第19話 君の名は?
「大丈夫ですか?」
「何とかな。多少休むだけでも全然違えや」
森の木陰から立ち上がって、空を仰ぐ。そこには、戦いの喧騒とは程遠い、青々とした空が広がっていた。厳密には、というかここは塔の中なので、空というよりかはそう云う模様なのだろう。そう考えたら、この塔の規格外さが分かると言うかなんというか。
ふと、彼女が言う。
「それで、ポイントはどうしますかね」
「ん?ポイント……ポイント!そうじゃん、倒したのお前だからポイント全部そっちに行くじゃん!?」
そう、パーティを組まずに協力プレイをしたせいで、彼女の側にキマイラを倒したポイントが全て行ってしまったのだ。その事実に今気づいたユウセイは、どうしようかとうんうん唸り始める。流石に、バフを掛けて、少しだけ削っただけなのに半分もらう、というのは図々しいだろう。そも、獲物の横取り云々はユウセイが言えたことではない。そう考えれば──。
「ポイントは全部持ってっていいよ」
「少しくらい上げましょうか?」
二人の声がキレイにハモった。それはもう、夫婦の息の読み合いのように。
「あ?」
「え?」
「だから、ポイントは全部持ってっていいぞ」
「いえ、少しくらいポイントを分けましょうかと」
ハモった割に、言っている内容が真逆の二人。
「俺はバフを掛けて多少削っただけ、貢献もクソもないだろ。そもそも、お前がとどめを刺したんならそれはお前のポイントだろ?」
「いえ、最初に見つけて戦っていたのはあなたでしょう。それに、支援魔法術を掛けただけとはいえ、あなたの支援はとても役に立ちました。それなら、分け前がないと道理ではないでしょう?」
互いに主張を言い合って譲らない。先程からのやりとりで薄々察していたが、どうやらユウセイと彼女は反りが全く合わないらしい。にわかに苛立つ気持ちを抑えながら、主張を繰り返す。
「どう見ても誰が見ても0100でお前の取り分だよ!」
「あのですね、私は横取りなんてしたくありません。例えここがバトルロイヤルだとしても、人の物を取ってしまったら返したいんですよ!」
「──」
「人のものを奪うことがどんなに酷いことか……、あなたは知らないでしょう。でも、私は味わってほしいとは思わない」
聞いていて思う。この少女は些か優しすぎる、と。過去に何があったかわからないが、彼女の心の根底には、自分のようになってほしくない、という願いが切実にあるのが痛ましく伝わってきた。どうやってこの戦場を生き抜いてきたのだろうか。そんな彼女に、ユウセイは一つため息をつく。見ていて危なっかしすぎるのだ。もしかしたら、口調が刺々しいのも身を守るため、だったのかも知れない。
「はあ。分かった。ポイントは受け取ろう。ただ、一つ条件を付ける、それを飲めなければ俺はこのまま逃げるからな。」
「条件?何でしょうか?」
「ああ、その条件は──俺とパーティを組め」
そう告げると、彼女は唐突に言われたことに理解が及ばなかったのかぽかんとした顔をした。あまり戦場に似合わない、可愛らしい顔だった。彼女は首を振って、茫洋としていた意識を取り戻す。
「パーティを組む?それがどう条件になっているんですか?」
「あー、あれだ。俺はあんまり戦うことに慣れていないから、お前がいると安心感があるというか」
流石に本人に、お前は見ていて危なっかしすぎる、俺が見張るなんてことは言えるはずもないので、軽くしどろもどろになりながらユウセイは言葉を取り繕った。そんな様子を少し不審がりながらも、彼女は縦に首を振った。
「別に、ポイントを受け取ってくれるなら私はそれで構いません。あなたは減らず口ですが、裏切るような性格ではなさそうですし」
「おうおう、そう評価してもらって嬉しいですわ。そいじゃ、自己紹介しようぜ?」
「そういえば、そうですね。名前を名乗っていませんでした」
学院証を懐から取り出しつつ、彼女に向けて笑いかける。
「俺の名前はユウセイ・シナノガワ。パーティになる分、期待してるぜ?」
「ええ、任せてください。私はエディアーナ・チョーコウ。名前は少し長いので、エディアと呼んでください。……あなたは多分気づいてないと思いますが、ハーフドワーフです」
ハーフドワーフと聞いて、少し納得した部分もある。身長が女子ということを考慮しても幾分低いなと思っていたのだ。しかし、まだ腑に落ちない部分もある。なぜ、何の変哲もない眼の前の少女が、こんなにも毒舌なのか。そして、何故言いにくそうに自分の生まれを言ったのか。ハーフドワーフであることに関係があるのだろう、と当たりをつけつつも、ユウセイは何とも言えない顔をした。
「知らない、ということですか。その顔は」
「え、ああ。すまん、常識に疎くて……」
言いながら、こいつと話す時なんか謝ることが多いな、と感じるユウセイ。エディアの言葉には、ハーフドワーフが関係ある、というように読み取れる。彼女はポツポツと、ドワーフについての境遇を語り始めた。
「ドワーフは、地底に住む亜人族、ということは知っていますね?」
「ああ。それくらいは」
「百数年前、戦争がありました。ご存知、人魔戦争です。それは人間と、亜人の連合軍が魔族と戦うものでした」
唐突に、戦争の話が始まった。しかし、この世界では戦争の影響は大きいことを資料で知っていたユウセイは、特に突っ込むことはなかった。
「人間・亜人連合軍の亜人側は、ほとんどの亜人が参戦しました。それもあまり人前に出ることがない吸魔族まで」
「それがどう……まさか」
「ええ、地底に住んでいたドワーフはすぐに参戦することが出来なかったのです。それで、誹りを受けている、というわけです」
なるほど確かに、全員で協力しようというのに一人だけ協力しなかったら非難されることは間違いないだろう。それも種族が多数集まっていたのだ、相当な悪評として流布されたのは想像に難くない。それが理由があっても、なくともだ。
「それに、敗北した魔族が地底へと逃げたせいで、同じ地底に住んでいたモノとして汚物扱いされることもまちまち……」
人の思い込みの強さというものは、こちらの世界でも全く変わっていないらしい。そして、異物を排除したがる習性も。
「ふーん……なるほどな。俺はだからどうしたとしか感じないけどな」
「え?」
「いやだって、魔族と同じ地底に住んでたからゴミなんて、言いがかりもいいところだろ。それに、俺はお前がそんな悪いヤツだとは思えないからな」
「ユウセイさん……」
どこか感銘を受けた表情で、ユウセイの名前を呼ぶエディア。そんな彼女の様子をあえて無視して、軽薄な雰囲気をまといながら口を開く。
「さて、お前の生まれ境遇について俺はなんやかんや突っ込める立場でもないからな。自己紹介はこんなもんでいいだろ」
「……そうですね。あなたは私のことについてとやかく言う権利なんてないですね」
「それはなんか違くない?ニュアンスがさ」
「別に違いませんよ」
フフ、といたずらに成功した子供のような笑みは、彼女の身長の小ささに見合っていたのだった。
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