第53話 参戦したのは

「姉貴!来たのか!」

「ええ。お猿ちゃんをおびき寄せられたんでしょ?」

「……ちょっと待て、姉貴?」


ゴドウィンのセリフがアウルには引っかかった。どう見ても、ガタイの良い男だが、口調は女。ただ、そんな事を気にしていられるほど今は余裕がない。なにせ戦闘中だ。やってきた男は、ゴドウィンと会話していることからゴドウィンの増援、仲間であることは容易に想像できた。

男は後ろで結んだ髪を揺らしながら、その巨躯を賢猿へと走らせた。


「行くわよ、お猿ちゃん!」


魔力が躍る。荒々しさを多分に含んだ魔力が現実を改変し、なにかが生み出される。ソレは、生々しい音を立てながら飛翔して、賢猿の背中に突き刺さった。よく見れば、グロテスクに削られた動物の骨だ。彼(?)は肩で息をしながら、同じような骨の槍を生み出し続ける。


「キィッ!!」


だが賢猿も黙って攻撃を受け続ける訳は無い。標的を地面に転がっているエディアから彼(?)とゴドウィンに変えたように、2人を睨む。そしてゴドウィンの眼前に現れる。速度を最大限に発揮した、致死の突貫だ。だがゴドウィンは何ら動かない。反応できないのだろうか。賢猿が手を振り上げる。その手は大きく開かれて、まさに蝿を叩き潰す動きの構えだ。

しかし、魔力が疾走る。


「ハッ、てめぇの動きは知ってんだよ。いつも正面へ叩き潰すために止まるってな!」


その瞬間、賢猿を阻むように氷で出来た、冷たい壁が生成された。いや、よく見れば、氷の薄い膜が幾重にも重なった、クッションのような壁である。振り上げた手を振り下ろすのを賢猿は止められず、手がその氷の地層へと突っ込んだ。無論1枚1枚は所詮氷で出来た薄い膜、持ちこたえるということを全く知らずに砕け散っていく。

────そう、砕け散っていくのだ。


「ギィィィィッッ!!??」

「これは壁でも緩衝材でも無い。お前の自慢の手を傷つける、凶器だ」


砕け散った破片は鋭く、そこを勢いよく通りでもしたら通った方が傷つくに決まっているのだ。ちょうど、割れたガラス窓の穴に手を突っ込んで怪我をするように。

ゴドウィンはそれを狙って、あえて受けの体勢に回ったのだろう。奴のプライドを壁もろとも砕く、なかなかの智謀だ。

そして戦いの中で痛がる瞬間というのは致命的だ。もしかしたら、そんな瞬間がなかったから耐性がないのかもしれない。即座にエディアが、ユウセイが、そして彼女(?)が魔力を熾す。現実を書き換える灯火は、やがて賢き猿を打ち砕く弾丸へと成るのだ。


「【情報付与】!」

「【精光弾クゲル・リヒト】!」

「──────【身体射出クゲル・カーパー】」


まず最初に駆け抜けたのは一つの灰色だ。ユウセイの【情報付与】による擬似弾丸だ。他のふたつの魔法を速度で圧倒し、賢猿にいの一番に辿り着く。そしてその肩口を浅く抉って、通り過ぎた。

次点はほぼ同時だ。エディアの光の玉と、彼女(?)がなんと身体から射出した、指の骨。それが高速で飛翔して、ヒヒにぶち当たった。一発のダメージは微細に過ぎないが、塵も積もればなんとやら、2人による弾幕が賢猿の背中を打ちつける。魔力を大量に放出して、後先考えないのはエディアの悪い癖であろうか。


「ギィッ!!」

「私も忘れないでよ!」


壁を蹴って、賢猿に上側から近づくカレハ。流石にかかと落としは警戒されていて、使えないだろう。弾幕が背中に当たっているので、横が一番効果的だと判断したのだろう。横っ飛びをして、回転しながら手刀を叩き込む。カレハの手刀はもう異常な威力で、同じ“名前持ちネームド”〈ヴータリティット〉である“雷磁の帝馬スレイプニール”にすら効いていたのだ。この“舜烈の賢猿ヒヒ”に効かない道理などない。快音が、直撃を意味した。


鬱陶しい人間共による猛攻が巨躯の賢猿を揺るがし、倒さんとする。その事実が、そして響いてくる痛みが、賢猿を苛立たせる。その怒りの炎は一度冷静に、獲物としてみた相手を、絶対に惨めに殺してやると誓うまでに燃え盛っていく。今もこの賢猿が言いように攻められているということが、もはや万死に値するというものだ。

故に、姿本来であれば人間などという存在に使うべき姿ではないのだが、自身の仮想の命が消えることだけはなんとしてでも避けたい。そう賢く考えた猿は、プライドもろとも姿を捨て去るために、息を吸った。


「ウッキィィィィィィィィッッッ!!!!」


先ほどと同じか、それすら凌駕する超爆声が爆発した。振動は階層どころかこの塔全てを揺らしているように錯覚するほど大きく、歴戦らしい彼女(?)やゴドウィン、カレハですら耳を塞がないと失神してしまいそうだ。威嚇のため、それとも。その目的はすぐに分かった。


「あれって……!」

「“雷磁の帝馬スレイプニール”と同じ……!」


音が鳴り止み、賢猿の方を向く。そこには、全身の体毛を逆立たせ、白い姿から一転して漆黒の体表となった“舜烈の賢猿ヒヒ”が静かに佇んでいた。この情景から、アウルは2階層にて戦った、“雷磁の帝馬スレイプニール”を思い出した。〈ヴータリティット〉の中でも、体色を変えたのは出会った中で麒麟一体だけだ。そうすると、“名前持ちネームド”に共通する特徴なのだろうか。つまり鑑みると、麒麟のように操る力の変更が起きているかもしれないということだ。


色が変わった賢猿は、何故か超速移動による先手を取らず、緩慢な動きで弾幕を打っていた後衛の三人へと近づいていく。アウルはそのゆったりとした幽鬼のような動きに、何故か背筋が粟立った。急いでエディアとユウセイに警告を送ろうとする。だが、それよりも数舜、賢猿の方が速い。大きく振りかぶった手は、勢いよく振り抜かれた。

その気配が、各々に恐怖と警戒を与えた。


「ッ!!」

「まずッ……」

「これは不味いわね、【身体操作カーパー・ヴィットリヴ】」


エディアとユウセイは咄嗟にバックステップで距離を取ろうとし、彼(?)は自らの指を肥大化させて防御の体制へと成る。

そして、膨大な衝撃が文字通り走った。ガガガァァァッッ!!という凄まじい轟音とともに、なんと、手を横に薙いだときの風と、床に少しだけ触れた指がそれを巻き起こしたのだ。凄まじいという言葉すら生ぬるい、膂力による芸当。どうやら賢猿の場合は、その名の舜の部分が、烈、つまりパワーへと変換されたようだった。

勿論三人は防御の甲斐もなく物凄い勢いで吹き飛ばされて、壁に激突する。ユウセイはそのあまりの痛みに意識が飛びそうになってしまった。

ただの手のひらの横薙ぎでこれ。これが地面に叩きつけるように振るわれたらと想像するだけで背筋がゴドウィンの魔法ではないが凍ってしまう。

アウルもゴドウィンも動けない中、一人動くものが居た。


「アンタがパワータイプになった所で、何も問題はないっていうのよ!!」


頼もしい踏み込みで、カレハが突撃したのだった。

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