第2章 同僚

チャプター1

 7月になった。

 まだまだ梅雨なのか、雨の多い日が続いていた。今日も雨が降っている。

 そんな中でも、周助の気分はずっと『晴れ』だった。つい先日、3回目の配当があったからである。

 今月は新しいパソコンを買おうかなと探しているところだ。ただ、クリエィティブな作業をするわけでもなく、インターネットがあれば足りてしまうので、無理して最新機種を買う必要は無い。グラフィックに強いものを選べばゲームもできるようになるが、暇つぶしならスマートフォンで基本無料のもので十分だ。

 このまま貯金をするのもありだと思う。そろそろこの、ボロいワンルームマンションから引っ越しをしたい。

 そこで周助は疑問を得た。


「ん……?」


 この投資は1年で100万円が3倍になるというものだ。

 では、2年目はどうなるのだろう?

 引き続き今の金額を貰い続けられるのか、それとも、貯金をしておいて更に投資するとうのもありなのだろうか。もし、このまま100万円を貯金し、来年もう100万円を渡せば、月の収入は倍になるのだろうかと思う。

 一般的な投資では投資金額を増やすということはありだ。サラマンダー・エクスプレスはどうなのだろうかと思う。

 投資金額を倍にすることで、アルバイトの量が倍になっても、全く負担はない。まだ5月末の1回しか仕事をしていないのである。

 次回、大河とあった時に聞いてみたい。もしOKということに備え、もうすこし貯金をすることも考えたい。

 なんなら、借りてもいい。利子よりも配当のほうが圧倒的にでかいからだ。


 -※-


 それから3日後、久しぶりに仕事の依頼メールがやってきた。

 今回は書類を取りに行く仕事ではなく、車の運転があるらしい。そして、事前の打ち合わせが必要らしく、一度出社して欲しいとのことだ。

 実際の業務も1週間後だ。

 打ち合わせと言われると構えてしまう。今回のは難しいのか?と。


 次の日、周助はサラマンダー・エクスプレス社に向かった。

 受付で大河と約束があると伝えると、すぐに扉が開いた。

 明るい茶髪のローポニーテールの女性が笑顔でやってきた。年齢は周助よりもすこし若いぐらいだろうか。美人とは言わないが、愛嬌がある。


「お疲れ様ですっ!」


 その声に周助もベンチから立ち上がり、


「お疲れ様です」


 と頭を下げた。女性はそのままエレベーターに向かったので、社員かなにかだと思われる。


 程なくして大河がやってきた。

 会議室で説明を受けると、なんてことは無かった。

 鳩ノ巣という駅に向かい、そこから徒歩で北に向かう。周助には聞いたことのない駅だが、鳩ノ巣駅は青梅よりも更に先にあるらしい。

 そこで相手の業者が用意している車を受け取り、千葉の房総半島にある、館山の港に向かうというものだ。車はオートマの軽トラックで中身は冷凍食品らしく、奥多摩エリアで採取した川魚が詰まっているそうだ。

 周助が受けた説明は、その受け取り場所と受け渡し場所の細かい説明だった。ナビはあるが……と前置きし、渡された2枚の地図にマーカーでルートが記載されたものを渡された。

 不安があるとすれば、久しぶりの運転ぐらいだ。

 それを大河に説明すると、


「では、レンタカーを借りて1日練習してもらえますか?高速道路もです。レンタルの費用やガソリン代、高速代は経費として請求して構いませんので」


 と返ってきた。


「えっ?ということは、ただでドライブができるということですか?」

「そういう捉え方もできますね。前回と同様に、今回も失敗できない仕事ですから、それにかかる費用は安いものです」


 その言葉に、周助は疑問を覚えた。


「川魚の受け渡しというのは、そんなに大きな仕事なのでしょうか?宅配でも……」


 大河は頷き、即答した。


「もちろんです。今回のものは、大切な新商品の開発ですから。競合にやられる前に、商品化したいんです。うちは『エクスプレス』ですからね。スピードが命なんです」

「なるほど、そうなんですね」


 周助は、そう答えるしかなかった。

 正直なところ、大した問題ではなかった。運ぶのは何でもいい。大金が貰えるわけだし、言われたことをやるだけだ。クリーンであるこの会社が、まさか冷凍された死体を運ぶようなビジネスをするわけがないのである。

 そんなことよりも重要なのは、今後のことだ。

 周助は改まって言った。


「幸村さん、一つ質問があるのですが……」

「なんでしょう?」

「この投資って、来年はどうなるんですか?」


 大河は微笑んだ。


「あー、そこは気になりますよね。一応、今のところ継続という形になります。つまり、佐多島さんから受け取っている100万円はそのままで、アルバイトも継続という形です」


 それを聞いた周助はほっとした。この生活が終わりを告げるということはなさそうだ。しかし、『今のところ継続』という言い回しが気になってしまう。

 終わる可能性もあるのかと尋ねてみると、大河はニコニコしながら首を横にふった。


「投資は順調ですから、来年はあるでしょうね」

「でも、リスクは無いと……」

「投資家へのリスクは無いですが、運用側のリスクはあるんです。佐多島さんは、赤字になったからやめます。お金は返せません…と言われても、納得しないでしょう?話が違うじゃないかって」

「ええ、まあ……」

「だから、ピンチになる前に切り上げる必要があるんです」


 大河は、自分が質問を投げれば、即答に近い形で回答がくるなと思った。それも、納得できる。そういうものも社長の能力なのだろうかと考える。同じことをやれと言われても、周助にはできる気がしなかった。

 幸村大河の年齢は45歳だ。サラマンダー・エクスプレスが創業10年と考えると、今の周助ぐらいの年齢の頃には起業を考えていたかもしれない。同じ人間なのに、こうも能力が違うものかと思う。

 そんな大河に投資できるチャンスが得られたのは幸運だと思わざるを得ない。


「では、増資というもの難しいんですね?」


 大河は頷いた。


「ただし、そちらも『今のところは』となりますが。この判断は来年になります。弊社としては新しい投資家も欲しいですから、順調でもそのバランスを見てですね」

「ありがとうございます。もし、チャンスがあるなら、増資したいと思います」

「わかりました。その時は改めて、お伝えしますね。今は、この仕事に集中してください」

「わかりました。頑張ります!」


 周助はお辞儀をし、オフィスをあとにした。

 エレベーターをおりると、


「あ、いたいた!」


 と女性の声が聞こえてきた。

 音源に目を向けると、先程オフィスの入口で見かけた、明るい茶髪のローポニーテールの女性がいた。笑顔で近づいてくる。


「すいません、ちょっといいですか?」

「えっ?俺ですか?」


 周助は、社員が自分なんかに何の用事があるのだろうかと思った。アンケートでも撮りたいのだろうかと思う。


「えっと……突然ですけど、私服であのベンチに座っていたってことは、サラマンダー社のアルバイトの人ですよね?」

「はい。一応そうですが……」

「実は私もなんです。4月からアルバイトをしているのですが、他の投資……あっ、いえ、同僚と会うことがなくて、どんな人がいるんだろうって思っていたんです。仕事で出社しても会うことはありませんし、あなたを見かけて、もしかしたら……って、待っていたんです」


 この女性が、『投資家』と言いかけてやめたのを、周助は見逃さなかった。きっと、自分と同じ立場で、100万円が1年で3倍になる投資をしているのだろう。

 女性は話を続けた。


「変な質問ですが、アルバイトって、週に何回やってますか?」

「えっ?ええと……」


 瞬時に回答を用意できなかった周助は、目が泳いだ。正直に言うべきか、普通のアルバイトだと誤魔化すべきか、悩んでしまう。

 こういうところが大河との違いなのだろう。

 女性は気にせず、


「私はあの会社でちょっと変わったアルバイトをしているんですが、あなたはどうです?」


 と言った。周助も同じ立場だろうと決めつけているようでもあった。

 この投資は、他人に言ってはいけないというルールがある。この女性は具体的に話しているわけでもなく、投資だといっているわけでもない。

 周助は、セーフなのだろうかと思った。この女性が本当に同僚であるのなら、情報交換をしてみたくなった。


「まあ、俺もちょっと変わったアルバイトではありますね」

「お仲間ですか?」

「多分、そうだと思います」

「やはりそうですか!もし時間があるなら、喫茶店でもいきませんか?同僚の話を聞いてみたいんです」


 周助は頷いた。


 -※-


 この女性の名前は、岩室奈々子いわむろななこと言った。年齢は27歳。

 彼女がアルバイト……というよりも投資を始めたのは、周助と同じ今年の4月からだそうだ。

 自宅に黒い封筒が届き、封をあけて確認した所、目を見開いて驚いたことや、サラマンダー・エクスプレスにやってきて大河に説明を受けて決断したことなど、背景は周助と同じだった。

 置かれている立場も近く、彼女は埼玉県の弁当屋で働くフリーターで、年収もそれほど高くない。住んでいる家も古いアパートだそうだ。コンビニの廃棄を貰える周助と同じように余った弁当を貰えるが、食費が浮くので相当助けられているような生活だ。

 そんな話をニコニコしながら語る彼女も、この投資をするまではあまり笑顔を作らなかったらしい。どちらかというと暗い部類だったが、お金が入ると使い道を考えるようになって、表情が緩んでいったとのことだ。

 周助は奈々子は美人というわけでは無いが、笑っていると可愛らしいと思った。これもお金の持つパワーなのだろう。

 周助は質問を投げた。


「ところで、岩室さんは仕事って何回しました?」

「まだ1回ですよ。佐多島さんは?」

「俺も1回。5月に電車で書類を運んだだけです」

「私と同じですね。林業がどうとか、説明を受けました」

「それも同じですね。俺は奥多摩でしたが、岩室さんも山のほうだったりします?」


 奈々子はうなづいた。


「秩父のほうでした。遠かったです。えっと、秩父って、わかります?」

「わかりますよ。行ったことはないですけど」


 この話が一段落すると、周助は次の仕事の話題をふってみた。車で冷凍食品を運ぶ仕事のことだ。こちらは奈々子は知らなかったようで、カップを片手に興味深そうに彼の話を聞いた。


「へー、では、私も次にそういう仕事がくるかもしれませんね。免許はありますが、運転は長くしていないので、佐多島さんと同じように練習してこいって言われるかもしれません」

「あれ?今日って、その打ち合わせじゃなかったんですか?」


 奈々子は首を横にふった。

 そのあと、数秒、何かを悩むようにし、照れくさそうにこう言った。


「実はですね、この投資……いつまで続くのか気になって、確認しにきたんです。来年も、再来年もあるのかな?って。佐多島さんは気になりませんか?」

「気になります」


 即答だったが、周助は自分も同じ質問をしたことは隠すことにした。


「で、どうでした?」

「来年はあるらしいですが、その次はわからないって言われました。なので、ちょっとガッカリです。今貰っている毎月の収入がなくなったら、どうしようって思いません?」

「そうですね……」

「今は生活が豊かになりましたけど、またあの生活に戻るのかーって思うと、絶望しか無いです。今年と来年になにかをして、サラマンダー社の投資に頼らなくても贅沢ができるようになるか?って言われると、難しいですし」


 これにも周助は同意したい。今更転職などできないし、資格を取るのも面倒だ。

 普通の投資はもっとできない。今回の投資が素晴らしすぎるのである。リスクのある株や為替に手を出して、痛い目を見る可能性があると考えると、無理という話だ。

 もしかすると、サラマンダー・エクスプレスの投資家は似たような人たちを集められているのかもしれない。自分たち二人以外にも同僚がいるはずだ。

 2ヶ月に1回しか仕事がないような状態で、同僚とあうことはほぼゼロに等しい。今回は奈々子がイレギュラーな形で出社したため、こうして出会うことができたわけだが、本来であればなかったはずだ。


「どんな投資をしているかわからないんで、継続するかどうかがどう決まるのか、岩室さんもわからないですよね?」


 奈々子は頷いた。

 株なのか為替なのか、もしくは土地などかはわからない。奈々子の知識では投資といえばそんなものだが、ゴールドやオプション、先物かもしれないわけだ。


「私にもよくわかりませんが、大きな事件とかがあったら事情が変わるんですかね?震災みたいなものです」

「俺もよくわからないですけど、そういう時って逆に、大きく稼げるかもしれないんですよね?」


 奈々子が不安そうにうなづくので、周助は話題を変えることにした。次の仕事のことを、わかる限り話してやった。


「俺の次の仕事の結果って、興味ありますか?」

「もちろんです!」

「岩室さん、よかったら連絡先の交換しませんか?終わったら、お伝えします」

「ぜひ!」


 こうして、周助と奈々子は連絡先の交換をした。

 お互いに取り出したのはハイエンドのスマートフォンであり、今までは型落ちの格安スマートフォンだったが、投資の配当で新しくしたと知り、笑った。電車のなかで取り出す時など、優越感を得られるというのも同じ認識だった。

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