Angelic Voyage
Master.T
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第1章 大天使の試験
チャプター1
楽園。
そこは女神アリムがおさめる天使たちの世界だった。
巨大な湖を囲むように花畑が広がり、いくつかの木造りの家が立っていた。
爽やかな優しい風が吹く。
湖の畔では、薄い金髪のセミロングの髪をなびかせた少女を囲うように、6人の子供の男女が座っていた。
彼女たちの背中には翼が生えており、耳も長かった。
金髪の少女は子供たちに聴かせるように話をしていた。
子供といっても、金髪の少女も子供たちと年齢はそれほど変わらないように見える。背も低い。
「見習い天使は100年生きると天使になるための試験を受けられるんだけど、合格すると私みたいな天使になれるんだよ。天使になれるのは最大でも1人だけ、良くない時は誰もなれないから、みんな頑張って修行しなきゃね。ダメなら消滅だよ」
見習い天使である子供たちは、
「はーい!」
と元気に声を上げた。
子供の一人が言った。
「ハティエルも試験、頑張ったの?」
「もちろん!」
楽園では、見習い天使は10年に一度、6人ずつ生成される。
見習い天使が100年を生きると天使になるための試験を受けられ、最大1人が天使に昇格する。そして、残りの全員は消滅するという仕組みになっている。
消滅自体はパッと消えていなくなるもので、全員そういうものだと教わって生活をしているため恐怖はない。残念だったなぐらいの終わりだ。
ただし、見習い天使の全員が最後まで生きるわけではなく、途中で無能と判断された者は途中で消滅する。むしろ、100年間生きられるほうが珍しい。
その判断をおこなうのは、見習い天使に話をしている金髪の少女、ハティエルたち天使だが、消滅される側と同じでそういうものだと教わって生活をしているため、悩んだり後悔することもなく、あっさりと決めてしまう。
見習い天使が生成される時は人間換算で5歳ぐらいの年齢である。
基本的な生活や読み書きは生成された時点ですでにできるようになっており、楽園では食事は不要で、疲れたら眠るだけの生活である。
そこから100年間、修行をする。勉強だけではなく、剣術や簡単な魔法なども覚える。
地上の暮らしについても学ぶ。地理などもだ。その知識をいつ使うのかという疑問は一切得ず、黙々と学ぶ。
人間換算で10年で1つ歳をとるぐらいの成長速度なので、天使になるのは15歳ぐらいである。
見習い天使の子供たちは生成されたてのまだ5歳。
ハティエルと呼ばれた金髪の少女は見た目は12、3歳ぐらいと幼いが、この時点で人間換算で17歳だった。天使としてのキャリアもそこそこある。
楽園に性別はあるが、見た目だけの問題で、地上のような恋愛などはない。友人という概念も無い。地上にそういうものがあるということを、知っているだけだ。
別の子供が声をあげた。
「天使になったらどうするの?」
天使になった住民は次に何をするのか。
100年以上生きた天使は更に修行し、『大天使』になるための試験を受けることになる。大天使は女神アリムの直属と言われている。
天使の試験は必ず合格者がでるわけではないので、現在楽園にいる天使はハティエルを入れて3人だけだった。
アクレスと呼ばれる男の天使が人間換算で21歳、ホークと呼ばれる男の天使が23歳であり、あと20年もすればホークが大天使の試験を受けることになる。
ただ、ハティエルから見て彼らが有能かと言われると、首をかしげてしまう部分もあった。
例えばアクレスは戦闘は得意だが勉強はそこまで優秀ではなく、ホークは優秀だが少し気性が荒くて怒りっぽい。大天使が天使の上位で完璧な存在というものであるのなら、試験に受かるのかどうかは疑問を得てしまう。
満たせなかった天使も見習いのように消滅するが、どういう試験でどうなるとだめなのかはハティエルにも不明である。試験については人間換算で17歳の自分にはまだずっと先の話なので、女神アリムに内容を聞いたことすらなかった。
そもそも、アリムには気軽に会うことはできない。天使のハティエルでさえも生まれてから数度しか会ったことがないぐらいだ。
「大天使の試験ていうのは、ハティエルは受けた人も知らないんですか?」
「えっとね、私が見習いのときに『ロザリンド』て人が受けてた。すごい有能で、私もたくさんお世話になった凄い天使だったんだけど……えーと、あれは100年ぐらい前だったかな?」
「どうなったんですか?」
ハティエルは両手を振った。
「わからないんだよね。大天使って、会えないから何人いるかもわからないし、何をしているのかも全然わからない。合格して『神殿』にいるのかもしれないし、失敗して消滅しちゃったかもしれない」
「へー」
しばらく雑談をしたあと、ハティエルたちは解散した。
ハティエルは湖の周囲に散らばる家に帰ろうと思った。
家というのは、見習い天使は2人で、天使は1人で住む、ベッドやテーブルがあるだけの1階建ての簡易的なものである。楽園の住民は食事をすることは無いので、キッチンは無い。本棚は無いが、図書館が別に建っており、ここで知識を吸収する。
すると、ハティエルの脳内に透き通るような声が聞こえてきた。女神アリムの声だった。
「ハティエル。すぐに神殿にきなさい」
こちらからの声は聞こえないため、ハティエルは急ぐべく、家を飛び出して走り始めた。
草原をしばらく進むと迂回するように緩やかな坂があり、登り切るとアリムと大天使の住む大きな白い神殿がある。その存在は誰もが知っているが、見習い天使も天使も用がない限り神殿どころか坂にも近寄らない。
ハティエルが神殿に向かいながら横を見ると、湖や天使たちの家が一望できた。一息ついて、徒歩で神殿に入っていく。
入ってすぐの大広間には20メートルほどの巨大な女神像があり、足元には石造りの床の上に赤い絨毯がしかれていた。
明かりは無いが、天窓から差し込む太陽の光で十分あかるかった。
女神像の前に立つアリムはウェーブのかかった長いピンクの髪が特徴的だった。年齢は成人のものだが、どれだけ生きているのかは誰も知らなかった。
笑顔で微笑む女神像。一方、実際のアリムは表情を見せず、非常にクール、いや、ドライであった。
ハティエルはこのギャップは何なのだろうと思ったこともあったが、口に出したことはなかった。
「およびでしょうか」
ハティエルはしゃがみ込み、見上げながら言った。
アリムは微笑むと、
「ええ。実は、あなたにはこれから『大天使の試験』を受けてもらおうと思います」
と告げた。
ハティエルは驚いた。自分はまだ若いし、先輩のアクレスとホークすらまだ天使になってから100年たっておらず、適正の年齢ではないからである。
アリムが言うには、ハティエルは非常に有能であるため、今すぐ試験を受けてもいいと判断したとのことだった。
仮にハティエルが大天使の試験に失敗して消滅することになった場合、アクレスとホークにも突破は無理だろうし、ハティエルが合格するのであれば、他の二人は不要ということらしい。
喜んでいいことなのか迷うハティエルだったが、自分が今、存在しているのは大天使になるためであり、そのチャンスがやってきたということは純粋に喜んでいいのだろうと思い、笑顔を作った。
「それで、私は何をすればいいのでしょうか?」
「あなたには地上におりてもらいます」
「えっと……」
ハティエルはそこで言葉に詰まった。ここで剣術や魔法の実力を見せるものだとばかりに思っていたからだ。
「人間の姿になって地上におりてもらいます。地上の『グラムミラクト王国』というところに、地下6層に及ぶ巨大なダンジョンがあるのですが、その最深部で魔王を倒してきなさい。それが試験です」
「魔王……ですか」
アリムは静かに頷いた。
「魔王はダンジョンの奥で力をつけつつあります。そして、地上に出て世界を滅ぼそうとしているので、あなたが今まで覚えてきた剣術や魔法の力で阻止してください。できますか?」
現在、グラムミラクト王国では『ギルド』と呼ばれる施設が作られ、世界中の冒険者がダンジョンを攻略するべく集まってきているらしい。
アリムはハティエルにギルドに加わり、地上人たちと協力してダンジョンを攻略するように伝えた。
ハティエルは少し迷い、恐る恐る言った。
「アリム様、一つ質問よろしいでしょうか」
アリムが黙って頷くと、ハティエルは話を続けた。
「その試験は過去に他の天使……例えば、ロザリンドも受けたのでしょうか」
「ええ、受けましたよ。どうなったか、気になりますか?」
「はい。なんとなくは想像はできるのですが、ぜひ……」
「あなたの察する通り、魔王の討伐ができずに『消滅』しました」
やはりそうなのだろうなと、ハティエルは思った。
だが、彼女が思い出す限り、ロザリンドはすごく強かったし知識もあった。そんなロザリンドが失敗ということは、この試験は相当厳しいものなのだろうなと息を呑んだ。
「ロザリンドは有能すぎたんです。それが失敗に繋がったようです」
「えーと……それは……」
「自分は天使であり有能だ、地上人よりも優秀だ。だから地上人の力なんかは必要ないと、一人でダンジョンに挑んだという奢りが敗因です。先程、私があなたに言った、地上人と協力しろというのはそういうことです。確かにあなたたち天使は色々なことができますが、あなたが持っていない力を彼らは持っているわけです。考え方も良い意味でも悪い意味でも違います。あなたはロザリンドと同じ過ちを繰り返してはいけません。それではただの無能です。あなたは無能ではありませんよね?」
ハティエルは気を引き締めて頷いた。
「もちろんです!」
アリムは頷くと、短い詠唱をした。
すると、ハティエルの体が輝き、一枚布で作られたグレーの服の姿になった。頭にも同色のヘアバンドがつけられている。
腰は大きなベルトで止めてあり、腰には剣を下げ、左手で盾を持っていた。
斜めにかけた小さなカバンには、住居を確保するためや、当面の旅の資金が入っている。
そして、これらの装備は大したものではないため、今後はダンジョンの中で拾ったものを売ったり使ったりしていくようにと説明を受けた。そういうものも試験の一環であると。
ハティエルはキョロキョロと自分の姿を見回し、違和感に触れてみた。
翼はもちろん無く、耳も小さくなっていた。
「これが地上人なんですね。私はメスですか?」
「ええ、楽園とは違い、地上では性別があります。真面目に勉強をしているあなたには不要なひとことですが、地上人と言っても、人間やエルフ、ドワーフなど様々な種族がいます。そのなかで、あなたの種族は人間です」
「地上だと、なにか食べないと死んでしまうんですよね?」
「そうなります。お腹が空いたり喉が渇いたりと、今まで起きなかったことが起きるようになります。子供はできませんが、他はだいたい人間と同じです」
アリムは両手を合わせた。
「そろそろ地上に飛ばしても良いですか?」
よろしくお願いしますと、ハティエルは頭を下げた。
-※-
やや薄暗い場所だった。
そこは石造りの建物に囲まれた路地裏だった。
ハティエルが空を見上げると青空が広がり、雲が流れているが、1階建ての木造りの家しか見たことのない彼女にとって、高さのある石造りの建物は初めて見る景色だった。
空気は楽園と比べると悪いように思える。
活気のある音もする。
時間は朝だろう。
ここが地上かと、ワクワクしながら路地裏を抜けたハティエルは、その光景に驚いた。
広く長い路地があった。
建物に囲まれた町を人間やエルフといった地上人が徘徊し、露店もあった。
しばらく棒立ちでキョロキョロと周囲を眺めていたハティエルは、楽園で学んでいた地上のことを思い出していた。
楽園には天使しかいないが、地上には様々な種族がいる。
人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビット。どの種族も寿命も80歳ぐらいまで生きるようで、子供や大人の他に、楽園にはいない老人の姿もあった。肌の色も様々だ。
グラムミラクト王国はダンジョンに挑む冒険者が多いということもあり、剣や斧、槍や杖といった、様々な武器を持つ男女が多かった。
まずは、ギルドとやらに向かうべく、ハティエルは近くにあった露店の女性に声をかけた。女性はフルーツを並べていた。
「ギルドにいきたいんだけど、どこにあるか知ってる?」
女性は微笑むと、指をさし、この路地をまっすぐ20分ほど歩いていくとわかると告げた。
そして、人間換算で17歳には見えず、見るからに子供だが、剣や盾を持っているハティエルを見て質問を投げた。
「もしかして、あなたも冒険者なの?」
「うん」
「頑張ってね!」
「ありがとう」
ハティエルはお辞儀をすると、路地を歩き始めた。
景色を堪能しながらゆっくりと歩く彼女の後ろから、ガチャガチャと音が聞こえてくる。立ち止まって振り返ると、鎧を来た屈強な二人の男が走り、ハティエルの横を駆け抜けていった。
あれも冒険者なのだろうと思いながら再び歩き出すと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
正面にある屋台からのようで、店には数人が並んでいた。
屋台には吊るされた肉がくるくると回っており、店員がナイフでカットをしながら皿に盛り付けていた。
そばに置いているテーブルでは、美味そうに皿に乗っている肉や野菜を食べている人々がいた。
どんな名前の料理でどんな肉を食べているかはわからないが、美味しそうだなと思ったハティエルはお金を持っていることを思い出し、自分も列に並んで食べてみようと思った。
だが、ギルドに向かうほうが先だなと思い、屋台を横目に前に進むことにした。試験のために地上にきているということは忘れていなかった。魔王討伐は数日で終わるようなものではなく、数ヶ月、もしかしたら1年単位の時間がかかるかもしれず、その間に飽きるほど地上で食事をすると考えた。
そのほか、ギルドに向かう間にハティエルの興味を引くようなものがたくさんあった。ここは何もない楽園よりもずっと面白かった。
やがて、ギルドが見えてきた。
そこは大きな2階建ての建物で、観音開きの扉があった。
なかに入ると左に階段があった。2階に向かうものと、地下に向かうものがある。
正面にはカウンターがあり、そのあいだに8人がけの大きなテーブルが置いてあった。冒険者はいない。
カウンターには背の低いドワーフの老人を中心に、エルフとノームの女性がおり、入ってきたハティエルを眺めていた。
右側は壁があり、扉が一つあった。その先がどうなっているのかはわからないが、ハティエルはまず、カウンターに向かうことにした。
「ダンジョンにいきたいんだけど、その前にここに来るように言われたんだ。どうすればいいの?」
ドワーフの老人は頷いた。
「では、まずは冒険者の登録をしてもらおう。そのあとで講習を受けてもらう流れになっている」
「講習?」
「ああ。『ゲート』や『キー』の話は知っているかもしれないが、冒険に必須のテレポートの伝授はここでないとやっていないんだ」
何を言っているかわからないハティエルは、素直に従うことにした。
隣のノームの女性は来るようにいうと、ペンを持って登録用紙を置いた。
「では、いくつか質問をしますね」
「うん」
「お名前は?」
「ハティエル」
「ハティエル……なんでしょう?」
そこで、ハティエルは地上人には名字があるのだと思い出した。天使は家族という概念が無いし、名前がかぶることもないため名前しか存在しないが、地上はそうではないのだと。
彼女は瞬時に考え、
「ニューラン」
と言った。特に意味はない。
ノームの女性は登録用紙にハティエル・ニューランと記述した。
自分で書かせないのはここにくる冒険者の全てが学問を学んでいるわけではなく、文字が書けないものもいるという理由だった。頭は悪いが戦闘能力にたけたものなどもそれなりにいるし、そういった冒険者とのトラブルも避けたいという考えだった。
「おいくつですか?」
「17歳」
「えっ?」
ノームの女性だけではなく、他の二人も驚いてハティエルを見た。
とてもそうは思えなかった。ギルドのスタッフは冒険者とのトラブルも避けなければならないというものがあったが、つい驚いてしまった。
ハティエルとしても楽園では普段からそういう対応をされたことがなかったので、笑顔で、
「本当に17歳だよ」
と返した。
「し、失礼しました」
「住まいは?」
ハティエルは考えた。素直に楽園というわけにはいかないだろうが、どう返答すればいいのかわからなかった。
「えーと……」
悩んでいると、ノームの女性はこう言った。
「まだ決まっていないのですね。では、後ほどギルドと提携している宿舎を案内致します。早い話がハティエル様の当面の『家』ですね。1ヶ月間戻らないと、死亡とみなされ解約されます。また、毎月決まった料金が発生するので、ダンジョンに挑む冒険者であればダンジョン内で見つけたものを売るなどして、お金を稼ぐ必要があります」
そんな説明を受けているとギルドの扉が開き、荷物を抱えた3人の冒険者が地下へ向かう階段をおりていった。楽しそうな会話をしているところを見ると、成果がよかったのだろう。
振り返って見ていたハティエルに、ノームの女性は、
「ちょうど、品物を売りに来た冒険者が来ましたね。手に入れたものはギルドの地下で買い取りますし、この国の店に売っても良いですし、他の冒険者に直接売っても構いません。もちろん、欲しい物があれば他の冒険者からハティエル様が買っても構いません」
と説明した。
「なるほど」
「では住まいが決まりましたらあとで教えてください。次に、クラスですが……戦士……になるのでしょうか?」
「うーん、それで」
それを聞いたドワーフの老人は割り込んだ。
「待て。ハティエルとやら、お前は魔法が使えたりはしないのか?」
「うん、もちろん使えるよ」
そう答えたハティエルは、天使であれば当然の話でも地上ではわけが違うのかもしれないと察し、やってしまったかなと思った。
だが、それは杞憂に終わり、ドワーフの老人はノームの女性を見て、
「聖戦士のほうがいいんじゃないのか?」
と言った。そして、ハティエルを見て、
「お前が名乗りたいクラスがあるのであれば、それを名乗っても構わないが……」
と、補足した。
どうやら、冒険者とひとことでいっても得意不得意があるようだ。
自分たち天使の場合、平均的にある程度のことはこなせ、天使によって更に得意分野がある。それが必ずしも戦闘に直結するものとは限らないが、ハティエルの場合は剣術が得意だった。
ギルドのスタッフの話の流れから察すると、地上人の場合、平均的にある程度のことがこなせるということはなく、武器を振るだけしかできなかったり、魔法を使うことしかできなかったりするらしい。
そんなことを考えているハティエルに、ノームの女性は説明を始めた。
役割は大きく分けて3種類あると。
一つは前に出て敵の攻撃を引き付ける役、『タンク』。これは戦士と呼ばれるが、魔法の使える戦士を特別に『聖戦士』と呼んでいる。魔法が使える者は貴重だ。
ハティエルが盾を持っていることから、ギルドのスタッフは彼女をタンクだと思った。ほか、敵の攻撃を避けたり、武器ではじくようなタンクも稀にいるらしい。
次に、メンバーの傷を回復させたり強化させたりする役、『ヒーラー』。魔法使いの一種だが、攻撃魔法は得意ではない。ヒーラー自身が前に出て戦うことはあまりなく、そのためヒーラーがいると火力が落ちるが、生きて戻れる確率はあがるため、メンバーに入れたがる人は多い。
最後に、圧倒的多数の『アタッカー』。
攻撃役で、大きな武器を持って前線に出る『重戦士』、後方から弓で戦う『アーチャー』、魔法で戦う『ウィザード』など、種類は多い。
もっとも、これらはギルドが大雑把にわけているだけで、自分はこうだと名乗れば好きなクラスを名乗って構わなかった。例えばハティエルが魔法で戦うから自分はウィザードだといえばそうなるし、自分は万能だといえば万能と名乗っても良かった。
基本的にダンジョンに一人でいくことはないため、複数人でパーティーを組んで行動をする。かといって、ウィザードが4人いても敵の攻撃を防げずにあっという間に全滅してしまうため、タンク、ヒーラー、アタッカーのバランスが重要だった。
冒険者同士で話をしてパーティーを組んでも良いが、ギルドのほうである程度の支援をするためにクラス分けをしている。もし他のパーティーが誰かタンクがいないかとギルドに尋ねれば、リストを見てハティエルが紹介されるかもしれないというものだ。
人が足りない状態というのは、新規の冒険者の場合もあるが、死亡した場合もある。
そんな説明を受けていると、ギルドの扉が開き、エルフの女性が入ってきた。
細身の女性は淡い黄緑色の長い髪を後ろに束ね、右手で杖を持っていたが、杖を持つ必要はないと思い、慌てて斜めに背負った。
カウンターに向かってきた女性は少し興奮しながら冒険者としての登録をしたいと伝え、受付のエルフの女性の前にたち、登録を始めた。
ハティエルの耳に彼女の声が聞こえてきた。
「ミュカ・ポーシア、16歳です……はい、住まいは先程……えー……はい、そうです、そこの3階の……」
そんなハティエルの注意は、ノームの女性の一言で戻された。
「では、10時から講習が始まりますので、それまでに入って右手の扉の先の席に座っていてください」
「時間?」
楽園にはそういう概念はなかったが、地上にはあるのだと思い出した。
周囲を見回すと、ドワーフの老人の頭上に少し大きな時計があった。
今の時間は9時10分のようだった。
ドワーフの老人は言った。
「お前、冒険者のくせに時計を持っていないのか?」
「あー……ちょっと待って」
ハティエルは必須のものならアリムから受け取っていないかとカバンをゴソゴソとあさり、木造りの懐中時計を見つけた。
「これね!」
左手で持って老人に自信満々に見せつけると、彼は、
「時間は合わせておけよ」
と言った。
ハティエルは懐中時計の時間が正しいことを確認すると、10時まで町をうろついてくるといい、ギルドの外に出ていった。
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