第8話:夕暮れの教室で

 放課後の教室に、夕陽が優しく差し込んでいた。窓ガラスに反射する光が、オレンジ色の幻想的な空間を作り出している。篠崎小梅と橘向日葵は、この日の掃除当番を任されていた。他の生徒たちはとっくに下校し、静寂に包まれた教室で、二人だけが残っていた。


 小梅は、いつもの元気いっぱいの調子で掃除に励んでいた。彼女の身に着けている制服は、小柄な体型に合わせて特注で仕立てられたものだ。スカートの丈は規定よりも少し長めで、それが彼女の幼さを際立たせている。首元にはさりげなくシルバーのペンダントが揺れ、動くたびにきらりと光る。


「よっし! これでほとんど終わったな!」


 小梅は満足げに手を叩いた。しかし、彼女の目は最後に残された高い窓に向けられる。それは小梅の背丈をはるかに超えており、届くはずもない。


「くっ……あとこの窓だけなのに」


 小梅は歯がゆそうに唇を噛む。彼女のプライドが、向日葵に助けを求めることを許さない。しかし、内心では向日葵の手を借りたい気持ちもある。その葛藤が、小梅の表情に複雑な影を落としていた。


 一方、向日葵は小梅の様子を穏やかに見守っていた。彼女の長い黒髪は、夕日に照らされてほのかな艶を放っている。ナチュラルメイクは素顔の美しさを引き立て、大人びた雰囲気を醸し出していた。


「小梅ちゃん、手伝おうか~?」


 向日葵の声は、いつもの通り優しく柔らかい。

 小梅は一瞬ためらったが、すぐに首を横に振った。


「大丈夫! 自分でやれるから!」


 小梅は意地になって背伸びをし、何とか窓に手を伸ばそうとする。その姿は、まるで小さな鳥が飛ぼうと羽ばたいているかのようだった。向日葵は小梅のその姿を見て、思わず微笑んでしまう。


(小梅ちゃん、今日も可愛いな~……でも、ちょっと危ないかも)


 向日葵は小梅の背後に立ち、そっと手を伸ばした。

 小梅が気づかないうちに、向日葵の体が小梅を包み込むように覆い被さる。


「え?」


 突然の気配に、小梅は驚いて振り返る。そこには、向日葵の大きく温かな体があった。二人の体が触れ合う近さに、小梅は思わず息を呑む。


「ごめんね、ちょっと手伝わせて」


 向日葵の声が、小梅の耳元で優しく響く。小梅の頬が、夕日の色よりも赤く染まっていく。向日葵の柔らかな胸が背中に当たり、その温もりが小梅の全身に広がっていく。


(なんで……こんなにドキドキするんだろう?)


 小梅は自分の心臓の鼓動が早くなっていることに気づく。それが何故なのか、彼女にはわからない。ただ、向日葵との距離の近さに、何か特別な感覚を覚えていた。


 向日葵は小梅の反応に気づきながらも、そっと窓を拭き始める。彼女の長い腕は、小梅の届かなかった場所にも簡単に届いてしまう。


「ほら、これで綺麗になったよ」


 向日葵の声に、小梅はハッとして我に返る。窓は見事に磨き上げられ、夕日がより鮮やかに差し込んでいた。


「あ、ありがとう……」


 小梅の声は、いつもより少し小さかった。向日葵はくすっと笑い、小梅の頭を優しく撫でる。


「もっとお姉さんに甘えてもいいんだよ~」


 向日葵の言葉に、小梅は顔を真っ赤にする。


「お姉さんって…… お、同い歳じゃん!」


 小梅は慌てて抗議するが、その声には力強さがなかった。向日葵の優しさに、少しずつ心を開いていることを、小梅自身も感じ始めていた。


 二人は、夕暮れの教室で向かい合って立っていた。小梅の小さな体と、向日葵の大きな体。正反対の二人が、こうして寄り添っている姿は、まるで運命に導かれたかのようだった。


 小梅は、自分の中に芽生えた新しい感情に戸惑いながらも、それを大切にしたいと思っていた。向日葵もまた、小梅との距離が縮まったことを嬉しく思っていた。


 夕日が沈みゆく空を、二人は窓越しに見つめる。その瞬間、小梅と向日葵の心は、言葉にならない何かで繋がっていた。

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