ルービックキューブを揃えるように恋をしたい
覚えやすい名前
第1話 美術部合宿。初日
目を覚ましたのは見覚えのある部屋だった。
「変な夢見たわ…」
なんだかよく覚えていない、なんか飛び降りる夢だったような、まぁなんでもいいか。
なんにしても目覚めは最悪だった。ぐっしょりと汗をかいた背中に薄手のパジャマが張り付いて引っ張られて俺はもう一度仰向けに倒れ込む。ベッド脇の時計を見ると午前の11時を指していた。
時計の横に置いておいたスマホを充電器を抜くのに四苦八苦しながらモゾモゾとつける。
通知は一件。
「もしかしたらお忘れのことかと存じますが一条様。本日から我々美術部は夏季合宿となっております。いまだに来やがらないお前のために、わざわざ、こうやって、ラインを送らせていただいております。集合時間は朝の8時です。覚えておけよ貴様。」
それは部長からのラインだった。
飛び起きた。
変な声も出た。
結局学校に着いたのは12時回ったあとだった。
「あのねぇ
合宿地へと向かう車の中説教が始まる。
「あなたたちはもう裏若き
「病院くんじゃないんですか」
「あなたねぇ大切な生徒に対してそんな不適切なあだ名で呼ぶ先生なぞこの世にいるわけないじゃないですか。いいから黙って説教を聞きなさい。そう言う減らず口を叩く姿勢なんか元彼そっくり、あぁもうイライラしてきた。そもそもねぇ遅刻が許せないのよ私は、何よ待ち合わせに遅れてもいいように本屋を待ち合わせにしといたよってふざけんじゃないわよ。待ちすぎて両手パンパンに本持ってデートすることになったじゃない。本屋の紙袋の紐って細すぎて手のひらに食い込むのよ。
「ごめんなさいね、取り乱したわ。ありがとうみんな、石見さんもごめんなさいねハンカチは洗って返すわこんなにグチョグチョにしちゃって、
学校を予定の数時間遅れで出発した俺たちはそんな話をしつつ1時間ほどかけて山奥の別荘地に来ていた。
なぜ別荘地にいるのか。
それは時は遡ること数日前のこと。
「合宿って甘美な響きだと、思わない?」
部長が突飛な事を言い出すのは別に今に始まった事じゃない。
だから我々の返事も三者三様に思いは違えど言うことは同じだった。
「「「はぁ」」」
俺たちの部活は美術部だった。
美術部。
そうあの運動はしたくないけど、かと言って楽器ができるわけでもないし本を読めるわけでもない、そんないわゆる空っぽの人間だけが集まるあの美術部だった。
あんまり期待されていない状況を分かっているのかは分からないがそれでもペースを一切の如才なく崩さないのが
「私は昨日本屋さんでとある本を見つけてジャケ買いをしたの。とても面白かったわ。主人公は高校生なのだけれど不思議な部活に入っていてね、部員は主人公以外は全員女性なの。不思議でしょう、そんな部活があったら絶対に悪口大会が開催されて男はイヤになると思うのだけれど。でもこの物語はなぜかすっごくみんな仲がいいの、これもまた不思議。まぁ所詮はフィクションだわ。それでね、その不可思議な部活のメンバーで海の見える別荘に合宿に行くっていう話が載っていたのよ。これは大いに参考になるわ。ぜひこの美術部でもせっかく個性豊かなメンバーが集まったのだから合宿をしましょう!そう思ったのよ。どう思う、鈴木野くん」
「え、俺っすか。まぁいいんじゃないっすかね合宿。楽しそうだし」
こいつはまた心にもないことを。
気に食わない。
いつも制服は着崩しているし髪型もデコを出している、陽キャの証だ。それに部室でも教室でも度々インスタを開いているのを見た事がある。
…インスタ見てるから陽キャだって思ってる俺の惨めさが浮き彫りになるからこれ以上は言わない。
それはそれとして類稀なる選りすぐりのインキャたち、つまり俺たちのことを若干見下している節がある。ここが一番気に食わない。
基本的にあんまり美術部の行事には参加をしないし手伝いもあまりしない。いわゆる幽霊部員だ。
今日はミーティングがあるとかなんとか言われて石見部長に耳を引っ張られながら部室に顔を出している。
うちの部活は定期的に集まってミーティングと称して最近読んだ本の話や最近見た面白い人の話なんかをしている。理由は部活動として活動をしているという体裁を生徒会や先生にアピールするため。今日は珍しくミーティングっぽい事を言っているけれど、本当に珍しい事だと言うことは言っておきたい。
「一条院、お前ももちろん参加するよな。」
部長に水を向けられる。
合宿?何を馬鹿な事を、俺が何より嫌うことは外に出ることなんだ、出来れば一生家に引きこもっていたいそのためなら友達なんていらない。だから俺の返事は最初っから決まっているんだ。
「もちろん行きます」
「良かった。では各自今日の美術部のミーティングは終わりとする。あとは寝るなり起きるなりのたうち回るなり好きにしろ。私は彼氏と予定があるので帰る。あとこの本読んどいていいわよ私はもう5回は読んじゃったから」
美術部の様子のおかしなやつ筆頭、石見部長はそれだけ言うとそそくさと荷物をまとめて帰っていった。
手渡された本はラノベだった。
それもなぜか4巻だけ。
あの人本当にジャケ買いしたんだな。
そんな感じで決まった美術部の合宿、部長の石見が合宿先として実家の別荘を貸してくれるらしい。太っ腹と言うか、なんというか子供の身分からしてみればよくわからない話だ。
金持ちってのはみんなこうなのかねって石見部長と遊びに行くとたまに思うけれど。
実際俺がすごい金持ちになって子供も居るってなったら自分の子供に「別荘に友達呼んで遊んできなさい」とか言っちゃうかもしんない。
みんなそんなもんだ。
「えー部長どれっすか、あのログハウスっぽい家っすか?」
段ボールを抱えた鈴木野が言う。
「んーっとねぇいやそれじゃないわね、もっと奥の方のあの煙突が伸びてるやつ」
諸々の食材や飲み物が入ったクーラーボックスをえっちらおっちら揺らしながら一行は緩やかな坂を登る。
「ぜぇはぁ……ちょっと一条院くんあなた私の荷物も持ちなさいよ」
「もう先生の荷物は2個も持ってあげましたよ」
重いものから中心に先生の個人的な荷物をもう俺は2、3個持たされている。
「あなたモテないでしょ」
問答無用とばかりに首から先生のバッグを掛けられた。
「先生よりはモテます」
「コラ一条、先生座り込んじゃったじゃんどうしてくれんのよ、こうなると先生めんどくさいんだからね」
「三十路の女はこれだから…」
「一条、思ってること全部言えばいいわけじゃないからな」
「何してるのあなたたち、もう別荘は目の前なのよ、さぁほら先生も立って立って、はぁ?知らないですよそんなの、んえ、あぁいや、…はいはいわかりましたからよしえ先生は可愛いですよ。一条くん、こっち来て謝りなさい、ほらごめんなさいは?はいこれで仲直りね。じゃあ今度こそ立って、荷物は私が全部持ちますから、ていうか先生筋トレしてるんじゃないんですか」
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