第5話:初めてのデート

 日差しが優しく降り注ぐ土曜の午後、街には心地よいざわめきが広がっていた。篠崎小梅は、少し緊張した面持ちで向日葵と待ち合わせていた場所へ向かっていた。今日は向日葵と初めての「デート」。そう呼ぶことに小梅自身は少し照れくささを感じていたが、心のどこかでその言葉にくすぐったい喜びを感じていた。


 「デート」という言葉にふさわしいように、小梅は今日はいつも以上におしゃれをしてきた。髪は少しだけ巻いて、ふんわりとしたヘアアレンジに仕上げた。服装は、白いブラウスに紺のスカートという清楚なコーディネートだが、小梅にとっては特別な日であることを表す精一杯のおしゃれだった。ブラウスの襟元には、小さなリボンを結び、スカートの裾には細かいレースが施されている。メイクもいつもより少しだけ濃くして、ほんのりとピンク色のチークを頬にのせている。リップも普段より少し鮮やかな色を選んだが、それでも控えめに見えるように心がけた。


 小梅が待ち合わせ場所に到着すると、すでに向日葵が彼女を待っていた。向日葵は大きな手を振りながら、明るい笑顔を小梅に向ける。その姿に小梅は一瞬息を呑んだ。向日葵は、彼女らしい落ち着いた雰囲気の中にも、今日は特別な一日であることを示すかのように、華やかな装いをしていた。黒のシルクブラウスに、エレガントなロングスカート。ブラウスは体のラインに沿ったフィット感があり、向日葵のスタイルの良さを引き立てていた。足元には、華奢なストラップが付いたサンダルを履き、シンプルながらも洗練されたコーディネートで、周りの人々の視線を集めていた。


「わ~い、小梅ちゃんと初デートだ~!」


 向日葵は大げさなくらいに両手を広げて小梅に駆け寄る。その無邪気な言葉と行動に、小梅は思わず顔を赤くした。


「そ、そんな、映画観るだけで大げさだよ……」


 小梅は少し照れくさそうに、向日葵の言葉を否定しようとしたが、その声はどこか弾んでいた。内心では、今日の「デート」をとても楽しみにしていたのだ。なんなら、向日葵に「初デート」と言われたことで、ますます特別な気持ちになっていた。


 向日葵と並んで歩く小梅は、その背の高さの差にいつも以上に意識してしまう。小梅が歩くたびに、スカートのレースがふんわりと揺れ、向日葵はそんな小梅の姿を微笑ましく見つめていた。二人の距離が近づくたび、小梅は向日葵の存在を強く感じ、胸が高鳴るのを抑えられなかった。


 やがて二人は映画館に到着し、手元のチケットを確認する。今日は、アクション映画の名作が上映される特別な日だ。小梅は、子供の頃からお父さんと一緒にアクション映画を観るのが好きだった。その影響で、彼女はブルース・リーやジャッキー・チェンの映画に詳しい。今回もその期待を裏切らない名作が上映されることに、小梅は心躍らせていた。


 映画が始まり、館内が暗くなると、スクリーンに映し出された鮮やかなアクションシーンが二人を引き込んでいった。ブルース・リーの鋭い動きやジャッキー・チェンのコミカルでいて力強いアクションに、小梅はすっかり夢中になっていた。その目はスクリーンに釘付けで、シーンが進むごとにその小さな手が自然と動いてしまう。


 小梅は自分の手が無意識に動いてしまうことに気づき、隣に座る向日葵がそれを見ているのではないかと少し恥ずかしくなった。しかし、アクションシーンがさらに激しくなると、彼女はそれを抑えきれず、手が自然と動いてしまう。向日葵はそんな小梅の姿を微笑ましく見守っていた。


(可愛い……)


 向日葵の心の中には、そんな感情が静かに芽生えていた。小梅が映画に夢中になっている姿、その小さな手が動いてしまう様子、そして映画に対する熱い思い……それらすべてが、向日葵にとって愛おしかった。彼女は小梅が本当に映画を楽しんでいることを感じ取り、その喜びを分かち合えることが嬉しかった。


 映画が終わると、館内の照明が再び点き、現実の世界に戻った。しかし、小梅はまだその興奮が冷めやらず、隣にいる向日葵に向かって明るく笑顔を見せた。


「やっぱりブルースとチェンは最高だったね! 向日葵ちゃんも楽しんでくれた?」


 小梅の目はキラキラと輝いていて、その喜びが伝わってくる。向日葵はその笑顔に応えるように、優しく頷いた。


「うん、最高だったよ~」


 しかし、向日葵にとって「最高」だったのは映画そのものではなく、小梅の存在だった。映画を観る小梅の表情、その小さな仕草……向日葵はそのすべてを愛おしく感じていた。映画が終わった後の今でも、小梅の笑顔が向日葵の心を温かく包み込んでいた。


 映画館を出た二人は、夕暮れの街を歩きながら、今日の映画についてあれこれと話し合った。小梅は、映画の中で特に好きだったシーンや俳優について、興奮気味に語り続けた。その話に耳を傾けながら、向日葵はただ頷いて笑顔を浮かべていた。彼女は、小梅がこうして無邪気に自分の好きなことを語る姿が大好きだった。


「今日は本当に楽しかったね、向日葵ちゃん」


 小梅は向日葵に向かってにっこりと微笑んだ。その笑顔は、今日一日が特別なものだったことを物語っている。向日葵もまた、小梅の笑顔に心が温かくなり、優しく微笑み返した。


「うん、私も……すごく楽しかった」


 二人はしばらくの間、何も言わずに並んで歩いた。その静かな時間が、二人の間にある絆をより深く感じさせた。言葉にしなくても、向日葵は小梅の気持ちを、そして小梅は向日葵の気持ちを感じ取っていた。二人の間には、言葉を超えた特別な繋がりがあった。

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