第5話 キャベツ

「ルームシェアって流行っているのよね。あれ、なんでだと思う」

「一人で暮らす事もできない奴らが見ず知らずの他人と暮らす事によって、さも一人暮らしよりも高尚で一人暮らしよりも高度な暮らしをしていると言うことをある種のアイデンティティやステータスと捉えてそれをsnsなどに上げる事によって地元の奴らからいいねを巻き上げて承認欲求を満たすため」

「違うわ」

「じゃあなんだよ」

「一つの家を数人でシェアする事によって家賃を安くするためよ。あと、その腐った価値観を素で言っているのだとしたら早めにその考え方に栓をして自分の思考に蛇口でも設けてみたほうが良いのではないかと私は思うわね」

篠賀原ゆめ。は才女であった。半グレの才女であった。肩まで伸ばした髪の毛を後ろでポニーテールにまとめていて、その目は孤高に生きるサバンナのライオンぐらい鋭い。成績はいつもトップ3に入っていてそれより下の人間とは会話をしないと彼女は語る。彼女の武勇伝は我々の通う高校ではもはや常識の域に達している。

「篠賀原さん隣の高校の不良と喧嘩して拳銃使って勝ったらしいぜ」

「俺が聞いた話によると何故かもうNISAを始めているらしい」

「家の庭で柿の種を植えて毎日水をやってるって聞いたことあるぞ」

どれもやはり噂の域を超えないが、そのどれもが生徒を震え上がらせるには十分だった。誰が噂を流しているかは全くの不明だ。いや全く誰がこんな怖い噂を考え、流布しているのだろう。皆目見当もつかない。本当に。

だが安心して欲しい。彼女は噂ほど凶悪な人間ではないことを俺が保証したい。この篠賀原ゆめと生まれてこの方16年ずっと一緒に過ごしてきたこの一条院空が保証したい。

彼女はこう見えてもかなり天然なのだ、今もまさにバーベキューだと言うのにキャベツを千切りにしてしまっている。何やってんだよ、やめろよ。

水鉄砲を黒塗りにして「拳銃」とだけ言って渡すと泣きながらこんな物持ってちゃダメだと諭された事がある。

将来についてちゃんと考えたほうがいい、最近はNISAと言うのがあるだろう、あれは無料でも始められる投資だから始めなさい、みんなやってるよ。と焚き付けたら本当に次の日無一文で証券会社に行っていた事がある。

柿の種って植えると柿の種が育つんだぜと言ったら育て始めた事がある。

とまぁ彼女の天然エピソードにこと欠くことは無い。彼女は本当に可愛い。今も千切りにしたキャベツに小麦粉を振り始めている。なんでそんなことをするんだ、やめなさい。

「え、なんで小麦粉振ってんのしのちゃん。なんで一条くんもそれを止めずにニヤニヤしているの」

後ろから唐突に声が掛かる

「部長、どうしてここに」

「皿を取りに来たのよ、ほら、しのちゃん小麦粉置いて、私たちが作るのは焼いた野菜であって決してお好み焼きではないわ。一条くんもヘラヘラしてないで手が空いているのなら紙コップの準備でもしなさい」

そう言い残し、コップを俺に手渡し。部長は部屋を出て行った

「私はなんで小麦粉を振っていたのかしら。反省ね」

「キャベツひと玉丸々千切りにしたことの方が罪深いし反省をした方が良いと俺は思うね」

かくして大盛りの千切りキャベツを持って二人は部屋を後にした。

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