第41話 Augenkraft
「─────きろ、起きろ」
叫び声と、頬をなにか柔らかいものが叩く感触。アウルは寝起きのふらつく意識を、何とか固定して眼を開けた。魔眼布に魔力を流して、見えるようにする。
するとそこには、ドアップの顔のスニルとユウセイがいた。既視感を感じる光景に、アウルはつい苦笑してしまう。
「で、どうなったんだ?」
「この通りだ」
ユウセイが肩を竦める。その様の後ろには、カレハやエディアと仲良く談笑しているルイズがいた。なんだか微笑ましい光景に、アウルの口は自然と弧を描いた。
「随分と仲良くなったんだな」
「まああそこまで拮抗した戦いを演じれば、そりゃな」
「キュ?」
「ああ、忘れてた。ごめんな、スニル。名前勝手に使わせてもらったぞ」
そうアウルが艶のある毛並みを撫でながら言うと、分かっているのかいないのか、キュウと小さく鳴いた。しかしなにかが気に入らなかったのだろう、スルリと手の中を抜けて、カレハの方に駆け寄っていった。
いちいち癒されるな、と苦笑して、改めて口を開いた。
「────────で、やるか?」
「まさか。冗談はやめてくれよ」
「違いない」
ルイズ含めて全員が疲労困憊なのだ。こんなコンディションで更に戦いたいなんて言う奴は、
それを言外に言い合って、2人は思わず笑った。
「なあ、どうせならパーティを組まないか?」
「断ると言ったら?」
「その時は諦めてお前らを眼力で墜とすが」
「怖いわ。そりゃ断れねぇよ」
「なら?」
「……………………」
アウルの提案に、ユウセイは難しい顔をしている。組んでもいいのだが、しがらみとかありそうだなという顔だ。多分きっかけが欲しいだけなのだろう、アウルはトドメの一言を放つ。
「それに、彼女は何年生だ?」
「……気づいてたのか」
「途中からな」
「本人から聞いた訳では?」
「違うな。彼女のセリフと、後は慣れ感だ」
彼女……ルイズがユウセイと話している口調は、他の1年に向けたよそよそしい感じ、と言うよりかは親しんだ後輩に向けるもののソレだ。しかも、この塔の地理をしっかりと把握している。
入学したての1年では無いのはまあお察しだろう。
「つまり俺たちは、お前らが個人的にやっている上級生との決闘をわざわざ手伝ってあげた訳だ」
「脅してるじゃん…………フハッ、分かった。パーティになってやろうじゃねぇか」
憑き物が落ちたような清々しい笑顔で、ユウセイは応えた。ただ、その表情もすぐに曇る。
「でも、なんで俺達なんだ?自分で言うのもなんだが、戦闘経験ないやつと優しすぎるやつだぞ?」
「なんとなく、だ」
「おい」
そうアウルがはぐらかすと、冷たい声でユウセイが返答した。混ぜっ返されるのは好きでは無いらしい。
「冗談だ。眼だよ、眼」
「眼?」
「ああ、眼。お前らの眼は、真っ直ぐなんだ」
「真っ直ぐって……それ、褒めてんのか?」
「褒めてるさ。望みに真っ直ぐなのは、信頼できる」
「……そりゃどーも。ま、俺としては
「ふぉー?…………とりあえず、女子たちに報告に行くか」
アウルは寝転がっていた状態から立ち上がり、パンパンと服に着いた土埃を払う。……ふと土を触っていて思ったのだが、この量の土を50階分、塔の中に運び込むのは大変だったのだろうか。魔法を使ったのは分かるのだが、贅の極みだなと、くだらないことを考えてしまう。庶民出身なのも相まって、そういう思考には陥りやすいのかもしれない。
なんて考えていると、カレハ達が寄ってきた。ルイズはいつの間にか姿が見えなくなっていて、彼女たち曰く、「また会いましょウ、新人どモ」ということらしい。
「…………もう会いたくないんだが」
それを聞いたユウセイが嘆くようにそう呟くと、三人で思わず吹き出してしまった。言い得て妙だな、と。
「で、無事なのかしら、アウル?」
「まぁ、何とか。魔法の副作用で眼がとてつもなくヒリついてるけどな」
「今、コイツとパーティをどうするかについて話し合ってたんだよ」
親指で指して話題に挙げてくるユウセイ。
「俺たち4人で、パーティを組もう」
「いいわね!この2人なら一緒に闘った仲だし、信頼できるわ」
「私としては願ったり叶ったりなんですけど…………いいんですか、ユウセイさん」
「ああ、コイツ……相棒が言うんだからま、大丈夫だろ」
「そうですか……。それで、パーティ名は?」
沈黙。盛り上がっていた空気が一瞬にして冷え、一触即発の状況へと転換する。
ユウセイは気まずそうに視線を彷徨わせ、アウルはそんなこと思い至らなかったとばかりに固まっている。
カレハはどこか生き生きとしているように感じるし、エディアはそんなことも決めていなかったのかと呆れて半眼だ。
「……考えていなかったのですか」
「確かに、団結するには名前が欲しいな」
「ハイハイハイ!私つけたい!結局スニルもアウルが名前つけたし!」
「その節はまあ……ご寛恕を」
申し訳なく言うアウルを軽く無視して、カレハは考え込む。
「う〜ん、“アウルと愉快な仲間たち”とか?」
「おい、カレハ」
「冗談よ。まあ、アウルがリーダーなのは確定なんだけど」
カレハがそんなことを宣ったので、アウルは魔眼布の中で眼を剥く。他の二人に無断でそんなことを言っていいのか、と。慌てて眼線を二人に向けると、当然そうな顔でウンウンと頷いていた。
「お前ら……」
「いやでも、そうじゃないんですか?作戦を立てる人がリーダーになるのは常だと思いますけど」
「俺は遠慮したいからな。みんながこう推してるのならやってくれると助かる」
如何にも日本人らしい思考のユウセイとド正論を言ってくるエディアたちに半眼になりつつ、アウルはがっくりと項垂れた。
「はぁ、しょうがない」
「うーん、“ルーキーズ”とか?」
「3、4年のときはルーキーじゃないだろ……却下」
「“紅蓮爆殺隊”とかどうです?」
「紅蓮要素も爆殺要素もないだろ……あとその名前にしたらなんか後に後悔しそうだから却下」
「“アウリアンズ”とか?」
「俺の名前をパーティ名にするのやめてほしい……却下」
皆ふざけているのかいないのかわからないような名前を出してくるので、アウルも少し考え込む。
魔眼布の裡で、眼を閉じる。
ふと、思い出したのは“彼女”だった。
『────────じゃあ、君は“エーゲン・ラフト”だね』
その言葉が、自然と口を衝いて出た。
「……エーゲン・ラフト」
「エーゲンラフト?」
ユウセイはその言葉に疑問を覚えたようだが、カレハエディアの2人はお気に召したらしい。
「いいわね、それ。響きが綺麗だわ」
「簡潔ですしね」
「……どういう意味だ、その言葉」
「意味」
ユウセイに意味を問われ、再び記憶の沼を探るアウル。彼女曰く、この「名前」は…………。
「確か、神話に出てくる人物名だ」
「なるほどな。ま、俺としちゃ異論はないよ、かっこいいからな」
「なら、パーティ名は、コレでいいな」
皆の顔をグルリと見回す。頷きを返してくれた。
その全員の覚悟がある眼付きを見て、アウルは1つ思い付いた。
シュルリ、と魔眼布を緩め、手に巻く。
その手を突き出した。
カレハがいの一番に気づき、次いでユウセイ。最後にエディアが、拳をそれに合わせた。
「俺たちはこれから4人で共同体だ。だから、誓いをたてよう。
それぞれがこの塔に求める、願いを。
誰かが挫ける時には、互いにこの誓いを思い出す。
誰かが間違えた時には、この誓いを思い出させる。
裏切ることがあってもいい。ただ、この誓いに純粋ならば。
願いに走ろう。ひたむきに。愚直に。」
アウルの言葉に、それぞれが神妙に笑う。
最初に、エディアが謳う。
「再興と、好奇心のために」
ついで、ユウセイが謳う。
「故郷に帰るために」
また、カレハが謳う。
「家族に、感謝を言うために」
最後は、アウルが謳う。
「彼女に会うために」
「俺たちは、『エーゲン・ラフト』だ」
これが、後にカムフトームの伝説となるパーティの始まりだった。
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