第4話 コードネーム「ブラックローズ」

玲奈が失踪したエージェントたちの行方を追い始めてから、数週間が経過した。その間、彼女は幾度となく手がかりを掴んではそれを見失い、闇の中でひとり奮闘していた。別班内部の誰もが何かを隠しているように感じられ、信頼できる者は誰もいない。それでも玲奈は前に進むしかなかった。彼女は、消えた仲間たちの真実を突き止めるという決意に燃えていた。


そんなある日、玲奈はひとつの名前に辿り着く。「ブラックローズ」——かつて別班の中でも最も優秀なエージェントと謳われた伝説の人物だ。彼女は玲奈よりも数年前に別班に所属し、数々の難関任務を成功に導いてきた。しかし、ある日突然、ブラックローズは姿を消し、彼女に関する情報はすべて抹消されたとされていた。玲奈は、このブラックローズこそが、失踪したエージェントたちに関する真実を知っているのではないかと考えた。


玲奈は、その名前が指し示す場所へ向かった。東京の外れにある廃墟となったビル——かつては賑わっていたショッピングモールだが、今は人々に忘れ去られ、朽ち果てた姿をさらしている。玲奈はその暗闇の中で、一人の女性が静かに佇んでいるのを見つけた。彼女の顔は影に隠れ、その表情は読み取れなかったが、玲奈には直感的に分かった。彼女こそ、ブラックローズだ。


「あなたが、ブラックローズ……ですね?」


玲奈は慎重に問いかけた。その声に、女性は微かに動き、闇の中から姿を現した。彼女の顔は冷静で美しいが、瞳の奥には深い疲労と悲しみが滲んでいた。黒いコートに包まれたその姿は、まさに「影」そのものだった。


「そう、かつてはそう呼ばれていたわ。」


ブラックローズは静かに答えた。その声には、かつての鋭さが失われ、どこか疲れ切ったような響きがあった。彼女は玲奈を一瞥し、再び目を伏せた。


「何をしに来たの?」


その問いには、既に答えを知っているかのような冷たさがあった。玲奈はその言葉に一瞬怯んだが、すぐに気を取り直して答えた。


「私は、あなたが何を知っているのかを知りたい。別班の内部で何が起きているのか、そして、なぜあなたが姿を消したのか——」


ブラックローズはその問いに対して、しばし沈黙した。彼女の瞳には、玲奈には到底理解できないほどの深い悲しみと諦めが浮かんでいた。やがて彼女は、静かに口を開いた。


「君はまだ何も知らないのね。私たちが何のために戦っているのか、そしてその背後にある本当の目的を。」


玲奈はその言葉に思わず息を呑んだ。彼女は、別班が国家のために存在していると信じていた。しかし、その信念が今、根底から揺らぎ始めていた。ブラックローズは玲奈の表情を見つめ、淡々と語り始めた。


「私たちは、国家のために命を捧げてきた。それは間違いない。だが、その国家が本当に守る価値のあるものなのかどうか——それを一度も考えたことはないの?」


玲奈はその言葉に打ちのめされそうになった。彼女が信じてきたものは、ただの幻想だったのか? それとも、何者かに利用されているに過ぎなかったのか? ブラックローズの言葉は、玲奈の心の中に深い疑念の種を蒔いた。


「あなたは、何を知っているんですか? なぜ姿を消したんですか?」


玲奈は何とか自分を奮い立たせて問いかけた。ブラックローズは一瞬、躊躇したが、やがて意を決したようにポケットから小さなUSBメモリを取り出し、玲奈に手渡した。


「これが真実よ。この中に全てが入っている。」


玲奈はそのメモリを受け取り、冷えた手の感触を感じた。ブラックローズは再び目を伏せ、声を絞り出すように言った。


「私がここにいる理由は、君が今持っているものに答えがある。そして、それが君の運命を変えるかもしれない。」


玲奈はその言葉を聞き、メモリを強く握りしめた。彼女はその中に何が入っているのかを知るべく、自宅に戻り、すぐにパソコンにデータを移した。しかし、そこに映し出された情報は、彼女の想像を遥かに超えていた。


そこには、失踪したエージェントたちの情報が詳細に記録されていた。そして、彼らが最後に携わっていた任務——それは、別班の上層部が計画していた極秘プロジェクトに関わるものだった。プロジェクトの内容は極めて危険なものであり、国家の安全を守るためには決して公にされるべきではないものだった。


玲奈はその情報を見て愕然とした。これが真実だったのか? 彼女はこれまでの自分の行動が、国家の利益を守るためだと信じていた。しかし、その裏には、もっと巨大な陰謀が渦巻いていたのだ。


ブラックローズの言葉が再び頭をよぎる。「本当に守る価値のあるものなのか?」玲奈は、その問いにどう答えるべきなのか、自分でも分からなくなっていた。


彼女は一度深く息を吸い、パソコンの画面を閉じた。これからどうすべきかは、まだ決められない。しかし、彼女が今手にしているこの情報が、これからの彼女の運命を大きく左右することだけは確かだった。


玲奈は、ブラックローズに託された真実を胸に、再び闇の中へと戻っていった。だが、その闇はこれまでとは全く異なる深さを持っているように感じられた。


彼女が進むべき道はどこにあるのか。そして、何が彼女を待ち受けているのか——玲奈はその答えを見つけるために、さらなる闘いを覚悟しながら歩みを進めた。

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