File11:Side Detective

 翌日、客室にはエリックとジョン、すっかり憔悴しきってしまったボゴール、そしてクラリスの侍女であるティナが集まっていた。全員エリックに呼び出されたのである。

「皆さんお集りいただきありがとうございます」

 エリックが椅子から立ち上がって声を出すと、全員の視線が集まった。ボゴールは虚ろな目をしていて、ティナは相変わらず鋭い目つきでエリックを睨んでいる。


「それじゃあ、ええと、マドモアゼルに事件当日について詳しくお聞かせ願おうか」

 エリックはティナを指差す。その場の注目が自然と彼女に集まった。彼女は居心地が悪そうにスカートを手で掴んでいた。

「祝賀会の途中でお嬢様が、体調が良くないとおっしゃって会場を出て行きました」

「それは何時頃?」

 エリックの質問にティナは記憶を探るように視線を宙にさ迷わせる。


「二十一時過ぎだったと思います」

「ナリルの涙が展示されている時間帯か。それで?」

「お部屋に戻るということでしたが、後で様子を見に行くとお部屋には誰も居なくて。他の使用人にも聞いてみたんですが、誰もお嬢様を見かけていないと言いました」

 エリックは手帳を取り出し、ティナの証言を書き留めていく。

「君は一人で主人を向かわせたのかい」

 彼の質問に少しむっとした様子でティナが答える。

「最初は付き添おうとしましたが、お嬢様が一人にして欲しいと。ここはお嬢様の住み慣れたご自宅ですから、まさか居なくなるとは思いませんでした」

「主人が応接室を出て行った後、マドモアゼルは何をしていたんだ?」

「他の使用人と一緒に会場で給仕をしておりました」


 エリックはペン先を走らせながらボゴールに問う。

「ボゴールさんは会場で彼女を視認しましたか?」

「はい。ずっと応接室に居たのを見ていますよ」


 さらさらと紙に書き留める音と時計の針が時間を刻む音だけが響く。

「では次に君のことを教えてもらおう。名前は?」

「ティナ」

「いつから侍女に?」

「五か月前です」

「出身は?」

 根掘り葉掘り聞いてくるエリックに、ティナは不快感を隠そうとはしなかった。軽蔑するような目をエリックに向けてくる。


「キーウィー出身です」

 キーウィーというのはブルーベラ王国の北にある辺境地だ。年中気温が低く、厳しい環境ではあるが、豊かな海と隣接しているおかげで海産物が多く採れる地である。

「家は? 貴族令嬢かい」

「いいえ。海産加工業をしている商家です」

「家名は?」

「ハムリン」


 エリックはティナの証言を全て書き留めると、心ここにあらずといった様子のボゴールに聞く。

「彼女の話は本当ですか?」

「え、ええ。五か月ほど前に娘の侍女を募集しておりまして、そこで雇ったのが彼女です」

「身元もご確認されたのですか?」

「はい。面接当日に身分が分かるものを持参するよう伝えておりましたし、現物の確認もいたしました。写しだって作っておりますよ」


 エリックは考え込む。

(あのクラリス嬢は本物かどうか怪しかったし、その彼女に付き添っているこのマドモアゼルも怪しいんだが……身元はボゴールさんが確認しているなら無関係か? しかし、五か月前に来たばかりというのも繋がりがあるように思えるな)

 しかし、今はまだ断言できるほどの材料が揃っていない。エリックは手帳を閉じると、ボゴールとティナに向かって聞いた。


「身分証の写しは後で拝見させていただきます。話は変わりますが、クラリス嬢のお部屋を見せていただくことは出来ますか?」

 エリックの言葉にボゴールは分かりやすく困惑した表情を浮かべ、ティナはあからさまに嫌そうに眉をひそめている。しかし、彼は気にすることなくボゴールに目配せすると、半ば強引にクラリスの自室を見る許可をもらった。


 *


 エリック達は屋敷の二階部分に移動する。両開きの扉をティナが開けると、クラリスの部屋が現われた。

 クラリスの部屋は、一言で表すと富裕層のお嬢様らしい内装である。部屋にある調度品は、どれも質のいいもので、貴重な材木などが使われているようであった。家具の色はピンクと白でまとめあげられており統一感がある。天蓋付きの寝台には、クラリスが読んでいたらしい書物が置かれていた。

 エリックは、ざっと部屋を見渡すと、寝台の近くにあるオーク材のキャビネットに近付く。そして、しゃがみこむとキャビネットの足元に落ちていた大きな帽子を手に取る。重厚なキャビネットの下からちらりと青い生地の一部が出ていたので、落ちていたというより隠されていた・・・・・・のかもしれない。


(これは……祝賀会の時にクラリス嬢が身に着けていた帽子か)

 顔を覆い隠すほどの大きな帽子は、エリックにとって印象が強く、細部まで思い出せるほど記憶に残っている。


「えっと、マドモアゼル。一つ確認しても良いかな」

 帽子を手に取り、鋭利な視線をずっとエリックに向けてくるティナに差し出した。

「この帽子はクラリス嬢が身に着けていたもので間違いないですか?」

 ティナはゆっくりと手を伸ばし、エリックに触れないように気をつけているのか、帽子のつば部分の端を掴んだ。帽子を引っくり返したり、かかげたりして確認する。


「……お嬢様が使っていらしたもので間違いありません」

 ティナの言葉にエリックはうんと頷く。ティナは彼の様子に苛立ったように唇を噛む。


「マドモアゼル、君が最後にクラリス嬢を見たのはいつだったっけ?」

 ぐいっとティナとの距離を縮めて、顔を覗き込むようにして問いかける。すると、彼女はおぞましいものを見るような目でエリックを映すと、すぐに数歩下がって距離を取った。

「すみません、あたし、男が苦手であんまり近付くと蕁麻疹が出てしまうんです」

「おっと、それは失礼。このくらいの距離でいいかな?」


 エリックは弾けるように後ろへ跳ぶと両手を挙げてティナに聞く。

「はい」

「じゃあ、もう一度教えてくれ」

「……あたしが最後にお嬢様を見たのは、二十一時過ぎに応接室を出たところです」

「ボゴールさん、クラリス嬢の部屋はマドモアゼルが入った後、誰か入りましたか?」

「いいえ……誰もいれておりません」


 エリックはティナから帽子を受け取ると、自分の頭に乗せてみる。見ていた以上に被り心地が悪い。


(彼女が言うにはクラリス嬢は体調が悪いと言って部屋に戻った。だが、どうだ? 部屋にはクラリス嬢が着ていた服はない。体調が悪くて部屋に戻ったなら普通は着替えるはず。なぜ、帽子だけが部屋に残されている? ハウスメイドだって入って来ていないのに。考えられるのは、マドモアゼルが嘘をついている可能性。クラリス嬢が自室に戻って服を着替えたが、状況を混乱させるためなどの理由で処分した。いや、あり得ないな。ボゴールさんが応接室で給仕をしている彼女を見ている。給仕が終わって、クラリス嬢が居なくなったと言いに来るまでの短い時間でそこまで出来るわけがない)

 エリックは帽子を脱いで、部屋を隅から歩き出す。床や壁、天井に怪しい部分がないか、細かく確認していく。


(もう一つの可能性は、クラリス嬢がここには来ていないことだが、帽子がなぜ部屋にあるかの理由が示せないな……ん?)

 エリックは帽子を触りながら考え込んでいたが、ふと違和感に気付く。

(この帽子、こんなに皺だらけだったか?)

 帽子にはヴェールも付いているのだが、どちらも皺だらけで痛んでしまっている。綺麗な形をしていた帽子は、よく見てみるといびつな形に変わってしまっていた。

 エリックは帽子に力を込めて、皺の筋に沿って帽子を折りたたむ。突然の彼の奇行に、ボゴールやティナは驚いた様子で口をあんぐりと開けていたが、ジョンだけが真面目な顔でエリックを見ていた。


(この皺は折りたたまれた痕だろうな)

 皺の筋に沿って折りたたむと、帽子はかなり小さくなった。質の良い帽子はもう使えないほど皺だらけになってしまった。今や彼の掌におさまるほど丸くなっている。エリックはティナをちらりと見た。

(彼女が帽子を折りたたんで運ぶことは十分に可能だ)

 彼は黙って考え込む。そして、紙に《残された帽子》とメモを書く。


「怪盗ファントムの予告状には、二十二時頃と犯行時刻が書かれていましたね。クラリス嬢が出て行ったのは二十一時過ぎ。俺達はナリルの涙が盗まれると思っていたが、怪盗ファントムの本当の狙いがクラリス嬢なら? ファントムのもとにクラリス嬢が来た——盗まれた——時間を指していたならどうだろう」

 エリックは赤い目を爛々と輝かせながら呟く。彼の独り言にジョンがぽん、と手を叩いた。


「クラリス嬢は一時間でファントムのもとへ移動したってこと?」

「可能性は高い。屋敷を出たのは確実。正門前を調べてみよう」

 エリックは言うや否や、他の面々を部屋に置き去りにして、足早に出て行った。

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