第18話 二転三転の行方

彼女が不思議そうに覗き込んでくるのを横目に、黒瞳を閃かせる。


「【情報付与】対象:木の棒 効果:延焼、火炎耐性、硬質化」


そう言い切ると、木の棒がひとりでに燃え始めた。その様子を見て、空色の瞳を開いて彼女が驚く。


「あなたのそれ、支援魔法術じゃなかったんですね……」

「だから言っただろ、俺はバフも、使えるってな!」


瞬間、駆け出す。キマイラは臨戦態勢をとっており、そこに飛び込むなんて蛮勇もいいところだろう。しかしその手には燃える枝を持ち、その着ているトレンチコートの袖をはためかせるユウセイの姿は、あながち蛮勇ともそれ以上の馬鹿な行為とも言えないほど鬼気迫っていた。燃える枝を振るい、キマイラへと迫る。キマイラはその巨体から生やす茶色の羽を大きく動かし、風を作り出した。その風威に耐えながら、炎杖をしならせて横腹へとクリティカルヒット。その痛みというよりかは暴力的な熱に、キマイラの身体がジュッという肉の焼ける音を奏でる。


「【精光弾クゲル・リヒト】!」


先程と同じ魔法術名が高らかに響き、空色が瞬く彼女の手から光弾がキマイラ型〈ヴータリティット〉に向けて照射される。

着弾、激発。光の玉は奴の皮膚の表面で弾け、ダメージを少なからず与えることに成功した。

もちろん、キマイラが黙って受けるはずもない。二人の攻撃をほぼ同時に受けたキマイラは静かに、そして超速でユウセイとの距離を詰める。

刹那、奴の猛禽類のような爪が、上部から振り下ろされた。それを避けることはもはや距離的に不可能で、ユウセイはせめてもの抵抗と手に持つ枝を振り回し、奴輩の身体に火傷を刻んでいく。

しかし、それでもキマイラは止まらない。もう諦めろと脳の端が囁くその瞬間、キマイラの足元が急激に隆起し、後ろ足のみで立っていたキマイラはバランスを崩さざるを得なかった。


「【精土操作ボーデン・ビトリーブ】!」


彼女がそう叫んだことによる、つまりは魔法術によるものらしい。またも彼女に救われたユウセイは、とりあえずお礼は戦いの後にして、キマイラへと猛攻──枝で叩くだけなのだが──を仕掛ける。ただ、枝で叩くだけといえど燃え盛っているのだ。焔の力で物理的な攻撃ではない方をカバーしているその攻撃に、キマイラは苦しげに声を出し、またその羽を大きく振りかぶって妨害することしかできない。そんなもの当たるはずもなく、打たれる身体は次第に削れ始め、もはやキマイラになすすべはない。煽るような口調のユウセイの発言。


「復活した意味、あるのか?ま、とりあえずポイントになってくれりゃそれでいいわ」

「──」


そして、近づいてとどめを刺す直前の、その瞬間。

キマイラの口から、光弾が吐き出された。

まともにかつ無防備な状態で喰らったユウセイは大きく吹っ飛び、彼女は彼の方に心配そうに駆け寄る。どうやら今までの劣勢はキマイラがあえて力を抜いていたものらしい。その後も、バシュバシュと口から人間の頭ほどある光の一撃が、乱舞する。それはまるで、いやまさに、先程の彼女とユウセイの協力して作り出した弾幕とほとんど同じ意趣返しだった。


「グッ……ヒールできねえのが辛い」


そう嘆きつつ、ゆっくりと上体を起こす。口の中に溜まった血が鬱陶しい。魔術で自分に”健康”という情報をかければよいのでは、という考えもあるが、それの維持にも魔力を食われるのだ。そして解除すれば与えた情報は剥がれ、健康ではない身体になってしまう。なのでヒール……回復が使えないというわけだ。

キマイラはユウセイを吹き飛ばして一時的にダメージを抑える狙いか、吹き飛ばしたユウセイを敵愾心たっぷりに見ている。


「大丈夫……じゃなさそうですね」

「キッツいが、まだ戦える。多少休めばなんとかなりそうだ」

「では、此処から先は私がやりましょう」


そう頼もしく言い切ってくれた彼女は立ち上がり、その蒼穹と同じ色の瞳で屹とキマイラを睨んだ。そして駆け出す。


「【精光弾クゲル・リヒト】!」


その宣言をした刹那。光弾と光弾が真正面からぶつかり合い、爆発的な光量が森に広がった。その光が両者の眼を焼き付けさせ──……。


「させるかよ……っ!【情報付与】対象:彼女 効果:暗視、魔法威力強化ァ!」


ユウセイは残る力の限り、叫ぶ。触れた手から伝わる黒目の輝きがそのまま彼女を包み、閃光からいち早く回復させた。小柄な彼女の身体がかの巨体に肉薄、そして一言が紡がれる。


「これで終わりにします!【土光融合・隕閃クゲル・メテオリット】!!」


直後、極大な魔力が空間を埋め尽くした。バフ分を除けばすべてが彼女の魔力臓から賄われており、それだけ彼女が規格外だということを示している。その魔力が土を浮かび上がらせ、すべてが光の玉となって降り注いだ。その光景はまさに、神の怒りが顕現したかのような有り様である。光の豪雨がキマイラに致命傷を大きく超えるダメージを与え続け、そして。


「────」


ついには悲鳴もあげられずに、その獅子の体躯は地面に倒れ伏せた。尾のヘビも全く力が抜けたようにグダリとしており、そのまま彼の身体は光の粒子と散り散りに消えゆく。ダメージを受けてほうほうの体ながらも一部始終を見ていたユウセイは、親指を突き出したサムズアップで微笑うのだった。


「ナイスだぜ……、お前」

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