っていたため全く知らなかった。

 そこで、ハティエルは歩いていたエルフの男性に声をかけてみた。


「40分ぐらい時間を潰したいんだけど、この辺でオススメの店って、知ってる?」


 男性は笑顔で頷いた。

 地上ではここ、グラムミラクト王国以外に、過去に騎士団が猛威を振るっていたゾークブルグ王国、エルフやノーム、ホビットといった亜人が多い知識と学問の国、ワンダラーナ王国といった大きな国や、その他の小国からやってくる冒険者が多い。

 そのため、地理に詳しくない人からの問い合わせというのは、それなりにあることだった。

 男性は右手の方を指差した。

 小さな丸テーブルが3つ外に出た、明るい木造りのオープンテラスの店があった。外には人がいない。


「お酒は飲めなさそうだし、そこのカフェなんてどう?紅茶が美味しいよ」


 ハティエルは笑顔で頭を下げた。


「へー、ありがとう!いってくる!」


 -※-


 扉を開くと、右手にカウンターが見えた。

 左手には丸テーブルが10セットあり、冒険者と思われる女性が2名くつろいでいた。

 カウンターにいた人間の男は、背が高く、ひげをはやしていた。彼はハティエルを見ると、笑顔でいらっしゃいませと声をかけた。

 カウンターに向かったハティエルは、


「紅茶って、ある?」


 と訪ねた。


「レモンティーでよろしいですか?」

「ん?」


 少し困惑しているハティエルを察し、男はカウンターのメニューを指さした。


「この部分が紅茶です。うちの葉っぱはブレンドになるのですが、そのまま飲むストレートティー、レモンを入れたレモンティー、ミルクを入れたミルクティーなどです」


 ハティエルにはもはや暗号だった。レモンやミルクといったものは知識としては知っているが、それを入れるとどういう味になるのか、さっぱり想像できなかった。

 仕方がないので、男のいう、レモンティーを選んだ。


「シロップはどうしますか?」

「お願い」


 更に新しいものが出てきたので、とりあえず同意した。


「ご一緒にシフォンケーキもいかがですか?紅茶に合いますよ」

「じゃあ、それも」


 お金を払ったハティエルは、席に座って待つように告げられた。用意ができたら運んでくれるらしい。

 ハティエルは席についている女性2人と少し離れるように座った。

 窓際で外が見え、何気なく眺めていると、店員がトレイを持ってやってきた。

 ごゆっくりとテーブルに置くと、ハティエルは興味深そうに眺めた。

 ストローのさしてあるグラスに入っているのがレモンティーだろうと推測できた。グラスに刺さっているのがレモンだろう。

 そして、小さなカップに透明な液体が入っていた。

 もう一つ、皿にはふわふわしたものに白い何かが乗っていて、横に銀色の何かが乗せられている。

 ハティエルは恐る恐る、ストローを加えて吸ってみると、あっさりとした風味が口の中に広がった。鼻から息を吸うと、レモンの後味が体を駆け巡る。


「うまっ……」


 ぼそっと呟いてしまい、少し赤くなって周囲を見渡したが、ハティエルには誰も関心はなかったようでほっとした。

 次にグラスに刺さっているレモンを絞り、ストローでかき混ぜて飲んでみると、味の変化に驚いた。

 小さなカップに入っている液体を入れてみると、甘みが増した。これがシロップというものかもしれないと推測する。

 そして、シフォンケーキに視線を向けた。


「これは……こうかな?」


 銀色のもの……つまりフォークを手にとって白いメレンゲをケーキに塗り、フォークで切断して口に入れてみた。

 ハティエルは笑顔で頷いた。

 と同時に、地上人はいつもこんなものを食べているのかと驚いた。楽園に戻って大天使になったらもう食べられないのかとか、アリム様はこれを知っているのだろうかと考える。

 しばらくカフェを満喫し、懐中時計を見るとそろそろギルドに向かっても良いかなという時間になっていた。

 ハティエルは立ち上がるとカウンターに向かい、


「あの皿はどうすればいいの?」


 と訪ねた。


「こちらで下げますので、そのままで結構ですよ」

「ありがとう!美味しかったから、またくるね!」


 頭を下げ、ハティエルは店をあとにした。


 -※-


 ギルドに戻り、右手の扉を開くと20席ほどの机があった。横に5席、縦に4列だ。

 中央には教壇があり、その先には黒板があった。

 右前の2席には、2列になって4人の男女が座っていた。雑談はせず、じっと座っているが、これはおそらく同じパーティーですでに仲間になっている人々なのだろう。

 ハティエルは一人でここにきたが、予め一緒に冒険者になろうと結束したあとで来るパターンもあるらしい。

 話しかけられても今は地上の情報が少なく、変な質問をされても困るので、ハティエルは中央の一番うしろに座ることにした。ここなら全体を見渡せる。

 次に部屋に入ってきたのは、先程ギルドで見た、淡い黄緑色の長い髪の細身の女性、ミュカと名乗っていたエルフだった。記憶力の良いハティエルは、ミュカ・ポーシアという名前で16歳と言っていたことを思い出した。

 ミュカもハティエルに気が付き、左隣に座ると、声をかけてきた。


「あの、先程カウンターで会いましたよね?ちょっと驚きました」


 そういいながら、バッグからノートと鉛筆を取り出し、机に置いた。

 ハティエルは質問を投げた。


「それは、なに?」

「えっ?なにって、これから講習ですからメモを取らないといけませんし……。逆に聞きたいんですけど、あなたは……えーと……」

「ハティエル」

「ハティちゃんはメモを取らなくていいんですか?」

「ハティ……ちゃん?」

「あっ、ごめんなさい、馴れ馴れしくて。ダメでした?」

「べっ、別に問題ないよ」


 そういった対応は楽園で受けたことはなく、驚いてしまった。見習い天使からもハティエル、アクレスたち他の天使からもハティエル、アリムからもハティエルだった。

 嫌ではなかった。


「私はまぁ、覚えられるから」

「へー、ハティちゃんてそう見えて、凄いんですね」


 ミュカはなにを言っているんだろうと思った。自分が天使であることを差し置いても、17歳であるハティエルはミュカよりも年上なのである。

 そこで、理解できた。

 ギルドのノームの女性も、ミュカも、おそらくカフェの男からも、自分の姿は17歳には見えておらず、見習い天使のような子供に見えているのだろうと。

 説明するのも面倒なのでそのままにしようと思うと、再び扉が開き、そちらに意識が向かった。

 屈強な中年のドワーフの男は、顔や腕に傷が入っているところから激戦を繰り広げてきたのだろうと思われた。

 続いて、凛とした人間の成人女性だ。

 ドワーフの男が左前を差すと、女性は静かに頷き、横に並んで座った。

 ハティエルは前方右側の集団が、少しざわついているのがわかった。なんだろうと思っていると、ミュカが顔を寄せてきて小声で言った。


「あれって、ゲイズ将軍ですよね?」

「誰それ」


 ミュカは両手で口元を抑えて驚いた。まさか知らないのか?という表情だ。


「ゾークブルグ王国のエリート軍の将軍ですよ」


 そう言われてもわからないハティエルだったが、凄く強いひとなんだろうなと察した。ゾークブルグ王国はわかる。世界地図を見せられ、どこにあるかと質問されれば指をさせる。


「隣に座る女性はおそらく、右腕のコーデルトさんですね。将軍の重要なサポート役なんです。ダンジョンて、将軍が出てくるほどのものなんですね」


 つまりは魔王討伐の強力なライバルと言ったところだ。

 将軍という役職は理解している。簡単に言えば『有能』ということだ。

 だが、自分のほうが有能だ。絶対に自分のほうが有能で、地上人に負けることはないに決まっている。

 そこでふと、アリムの言葉を思い出した。ロザリンドが大天使の試験に失敗したのは、そういう奢りなのだと。

 ハティエルは考え方を改めた。そんなに有能なら、一緒に魔王を討伐すればいいのではないかと。

 そう思ったが、今自分が組んでくれと言ってもあしらわれるのは確定だろう。何しろ自分は地上で何の実績もなく、見た目も子供に見えるからだ。少し実績を積んだあとで交渉に向かうのがベストかと思う。


「『軍』といっても国同士の戦争なんて何百年もないんですけどね。今は地上の魔物討伐がメインのようです」


 それはハティエルも知っていたが、知らないふりをした。


「そうなの?」

「そりゃそうですよ。強いヒトは戦争なんかをするより、ダンジョンにいきたがりますし」


 すると、扉が開き、老いたノームの男が入ってきた。背が低く長いあごひげが特徴だ。

 彼は背中を丸めながらゆっくりと教壇に向かうと、ゲイズに向けて軽い会釈をし、言った。


「では、これから講習を始めます。前半はダンジョンについての基礎知識です。他の冒険者から聞いたり、本で知識を得ている方もいると思いますが、復習のつもりで聞いてください。後半はダンジョンで必須であるテレポートの魔法の伝授です。魔法と言っても、魔力のないヒトでも使うことができるものなので、ぜひマスターしてください」


 ハティエルがちらりと横のミュカを見ると、鉛筆を片手に真面目な表情で正面を見ていた。

 ノームの老人はまず、ダンジョンの話をした。

 ダンジョンと言っても階段で降りていくような構造になっておらず、また、迷路のようなフロアになっているわけでもないと言った。

 どういう仕組みでそうなっているのかはわからない。

 各フロアは『層』と呼ばれ、地下なのに空が広がる、地上と独立した世界になっている。昼も夜もある不思議な空間だ。

 この、層と層をつなぐものが『ゲートフロア』と呼ばれるフロアである。ここは、単純に『ゲート』と呼ばれる。

 ダンジョンに入ると、最初のゲートフロアがある。ここから地下1層に転送され、地下1層のゲートフロアから地下2層に転送できるという仕組みだ。

 先に進んだ人が毎回そうやって地下に降りなければならないかというとそうではなく、講習の後半に学ぶテレポートの魔法で一度いったフロアに移動したり、地上に戻ったりできるようになる。そのため、ノームの老人は最初にダンジョンでは必須の魔法だと説明した。

 一度いったフロアの記録は最初のゲートフロアで受け取れる『ゲートトラッカー』と呼ばれる腕輪に記録される。単純に『トラッカー』とも呼ばれる。

 そういいながらノームの老人は、右肩を見せた。腕輪があった。

 次のフロアに向かうとゲートトラッカーには層に合うエンブレムが記録され、次はそこから始めることができる。

 腕輪には三つ葉の紋章が入っていた。これは、老人が地下1層までは突破しているということらしい。彼も冒険者だった。

 だが、フロアにおりていきなりゲートに向えばいいと言うものでもなかった。

 フロアによって集めなければならない数は異なるが、ゲートフロアに入るための『キー』を集めなければならず、特定の場所にいけば手に入るものや、『エリアボス』と呼ばれる敵を倒さなければ手に入らない。

 キーはゲートトラッカーに記録されるもので、物理的なものではなかった。

 最後に、『フロアボス』との戦闘で勝たなければならない。


 流れとしては、フロアにおりる。エリアボスを倒したりしながらキーを集める。全部のキーを集めてフロアボスを倒す。次の層へ……というものである。

 話が一段落すると、コーデルトと呼ばれている女性がいいですかと右手をあげ、質問を投げた。


「なぜ、冒険者を集めて一斉にエリアボスやフロアボスと戦わないのでしょうか?我々の軍は全体で……」


 ノームの老人は右手を前に出し、会話を遮った。


「フロアボスやエリアボスはそこらをうろついているわけではなく、独立した部屋での戦闘になります。その部屋には最大4人までしか入れません。また、ゲートトラッカーにキーやエンブレムが記録されている場合、そのボスとの再戦はできません。つまり、経験者を入れての戦闘はできないんです」

「なるほど……ありがとうございます。もう一つ、各層は広いのでしょうか?」

「ええ。深層はわかりませんが、ギルドが認識しているところに限ればものすごく広いです」


 そんなやりとりを聞いていたハティエルは、おかしいと思った。

 例えば、ゲイズとコーデルトの二人でボスと戦闘をするとする。エリアでもフロアでもどちらでもいい。

 自分は順番待ちをするためにボスの部屋の前で待っている状態で、ゲイズたちがボスを倒してキーを手に入れて出てきた場合、自分が部屋に入ると何が待っているのか。

 おそらく、ゲイズたちが戦ったボスと同じものがいるのだろう。

 コーデルトはそこに気づかない無能とは思えず、追求しないところから地上の人たちはそういうものだと思っているのか、地上ではそういうことが普通にあるものなのかはわからなかった。

 ハティエルは黙って話を聞くことにした。

 ノームの老人はフロアのあちこちに『レストシンボル』と呼ばれる石像があり、戦闘中以外はそこにテレポートで移動可能だと説明した。つまり、ある程度フロアを探索すれば、毎回最初の転送位置から始めなくてもいいらしい。

 また、レストシンボルの半径50メートルは安全で、敵に襲われることもないらしい。


 続いて、各層の説明を始めた。

 地下1層、始まりの草原。

 そこは穏やかな草原であり、青空が広がっている。夜になれば星も出るし、山や湖などもある。

 始まりの草原は冒険者たちの腕試しの場所でもあり、地下2層で戦う実力のない冒険者がここで宝探しをすることも多い。珍しいものはないのだが、ある程度の実力があれば、裕福ではないが生活はできる程度の稼ぎは得られる。

 そこで、ノームの老人は一息ついた。


「腕試しの場所とはいえ、地下1層を超えられるのは冒険者の30%程度です」


 ミュカが驚いて声をあげた。視線が集まる。


「えっ?それだけですか?」


 ノームの老人は頷いた。


「それだけです。始まりの草原は気候も気温も穏やかで環境的な問題は何もありませんが、超えられるのは30%程度です。ですが、全員が死ぬというわけではありません。力不足でギブアップして、ギルドを脱退する冒険者も多いです」


 それを聞いた4人組の集団もゲイズたちも、慌てずに老人を見ていた。自信があるのだろう。

 彼は話を続けた。

 地下2層、月下の砂漠。

 ここは昼間は熱く、夜は極寒の地であり、地下1層とは違い、環境的な問題も関わってくる過酷な場所である。

 砂漠は昼も夜も、いるだけで体力を奪われてしまう。つらくなったらテレポートで地上に戻り、また探索を繰り返せばいいというような甘いものではなく、レストシンボルも都合よく配置されているわけではないので、キーを手に入れるためには砂漠での野宿も必要になってくるようになっている。


「えー、ここを超えられるのは5%未満です。鍛えた人でも気温にねをあげる例も少なくないからです。地下3層の『しじまの海』までたどり着いた冒険者は、現存するのは2名しかおりません。その2名も攻略は全くできておりません」


 室内は静まり返った。

 ハティエルは、左前に座るゲイズを見た。

 無表情だったので何を思っているのかはわからないが、俺に任せろという雰囲気は出していない。

 自分が向かわなければならないのは地下6層であり、おそらくそこのフロアボスが魔王なのだろう。

 過酷なものだなと感じたが、大天使になるためにはやらないといけない。

 ハティエルは前に挑んだロザリンドはどこまでいったのだろうと考えた。魔王と戦えたのか、その前に死んだのかはアリムの話からはわからなかった。


「この最先端のメンバー、覚えておいて損はないと思います。まず、エリシア・キャヴァリンという、人間の格闘家、26歳の女性です。続いてラシッド・マーグレイという、ノームの賢者です。賢者というのは非常に珍しいクラスです。あらゆる魔法を使いこなせる魔法のエキスパートで、30歳の男性です。この2人とは、冒険を続けていれば向こうから接触してくると思います。あと、モーラ・オフィールというドワーフの重戦士がいたのですが、彼は死にました。男性で28歳でした」


 ミュカはエリシア・キャヴァリン、ラシッド・マーグレイという名前をノートに記録し、右手を上げた。


「その、エリシアさんやラシッドさんと一緒にボスを倒すことはできないんですね?」

「はい、経験者はもう、倒したボスと戦えません。ですが、情報を得ることはできます。といっても、地下1層や2層は十分に情報が集まっておりますし、詳細な地図もギルドが提供いたしますので、それで問題ないと思います」

「そうなんですね、ありがとうございます」

「説明はこれで終わりです。質問がなければ、続いてテレポートの伝授をしたいと思います」


 それを聞いたハティエルは、コーデルトやミュカに習って右手を上げた。


「ちょっ、ちょっと待って!」

「なんでしょう?」

「説明それで終わり?その先は?地下4層とか5層とかあるんでしょ?」


 ノームの老人は両手を返してため息をついた。


「わかりません。地下4層、圧力の森。地下5層、最果ての氷河。我々がわかるのはそこまでです。はるか大昔にたどりついた冒険者がいたようですが、ギルドにもフロアの名前しか記録がありません」


 ハティエルはロザリンドかなと思った。

 だが、たかだか100年前のことを『はるか大昔』と表現するのかなと思う。地上人の寿命は短いとはいえ、80年は生きる。100年前の記録ならあってもいいはずだ。


「もし、あなたが地下3層の『しじまの海』までたどり着いたらギルドは大騒ぎになるでしょうし、他の冒険者からも一目置かれる存在になると思います。なにしろ最先端ですから。これは今の時代だからというわけではなく、昔もそうだと思います。そんな状態でもし地下4層にたどり着いたらどうなるでしょうか?」

「それだけの偉業があったら、どんな場所だったかとか、地図とか、色々な人に聞かれてなにか記録があるはずってことね。無いってことは、記録が残らないほど大昔ってことなのか……。ということは、ダンジョンていうのはそんな昔からあったわけかー」

「そうですね。ギルドの歴史も古いものです。でも、少し驚きました」

「なにが?」

「いえ、今まで講習で地下4層や5層の質問をしてきた冒険者はいなかったものですから」


 それを聞いて、驚いたような表情で自分を見ているミュカと目があったが、ハティエルにとってどうでも良かった。自分はただ、尋ねただけだ。

 気になるのは、ロザリンドの記録はギルドにありそうだなということだ。ありそうだが、いきなりロザリンドについて訪ねても誰だと怪しまれるかもしれないので、しばらく控えることにした。


「ギルドとしても、そろそろ地下3層攻略のメンバーが増えてほしいという期待はあります」


 ノームの老人はそう言って、ゲイズの目を見た。


「あなたには期待しておりますよ、ゲイズ将軍。ゾークブルグ王国の英雄のことは、グラムミラクト王国にも届いております」


 ゲイズはふっと笑い、低い声でこう返した。


「そうありたいものですな」


 続いて、テレポートの伝授が始まった。

 これは簡単なもので、ノームの老人と握手し、自分が移動できるイメージをするだけで良かった。

 あとは最初のゲートフロアでゲートトラッカーを受け取ると、テレポートが使えるらしい。極稀に使えない冒険者がいるらしいが、ほぼゼロといっていいレベルの話だし、何度か伝授されるといずれ使えるようになるという。

 緊張しながら老人の手を両手で掴むミュカを見て、余裕の表情で右手を出したハティエルが対象的だった。

 最後に、ノームの老人は注意点として、『テレポートは戦闘中に使えない』と言った。特殊なフィールドが張られ、戦闘中の敵とある程度離れないと使えないとのことだった。

 テレポートの伝授が終わると、講習は終了した。

 次に、先程の話のなかで出た、地下1層と2層の地図を渡して説明をすると言った。これは必須ではなく任意のため、事前情報なしで自分で歩いて体験したい人や、すでにほかから情報を仕入れていて不要な人は解散していいらしい。

 ノームの老人はそう言うと、10分休憩といって部屋を出ていった。

 右前に陣取っている4人組はすぐに出ていった。

 ゲイズとコーデルトも小声でなにか話をしたあとに部屋を出ていった。

 ハティエルはミュカと目があった。


「ミュカは聞いていくの?」

「もちろんですよ。地下1層は兄が少し知っていますが、油断大敵です。ハティちゃんも?」

「私は何も知らないから、聞きたい」

「では、前に移動しません?私達しかいませんし」


 ハティエルは頷くと、二人はそのまま一番前の席に移動した。


「ところでハティちゃんて、クラスは戦士なんですか?」

「聖戦士ってのになるみたい。私は魔法、使えるから」

「へー、凄いですね」

「ミュカは杖を持っているけど、魔法使いなの?」


 ミュカは笑顔で頷いた。


「回復魔法がメインの『クレリック』です。回復魔法以外にも色々できますし、いざとなったらこの杖で叩きます。まぁ……めちゃくちゃ弱いですけど……」


 ハティエルはヒーラーというやつかなと思った。


「少し前にきた、私の兄のミルファスもここにいるのですが、兄はアーチャーなんです。私はミルファスと行動をしようと思っているのですが、アタッカーとヒーラーなので、その……」


 タンクが欲しいと言いたいのだろうと、ハティエルは察した。つまり自分に一緒に来ないかと言いたいわけだ。

 正直なところ、ミュカとミルファスと組むよりはゲイズたちといきたいところだった。しかし、今は地上のこともよくわかっていない以上、ミュカにお世話になるのは悪くないなと考えた。


「ハティちゃんも私たちといきませんか?」

「うん、一緒にいこう!」


 -※-


 地図を受け取り、地下1層の説明を受けたハティエルは、ミュカを連れてギルドのカウンターに向かった。

 朝、手続きをしたときに住まいについて案内にしてくれると言っていたからである。

 ノームの女性にそれを尋ねると、ミュカが割り込んだ。


「だったら、私の宿舎に来ませんか?3階の部屋が余っていたと思います」

「どちらでしょうか?」

「『ジオリーズ・イン』の3階です」

「そこはギルドの提携ですね。ハティエル様、いかがですか?」

「といわれても、さっぱりなんだけど……私は荷物が置けて眠れればいいから、そこにするよ。高いわけじゃないんでしょ?」


 それを聞いたミュカはクスクスと笑った。

 なにが面白いのかと聞き返すハティエルに、ミュカは、


「だって、地下4層とか5層のことを聞きたがるような人が、庶民の宿の料金を気にするのがちょっとおもしろくて」


 ハティエルは頭をかいた。確かに、冒険者として深層にいけば、珍しいものを拾って売るだけですぐに大金持ちである。

 ハティエルはギルドに紹介状を書いてもらうと、ミュカの案内でジオリーズ・インへと向かった。

 距離はここから徒歩で10分ぐらいで近かった。

 レンガ造りの4階建ての建物が見えてくると、ミュカは指をさしてそこだと告げた。

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