チャプター3

 8月がやってきた。

 本格的に暑くなり、周助が自宅からコンビニに向かう間に汗が吹き出してくる。過剰なぐらいに冷房の効いたコンビニがありがたいと思う。

 青春18きっぷはすでに買っており、お盆を過ぎてから旅行の予定を組んでいた。この間は仕事で邪魔をされたくないため、大河にシフトが入っていると伝えている。今までのスケジュールであれば次の仕事は9月のはずだが、副業については周助がコントロールできない部分だからこうするしかない。

 ウソであるが、これぐらいはいいだろう。

 4回目の配当も出ているし、旅行が楽しみでしょうがない。


 奈々子とも上手くやっていた。付き合っているというわけではないが、たまにメッセージのやり取りをしているし、SNSでも繋がった。奈々子も周助と同じような投稿をしており、いいねをしあっている。友人のようなものだろうか。

 そんな奈々子にも2回目の仕事の依頼があったらしい。

 内容は周助とほぼ同じで、秩父の山奥で軽トラックを受け取って、房総半島の港まで運ぶというものだ。港の場所は周助と同じ、館山エリアだった。

 周助は、クアラインを使うといいとアドバイスをしておいた、

 事前にレンタカーで練習するということ同じで、一緒に行きたいなと思った周助だったが、残念ながらその日は仕事だった。アルバイトのシフトを変わってもらうという選択肢もあるが、そこまでの仲でもないなと思ったことと、断られたらと思うと、もう一歩が踏み込めなかった。


 数日後、そんな奈々子のSNSでは、ドライブで食べた食事や景色などが投稿されていた。

 自分の顔は晒さないし、軽トラックに乗ったというようなことは上手く隠していた。

 周助はいいねを押した。社交辞令ではなく、本気でいいねと思っている。


 -※-


 更に数日後の早朝。

 奈々子から、眠いけど仕事に行ってくるというメッセージがやってきた。

 寝ていた周助は気が付かなかったが、起きてからスマートフォンを確認し、慌てて返信した。

 程なくしてメッセージが返ってきた。

 どうやら、今は海ほたるで休憩をしているらしい。軽トラックの椅子が辛く、腰が痛いというようなことが書いてある。

 周助はあと少しだから頑張ってと返答した。


 メッセージを受け取った奈々子は展望デッキのベンチに座っていた。両手で腰のあたりを揉んでいる。

 そこは水平線が見える絶景だ。観光客も多くなく、仕事でなければなと思う。

 足湯もあるようで、時間があれば入っていきたい。車は持っていないし、レンタカー借りてまで来ようとは思わないが、次に同じ仕事がきた時は寄りたいものだ。

 ここの魚料理も興味あるが、それは房総半島で食べればいいだろう。4回目の配当も無事に振り込まれたし、お金の余裕はある。

 周助がお盆明けに鈍行の電車で旅行をするらしいが、自分はそういうのは勘弁願いたい。だが、特急や新幹線を使っての旅行であれば、計画をしてみてもいいかもしれないと思う。シーズンを除けば、飛行機だって安いはずだ。

 奈々子は飛行機に乗ったことがないので、まずはチケットの取り方から調べないといけない。国内ならパスポートはいらないんだよね?と思う。

 まずは、仕事を終わらせよう。

 そう思って立ち上がった奈々子は、駐車場に向かった。


 エスカレーターをおりて駐車場についた奈々子は、軽トラックを見て、運んでいる荷物の中身が気になった。

 開けるなと言われているが、ほんの少しぐらいはいいだろう。

 荷台の銀色の箱は、取っ手を90度ひねり、棒状のロックを外せば開くようになっていた。

 奈々子が開けてみると、細長いボックスが3つ並んでいた。2段になっていてその上にもう3つ、合計6個だ。

 それらは大きなクーラーボックスのようなもので、厳重にロックされているので中身はわからない。

 マグロやイルカよりも長い気がする……などと一瞬思ったが、どちらも山奥でとれるような川魚ではないし、イルカは魚ではない。

 無理やりロックをはずしてボックスを開けるわけにはいかないかと思った奈々子は、そのまま扉を締め、車に乗り込んだ。


 -※-


 小さな港にたどり着いた奈々子は、スキンヘッドの男を確認した。Tシャツにハーフパンツ、ビーチサンダルという格好は、周助の時と変わらない。

 女性がくると伝えられていたためだろうか、男は笑顔で右手を上げ、


「おう!待ってたぜ」


 と声をあげた。窓をあけ、奈々子も元気に声を返す。


「サラマンダー・エクスプレスです。荷物を届けにきました!」


 奈々子がエンジンを停止させ、車からおりると、男は少し待つようにいい、荷台の扉を開いた。

 が、その瞬間、男の表情が曇った。


「ちょっと荷物を確認してもらっていいか?」


 奈々子はドキっとした。開けたことがバレたのかと思う。

 表情を崩さないように、荷台にあがり、中を覗き込むと、男はポケットから薬品のついたハンカチを取り出し、さっと奈々子の口元に当てた。

 とっさのことで暴れようとしたが、男に体を押さえつけられ、すぐに意識を失った。

 釣り人は数人いるが、気付いたものはいないようで、釣り竿と正面の海に集中していた。

 スキンヘッドの男は奈々子を奥に押し込んで荷台からおり、スマートフォンを操作してて耳に当てた。


「幸村です」

「問題発生です。運び屋に荷台を開けられたようです」

「それはまずいね……そっちで上手く処理をできる?」

「大丈夫です。こちらで処理しておきます。ところで、スマホはどうします?電源を切ってそちらに届けますか?」

「お願いします。認証は適当なパスワードに変更して、電源は切っておいてくださいね」

「かしこまりました」


 通話はそこで終わった。

 スキンヘッドの男は奈々子のスマートフォンを取り出した。今どきの認証は指紋か顔であるが、どちらも本人が目の前にいるので無いに等しい。どうやら顔認証のようで、簡単に解除できた。

 そのままパスワードの設定を済ませると、男は奈々子の財布から札束を取り出し、ポケットに入れた。この投資をしているだけはあり、3万円弱があった。これぐらいは手間賃として頂いてもいいだろうし、大河も文句は言わない。

 男は扉を閉めると、何食わぬ運転席に乗り込んだ。

 軽トラックが港を走り去っていったが、そのやり取りには誰も気が付かなかった。

 周助は奈々子からの連絡を待っていたが、それはこなかった。SNSの更新も、なにもない。

 次の日になってメッセージを投げたが返答は無く、その日の夜になり、ようやく、


「遅くなってごめんなさい。実は、前から付き合っていた方と結婚することになり、投資をやめることになりました。短い間ですが、色々とありがとうございました」


 というメッセージがやってきた。

 周助は奈々子と付き合っているわけでもないのだが、落胆した。

 その一方で、婚約していたという話は知らなかったのは、ただの同僚であり、友人でもなんでもなかったのだ……と気付かされた。


 その後、彼女から二度と連絡がくることはなかった。

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