File19:Side Detective
ルヴィアイに限らず、ブルーベラ王国では街と呼べる大きさの区域では、周りをぐるりと囲むように高い壁で覆われている。獣はもちろん野盗などから、自身の領地の中でも重要度が高い区域を守るために領主達は防壁を作った。
街を出入りするには、城門を通らなければならない。ここには門番——担当しているのは衛兵——が常に目を光らせている。出入りが可能な時間帯は限られているが、まれに盗賊に襲われて命からがら逃げてきた隊商などもいるため、門番に話せば開けてくれることもある。しかし、入念なチェックが入るため侵入したい者は別の方法で入るだろう。
エリックとジョンは整備された石畳の街道を馬で走って行く。道を歩いていた人々が猛スピードで駆け抜けていく二頭の馬に、慌てて道を譲ると馬上に乗っている者を睨みつけていた。彼は市民の目など気にすることなく、ルヴィアイの城門へと向かう。
馬が口から泡を吹いて倒れるのではないかと思われるほどに走る。限界が近付いてきた馬が自主的に走る脚を止めて歩き出した頃には、城門の前に辿り着いていた。
エリックは馬のふにふにとした鼻を、礼を言うように撫でると城門の付近を歩き、放置されている馬車がないか確認する。馬車も無人の馬も無かったため、門番のいる詰所へと向かうことにした。
「おい、昨夜に担当していた門番はどこにいる?」
突然やって来た珍客に衛兵達は、お互いの顔を見つめ、訳が分からないというように首を振った。痛ましそうに、あるいは鬱陶しそうに黙ってエリックを見つめる。そんな彼らの様子に苛立ちを覚えたエリックが文句の一つでも言おうとしたとき、ジョンが肩に手を置いた。
「すまない、わたしの友人が私立探偵をしていて、今は依頼人から仕事を受けて捜査をしているところなんだ。そこで昨日の夜に警備を担当していた者から話を聞きたいと、彼が言っているから、悪いけれども協力してくれないか?」
ジョンが前に出て行くと、だらけていた様子の衛兵達は慌てて背筋を伸ばし、ジョンに向かって敬意を表すように拳を胸に当てた。
「かしこまりました! ジョン様」
彼らの様子にエリックは茶化すように口笛を吹くと、ジョンの耳元でささやいた。
「さすがアイベリー候の息子だな」
「きみの言葉が足りなさすぎるのが問題なんだよ……」
ジョンがこめかみを押さえて眉をひそめるなか、エリックは衛兵に話し掛けた。
「で、昨日の担当者は?」
「フアンという男が担当しています。今は夜勤明けですので自宅に戻っているかと」
「自宅はどこだ?」
エリックに問われた衛兵は、同僚の住所を目の前の胡散臭い私立探偵に話しても良いのか悩んだようで、ジョンに助けを求めるように視線をやる。後ろで申し訳なさそうにジョンが頷いた気配がした。
「城門前二丁目です」
住所が城門前とつく区域に住んでいるのは、門番を担当している衛兵が多い。衛兵以外では、城門に近いことから輸送業をやっている会社が多くある。
エリックは住所を聞くと、詰所を出て自らの足でフアンという男が住んでいる家へ向かった。
フアンが住んでいるらしい家は、エリックと同じような造りのアパートメントだった。一つ違うのは建てられてまだ年数はあまり経っていないようで、かなり綺麗な物件である。門番を務める衛兵は給金が良いと聞くので、家賃はエリックのアパートメントの倍はするのだろう。
エリックは遠慮なく階段を上がると、フアンの部屋の前に来た。ショーンの時と同じように扉を力強く叩き、大きな声でフアンを呼ぶ。
「ルヴィアイ十五番街で私立探偵をやっているエリックだ! フアン、君に聞きたいことがある! 捜査に必要なんだ、早く起きてここを開けろ!」
扉が外れるのではないかと思うほど、強く叩いていると、舌打ちをする音が聞こえたあと、乱暴に扉が開いた。中からフアンらしき男性が出てくる。彼は、エリックよりも背が高く、かなり筋肉質で体格が良かった。見下ろされるかたちになり、威圧感を覚えるものの、ひるむことなくエリックは睨みつけてくるフアンと視線を交わす。
「うるせえんだよ、私立探偵だが何だか知らねえが、オレは夜勤明けで疲れているんだ。なんでオマエなんかに協力しなきゃなんねえんだよ。今日の仕事をオマエが代わってくれるのか? ああぁ?」
フアンは随分と怒っているようだった。隠す様子もなく、感情を露わにしている。
「君の仕事を代わることはしないが、協力した方が君のためだぜ」
「はあ? 何をしようって言うんだ」
フアンがすごむと、エリックは満面の笑みを浮かべて“俺は何かしないが”と前置きをして、後ろで呆れるように突っ立っていたジョンをフアンの前に連れ出した。
「彼が君を“ナントカ”しちゃうぞ!」
「エリック、きみ……」
ジョンが困ったように名を呼んで、エリックに小言を並べようとしたところだった。
血相を変えたフアンが叫んだのだ。
「ジョン様じゃありませんか! オレってやつはジョン様に気付きもしないで……大変申し訳ございません。狭いですが中へどうぞ」
フアンが慌てて笑みを浮かべて、部屋に案内をしてくれた。ジョンに対しては笑顔だったが、エリックには鬼のような形相を向けるのだった。
衛兵は領主直属の兵である。領主の次男坊であっても顔は知れ渡っていた。エリックは良き友人を持ったと改めて感じるのだった。
「してどのようなことをお聞きしたいのでしょうか?」
フアンは分かりやすく態度を変えて、ジョンと付属品のエリックに慣れていない手つきで紅茶を淹れてだした。エリックは手帳とペンを取り出すと、昨夜について質問を投げかける。
「昨日の夜——二十一時以降——に、誰か街から外に出たいと城門にやって来なかったか?」
フアンはちらりとジョンの方を見やりながら答える。
「ああ。馬車が一台」
「検問には応じたんだよな?」
「もちろん。応じない奴は今頃牢屋行きだぜ」
エリックは頷いた。
「馬車はどんな見た目で、どこの所属と言っていた? どこへ向かった?」
「二頭仕立ての箱型だよ。ええっと、コーチって言うんだっけ。所属は教区に住所を置くミレー蜜専門の輸送会社と言っていた。会社の名前は《ピオーネ輸送社》だ。行った先は教区の方面じゃなかったかな。明かりがあるところまでしか目で追ってねえからその先は知らんが」
エリックはフアンの証言を一つも漏らさずに手帳に書き留めた。
「ジョン、その《ピオーネ輸送社》っていうのは本当にある会社なのか?」
ルヴィアイの領主であるアイベリー候は、領地内で商売をする会社やギルドは全て把握している。次男坊だがジョンも、ルヴィアイで商売をする者の名前は知っているのだ。
「うん、本当にあるし、住所も教区だよ。あのピオーネ教会がやっている会社だからね」
ピオーネ教会には教区を代表するカジミール司祭がいる。輸送会社は運送技術を持たないメグナコの村人を救うために設立されたものらしく、売り上げの一部もきちんと村へ還元されているという。ミレー蜜を作ることに専念できると村は喜んだとジョンは話した。
「馬車の様子は? 御者はどんな人物だった?」
「客室の窓を覗いてみると、蜜が入った箱でいっぱいだったよ。隙間なく積まれているんだと思うぜ。御者は若い男で外套を羽織っていたが、検問のときは顔を見せたから不審なところは無かったと思う」
「男の見た目は? 年齢はどのくらいだと思う?」
矢継ぎ早にされるエリックの質問にフアンは真摯に答えてくれた。
「灰色がかった髪に少し青の混じった目だったかな。プルー族の血でも引いているんじゃないか? 年齢は十七、八くらいの若造だったぜ」
「何故、夜に移動をしていたんだ? どうして中身があったと分かったんだ?」
「教区から昼に主要区へ着いて注文主のところへ運んだが、注文した数を間違えたらしく、余った商品をとりあえず会社に戻すことになったとか。本当は開けて中を確認した方が良さそうだったんだが、ミレー蜜を駄目にしちまうと損害賠償を請求するとか言われて怖かったから見るのは止めにした」
エリックは手帳に書き留めたフアンの証言を眺める。
(蜜は瓶に詰めて輸送する。箱いっぱいに詰めたとしたら一箱でもかなりの重さになるだろう。運送業者なら一回の輸送で出来るだけたくさんの品を運びたいはず。それならば二頭仕立てのコーチではなく、運搬に適した幌馬車の方が良いし、かなり重いものを運ぶから馬が二頭では長い距離を運べない。普通なら牽引に優れたロバを使うだろう)
エリックは唇にペンを当てる。深い、深い思考の海へと沈んでいく。
(注文数を間違えられたとしても、一度の輸送で売り切った方が、かかった経費が無駄にならないから、ギルドに持ち込むなりして臨時で売り出せば良いだけの話だ。それにミレー蜜なんていう高価なものを夜に運んでいるのが盗賊にバレたら格好の的じゃないか。高確率で襲われるだろうし、そのリスクを踏まえたならやはり主要区で売り切った方が良い)
エリックの手が《輸送会社を名乗る不審な馬車》と文字を書く。
(客室に入っていた箱は
手帳を閉じると、エリックはジョンに向かって言い放った。
「俺は教区に向かう。ジョンに頼みたいことがある。ルヴィアイにあるすべての貸し馬車に同型の馬車が貸し出されたか調べてくれないか?」
「分かった」
エリックとジョンがそれぞれの目的のために動き出そうとした時だった。詰所にいた衛兵の一人が息をきらしながらフアンの家にやって来た。
「ジョン様、先ほど詰所に連絡が入りました。ボゴールと名乗る男性から“ファントムから予告状が来た”との伝言を承りました」
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