第61話 To the last

「ユウセイさん、そうは言い切れませんよ。あの〈ヴータリティット〉の体力がどうなってるかわからない以上、遅れを取ったとは……」

「いや、奴の体力はもう少ない。


アウルは、魔眼布を少し捲って眼力を露出させながらそう告げた。アウルには、これがあるのだ。眼力によって相手の筋肉や表情、血管の収縮などの情報をつぶさに観察、無意識下でステータスとしてまとめ上げる特殊な技術……派生技能スキル【看破】だ。それによれば、奴の体力はもうあと少しといったところ。多く見積もってもあと5分が関の山か。やはり腕を一本封じられているのが大きな体力の枷になっているようだ。


「カレハが攻めきれるように、俺達もサポートするぞ」


そうして、二人に作戦の概要を先程のように伝える。案の定、二人は息を合わせたかのように同時に息を呑んだ。アウルの作戦は、今まで以上に突飛で、意図が読めないものだったからだ。ただ、二人はアウルのことを信頼している。すぐさま軽く頷いて、了承の意を示した。


「作戦開始だ、これで終わりにするぞ!」

「おう!」

「ですね!」


ゴドウィンが、アウル達が、カレハが、マルルが、そして賢猿が、示し合わせたかのように同時に走り出す。まず大きな動きを見せたのは、カレハと賢猿が、そのまま激突するルートをなぞって拳を構える。もう二人の眼には互いしか見えていないような走り方だ。そこに突っ込むのは、ゴドウィン。

その足元は魔力で覆われている。そこかしこを濡らす水を魔法で凍らせて、スケートの要領で加速しているのだ。


「おああああああッッ!!」


気合が零れ出た叫びとともに、そこいらに溢れる石筍を割って軸にした、氷剣を振りかざす。カレハも賢猿もゴドウィンが近づいてくることは無論分かっていたようで、ほぼ同時にバックステップを決め込んだ。そして化け物たちの中間に、氷剣が突き刺さる。


「俺も混ぜて、くれよ!!」

「────ウキィッ!!」


そして氷剣を勢いよく引き抜いて、その遠心力を使って回転する。向かう先は勿論“舜烈の賢猿ヒヒ”に決まっていよう。

賢猿は迫る氷刃を流石に脅威と捉えたのか、眼の色を変えたように見えた。先程回転を止めたときのように地面に右腕を叩きつけて、奴の腕の筋肉が膨張して伸びていく。即座にゴムが打ち戻るように腕を戻すと、氷刃は空を切った。伸びること──正確には伸びて縮ませること──によって、横薙ぎに振られているゴドウィンの氷剣を擬似ジャンプによって避けたのだ。


「チッ!考えやがったな!」

「悪いわねゴドウィン!先に倒すわよ!」

「ッ!?」


カレハがゴドウィンを飛び越えていく。そうだ。今賢猿は宙に浮いているのだ。物理的な意味でも、敵という意味でも。つまり、攻撃を簡単に決め込める。カレハは飛び越えた勢いのままに、手にもつモノを空中から投擲した。それは、この場所ではありふれた、鍾乳石だった。カレハの小さい顔と同じくらいの巨石を猿へと投げつけたのである。ただの投石と侮るなかれ、強化された腕力+飛び出した勢い=肉を抉り削る砲弾、という等式が成り立つ。

〈ヴータリティット〉はその石の破壊力を感じ取ったのか、咄嗟に腕を伸ばそうとする。しかし踏ん張れない空中で、しかもカレハが投げた石ということで速度は段違いなのだ。簡単に防げるものではない。右腕を伸ばすも虚しく空を切って、その肩口に鍾乳石が激突した。


「〜〜〜ッ!」

「効いてる効いてる!まだまだ行くわよ!」

「させるかよ!【精氷弾クゲル・アイス】!」


カレハが左手にも持っている鍾乳石を構えるのと同時に、ゴドウィンの魔力も膨れ上がった。パキパキという水が凍りつく時特有の音を発しながら、先尖りの弾丸が幾つも生成される。不敵な笑みとともに、発射。空中で追い越したカレハをさらに追い越すように飛んでいって、未だなお宙にいる賢猿へと飛来する。

だが、賢猿は既に右腕を伸ばしきっている。それに力を込めて固くしながら振り回せば、バットのごとく飛んでくる球を打ち返す盾となるのだ。


「キキキィッッ!!」

「危なッ!?」

「まず……!」


ゴドウィンの発射した氷の弾丸は見事に弾き返されて、カレハや元々の主であるゴドウィンに牙を剥く。

ゴドウィンは咄嗟に回避するものの、カレハは賢猿と同じく空中にいる。まともな回避行動を取れるはずもなく、眼前に氷弾が勢いよく迫った。そこに。


「【瞬精光条リヒトシュタイン】!」


鈴を転がしたような可憐な声が響く。それによって、文字通りの光速で、カレハの眼前の氷の一撃が撃ち抜かれて墜落した。


「ありがとう、エディア!」

「お礼には及びません!それより、これを!」


もう一発、何かが飛来する。それは、魔法で作られた石に乗ってきた、アウルだった。エディアの地属性魔法の応用で、投石機のように飛んできたというわけか。

なんとか着地しながら、ボヤくように言う。


「おい、俺をこれって言うなし……」

「ありがとう、助かるわ!」

「それで何も突っ込まないし……」


カレハは僅かに息を切らしながら、アウルに顔を向けた。その瞳には、戦意が煌々と燃えている。作戦を教えたら、すぐに飛んでいってしまいそうな感じだ。アウルは口頭で、手早く作戦を告げる。カレハのきれいな鶸色の瞳が大きく開かれた。なにせ仕方ない。


「私もしっかり闘えるのよね?今このまま終わると消化不良気味よ?」

「勿論だ、というかお前が闘わないとこの作戦はできない。なるべく多く賢猿の体力を削っておきたいからな」


カレハはその答えを聞いて満足そうに頷き、賢猿目掛けて駆け出す。ここからが、正真正銘最後の激突だ。

アウルはその背中を追うように、同じく駆け出す。賢猿には一度もアプローチしていなかったおかげで、この作戦は建てられた。何気ない意識が、強大な相手を粉砕する楔へと変わるのだ。

ゴドウィンは、もう一度冷たき剣を見舞わんと剣を大上段に構えながらジリジリと移動している。間合いを測っているのだろう。そのゴドウィンに、アウルは背中から話しかける。


「おい、ゴドウィン。俺がところ、奴の体力はそう多くはない。後数撃加えれば死ぬだろう」

「……だから何だよ?トドメを譲ってやるってことか?」

「ああ、譲ってやる」

「はっ?」


本当にトドメを譲ってもらえるとは思ってもいなかったのだろう。どこか間の抜けた、本当のゴドウィンが言っているような声が漏れた。

すぐさま、苛立ちが大きく混ざった声が背中を超えて聞こえてくる。


「おい……舐めるな?こっちは3年だぞ?それとも、優しさってやつか。中途半端すぎて、反吐が出るぜ」

「いや、優しさでもお前を侮っているわけでもない。ただ、お前が迷っているように見えたんだ」

「迷っている?俺が?何故?」

「俺の眼力がそう言ってんだよ」


アウルが断言すると、その背中は沈黙した。いや、小刻みに震えている。それは怒りか、悲哀か。


「俺が、迷っている……」

「俺達は、この階の〈ヴータリティット〉を倒しに来たわけじゃないし、何の恨みもない。お前に騙されたことは、もう水に流しても良い。だから、お前に協力したい。困っているお前を、助けてやりたい」

「…………………………………お人好しの一年め。俺は迷っているんじゃない、悔いているんだ」

「その悔いが、アイツだ、と」

「ああ。もともとお前らと競うつもりはなかった。最初に言った通り、ただアイツを倒したいだけだった」


ゴドウィンは、完全にその足が止まっていた。声色は平坦を取り繕っている感じで、だがそこにアウルは何も言わない。


「お前ら、アイツを倒す介助をしてくれ。俺がアイツに引導を渡して、完遂するんだ」

「任せろ」


ゴドウィンは、どうしようもなく馬鹿で、優しかったのだった。

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