第2話:お弁当は二人分の気持ち
昼休みのチャイムが鳴り響くと、教室は一気に賑やかになった。友達同士で席を移動し、弁当を広げ始める生徒たちの中で、篠崎小梅は自分の鞄を覗き込んでいた。だが、鞄の中にはお弁当箱が見当たらない。彼女は焦りの表情を浮かべ、頭を抱えた。
「しまった……忘れた……」
思わず独り言を漏らす。彼女は慌て者で、忘れ物をすることも少なくないが、さすがにお弁当を忘れることは滅多にない。お腹が空いているだけに、その事実が一層ショックだった。
「どうしたの、小梅ちゃん?」
ゆっくりとした声が小梅の耳に届く。顔を上げると、そこには橘向日葵が立っていた。向日葵は穏やかな笑顔を浮かべて、小梅の隣に腰を下ろした。彼女の身長は小梅よりも頭一つ以上高く、その存在感はクラスの中でもひときわ目立っていた。
「うーん……お弁当、忘れちゃったみたい……」
小梅は頬を膨らませて答えた。向日葵はそれを聞いて、少しだけ考え込んだ後、にこりと笑った。
「じゃあ、私のお弁当、半分こしようよ」
「え、いいの?」
小梅は驚いたように向日葵を見上げた。向日葵の弁当はいつも豪華で、美味しそうな料理がぎっしり詰まっている。小梅は正直、彼女のお弁当を分けてもらうのは恐縮だった。
「もちろん。小梅ちゃんが食べないと、午後の授業に集中できないでしょ? それに、私はちょっと多すぎて、いつも食べきれないから、ちょうどいいよ」
向日葵は鞄から自分のお弁当箱を取り出し、その中身を小梅の目の前に広げた。色とりどりのおかずが並ぶ中、ふわふわの白ご飯がきれいに盛られている。それを見た瞬間、小梅のお腹が小さく鳴った。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
小梅は恥ずかしそうにしながらも、向日葵の差し出すお弁当を受け取った。向日葵はお箸を二つに分け、一つを小梅に手渡した。二人はそれぞれの箸を手に取り、ゆっくりと食べ始めた。
小梅はまず、向日葵の手作り卵焼きを口に運んだ。ふわふわで優しい甘さが口の中に広がる。彼女は思わず微笑みながら、次のおかずにも手を伸ばした。向日葵の料理はどれも絶品で、その味わいはまるで温かな家庭のぬくもりを感じさせるものだった。
「美味しい……! 向日葵ちゃん、本当に料理上手だね!」
小梅は感激したように言った。向日葵は少し照れくさそうに笑いながら、「ありがとう、小梅ちゃんが喜んでくれると私も嬉しい」と返す。
二人がこうしてお弁当を分け合っている様子は、まるで仲の良い姉妹のようだった。周りのクラスメイトたちも、そんな二人の姿に目を細めていた。
「小梅ちゃんと向日葵ちゃんって、ほんと仲良しだよね」
そんな囁きが、教室のあちこちから聞こえてくる。普段から息の合った行動をしている二人だったが、この日の光景は一層その親密さを際立たせていた。
小梅と向日葵は、周囲の視線に気づくこともなく、ただ自然にお互いの時間を楽しんでいた。小梅は向日葵の優しさに感謝しながら、彼女の作る美味しい料理に心から満足していた。向日葵もまた、小梅の無邪気な反応を微笑ましく感じながら、一緒に過ごすひとときを幸せに思っていた。
だが、そんな二人の様子を見ているクラスメイトたちは、まるで恋人同士のように見えてしまう。二人が意識せずに見せる自然な距離感と親密さが、周囲には特別な関係に映っていたのだ。
「ほんと、あの二人っていい感じよね……意図せずに誕生する天然百合カップル……はあ、尊いわぁ……」
教室の一角で囁かれたその言葉は、小梅と向日葵に届くことはなかった。しかし、その場の空気には、二人の間に漂う優しい雰囲気がしっかりと刻まれていた。
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