第62話 決着、賢猿

「ゴドウィン、早速で悪いんだが……」

「なんだ?」

「───────ってできるか?」

「まァ、行けるな。魔力に余裕もある」


ならば上々と、アウルは不敵な笑みを浮かべた。ゴドウィンは魔力を熾して、それを勢いよく上へと飛ばす。魔力の量は多く、大規模な改変のようだ。


「【精氷結化エシュターホン】!」


天井まで飛ばされた魔力は、その魔力が持つ属性を元に周りの現実を歪める。ゴドウィンの魔力は、水。特に、氷に関しての現実を書き換えるのだ。鍾乳洞の天井と言えば、鍾乳石が針山のごとく生えている。そして、鍾乳石とは中に水分を多く含んでいる。ここまで説明すればもう分かるだろうか。


「俺がどうやってこの階で崩落を起こしたと思う?」


ニヤリとした笑みを浮かべた。その刹那、破砕音が連続で響く。そして賢猿に、落ちてきた鍾乳石が雨あられと降り注いだ。頭上からの予想外の一撃に、賢猿が眼を見開く。その黒瞳は、滔々と語るゴドウィンを映している。


「鍾乳石の中の水を凍らせたんだ」


それによって、内部の構造がスカスカとなった天然の槍が、自重によって落ちていく。アウルたちを〈ヴータリティット〉の巣窟に閉じ込める崩落が起きたのも、それを使ったのだ。

賢猿は降ってくる石槍を腕を振ることで吹き飛ばそうとするが、数が数。吹き飛ばしても再び落下し続ける石槍に、為す術なく行動を阻害させられる賢猿である。その顔は苦悶の表情で、軽いダメージだが精神的に参りそうになっている、と読み取れた。


「ナイス、ゴドウィン!行くわよ!」


カレハが鬨の声を上げて突貫する。その速度は眼にも止まらぬ程で、ましてや鍾乳石の雨によって視界が遮られている賢猿には捉えられない。

一陣の疾風が、賢猿の肌を掠めた。それは、カレハの手刀だ。強化された肉体をバネのように使い、遠心力をも駆使して放たれたそれは、常人には風のようにしか感じられないほどだ。


「ギッ!?」

「もう1発、今度は重いの行くわよ!」


駆け抜けたカレハはズザザザ!と土埃を立てて急停止。そしてそのままクラウチングスタートの姿勢から、引き絞られた矢として発射する。既に拳は握られている、あとはそれを振り抜くだけだ。予定調和に、余りにも自然に、カレハの拳が振り抜かれた。鈍い肉音が響き渡り、賢猿はお腹を突き出した「く」の字につんのめる。背中から貫く衝撃は莫大で、ダメージが蓄積している賢猿にとっては瀕死寸前まで追い込まれた。だが、奴のプライドが、"名前持ちネームド"としての矜恃が、意識を飛ばさない。どころか、前に倒れそうとしている身体を無理やり膝を立たせて、未だに戦闘の姿勢ファイティングポーズを崩さない。


もはや、泥臭いまでの死闘だ。根を詰めて詰めて、詰め切った方が勝利を掴み取る闘いだ。

そして、その振り絞る力が孤独であるのが賢猿で、集まっているのがゴドウィン。しからば、勝つのはもう言うまでもないだろう。


カレハは拳を入れた後、即座に飛び上がって、アウルの元へと着地した。


「作戦通りに!」

「ああ、【情報付与】対象:アウル 効果:!」


その呪文と共に、アウルの身体が、まさに羽毛のような軽さへと変貌する。


「【精光弾クゲル・リヒト】!」


エディアの魔力が、今まで見た事のないような動きを作る。まるで圧縮するような。

即座に放たれる。文字通りの光速で、賢猿を猛襲する。そして、炸裂した。エディアの光弾が、圧倒的な光量を解き放った。その光はまともに直視した眼を焼き焦がし、一瞬視界を奪う。更にダメージを負わせて、賢猿をその場に戒めるのだ。


「今だ、カレハ!」

「ええ、歯ァ食いしばりなさい!」


転瞬、アウルはカレハに掴まれていた。いや、身体を掴ませた。そして、カレハが、アウルを、。軽量化したアウルと、身体強化されたカレハの2人だからこそ為せる業だ。投げ飛ばされて飛翔するアウルは身体を一直線にし空気の抵抗を減らして、賢猿に一瞬で肉薄した。


そう、これこそアウルの作戦。パーティメンバーを投げ飛ばすという奇想天外の発想で賢猿に近づき、眼力を浴びせて気絶させるというものだ。

不格好ながらも何とか着地して、体勢を整える。その手は、魔眼布に掛けられていた。

ゆっくりと、語りかけるように口を開く。


「そこまで闘い抜くお前のプライドは、凄まじい。敵ながら、──────喰らいな」


賢猿は眼の痛みからやっと解放されたのか、眼を軽く擦って瞬きをした。

そしてその瞳に映るのは、魔眼布を下ろした、アウル・リヴァーネムの不敵な笑みだ。

弱った視界にアウルの致死の眼力を食らった。

その巨体は不自然に震えて、そして全身から力が抜ける。グラリという擬音が着きそうな動きで倒れかかる。

アウルは叫ぶ。


「ゴドウィン!」

「ああ、ミーナ……お前の、仇だッ!!!」


そして、アウルの横を勢いよく駆け抜けたゴドウィンが氷剣を振り抜いた。










地に、"舜烈の賢猿ヒヒ"の頭が落ちたのだった。









その氷の剣を高く掲げて、ゴドウィンは優しく微笑んだ。

その顔はやりきったという達成感と、そして慈愛に満ちた、見ていて気持ちいい顔であった。。

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