第3話 そういう話じゃ無いんだけど

バーベキューをする事になった。さっき電話をかけたらいつもの前田さんが出てくれた。

「かしこまりました、10分以内にお届けいたしますのでお手数おかけ致しますが少々お待ちください。それと、お嬢様といつも仲良くしてくださりありがとうございます一条院様」

と言われた。


ここから先は待っている間にした雑談を一部抜粋したものです。


「部長なら昔に戻ってやり直しが出来るとしたらいつに戻りたいですか?」

「過去に戻るなら。そうね、3年前に戻っておじいちゃんにちゃんと病院に行けって伝えるかしら。先月死んだのよ、がんで」

「…ごめんなさい」

「どうして謝るのかしら。人が死ぬのは自然の摂理よ。ましてやガンなんて今時珍しくも無い病気よ」

「それでも辛い記憶に触れるような言動をしたのは俺の責任だから謝ったんです」

意外と真面目なのね。と言われた


「鈴木野は過去に戻るとしたらどこら辺がいいとかある、いや無いか、お前ずっと楽しそうだもんな。ごめんな変なこと聞いて、忘れてくれ」

「いや辛辣すぎ。あるわ戻りたい過去くらい、たとえばこの前彼女とデート行ったんだけど」

「頼む、死んでくれ」

「お前もしかして言って良い事と悪いことの区別ついてないタイプ?」


「ゆめはなんか戻りたい瞬間とかってある」

「……私ってさ、結構サバサバしてるっていうか、あまり感情を大きく表現して物を言うみたいな事って思えばあまりなかったのよ。中学の時の部活のこと、その日は暑い中での練習で、みんな外周を走った後だったから疲弊していたの、だからなのかな休憩中に事件が起こった」

 私が陸上部の2年だった時の話。その部活では私は速い方だったし期待もされていたから、来月の大会で結果を残そうって躍起になってた。

 実際調子は良かったの、前回の大会で新記録を出したご褒美に両親が買ってくれたシューズがすごく私の足に合っていて走りやすさも向上していたわ。柄にもなく友達にも自慢しちゃった。赤い下地に緑のラインが入ってる、かっこいい靴よ。今でも部屋に飾ってる。

 でもさ、部活内での居心地は決して良いものとは言えなかったの。当たり前よね出る杭は打たれるもの、2年生で実力もあって思春期真っ只中なのに両親との仲も良くて、おまけに頭も良い。妬まれない訳がないわ。それに私は確実に来月の大会に出る訳だからうちの学校からの採用枠は一人減っているような物。実質三年生からしてみれば最後の大会なのよ、出たいに決まってるじゃないそんなの。

 私も馬鹿じゃないから当時その空気は感じていた。あぁ自分妬まれてるなって、空気読めてないなぁって。でも同時に、悔しかったら私よりも速くなってみろって思ってもいた。まぁでもコレは今でも思っているわね。今の私はあの人たちよりもうんと遅くなっているのでしょうけれど。もう追いつくことすら困難を極めているのでしょうけれど。

 そのアウェイの空気感をなんとかしようなんて全く思っていなかった。今思えばしておくべきだったのかしら、いやどうにかしても起こるべくして起こったのかしらね。いえ、起こるべくして、怒ってしまったのかしらね。

 汗だくの中校庭の隅の木陰で涼みながら休憩をしていたの、ちょうどその日、よく話していた友達が休んでいた日だったから私は一人だった。一人でほとんどシャワーを浴びているみたいに水を浴びるように飲んでいた。その時だった。誰かが叫んだの

「私の制服がズタボロにされている」

 ってね。みんなその子の元に集まったわ。その子は3年生の仮にA子さんとしましょうか。

 A子さんの制服は見るも無惨な状態で私たちの涼んでいた木の裏に放置されていた。

 空、あなた、こう思ったんじゃない?ここからこの私、篠賀原が制服を切り刻んだという冤罪をふっかけられて、犯人だと疑われて嫌な思いをする事になる話をするんだなって。

 残念だけどそうはならないの。

 その制服が発見された後すぐ顧問の先生が来て後処理をしてくれた。別に何も無かったわ、犯人探しも、糾弾も。だって制服が切り刻まれていたのよ、普通に意味不明じゃない。疑問の数が多すぎて何から考えていけば良いかA子さん含めて全員分からなかった。だから特に何も無かったの。

 知ってる?意外と学生の私たちにはたくさんの保険が掛けられているって。私たちの着ている制服だって例外じゃない。次の日は言い過ぎだけれども、まぁ来週くらいにはもうA子さんの制服は仕立てられていたわ。多分大した値段もかかっていないんじゃないかしら。逆に毎日のように心配されて注目の的になっていたと言う部分を加味すると総合収支はプラスにすらなっていたんじゃ無いかしら。分からないけれどもね。少なくとも私はそう考えた。今思うとバカよね。少なくとも自分が三年間も来ていた服を切り刻まれて良い気持ちになるやつなんているはずが無いのに。

 そんなちょっとした、A子さんの親からしてみればたまった物じゃないこの事件は、それなりに風化していった、大会まで後1週間のある日。さっき私にはよく話していた友達がいたって言ったじゃない。そう、その友達。実はあの日以来来なくなったのよ。部活どころか学校にすら。制服が切り刻まれたあの日から。理由もわかっていたわ、イジメよ。あの子いじめられていたの。

 もちろん私は分かっていたわ。当然でしょ友達なんだから。話を戻すわね。そんなある日、更衣室の前で聞いたの。あの子の悪口を、別に珍しい事じゃ無かった今までね、あの子の悪口陰口を聞く回数は1日平均で3回はあったわ、本人の前で面と向かって言いにくる奴もいた、その度に私たちは無視していたのだけれど、なんだかその日の私はすごく頭に血が上っちゃってねカッとなってつい強い言葉を吐いちゃった。更衣室に入るまで気づかなかったのだけれど悪気愚痴を言い合っていたのはA子さんだった。「わたしの制服を切り刻んだのもどうせあの子に決まってる」とかなんとか言っていたわね。ユーモアのかけらもない悪口。でもそれに反応して怒っちゃった私はもっとユーモアが無いわね、そのせいで大きな揉め事が起こっちゃって謹慎処分貰っちゃった。今思えば別に友達の悪口くらい聞き流しとけば良かったなって思う。だから戻るとしたらその瞬間に戻って悪口言ってたあいつらを一発ぶん殴ってやりたいわ。

「まだ怒ってんじゃん」

「そういう見方もあるわね」

 俺と篠賀原は幼稚園から一緒の幼馴染だった。当時もほぼ毎日一緒に並んで家に帰るくらいには仲が良かったので当然この話も聞いてはいた。聞いてはいたのだが。

「そういう見方しか無いだろ、いやてか結局その制服を切り刻んだのって誰だったんだよ、俺その話は結局教えてもらえてないんだけど」

「あぁ、それは私よ。むしゃくしゃしてやったの、今は反省しているわ」

「じゃあ復讐は出来てんじゃん、順番おかしいけど」

「順番ってそんなに大事かしら、大事なのは結果よ、どんな道を辿ろうとも結局友達のために私は殴ることさえ出来ない、石見部長の出来損ないよ」

「いや友達を殴ることの比喩に石見部長を出すなよ」

「それはそうと門の前に停まってるあの車、前田さんの車じゃないの」

確かにあの黒塗りのセダンは前田さんかもしれない。俺たちはそこで話を切り上げて門の前に向かった。

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