第3話 ブルージュにて 修正版
※この小説は「ベルギー城めぐり」の修正版です。実は、パソコンの操作ミスで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。
トラベル小説
入国3日目、6月19日。今日はブルージュの街めぐりである。まずは、城郭都市を実感するために、城郭の周りの道を走ることにした。その距離およそ10km。城郭の周りには水堀があり、さすがに北の水の都といわれる街だ。ただ、水場のある北東だけは城郭がとぎれている。かつては運河を使って商船が出入りしていたという。ギルドが支配した商業都市でもあるのだ。ゲントと違うのは支配者の城がないことだ。いわば民衆の自治都市だったといえる。
城郭沿いの道から右折し、運河沿いを走る。まっすぐ伸びた運河沿いにはポプラの街路樹が並んでいる。秋にはきれいな景色を見せることだろう。ダムという村に着いて広場で停車した。いかにもベルギーの田舎という雰囲気だ。小さな教会を中心にし、レンガ造りの瀟洒な家が並んでいる。小さなカフェらしき建物もある。のんびりした雰囲気満載だ。
「ベルギーの田舎って感じですね」
と木村くんが言うので、
「ベルギーそのものが田舎なんだと思うよ。パリのフランス語とベルギーのフランス語はちょっと違うので、パリでベルギーフランス語を使うと、笑われるというよ」
「へー、どんな言葉ですか?」
「例えば90という数字なんだけど、パリではキャトルヴァンディスと言うんだけど、ベルギーだとヌノン」
「ベルギーの方が簡単じゃないですか」
「それとありがとうがパリではメルスィーボクーなのに対し、ベルギーではメルスィービアン」
「なんかベルギーの方がかっこいいですね」
と木村くんは何度も「メルスィービアン」をくり返している。使う気まんまんだ。
「ブルージュはオランダ語圏だからね」
とくぎをさすと、がっかりしていた。
クルマに戻り、運河沿いを走りブルージュの城郭沿いに戻る。ところどころに風車がある。さすがオランダの隣国だ。
「ベルギーは元々オランダだったんだよ。でもカトリックが多いベルギーは独立戦争をし、プロテスタントのオランダから独立を果たしたんだ」
「どおりでオランダに似た雰囲気なんですね」
城郭そのものはドイツと比べると低い感じがする。自治都市なので、戦争を重視していなかったのかもしれない。
駅の近くの駐車場にクルマを置いて、そこから観光コースを歩く。運河沿いに歩く。愛の泉というきれいな池があった。白い鳥が優雅に水面にただよっている。恋人同士だったら感激するところだが、男同士ではつまらない。
ベギン会修道院に入る。小さな丸橋を越えてチケット売り場で入場券を購入する。ふつうの修道院だと入れないが、ここは世界遺産に指定されており公開されている。絵葉書を見ると、春にはスイセンの花が咲き誇っている。今は別の白い花が咲いている。中ではベギン会ではないが、今でも修道女が暮らしている。いたるところに「No speaking 」の看板がある。静かに歩くこと、修道女に話しかけないことがルールだ。ここも恋人同士ならば最高の雰囲気の場所だ。抱き合っているカップルもいる。こっちの人たちはハグをするのはあたり前だ。キスをするのも抵抗はない。ブルージュではないが、30数年前に男性同士が抱き合っているのを見たことがある。LGBT公認の国なのである。
修道院を出ると、馬車が並ぶところに出た。ここが市内遊覧のスタート場所のようだ。ただ馬〇〇の臭いだけはたまらない。
石畳の道を進む。ブルージュは300年前の地図が使えるということで、昔の景観を残している。建物の内装を変えることはできるが、外観を変えることはできない。水路が多いので、木材は傷んでしまう。ゆえに石やレンガ造りが多いのだろう。
聖母教会に入る。ゲントの教会よりは小さいが、中にある聖母子像に見とれてしまう。白亜の像は大きくはないが、可憐な姿は慈愛を感じるものであった。
「この像は、戦争の時にナチスに持っていかれたんだよ。それをアメリカ軍が捜索して取り返したんだ。ヨーロッパにはそういう芸術品が結構あるって、映画「ミケランジェロ・プロジェクト」でやっていたよ」
「映画情報ですか?」
「史実を映画化したんだからウソじゃないよ。この聖母子像はミケランジェロ作だからね」
「ミケランジェロってイタリア人でしょ」
「それだけブルージュの商人の力が強かったということさ」
木村くんは、まじまじと聖母子像を見ていた。いつまでたっても動こうとしない。木村くんの理想の女性像なのかもしれない。
そろそろ昼時になってきたので、街中央のマルクト広場(大広場)に行った。広場の周りはギルドハウスといわれるギザギザ屋根が並んでいる。フランドル方式といわれる建築方式で、まるで日本の武将の兜の前立てみたいな感じだ。横から見るとはりぼてかと思わされる。その家の特徴や家格を表しているらしい。
その中のレストランのひとつに入った。するとアメリカンがあった。
「アメリカン食べようよ」
と私が言うと
「コーヒーを食べるんですか?」
と怪訝な顔をしている。
「コーヒーじゃないよ。タルタルステーキだよ。生肉のステーキというか、いわばユッケだね」
「ユッケですか、ソウルのユッケうまかったですよね。食べましょ、食べましょ」
ということで、二人ともアメリカンを注文した。でてくるまでは付け合わせのフリッツ(フライドポテト)でビールを飲む。このスタイルはベルギーの定番だ。
「ベルギービールって、何種類あるんですか?」
「うーん、ありすぎてよくわかっていないけれど200ぐらいの醸造所があるらしいよ」
「愛知と岐阜を合わせたぐらいの面積で200ですか? 日本酒の醸造所はそんなにないですよね」
「修道院とかで作っていたからね。ブルージュにも醸造所の見学ができることがあるよ」
「なんで修道院で作っていたんですか?」
「薬だったみたいだよ」
「ビールが薬?」
「昔、コレラとか伝染病が流行ったから生水を飲まないようにしたらしい。30数年前にベルギーに来た時は、ミネラルウォーターの方がビールより高かった」
「だからビールは水がわりで、軽いのが多いんだ」
「それでビール2本までは飲酒運転にならない。お昼にビールを飲んでいるサラリーマンも会社から文句はこない。日本人には不思議な国だよ」
「ある意味うらやましいですね」
とか言っているうちに、アメリカンがでてきた。付け合わせの野菜は軽く炒めてある。ソウルのユッケとはちょっと違うが、タルタルソースをつけて食べると肉の甘みを感じることができた。250gの量は私にちょうどいい。木村くんは足りないみたいでフリッツを全て平らげていた。
午後はマルクト広場にある鐘楼に登ることにした。
「見晴らしのいいところだからね」
と言って誘ったが、別のねらいが私にはあった。
「民衆の城郭都市だから、中心の建物というとここですかね」
「うーん、聖血礼拝堂かな? ここは見晴らし台だよ」
と言いながら、300段ほどの階段を登る。
見晴らしのいいところに来ると、旧市街はもちろんのこと、城郭より外の新市街地も丸見えだ。周りは平原地帯なので敵の動きがよくわかる。そこに、ものすごい音が響きわたった。私は耳をおさえていたので、さしたることはなかったが、木村くんはびっくりして後ろを振り向いていた。1mほどの大きさの鐘がゴーンと鳴ったのだ。大小の鐘でメロディが奏でられている。街中で聞いているときれいな音だが、間近で聞くと耳をつんざく轟音だ。拷問に等しい。
なり終わってから
「カリヨンというんだよ。15分ごとになり、1時間おきにはメロディつきの音楽が流れる。今のは2時のカリヨンでした」
「木村さんは時々こういうイジワルをする。知ってて連れてきたんですよね」
「ごめん、ごめん。サプライズだよ。おわびに夕飯ごちそうするよ」
「その提案を受け入れます」
と二人で笑い合った。
近くの聖血礼拝堂に行った。教会なのだが、ふつうの教会とは雰囲気が違う。どちらかというとキリスト教の博物館という感じだ。中央にその聖血がおさめられたガラスケースが鎮座している。
「5月に聖血祭というのがあって、街の人々が中世の服装でパレードするんだよ。その最後にでてくるのが、この聖血のケース。12世紀の十字軍の遠征の時に、この地の領主が持ち帰ったらしい」
「聖血ってだれの血なんですか?」
「おいおい、それをここで聞くかい? イエス・キリストの血に決まっているだろ」
「キリストって1世紀の人でしょ。それを12世紀に持ち帰ったんですか?」
木村くんは不思議な顔をして、一言
「信じる者は救われるですね」
と発した。南フランスのルルドやゲントの神秘の子羊を思い起こしていたようだ。
「ボートに乗ろう」
という私の提案で運河をめぐる遊覧ボートに乗ることにした。20人ほどが乗れる小型のエンジン付きボートである。乗る時に
「 Where are you from ? 」(どこから来たの?)
と聞かれたので、
「 Japan 」
と答えると
「こんにちは」
という流ちょうな日本語であいさつされた。どのお客さんにも、その国の言葉であいさつしているようだ。さすが世界遺産の観光地だ。
1時間ほどの運河めぐりだ。鐘楼の近くから見上げると青空をバックにしてきれいに見える。絵葉書でよく見る構図だ。木村くんはさかんにスマホのシャッターを押している。船頭さんは、英語で説明している。ところどころはわかるのだが、クセのある英語なので聞き取りにくい。
「 Head down ! 」
の言葉が発せられた。低い石橋を抜ける。頭を下げないとぶつけてしまう高さだ。イヤホンをしていた人たちが乗船の時に外すように言われていたのは、この時のためだった。
運河沿いにはギザギザ屋根の家が立ち並び、のみの市をしているとこともあった。1時間はあっという間に過ぎた。降りる時に1コインをチップとして渡した時、木村くんが
「 Thank you 」
と言うと船頭さんから
「ありがとう」
とかえってきた。
「日本人が英語でしゃべり、ベルギー人が日本語でしゃべるって変ですね」
「観光地ならではだね」
と二人で笑い合っていた。
ブルージュの街をゆったり歩いた。観光客でいっぱいでシャッターをしめている店はない。ふと、日本の田舎の商店街を思い出した。どこもかしこもシャッターだらけ。開いている店をさがすのが難しいくらいだ。世界遺産になればとは言わないが、それなりの工夫は必要だと思っていた。いくつかの店にぶらぶら入ってお土産になる物をさがした。さほどの物はない。チョコレートの実演をやっている店があって、しばらく見入っていたが、買うことはしなかった。一粒200円以上、中には一粒2000円というのがあった。
駅前近くの広場に出た。地下は駐車場になっている。そこで早めの夕食をとることにした。すると「ラーメン」という日本語の看板を見つけた。
「木村さん、ラーメンがありますよ」
と言って、木村くんはその店に入ろうとしたが、私は止めた。
「日本人経営の店でないと、とんでもないラーメンを食べさせられることがある。パリで食べたラーメンはソーメンみたいだった。やめといた方がいいよ」
という私の声に、木村くんはしぶしぶ従っていた。いくつかのレストラン見て歩いたが、観光客でいっぱいで時間のかかりそうな店だらけだ。それでなくても、ディナーに2時間かかるのはあたり前の国なのだ。
結局、中華料理の店に入った。ここならば一品料理が注文できる。早めに終わると思ったが、頼んだ麻婆豆腐がやたら辛かった。水なしでは食べられない辛さだった。
ホテルに着いたのは夜9時。それでも昼の明るさだ。
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