第54話 飛び出す勇気、迎え撃つ覚悟

「ハアアアアアッ!」


カレハの裂帛の声が静寂を破って響く。もちろん不意打ちには声はいらないので、正面からの真っ向勝負を仕掛けるつもりだろう。賢猿もそれは汲み取れたようで、静かに振り返って左腕を構えた。


「あの娘、いい動きするわね……」

「連れてきたのはミスだったか」


肥大化した指によって辛くも衝撃から逃れた彼(?)はしみじみとつぶやき、ゴドウィンは舌打ちとともに後悔の念をこぼす。

その後すぐ、カレハと賢猿が会敵した。先手を取ったのはカレハ。疾走りながら後ろに構えていた拳を振り抜き、風切り音をぶつけようとする。遅れて、賢猿がその黒い腕を無造作に落とす。刹那、劈く反響音。ビリビリとしたしびれのような衝撃が空気を通る。そのインパクトが、いかに二人の膂力が異常かということをありありと表現していた。

攻撃は言葉より雄弁。初手の大きな一撃を相殺し合って、二匹の化け物は尚構えた。はじまるは、凄まじい打ち合い。


「支援したいが、難しそうだな……」


アウルはそう言葉を落とす。チラと視線を向けて、吹き飛ばされた二人の様子を見た。エディアもユウセイもダメージが大きいものの、まだ戦う意志と体力はあるようだ。ふらつきながら立ち上がって、カレハのバトルを応援している。

流石に、あんなボロボロの状態でユウセイに前線に出てもらうのは不味いだろう。そう考えて、エディアに魔法を依頼しようとする。しかしはたと止まった。


(いや待て。猿の能力がパワータイプになったということは防御もそれだけ上がっているに違いない。ここで迂闊にエディアに狙いヘイトを定められでもしたら、巻き込まれて死ぬ可能性があるだろう。ユウセイにカレハへと魔法をかけてもらうのは……無理か。しょうがない、スニルを利用して俺の眼力を当てに行くか)


見れば、カレハと賢猿の戦いは一撃一撃と合わせるたびに速度が上がっていく。紫と黒、二人のボルテージと比例して、文字通りにだ。そしてそんな速度の中で、賢猿だけを狙って眼力を当てたい、と。眼力を当てさえすれば後はもうカレハとエディアの主火力組で飛ばせる。ということで、眼力を当てるための隙作りが出来ればよいのだが……。


「クッ!」

「……ウキ!」


彼女の方に眼を向ける。カレハは拳をなんとか放つものの、賢猿はその拳を拳で合わせて難なく受け止める。その光景に最初の拮抗していた感じは殆ど消えていて、カレハが果敢に攻めるものの一歩及ばず防戦になりそうと言ったところか。

……さしものパワーを誇るカレハでも、所詮人に類される者。それに比べると、奴は正真正銘、種族からの化け物ヴータリティットだ。奴の膂力はカレハを上回り、体力や皮膚の硬さという点でも凌駕しているのだろうか。

兎に角、ヒトという基盤がカレハを阻害している。このままいけば徒に体力を消費して、ジリ貧だ。

そう考えて、一気に駆け出そうとする。その直前。


「お嬢ちゃん、見所あると思ったのにねぇ。いいわ、私に交代しなさい」


男が前に出た。その姿は口調に反して男らしく、頼もしかった。競争相手ではなければ、一任してしまいたいくらいに。

カレハは屹然と男を睨む。その眼光は、まだやれるとありありと語っていた。


「その気持ちは分かるわ。なら、私が勝手に入るとしましょう!」

「さっきから思ってたんだけど、誰なのよアンタ一体!」

「フッ、私を知らないということは新入生なのね。私はマルル・ドナウ。学院ポイントランキング16位よ」


ポイントランキング16位。その言葉が本当であれば、かなりの実力者だ。アウルたちエーゲンラフトは"学院十傑トーム・ツェーン"であるルイズ・ミシシッピと闘っているので大したことがないように聞こえるが、この学院の総生徒数は3000を超えるかどうかというところ。その中の16番目の強さといえば、なかなかに強すぎることが分かるだろう。


「ランキング16位……!」

「まだ二つ名は通っていないけど、なかなかなのよ、私!」


そうマルルが意気込んだ。そしてその巨体から魔力が放たれて、世界が騙される。


「【身体操作カーパー・ヴェットリヴ】」


彼の身体が魔力によってどんどん塗り替えられていく。身体の操作。それが魔法の力によって行われるのだ。彼の太い手は骨が突き出て、肉が弾けて骨と骨の間に張られる。そしていつの間にか素足になっていた足は猛禽のように爪が鋭くなった。そのシルエットはまさに、異形の飛鷹。マルルはその奇形の翼へと変貌した腕を勢いよくはためかせ、飛び立った。


「キィ……?」


賢猿はカレハをいじめ抜くのに夢中になっていて変形に気づかなかったようだ。翼の音で振り向いた賢猿は、警戒感を顕にしながらそこらの鍾乳石を砕く。どうやら投擲して落下させたいようだ。即座に投げつけるのと、マルルが飛翔するのはほぼ同時だった。高速で投擲された石の槍は、マルルを貫くことはなく空振りに終わり、マルルが代わりに賢猿へと肉薄した。


「近くでのこれは防げないんじゃない!【身体射出クゲル・カーパー】!」


もう一度魔力がマルルの身体を変形させる。何かが指の上で肥大化する。それは、鋭く研ぎ澄まされた爪だ。指の爪を巨大化させて、マルルはそれを放つ。至近距離で放たれた爪の刃は、賢猿のその漆黒の体表に深く突き刺さった。


「グギィッッ!?」

「効いてるわね!ついでに肉も削いで上げるわ!」


更に翼を大きく動かして、速度を上げて賢猿の上空を通過する。ちょうどその刹那に、変化した足から伸びる爪で賢猿のうなじあたりの肉を浅く切りつけた。二度も深手の切り傷を負わせたマルルに、賢猿はその怒りの矛先を向けた。賢猿はカレハから離れると、その人間より大きい身体を溜める。刹那の後、地面を蹴り飛ばした。


「なっ!?」

「それは、私の!」


マルルは上で翻弄していれば石槍は当たらない、なので上は安心と思っていたことだろう。だがその飛び上がりによって、上の安地はもう存在しない。

まさにカレハの得意戦法と同じ人間……いや、この場合は猿砲弾となって飛翔する彼にグングンと近づいていく。

だがマルルは驚愕の顔をすぐに消して、ニヤリと口の端を歪めた。そして何故かその場にギリギリまで留まる。先程の速度からして、すぐさま回避行動に移れば巨体に吹き飛ばされる範囲から抜け出せるのに。


「──────言ったよな、お前は俺が倒すって」


マルルに手が触れるその寸前。賢猿の身体がガクンと傾く。その背中は凍り付いていた、魔法だ。ゴドウィンの魔法が、飛んでいる賢猿の無防備な背中に直撃したのだ。飛んでいる途中に急激に質量が増加したことで、賢猿の身体はあえなく地へと堕ちる。


「この程度で復讐が終わると思うなよ」


倒れ伏した賢猿に向けて、ゴドウィンの眼光が、鋭く瞬くのだった。

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