第3話:向日葵のスリーポイント!

 次の授業は体育だ。

 今日のメニューはバスケットボール。篠崎小梅はバスケットボールが大好きで、その機動力と瞬発力でクラスの中でも抜きん出た存在だ。小さな体を活かして、相手をすり抜けるようにドリブルし、次々にシュートを決める姿は、まるでプロの選手のように見える。


「今日も頑張るぞー!」


 小梅は体育館の床を軽く叩き、自分に気合を入れた。彼女は自分の身長の低さを逆に武器にして、素早い動きで相手を翻弄することに自信を持っている。しかし、そんな小梅とは対照的に、橘向日葵は少し緊張した様子でその場に立っていた。


「う~ん……バスケットボールは苦手なんだよね~」


 向日葵は、手に持ったバスケットボールを見つめながら呟いた。彼女は体は大きいものの、運動神経はあまり良くない。特にバスケットボールのような動きの速いスポーツは苦手で、どうしても他の人に遅れを取ってしまう。


「向日葵ちゃん、そんなに気にしなくても大丈夫だよ! 一緒に頑張ろう!」


 小梅は向日葵に向かって、元気よく声をかけた。

 向日葵はその言葉に微笑んでうなずいたが、内心では少し不安が残っていた。

 彼女は小梅が頑張っている姿を見るのが好きだが、自分が足を引っ張ってしまうのではないかという思いが拭えない。


 体育の先生が笛を吹き、ゲームが始まる。小梅はすぐにコートの中央へと飛び出し、相手のディフェンスを巧みにすり抜けながらボールをドリブルで運んでいく。低い重心を保ちながらのスピーディーな動きは、まるで風のようだ。


「かっこいー! 小梅ちゃん、ナイス!」

「すごーい! 男前!」

「惚れちゃうよぉー!」


 クラスメイトたちの歓声が響き渡る。小梅はそれに応えるかのように、ゴールに向かって一直線に進む。そして、一瞬の隙をついて華麗にシュートを決めると、クラスメイトたちはさらに盛り上がった。


 その一方で、向日葵はというと……コートの端で、困ったようにうろうろしていた。彼女は小梅が動き回る姿をぼんやりと眺めながら、自分も何かしなくてはと思うものの、どう動けばいいのか分からずにいた。


「でも、小梅ちゃんがこんなにかっこいいなら……私はそれを見ているだけでいいかも~」


 向日葵は少し諦めたように微笑んだ。彼女は自分が何もできなくても、小梅が輝いていることに満足していた。小梅が全力で頑張っている姿を見るのが、彼女にとっての楽しみだったのだ。


 しかし、次の瞬間、向日葵の予想を覆す出来事が起こる。


「向日葵ちゃん、打って!」


 突然、小梅が向日葵に向かってボールをパスしたのだ。

 向日葵は一瞬驚いて立ち止まった。

 彼女はボールが自分の手に当たったことさえ気づかず、ただそのまま普通に受け取ってしまった。


「えっ?」


 その瞬間、全ての動きがスローモーションのように感じられた。向日葵はパスを受け取った自分が信じられず、どうしていいのか分からずに立ち尽くしていた。しかし、小梅の声が再び響く。


「向日葵ちゃん、シュート!」


 小梅の声は力強く、向日葵の中に新たな決意を芽生えさせた。彼女は無意識のうちにボールを抱え、ゴールに向かって放り投げた。小梅が言った通りに、ただシュートするしかないと思ったのだ。


 ボールは高く弧を描いて飛んでいき……そのままゴールに吸い込まれていった。


「……入った?」


 向日葵は自分の目を疑った。だが、確かにボールはゴールネットを揺らし、見事なスリーポイントシュートが決まったのだ。


「うそ……!」


 向日葵は驚きで目を見開いた。その瞬間、クラスメイトたちは一斉に歓声を上げた。


「すごい! 向日葵ちゃん、やったじゃん!」

「まさかのスリーポイントだよ! 奇跡!」


 クラスメイトたちは駆け寄って、向日葵の肩を叩き、祝福の言葉を口々に叫んだ。向日葵は少し戸惑いながらも、その歓声に包まれて、次第に喜びがこみ上げてきた。


 そして、何よりも小梅の満面の笑みが彼女を安心させた。小梅は全力で走り寄り、向日葵の肩を軽く叩いた。


「すごいよ、向日葵ちゃん! やっぱりやればできるんだよ!」


 その言葉に、向日葵はようやく自分が何を成し遂げたのかを実感した。彼女は微笑みを返しながら、小梅に感謝の気持ちを伝えた。


「ありがとう、小梅ちゃん……小梅ちゃんのおかげでできたんだよ」


 二人はお互いを見つめ合い、自然と笑みを交わした。小梅の行動力と向日葵の包容力、その絶妙なコンビネーションが生み出した瞬間は、二人にとって特別な思い出となった。

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