チャプター2

 帰宅した周助は、パソコンの電源をいれて椅子に座った。

 奈々子との話し合いは楽しかった。同じ投資をしている同僚というよりも、デートのようなものだったからだ。秘密を握り合う者同士というのも、悪くない。

 今までの周助はお金に余裕がなかったので、結婚はおろか、誰かと付き合うということすら避けていた。避けなかったら実ったか?と言われると話は別だが、今は余裕がある。

 奈々子は相手としては悪くない。もっと深く知りたい。

 相手は埼玉、自分は神奈川なので距離が遠すぎるが、お互いに投資に成功し、お金ができたら引っ越しをして同棲というのも悪くはないと思う。

 もっとも、これはサラマンダー・エクスプレス社との付き合いが永遠に続く場合の話だ。

 来年は、ある。だが、その先はわからないという大河の話は、どうしても不安になる。もし周助が何かをすることで解決できるというのであれば、ぜひ手伝いたいものだと思う。


「さて……」


 周助は気持ちを切り替え、直近の仕事に意識を向けた。

 レンタカーを借りてドライブをしてこいという話なので、自宅から近いレンタカー屋を検索し、車の空きを探した。色々と車種があるが、どこまで経費が落ちるのだろうかと思う。

 いや、軽トラックを借りないとダメだろう。仕事で使う車がオートマの軽トラックであれば、これを借りるべきだ。軽トラックでドライブというのは味気ないものかもしれないが、仕事だから仕方がない。

 こういうのがプロなんだよなとニヤニヤしながら、周助は軽トラックをレンタルした。


 -※-


 次の日は晴れていた。

 車の説明を受け、エンジンをかけてブレーキを放した。クリープ現象によって徐々に進む挙動を見て、周助はそうだったよなと思い出す。道は空いていたのでウインカーを出してさっと車道に出ると、高速道路のインターに向けて車を走らせた。


 運転は順調だった。

 車の操作自体は難しいものでもないし、自転車のように一度覚えてしまえばそう忘れるものでもない。道路も流れている。懸念点といえば、直角に近いシートなので、座り心地はいいとはいえなかったぐらいか。

 周助は首都高を抜けて千葉の方まで向かう。ETCカードなど持っていないので、現金での支払いだ。

 目的の房総半島の港町まで行ってみるつもりだ。館山のエリアと言われた。今日は奥多摩のほうはスキップでいいだろうと思う。

 軽トラックは左車線を、前の車と同じスピードで進んだ。スペースは長めにあけている。


 そうしていると、周助は飽きてきた。単調すぎる。本番の仕事ではなく、練習だからどうしても気を抜いてしまう。高速道路で横から人が出てくるということも無いはずだ。

 せめて隣に話し相手でもいれば……と思う。例えば、奈々子のような。

 周助はPAに入ってコーヒーを買った。自販機のものではなく、コーヒーチェーン店のものだ。コーヒーはあまり好きではないが、眠気覚ましになるだろうということと、これをドリンクホルダーに置いて運転というのも、ドライブっぽくていいかもしれないと考えたからである。軽トラックだが。

 目的地の港まではまだまだ距離はあった。アクアラインを使えばよかったなとあとでわかったが、車のことは何も知らないので仕方がなかった。アクアラインなど、一生縁の無いものとして、存在を忘れていた。

 やはり、周助は車よりも電車が好きだ。

 青春18きっぷのシーズンが近く、本業の休暇をとって旅に出かけたい。お盆を避け、人の少ない時期を狙って遠くに出かける予定だ。今回は食費に費やせるので、美味しいものをたくさん食べたいと思う。

 が、もし増資が許された場合はどうなるのだろうかと思う。ブランドの財布もお金が無い時は不要だと思っていたが、買ってしまうとお気に入りとなっている。

 ということは、車が買えるようになった場合、楽しそうに調べ、購入し、愛車と言いながらドライブを楽しみ、SNSに写真を上げそうな気もする。


 そんな事を考えながら、周助は館山にたどり着いた。

 ここまでくれば目的の港までは簡単だ。向かうのは本番でいいだろう。

 東の方に向かうと山道になるようなので、そちらに向かってみる。

 窓を開けるとひんやりとした風が流れてくるのが気持ちよかった。誰もいない道路を、無茶をしないペースで走った。

 周助はすこし広い場所にたどり着くと、車をおりて大自然の写真を撮影した。そのままスマートフォンでSNSのアプリを開き、短いコメントを入れて投稿した。

 始めたばかりでフォロワーの数はまだ少ないが、いいねがつくと嬉しい。

 もし奈々子もやっているのであれば繋がりたいところだ。自分と同じような行動をしているところから、外食をしたり買い物をするようになって自分と同じように始めた可能性もあるだろう。次に会う機会があれば聞いてみたいところだ。


 帰りはアクアラインを使ってみた。

 海の上に続く一直線の長い直線道路は爽快だった。海ほたるで適当に食事をし、展望デッキを見学し、SNSに投稿するのを忘れない。

 トンネルを抜けて川崎市に戻ると、そのまま下道でレンタカーを返しにいった。

 周助は行きの高速道路は退屈だったが、今日は楽しかったと感じた。この投資を始めてから新しいことのオンパレードで刺戟を感じる。

 おそらく、世の中の大半の人は当たり前のようにやっているのだろう。自分は30歳になってやっとといったところだが、少しは追いつけたような気分だった。


 -※-


 仕事の日がやってきた。天気は晴れだ。

 まずは、青梅まで。

 平日の朝早くだったため、眠く、ほとんどの時間は寝ていた。

 青梅から奥多摩方面に向かう電車に乗った周助は、正面の窓を見ていた。休日であれば登山客などがいるのだろうが、平日の電車はガラガラで、緑の溢れる山が確認できた。

 マンション一つ無いのどかな田舎の駅におりたのは、周助一人だった。

 周囲は山に囲まれている。チェーン店などは当然、なにもない。

 大河に貰った地図をたよりに駅を迂回するように歩き、高架線の下をくぐって北に向かった。左手には川が見える。


 緩い登り坂を進んでいくと、目的地のそばについた。

 周囲を確認しながら更に進むと、1台の軽トラックが止まっていた。荷台を覆い尽くすような大きな銀色のボックスが乗せてあり、これが冷凍食品なのだろう。

 周助はずいぶん量があるなと思った。

 軽ではあるが、業務用のトラックといったところだろう。完全に隠れていて、ルームミラーからは後ろが確認できないようだ。

 軽トラックのそばには細身の中年の男がいた。ポロシャツにジーンズといった格好で、おそらく彼が担当の者だと思われた。

 周助は軽く会釈をすると、


「サラマンダー・エクスプレスの佐多島です」


 と恐る恐る言った。この中年の男が別人だったら恥ずかしいなと思ったが、どうやら彼が担当であっていたらしい。

 男も会釈をし、言った。


「待ってたよ。今日は、運搬たのむね」

「はい!」

「幸村さんにも言われていると思うから、改めて言うまでもないんだけど、スピード違反や事故には気をつけてね」


 周助は、もう一度声をあげた。


「はい、任せてください。それで、中身は冷凍食品と聞いていますが、他に気をつけることはないでしょうか?」


 男は笑顔でいった。


「ロックを外して開けたりしないで欲しいっていうのはあるけど……これは常識だよね?」


 冷凍食品の運搬などをしたことがないので、常識かどうかはわからないが、周助は頷いた。そういうものらしい。

 理由はわからないが、熱が逃げるとかそういうことなのだろうと推測した。別にどうでもいい。冷凍食品に興味もないし、競合に流すルートも持っていない。

 カギはすでに刺さっており、目的地までのナビもセットしてあるらしい。ガソリンは満タンでETCカードも刺さっているらしく、周助はただ、車を運転して冷凍食品を運べばいいだけらしい。

 笑顔で頭を下げ、車に乗り込んだ周助は、エンジンをかけてアクセルを踏んだ。

 一本道の道路を進みながら山を下り、高速へ。中央道から首都高を通ってアクアラインに向かう。

 海ほたるは無視する予定だ。疲れてもいないし、早く届けて開放されたいというものもある。朝が早くて眠いし、帰りは電車なので、遠い。


「いや……?」


 周助はふと思い、海ほたるの駐車場に車をとめた。

 ここまできたんだし、無理して帰る必要はないのではないか?と思った。お金はあるのだから、千葉のビジネスホテルにでも泊まって明日帰るという選択肢もある。

 念のため、周助はスマートフォンを取り出し、大河に向けて宿泊した場合、経費で落ちるのか?と聞いてみた。


 すると、OKという返事が返ってきた。

 周助は思わず右手を握りしめた。そこまでしていいのかと。

 就職をしたことがないからわからないが、世間で言われているブラック企業と呼ばれるものであれば、当然NGだろう。早朝から夜遅くまで仕事をして、残業代も出ない可能性だってある。

 そう考えると、サラマンダー・エクスプレス社の手厚い対応は凄いなと思う。正社員になりたいかと言われると、毎日出勤をして仕事をするのは嫌だから、無いが。それに、自分に商社の仕事ができるとも思えない。

 周助はこの場でビジネスホテルを予約しようと思ったが、仕事が先だと思ってスマートフォンをしまうことにした。

 そして再び車を走らせ、海の上を駆け巡っていった。


 -※-


 ナビの目的地についた。

 正面には海が広がっている。そこに、漁船が2台止まっているだけの、小さな港だった。釣りをしている男が何人かいるのが見える。

 大河から聞いていた話では、漁船のそばにスキンヘッドの男がいるとのことだった。

 スキンヘッドの男は一人しかいないので、目立つのですぐに分かった。Tシャツにハーフパンツ、ビーチサンダルという格好で、色黒でガタイが良い。

 男のそばに車を止めると、周助は車をおりた。


「サラマンダー・エクスプレスの……」


 と言いかけたところで、男は言った。


「おー!待ってたぜ!遠い所、お疲れさん」


 大きな声だった。


「ドアは開けてないよな?」

「ええ、もちろんです」


 それを聞いた男は、扉を開けて中を確認した。荷物があることがわかると、すぐに扉を締め、


「問題無さそうだな」


 と言った。続いて、


「ちょっと待っててくれよ」


 と言いながら、スマートフォンを取り出し、なにかの操作をした。

 周助はバイブレーションの音を確認した。


「幸村さんからオッケーもらったぞ。これで解散だ」

「ありがとうございます」

「それで、どうする?」


 どうと言われても、周助にはどういう意味かわからなかった。


「帰りは電車だろ?駅まで送ったほうがいいよな?それとも、観光しながら歩いて帰るか?距離はそこそこあるぞ」


 周助はどうしようかと悩んだが、歩くのは面倒だし、駅まで送ってもらうことにした。

 軽トラックの運転席にスキンヘッドの男が座り、周助は助手席に回った。

 車を走らせながら、男は質問を投げてきた。それは大した内容ではなく、どこからkiたのかとか、遠かっただろうというような、どうでもいい雑談だった。

 周助は、ダメ元で話題を変えてみた。


「これって、大切な新商品の開発なんですよね?」


 男は驚いたように目を見開いた。なぜなのかは、周助にはわからなかった。


「幸村さんから、そう聞いているの?」

「ええ」

「まあ、そうだな。これは俺達のビジネスには欠かせないものなんだよ。俺達が『最終ライン』……ってやつだな。俺達が処理して終わりってな!」


 男は楽しそうに、豪快に笑った。

 最終ラインと言われても周助には意味がわからず、キョトンとしていた。

 どうやら新商品になにかの処理をするらしい。ここから……といっても、どの状態かはわからないが、更に加工するのだろうか?それとも、パッケージングの話だろうか?

 パッケージングだとすると、わざわざ港にくる必要は無い気がする。川魚なのだから、奥多摩でそのままパッケージングすればいいはずだ。


 そんなことを考えていると、駅についた。

 周助が車からおりると、スキンヘッドの男がお礼を言って去っていった。

 電車は10分ほど待つらしい。すぐと言えばすぐだ。

 周助はスマートフォンを取り出し、SNSを確認した。よさそうな投稿があればいいねを押していく。

 そして、ホテルの予約だ。

 予算を聞いていなかったが、10000円以内であればいいだろうと思うことにした。大河に聞くべきなのだろうが、それぐらいのことで社長に聞くのもどうかと思うし、倍の値段でも文句は言われ無さそうな気がする。

 先日、レンタカーでドライブをしたあとに自宅で調べた所、アクアラインを通るバスがあるらしい。それを踏まえ、袖ケ浦駅のあたりに決めた。ちょうどいいホテルチェーンがあいていたので、そこにする。

 できれば大浴場があれば良かったが、そこは我慢だ。非日常が体験できるだけでも良しとしたい。周助の旅ではお金が無いのでネットカフェばかりであり、ビジネスホテルでも久しぶりの贅沢だ。


 周助は電車に乗り込み、ゲームの溜まったスタミナを消化しながら、袖ケ浦に向かった。

 ホテルのチェックインを済ませると、何も食べていないことに気づき、食堂で海鮮丼を食べた。帰りにコンビニで飲み物やお菓子を食べてホテルに戻り、シャワーを浴びてベッドに寝転がった。

 スマートフォンを取り出し、奈々子に報告をすることにした。といっても、伝えることは喫茶店で伝えており、今日の仕事でそれ以上の報告は無かった。

 そのまま送信しようかと思ったが、ふと思いとどまった。

 カメラアプリを起動し、寝たまま写真を撮影し、それを添付することにした。


「遠い場合、ホテルに泊まっていいそうです」


 と、メッセージを添えた。

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