第6話 そろそろ話そう
「ねぇ一条くん」
部長がトングをカチカチしながらこちらに近づく。ジーンズ素材の短パンに半袖のシャツ、上から薄手のパーカーを羽織っている。かなりラフな格好。ちょっと嫌な言い方をするなら無防備な格好だ、それだけ信頼されているという事なのだろう、もちろん部員全員含めての裏を返した意見を言うのなら。ただ、表だけをなぞるのなら男として見られてないだけの気もして、多感な男子高校生にとってはちょっと複雑だったりする。この人彼氏いるけど。
「なんですか、お皿ですか、箸ですか、それともお茶のおかわりですか」
「いえ、あなたさっきから焼いてるだけで全然食べていないじゃない。変わってあげるから一条くんも食べたら、と思って」
半ば遠慮を含んだ言い方だったが部長はほとんど有無を言わさず俺から菜箸を抜き取る。
抜き取られる際少しだけ手が触れてドギマギしてしまったが、どうやら部長はなんとも思っていない。フッと一息ついて垂れた髪を耳にかける。すごく様になっていると柄にもなく、思った。
「私さ、本当はちょっと期待はしてたんだ、こういうの」
ほんの少しトーンを下げて横目で捉えられる。
「…部長?」
「今まで色んなことあったじゃない?文化祭の時も体育祭の時も三年生がいたし。あんまりこうやって仲のいいメンバーだけで楽しく過ごすって時間無かった。だからさ、結構勇気出しちゃったこの合宿」
この美術部は語るべき事が多くある。そして各々のメンバーは卒業するまでに片付けないといけない課題もまた、多く残している。禍根がある。囲まれている。
簡単に言えば、一言で言えばそれは単に三年生、いるはずだった三年生との仲が悪かっただけ。石見部長と反りが合わなかった。僕ら四人と合わなかっただけ。それだけだった。
「まぁ誰かさんは大事な合宿に4時間以上遅刻してるっていう話なのだけれど」
「それは、ごめんなさいって、謝ったじゃないですか」
「別に責めてるわけじゃないわ、ただそれもいい思い出ねって言っているのよ、私は。覚えてる?あなたが文化祭で言ったこと」
「ありましたかね、そんなこと。俺は覚えてないかもしれないです」
「私嬉しかった。ずっと一人で戦ってるって思ってたから、あの時来てくれて嬉しかった」
フフッと部長は笑った。
炭火の灯りを仄かに照り返すその肌が赤いのは、炭火の火の色なのか、それとも肌の色なのか俺にはわからない。
ただ少しだけ。
この人にも可愛い瞬間ってあるんだなって思った。
「なーんの話してるの?」
「しのちゃん…別に何も、一条くんの遅刻を責めてただけよ」
「え、まだ許してなかったの、結構部長って根に持つんだね」
「そうよ、私は重たい女なんだから、先生にも重たさでは負けないわ」
ビールをたらふく飲んでリビングのソファでひっくり返っている先生がしゃっくりと共に少しだけ跳ねた。
「おーい前田さんから花火もらったぞー」
玄関の方から鈴木野が花火を抱えて現れる。
すっかり辺りは真っ暗になり、そろそろ時間はてっぺんを回りそうな中、俺たちは浜辺に来ていた。別荘地特有のよく整備された真っ白な砂浜に少しの間4人で並んで座る。
俺たちは別に何か話したい事があるわけじゃ無かった。別に語り明かすほど仲がいいのかと言われるとそういう訳でも無かった。きっとクラスに戻ればそれぞれにもっと仲のいい奴がいて、部活の仲間は一番じゃない、でも、なんとなく友達で、なんとなく気兼ねがない。そんな仲の奴らと一緒の時間を過ごしている今に、かけがえ無さを、青春を感じてしまった。
それだけだった。
そのあとは花火に火をつけてぼーっと眺めたり振り回したりして笑い合った。しばらくしてこの浜辺が花火禁止だという事に気づいて青ざめたり、そそくさと逃げ隠れたりして過ごした。帰りはちょっとだけコンビニに寄って明日の朝ごはんを適当に見繕って。
その日はリビングに布団を持ち寄って全員で寝た。
「一条くん。起きてる」
「寝てます」
「そう」
「部長、私が起きてます」
「じゃあしのちゃん、聞いてちょうだい」
「はい」
「しのちゃんは、こけるのって嫌い?」
「え、……そうですね嫌いです」
「そう、私も嫌いよ。でも今思い出したのだけれど、昔よくスケボーで遊んでいた時期があってその時一度だけ転んだ事があるのよ。こう、横に回転というか、コナンくんが映画作品でよくする転け方みたいな」
「はぁ」
「あの転け方をした時私、転んで身体中痛いはずなのにかっこいい転け方ができた事が嬉しくて痛みなんて忘れて笑っちゃったの」
「…そうですか」
「だから、あの転け方は。好きだなぁって」
「その話今じゃないとダメでした?」
かくして一泊二日の合宿は終わった。
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