第9話 ガキの喧嘩

たとえばの話。生徒会が絶大な力を持っていたとして、それを行使できる、またはその行使できる力を最大限利用できるやつがたまたまその学校にいて、生徒会長に立候補したとして。果たしてそいつは生徒会長に選ばれるだろうか。

答えは否だ。

だってそんなやつが思春期真っ只中の男子女子に受け入れられるはずが無いのだから。

いくら猫を被ってようがキツネに摘まれようが腐っても子供、優秀な人間が頭角を表すにはちょっとばかし早すぎる、優しいふりをしてやり過ごし生徒会長になったタイミングで化けの皮を剥いで学校を手中に収めてやろうなんて土台無理な話なのだ。いくら仲間を増やそうがその間には友情以外の繋がりは無い、なにしろ友達も子供なのだから、お金の繋がりが出来ようはずもない、だってどちらも扶養に入っている間柄なのだから、その間でお金の繋がりが仮にあったとしたらそれは普通にダサい気もするけれど。

要は何が言いたいのか。生徒会長は所詮は一生徒に過ぎないという話だ。

俺の友達は生徒会長だった。転校してしまったので今は違うけれど。最近会う機会があったので久しぶりに遊ぼうという話になりひとしきり遊んだ帰りに聞いてみた。

「生徒会長になってみてどうだった」

「生徒会長?あーそういえばやってたね。別に、どうってことは無いんだけれど、強いていうなら普通の生徒よりは書類仕事が多かったかな、あと前に立つ機会がそれなりに増えたって感じ。まぁでもそれくらいだよ。面倒ごとが増えるくらいだったしやるんじゃ無かったね」

「そうか、でもそれも含めてお前は生徒会長になったんだろ」

「まぁね」

「どうして」

「そりゃお前、内申点のためだろ」

そいつは人当たりが人一倍良く、気前も良かったし何より顔もイケていた。人の上に立つ人材だって推薦人が語っていたけれどまぁそれも納得な人間性だった。ちなみに推薦人は俺だった。

「なんで推薦人に俺を選ぶんだ?」

「別に誰でも良かったんだけどさ。どうせ俺が選ばれるし、でも一番はお前が一番前に出しても弁の立つやつだって分かってたってところが大きいかな。せっかくの勝負所で前に出てしゃべる時に緊張で声が出なくなるやつがいると冷めるだろ。お前なら面白いし場をあっためてくれるって信じられたんだ」

「そうかい、当時の俺にそれを言わなくて良かったな」

「断ってたか」

「いいや、やったよ。でも皮肉だらけの演説をして極寒にしてからお前に渡してた」

「はっは、じゃあ正解だな。お前は黙らないよ」

そいつとはそこで別れた。別の学校では生徒会長になっていないらしい。当たり前か。

何はともあれうちの生徒会長は途中で抜ける形となったわけだが、それから少し経った時事件が起きた。二度と思い出したくない事件、そしてなくてはならない事件だった。

これはあいつが転校していった秋の出来事。


「私を生徒会長にして欲しい」

開口一番にそう宣った彼女に俺は見覚えが無かった。

華奢な身体、低いタッパ、ちょこんと座る姿。どれもあまり人の上に立つ人材とは言えない。そんな印象を受ける彼女。

市ノ瀬奈々。彼女は自分をそう名乗った。

うちの学校に一年通っていれば知らない人の方が少ないだろう、なぜなら文化祭に開催される生徒会劇で去年は主役をやってキャーキャー言われていたし、その体格も相まって生徒会会計の役職の他に生徒会マスコットという役職すら獲得しているのだから。

いやまぁ俺は知らなかったんだけど。というかこの学校に通っていれば誰もが知っている生徒ってなんだよ。しらねぇよ。ガキのくせに知名度を語るな。

とにかくその生徒会会計を務める彼女が美術部の部室にきて生徒会長にして欲しいと頼んでいるという奇天烈な状況だった。

何より奇天烈なのがさっきからどんな会話をしても

「とりあえず、お茶でも飲みますか?」

「うるさい、お前に用事はない石見を出せ」

と返されるのだ。

かれこれ30分くらいこの調子、気が滅入りそうになりますよぉーふえぇ。

「いい加減辞めません?」

「貴方に用はないと言っているでしょう、失せなさい」

「あー腹立つー、だから今はいないって言ってんじゃんか、今石見部長は用事があってどっかいってんの、帰ってくる時間もわかんねーの、用事があるっていうんだったらその用事をあらかじめ伝えた上で事前に連絡を入れてそれから来いよ、それをすっとばして入ってくるなり私を生徒会長にしろって頭湧いてんのか?生徒会長になる前に成るべきものがあるだろうが誠意を見せろとは言わないまでも善意ぐらいは持って来いよ。分かるかい俺の言ってることが、わかんないかい伝わらないかい?」

俺は結構怒っていた。だからこの後起こる事ももしかしたら予見できたかもしれないものを珍しく逃してしまっていた。

「誰に向かって口を聞いているんだお前」

勢いよく開け放たれた扉からすごい速度で拳が飛んできた。

ボタっと鼻から熱いものが垂れてくるのを感じる


1秒意識が飛んだ。

「お前にはがっかりだ」

気づくと倒れ込んでいる自分と目が合った。しかしそれは見間違いで、硬く握った拳を振り上げる部長だった。悲しそうな顔もしてんなと思った。

殴られた?俺が?何故?むしろ会話しようと頑張っている年下の男子に対して30分以上執拗に難癖をつけてきた彼女の方が悪いんじゃ無いのか?殴られるほどの悪行を俺はしてしまったのか?

そうは思ったが俺の口から出てきたのは異論反論では無かった。

「あ、お。……ごめんなさい」

「私じゃ無い」

「市ノ瀬さん。言い過ぎましたごめんなさい」

「え、あ……うん。私も失礼がすぎました、ごめんなさい。石見ちゃんもあんまり怒らないで、彼のせいじゃなくて私のせいだから」

予想以上にぶっ飛んでいった俺と怒り心頭の部長を見て自分のやったことが思いの外大事になってしまったことに気づいた市ノ瀬さんは狼狽しつつ石見部長を宥める。

後から聞いた話によると拳が頭にめり込んでいくのを目で捉えたのは初めてだったらしい。

「よく無い。出ていけ一条今すぐに」

「石見ちゃん!」

「市ノ瀬は黙ってろ、いいか私はな初対面のやつや対人関係において舐めた態度をとってくる奴が大っ嫌いだ、一条、今のお前がまさにそうだ、さっきの発言はなんだ、まるで自分の方がえらいみたいな言い方しやがってその不用意な発言が人を傷つけることになぜ気づけない、私はお前はもうちょっと考えの足るやつだと思ってたけどそれは間違いだったな」

まだジンジンと痛む頭の中で、少しだけ張っていた糸が緩んだ気がした。

「ハッ何が大嫌いだ、対人関係で舐めてる?ふざけんな、最初に舐めてきたのはそっちだろうが。こっちは波風立てないように無い頭絞って空っぽの考え振りかぶって最適解を考えた結果がこれなんだよ」

「怠慢だな、そんな答えが聞きたかったんじゃない私は。本気で言ってるのならお前は道を踏み外してるよ」

「なんなんだよその態度、お前は考えたことがあるのかよ俺の気持ちを、安全圏に立って「そこは危ないそこにいてちゃダメだその細い糸なんか掴んじゃダメだ」ってさ、俺はとっくの昔に下流まで流されてんだよ流されたから這い上がんなきゃダメで、でも上がるための気力なんかとっくの昔にほとキレてて。でもこれ以上流されたくなくて細い糸だって分かって掴んでんだよ。分かってるよ危ないって、自分が危険な場所にいるって気づいてるよ。気づいててここにいんだよ、そこから逃げたくて細い糸なんかでも良いからこれ以上悪くならないために捕まったら安全圏のやつに文句言われんだよ。ぶっとい縄で身体中くるくるにした上流でぬくぬくしてるやつにひと足先に安全になったやつに細い糸を批判されてんだよ。なんなんだよ。なんでそんなに余裕こいて人を批判できんだよじゃあこっちまで流されてみろよ」

気づけば俺は部長の襟につかみかかって叫んでいた

「何が傲慢で怠慢だ。屁理屈ばかり言いやがって。正しくなりたいならそう言えば良い。言わないからなれない。なれないからずっと正しくない。それだけだお前の方こそ怠慢で傲慢なんじゃないか。だから一条、お前は私には何も言えないんだ。勝てないんだ。ハッ、いい気味だな。上級生の女の子に暴言吐いて、上級生の女の子を締め上げて文句叫んで、上級生の女の子に論破されてそれで終わりだ」

「……本気で言ってるんですか」

「あー本気だよ。お前はもう友達でもなんでもない」

それ以上の言葉を聞きたくなくて俺は部長を突き飛ばして部屋を出た。

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