チャプター3

 周助は品川にたどり着いた。

 いつもの道でサラマンダー・エクスプレス社に向かい、いつものように電話で大河を呼び出し、いつもの部屋に案内される。

 デイバッグのなかから書類を取り出し、大河に渡すと、彼は笑顔で受け取った。


「お疲れさまでした。青梅は遠かったでしょ?」

「ええ、まあ……。でも、電車に乗っていただけですから。座れましたし」


 その言葉を受け、大河は右手で書類を持ち上げた。


「これ、気になりますよね?」


 真顔になった周助の視線は、書類に集中していた。

 そして、無言で頷いた。教えてくれるのか?という期待をこめた目だった。


「佐多島さんは、『林業』ってわかりますか?」

「えっ?林業……ですか?」


 予想外の質問に困惑した周助は、知っている限りの説明をした。といっても、具体的なことは何一つ知らないのでイメージでしか無い。


「山にいって木を切ったりするってぐらいにしか、わからないです。すいません」

「具体的な仕事内容は関係ありませんので、その認識で問題ありません。大自然が相手ですから、事故が結構あるんです。木を切ったら倒れてきて巻き込まれたとか、機械の扱い方を間違えたとか、そういったものです」

「はぁ……」

「奥多摩エリアはそういった仕事が多いんです。業界としては、可能な限り件数を減らしたいわけです。そこで、それぞれの事故を分析して、対策を練りたいわけです」


 大河はそう言うと、封筒をビリビリと破いた。

 出てきたものは、厚さ1cmほどのレポートの束だった。

 紙はバラバラで、太いクリップで止められている。

 大河はテーブルの上に置くと、周助が見やすいように回転させ、パラパラとページを捲った。目次があり、直近の事故の一覧が表形式で記載されている。

 どうやら、ドラッグというのはただの思いこみであり、真面目なドキュメントのようだ。


「興味ありますか?」


 そう言われると、周助は首を横に振りたくなる。全く興味がない。

 察した大河はレポートの束を手元に寄せた。

 周助は質問を投げた。


「でも、これが重要なものなんでしょうか?向こうのオフィスで内容を聞いたら、怒られてしまいましたが……」

「そりゃそうですよ。競合にバレるとまずいですからね。弊社は商社なので、これを買い取ってくれるお客さんがいるわけです。なので、お客さんに納品するまでは安心できません」


 そういうのもなのかな?と、周助は思った。一般的なビジネスはなにもわからないので、そういうものかと受け入れるしか無い。


「他に質問はありますか?せっかくなので、なんでも聞いてください」

「商社って、こういうものも売るんですか?パソコンを100台納品するとか、そういうイメージでした」

「他社はわかりませんが、弊社はなんでも売りますよ」

「なんでも?」

「もちろん、合法であれば……です。ドラッグなどは扱いませんし、人身売買なんかもやりません。弊社にはノウハウがありませんが、佐多島さんは、やり方がわかりますか?」


 大河が笑うと、周助もわかりませんと笑った。

 この会社はクリーンだ。なにも問題は無い。

 今回の自分は林業のレポートを受け取ったが、幅広く他の業界のものもあるかもしれない。詳しい業務はわからないし、このレポートを買い取った客がどうするのかもさっぱりわからないが、非合法でないのであれば問題はない。

 自分が今考えなければならないのは、せっかく都市に出たのだから、美味しいものでも食べて帰りたいということと、なにを食べようか…ということだと、周助は思考を切り替えた。

 続いて交通費の申請のやり方を聞き、周助は仕事から開放された。


 周助が軽い足取りでエレベーターに乗り込んでいったのを見届けると、大河は会議室に戻った。

 大河はレポートをパラパラとめくると、クリップを掴み、先頭の20ページ程を取り外した。

 林業の部分は不要だとばかりに会議室にあったゴミ箱に捨てる。あとは社員の誰かが片付けをしてくれるはずだ。

 そして、大河は1ページずつページを捲り、興味深そうに文章を読み始めた。


 -※-


 肉の焼ける音が聞こえる。香ばしい匂いも充満している。

 周助の座るカウンターの目の前には、大きな鉄板があった。そこに、シェフが肉を投入して焼いている。

 ステーキセットのコースは5000円もするが、初仕事の祝杯としてはこれぐらいの贅沢もいいだろう。

 すでに用意されているサラダもスープも、満足する味だった。

 焼かれている肉を見ながら、周助は緊張しながら声をあげた。


「あの、これって写真撮ってもいいですか?」


 シェフは笑顔で頷いた。


「構いませんよ。SNSで宣伝してくれると嬉しいですね!」


 宣伝をする場所はなかったが、周助はうなづくと、スマートフォンを取り出して写真を撮り始めた。パシャパシャと音がするが、周囲を見ると他の客も写真を撮っているようだ。

 こっちはハイエンドスマホなんだぞ、画質が違うんだぞと思いながら、周助はスマートフォンをしまった。

 改めて考えてみるとここは品川であり、富裕層は多いだろう。ハイエンドを使っている人は普通に多い気がするかもと思うと、苦笑いをした。

 程なくして、周助の目の前にはカットされたステーキ肉が置かれた。ミディアムレアだ。ソースもすでにかかっている。

 早速、フォークを持って口に運んでみた。赤みのようで、霜降りのように口のなかで溶けるということはないが、柔らかく、しっかりと味わえる。

 備え付けの玉ねぎも甘みがあって美味い。


 自分の本業は、時給いくらのアルバイトだ。

 だが、副業は違った。2ヶ月で1日、仕事をしただけである。それも、電車にちょっと乗るだけで、33万である。

 投資という名目だから本来ならばなにもしなくてもいいはずが、イレギュラーなスタイルなので仕方がないし、嫌な仕事でも無く、気分転換になったので悪くはなかった。

 周助は本業もこういう仕事ならいいのにと思う。

 世の中には大勢いるのだろう。時間に比例しない仕事というものが。

 そんなことを考えていても現実が変わるわけでもないので、周助は食事に集中することにした。

 SNSは始めてもいいなと思った。自分の人生にも、すこしぐらいは優越感があってもいいはずだ。

 まずはアカウントを作り、この肉の投稿をしてみようと考えた。

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