Side Detective

File16:Side Detective

 エリックは大股で階段を飛ばしながら屋敷を出る。追いかけてきたジョンは息を切らしていた。 ボゴールはついてきていなかったようだが、あの憔悴っぷりでは無理もない。今頃、自室で休んでいるのだろう。

 彼はジョンの存在を気にも留めることなく、しゃがみこんで熱心に地面を眺めている。理由を知らない人が今のエリックを見ると、確実に不審者と思うだろう。


「馬車だ」

 エリックは立ち上がると、そう呟いた。膝についた砂粒を一粒ずつ払いのけるようにして、念入りに汚れを取っている。

「何が?」

 ジョンがエリックの独り言ともとれる発言に食いついたが、エリックは半分うわの空といった様子で答える。

「クラリス嬢が“足”として使ったものだよ」

「どうして分かるのさ」

「車輪跡が残っている。ほら」


 ジョンがエリックの指差した方向を見ると、石畳で整備された門への道から外れた土のところだった。馬車の車輪が土を少しえぐっているのが見える。だが、車輪跡は二つあり、それぞれ同じ正門から出て行ったようである。エリックは跡を熱心に観察していたが、持ち場が外の使用人——庭師や馬番など——に聞き込みをすると言い、また大股で歩いて行く。


 エリックが向かったのは庭だった。ボゴール家の庭は、同じ色の花を区画ごとに分けて育てているようである。きちんと並べられた区画は、奥に行くにつれて花の色が淡くなるよう作られているらしい。聞けばボゴールの妻がそうしたがっていたようで、亡きボゴール夫人の几帳面さがうかがえた。花や草木はよく手入れをされていて、ここの庭師がきちんと仕事をこなしていることも分かる。


 庭と外壁の境目には大きな木が植えられていて、木の足元には背の低い木や葉をたくさんつける木が植えられている。こじんまりした小さな森といった印象を受けた。

「昼間は明るいから目立つが、夜はこの茂みに隠れられそうだな」

 エリックは茂みを乱暴に掻き分けながら言う。庭師が嫌そうな顔をしていることに気が付いたジョンは、慌てて彼を止めた。


 エリックは気にする様子もなく、自分を嫌そうに見た庭師へと近づいていく。まだ少年らしさを残す庭師は、エリックが近付いてきたことに動揺しているようで、目をあちらこちらに動かしている。


「なあ、君。聞きたいことがあるんだが」

「は、はい……」

 おどおどとした様子の少年は、はさみと如雨露を持ちながら頷いた。

「昨夜、ここら辺に誰か来なかったか?」

 すると、少年は困ったように目を伏せた。

「分かりません。庭師は夜ここで仕事はしませんので」

 それはそうだ、とエリックは頷いた。夜には明かりがない。暗闇の中で作業が出来るはずがない。


「君は住み込みか?」

「いえ。庭師はみな家から通っています。ここに住み込みで働いているのは、メイドと執事、馬番、御者の方々くらいじゃないでしょうか」

「なるほど。君はここで働いて長いのか?」

「二年ほどになります」

「そうか。では、ここ最近——数か月遡ってくれていい——、ボゴール家に変わったことや噂は無かったか?」

 すると、庭師の少年は考え込む。はた、と思い出したように目を丸くした。エリックは手帳を取り出して言葉を書き留める準備をする。


「メイド達が話していたことなんですが、クラリスお嬢様のお部屋が夜遅くまで灯りがつくようになったって。まあ、夜更かしすることは誰だってありますから、気にすることじゃないと思いますけど……」

「そうか、ありがとう」

 エリックは手帳に書き終わったあと、庭師の少年にお礼を言う。すぐに少年に興味を失った様子で屋敷の正門前へと移動しようとする。しかし、立ち止まるとくるりと振り返り、少年に馬番たちはどこにいる、と聞く。場所を教えてもらうと、短く礼を言い、そそくさと立ち去ってしまった。


 ボゴール家の馬小屋は、本邸から東に位置する離れた場所に建てられている。二十頭ほどの馬が丁寧に世話をされていて、綺麗な毛並みをしていた。隣に立つジョンが、自宅の馬と同じくらい艶やかだ、と話していたのでかなり良い馬たちなのだろう。


 エリックはちょうど馬の世話をしている馬番に話し掛けた。

「やあ、君。昨夜、祝賀会があったのは知っているか?」

 馬番の中年の男は、ぎょろりとした目を魚のように動かしてエリックを見た。警戒しているかのように、体を縮こまらせた。


「へ、へえ。それが何か?」

「祝賀会が終わるまでにこの屋敷から誰か出てこなかったか?」

 すると、男はぼさぼさの頭を指でかきながら言った。

「二人いたような」

「どんな人だったか覚えているか?」

 エリックは彼の証言を漏らすまいと、手帳を取り出しペンを握る。


「体格からして女性……だったと思います。暗くて顔はよく覚えていませんが、一人は使用人のようだったので、もう一人は貴婦人なんじゃないでしょうか」

「それでその人たちはどうしたんだ?」

「貴婦人らしき女性が馬車に乗り込んだのは見ました。その後、あっしはすぐに馬番部屋に戻ったのでそこまでしか知りません」

 ふむ、とエリックは手帳にさらさらと文字を書いていく。


「おそらくクラリス嬢だろうね」

 ジョンがエリックの耳元で話した。彼は返事をすることなく、馬番へ質問を続ける。

「昨夜にボゴール家の馬車は使われましたか」

 すると、馬番は記憶を辿るようにこめかみを押さえた。

「いや……夜は使われていなかったと思いますぜ」

 エリックは“ボゴール家所有の馬車は夜使用されず”と手帳に書き留める。馬番に礼を言い、馬小屋を出た。


 獣のにおいが鼻に残ったまま、エリックは門へと急ぐ。門の左右に立つようにして警護をしている門番に話を聞くためだ。

「仕事中にすまない、昨夜に警護を担当していた者はいるか?」

 すると左右に立っていた二人の門番は険しい表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせた。背の高い方がエリックに近付いてくる。彼を見下ろすように顔を近付けると、値踏みをするかのように聞いた。

「お前は誰だ。何故そんな事を聞く?」

 警護を担当している職業柄なのか、警戒心の強い者を雇っているのか、今までの使用人からは聞かれなかったことを聞かれたエリックは、感心しながらも嫌に丁寧に自己紹介をした。


「失礼、申し遅れましたな。俺はルヴィアイ十五番街で私立探偵をしているエリックだ。ボゴールさんから直々に依頼を受けてある事件の捜査をしているところなんだ」

 すると、門番はエリックから離れると背筋を伸ばした。

「お館様の御客人でしたか。失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませぬ。昨夜の警護を担当している者は、住み込みの使用人に与えられた寮で寝ていると思います」

「その寮はどこに?」

「本邸の北側にあります」


 エリックはため息をついた。

「まったく金持ちの家はどうしてこんなに広いんだ! あっちへ行ったり、こっちに行ったりしなきゃならない。ああ、面倒くさい!」

「大きな邸宅を維持するには、それなりの使用人の数が必要だからね。彼らの衣食住を保障しないといけないから敷地を広くとる事になる」

 ジョンがエリックの悪態に真面目な顔で答えた。しかし、エリックには彼の説明で納得はいかなかったようである。


「小さめに作ればいいだろうが!」

「威厳ってものがあるでしょ」

「しょうもない、人間というのは。威厳だとかくだらない! はあ〜、まあいい。門番の寮に行くぞ」

「あ、ちょっと」

 エリックはジョンを置いていく勢いで歩き出す。慌てて彼の後ろをジョンが小走りになって追いかけた。

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