第9話 影の真実

暗闇の中、玲奈はゆっくりと意識を取り戻した。彼女の体は重く、頭の中は混乱していた。何が起こったのか、最初は理解できなかったが、次第に記憶が戻ってきた。葵が裏切り者だったこと、そして彼に撃たれた瞬間の衝撃——それらの記憶が一気に彼女を襲い、玲奈は目を見開いた。


彼女は冷たい床の上に横たわっていた。体中に痛みが走り、起き上がることができない。周囲を見渡すと、薄暗い室内には無機質な金属の壁が見えるだけで、どこにいるのか分からなかった。玲奈は何とか体を動かそうとしたが、手足に力が入らず、ただ無力感に打ちのめされるばかりだった。


「ここは……」


玲奈はかすれた声で呟いたが、その声は空虚に響くだけだった。彼女の意識はまだ朦朧としており、痛みが次第に全身に広がっていくのを感じた。だが、その痛みと共に、彼女の中には新たな決意が生まれ始めていた。自分がここで終わるわけにはいかない——彼女はその一心で意識を保とうとした。


突然、部屋のドアが音を立てて開いた。薄暗い中に、一人の人物が現れた。玲奈はその姿をぼんやりと見つめたが、次第にその人物が誰であるかを認識した。


「……中村さん?」


そこに立っていたのは、中村陽介だった。彼は無表情のまま玲奈を見下ろしていた。彼の手には何かを持っていたが、それが何なのかは分からなかった。玲奈は彼の姿を見て、胸の奥に激しい怒りが込み上げてくるのを感じた。


「あなたが……全ての元凶なのね……」


玲奈の声には力がなかったが、その言葉には鋭い棘が込められていた。中村はその言葉を聞いても、何の感情も見せずにただ静かに頷いた。


「そうだ、田島。君がここまで辿り着いたのは、ある意味で予想通りだった。君の能力は認めざるを得ない。しかし、君が知りすぎたのも事実だ。」


中村の声は冷たく、感情のないものであった。その声を聞いて、玲奈の中で再び強烈な憎しみが芽生えた。彼は最初から玲奈を監視し、利用し、そして切り捨てるつもりだったのだ。


「……なぜ……なぜこんなことを……」


玲奈は歯を食いしばりながら問いかけた。その問いに対し、中村は一瞬だけ目を伏せ、やがて再び玲奈を見つめた。


「影のプロジェクトは、国家を守るためのものだ。それがたとえどんな手段を使おうとも、我々は国家の存続を最優先に考える。君はその理解が足りなかった。それだけのことだ。」


中村の言葉は、玲奈にとって到底受け入れられるものではなかった。彼女が信じていた正義と国家のための行動が、彼にとってはただの道具でしかなかったという事実が、玲奈の心を切り裂いた。


「そんな……国家を操るために……仲間を殺すなんて……間違ってる……」


玲奈は力のない声で抗議したが、その声は虚しく響くだけだった。中村は無表情のまま、ゆっくりと近づき、玲奈の顔を覗き込んだ。


「君のような者が、我々の計画を邪魔することは許されない。我々のやり方が正しいかどうかは、最終的に結果が証明する。それが影の存在意義だ。」


中村は玲奈に手を伸ばし、彼女が無意識のうちに握りしめていた小さなメモリを奪い取った。それは山崎徹が玲奈に託した、別班の闇を暴くための唯一の証拠だった。玲奈はそれを奪われた瞬間、全てが無に帰すかのような絶望感に襲われた。


「これで、君がやるべきことはもうない。君の役割はここで終わる。」


中村は冷酷な言葉を残し、その場を去ろうとした。玲奈は必死に起き上がろうとしたが、体は言うことを聞かず、ただ中村の背中を見送るしかできなかった。その姿がドアの向こうに消えると、玲奈は全ての力が抜け落ちたかのように、冷たい床に崩れ落ちた。


「……私は……ここで終わるの?」


玲奈の目には涙が溢れた。これまでのすべての努力が無駄になったように感じられ、絶望が彼女の心を押しつぶした。だが、その中で、彼女の心の奥底にはまだ消えない炎が残っていた。自分がここで終わるわけにはいかない——その思いが、玲奈を再び立ち上がらせた。


玲奈はゆっくりと体を起こし、何とか立ち上がった。彼女の視界はぼやけていたが、必死にその場から逃げ出すために足を動かした。彼女はまだ終わっていない。まだ戦える。玲奈はその一心で、暗い廊下を進んだ。


その先に何が待っているのかは分からない。しかし、玲奈はもう後戻りはできないことを理解していた。彼女の中で残された唯一の選択肢は、全てを暴き、彼らを止めることだった。それが、彼女が果たすべき使命だった。


玲奈は朦朧とする意識の中で、再び光を求めて進み続けた。彼女の戦いはまだ終わっていない。影に覆われた真実を暴くため、玲奈は再びその歩みを進めるのだった。

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