第2話 バーベキュー
「大きなベッドですねー、お風呂も大きいしリビング広い、でもそれだけですね特に娯楽も無いですし私そろそろ帰りたいです」
「当たり前でしょしのちゃん、しばらく使ってないしそもそも貸し別荘なんだから」
「ちぇ、私疲れたんでお風呂入ってきまーす」
入るや否や篠賀原は文句たれて部長を困らせていた。
「部長、クーラーボックスここに置いときますね。あと中身は全部冷蔵庫に入れておきました」
「あぁ、ありがとう一条くん、でもこの家電気も通ってないから冷蔵庫に入れても意味はないわよ」
…も?さっきお風呂に入るって言ってたけど水は出るのかしら。
「それじゃあ順番に部屋を紹介しておくわね、そこの扉があるでしょう、うんその茶色いドアの、うんそれ。そのドアの先が一条くんの部屋よ、自由に使ってちょうだい。物は壊さないでね。あんまり覚えてないけれど、いえ、思い出すもなにも知らないんだけど、そこそこの値のはるものばかりよ。」
「俺も一通り見ては回っているんですけれどあの茶色いドアの先ってリビングしかないですよね」
さっき見に行ったけどドアの先にはリビングとトイレくらいしか無かった。
「先生、コンロの上にカバンを置かないでください燃えてしまいますよ。それに…」
部長は行ってしまった。なんとなくだけど遅刻した俺に対する罰な気がする。気がするだけだけど。
「仕返しなんじゃないか実際、いいんじゃねぇのリビングでも、案外あそこのソファがこの家の中で一番柔らかそうだし。気にすんなって」
「鈴木野…お前…」
「それはそれとしてなんか喉が渇いたなぁ、重い荷物たくさん持ったからなぁ。こんな時にジュースを買ってきてくれるお友達がいてくれたらなぁ、…一条、コーラでいいよ」
「鈴木野…お前…」
俺は麓のコンビニまで走ることになった。
この家の間取りを大まかに言うと下にキッチンと風呂とリビングそして部屋が2つ。2階には部屋が5つある。トイレは上下一個づつって感じだ。
別に普段ここで生活するわけでも無いだろうになんでこんなにデカいのか理解できない。
部長曰く所有する別荘は普段貸し出していて埋まっていたため、別荘の中でも一番小さいものしか取れなかったから申し訳ないらしい。このデカさで小さいなら俺の住む家は犬小屋だ。
「いやーそれにしてもデカいっすね空き巣とか入らないんすか?」
「過去に一度だけ入られたことがあるらしいのだけれど、私も生まれてないくらいの頃らしいから実質そういう心配はしなくていいわ。セキュリティも強化してあるしこっちには男二人いるし囮の数も十分よ」
「そうなんすね、それを聞いて安心っすわ。空き巣が入ってきたら部長を囮に使ってあげますよ」
「あら、言うじゃない………言うじゃない」
「なんも無いなら無理に突っかかってこないでくださいよ」
コーラを汗だくで買ってきたら、クーラーのついたリビング(俺の部屋)でソファで二人が話していた。
「この暑いなかコンビニダッシュさせたくせにいい身分だなぁ」とは言わずにコーラを渡す。
「あら一条くん遅かったじゃない、二つの意味で。今日の朝の出来事と、今の出来事の二つの意味で。遅かったじゃない。良かったら座って、ちょっと埃も溜まってしまっているのだけれど遠慮はいらないわ。さぁ、……何をやっているの誰がソファに座っていいなんて言ったのよ。地べたよ地べた」
「一条、普通に受け入れるな。ほら、コーラ代、残りは駄賃として取っとけ」
鈴木野がお金をくれた100円。足りねーよ。
とはいえ、ここで二人がソファに身を寄せ合って世間話に花を咲かせていることからも分かる通り、俺たちは早々にゴールを見失っていた。なぜならばこの合宿には最初からゴールがないからだ。
元を辿れば部長が勝手にラノベに感化されて企画した合宿。別段美術部として活動しようなどという気はさらさら無いし。ましてや課外活動として大義を掲げて活動の記録を残して学生という身分である時代に自分の人生に輝かしい箔をつけたいなどという気もまた、全く無いのだ。俺たちには意味だけではなく、意欲もまた。無い。
「ねー、冷蔵庫の中ドクターペッパーしか入ってなかったんだけどー、私アリスじゃ無いんだけどー、てか全く冷えてないし」
「そりゃそうですよ入れたばっかりだし、さっき一条が買ってきたコーラならありますけどいります?まだ口つけて無いっすよ」
「お、気がきくわね、さすが私の生徒。ところでこんなところに、いや、こんな場所に来させておいて全く今のところ動きやアクティビティーが無いんだけど、そろそろかしら、バーベキューの設備はそろそろ始めておかないといけないんじゃないの?そういうのってあまり私は詳しく無いのだけれど」
そう言いながらもL字型のソファの長い部分に腰を下ろして足を投げ出す先生。
前述した通り俺たちがコンビニまで片道10分かかる別荘地に来ている理由は部長の思いつきで、ラノベに感化されただけだ。もちろんバーベキューをする気はない。
もちろんやろうと言うなら止めないし寧ろ歓迎だけれど、道具が無い。
俺たち生徒三人はなんとはなしに目を合わせる。
「いや、無いっすよそういうの。バーベキューの準備も花火とかも。準備してないっていうかそもそも持ってきてないんで」
どうしようもないことを繰り返してしまうようだが無いものはないので、やっぱりこういう返しになってしまう。返答はこうなる。
だがそれを許す許さない以前に受け入れられないのもまた、この古川よしえ(27)でもあった。まぁ受け入れられない方が普通なのだけれど。
「・・・それってさ、楽しみにしてきたけどいざこうやって片道1時間の道を走ってみたら普通に来ただけで満足しちゃって、なんかもういっかー、何もしなくても。こうやってお友達となんか非日常な時間を過ごすだけでも楽しいしあとは適当にくつろいでお腹空いたらコンビニでも行こうかなぁ。的なやつだったりしないの?えーしようよバーベキューとかさぁ」
「いやまぁやってもいいんすけど、バーベキュー用のお肉なんか準備してないし、そもそもコンロも炭も石炭も鉄板も無いっすから」
鈴木野が肩をすくめる
「いえ、正確にはあるのだけれど、それこそキッチンの棚の中に確かバーベキューセットがあったはずよ、何年前のかわからないけれど。ただまぁなんと言いますか」
部長はそう言って言葉を濁す
「なによ、あるならやりましょうよ。曲がりなりにも私たちは若者よ、せっかく遠出をしているんだから何か一つでも帰って親にこれしたんだよね〜的なエピソードトークがないと、つまんないじゃない」
「じゃあやります?」
「めっちゃ消極的じゃん。ほら立って立って準備するわよ」
そそっかしく二人を立ち上がらせる先生。
「はぁ、じゃあ私は篠賀原さんを呼びに行ってくるわね、鈴木野くん悪いんだけどキッチンの戸棚にバーベキューセットがあるかどうか確認してちょうだい、一条くんはこの番号に肉の手配をして欲しいって伝えておいて頂戴、かければ分かるわ、多分いつもの人が出ると思う」
部長はそう言い残して二階に上がって行った。
かくして俺たちはこの意味のないゴールのない合宿で一つ目にして最後のゴール、「バーベキューをする」することにしたのであった。
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