第20話 幕間

「──下の様子を見に行くのはどうでござル?」

「どうしたのさ、急に。別に良いんだけど、理由が聞きたいな」


カムフトーム魔塔学院は、50階層からなる巨大な塔だ。その50階の内の47階。男女二人が話し合っていた。女子の方は、全身を黒ずくめの衣装で包んでおり、背中には一振りの刀を佩いている風貌。そこだけを聞くと日本の忍者に似ているようで、だがしかし露出が多いその姿は、まるでどこか間違っているアメリカが再現した寿司のようだ。色白の肌は黒ずくめの衣装に逆に映え、流れる清流のような金髪はハーフアップでまとめられている。

男の方は、中肉中背、顔を見ても何処かで見たことあるような印象を与える。黒髪黒目、マッシュヘアーのアジア人系の顔立ちだ。良く言えば普通、悪く言えば普通といったところだ。

女子はこの世界ではありえない、話されているはずのない古臭さ──というか古文的な──の日本語で、男の方へと話しかけた。その内容は、下の階の様子を見に行こうというもので、余りにも唐突な話題であった。男も流暢な日本語で答えている。


「いヤー、今日は入学式であろウ?今年の入学生の強さを見にいかムぞ」

「なるほどね。僕はそんな興味はないけど、去年君は確かに気になるものだろう、ルイズ」

「その通りでアる」

「異論はないよ、別に予定があるわけではないからね」

「とりあえず、此奴らを倒すのが先決でござるナ」


彼女らはゆったりと動きながら、周りを囲んでいた双頭の狼型〈ヴータリティット〉を殲滅している。男の手の内のクロスボウが矢を射出、十数匹をまとめてブチ抜き、彼女の刀が近づいてくる一匹を唐竹割りにする。火種があるはずもない場所から紅蓮が猛り、男が油断して一匹の爪を食らうと、その生傷は一瞬にして癒える。まさに圧倒と言わんばかりの戦況に、それを成している二人はまるで気にもとめずに悠々と歩みを進める。あっという間に周りを包囲していた狼型〈ヴータリティット〉は、その数を激減させていた。残った残存勢力も、完全にこの二人に怯えている。


「さテ、いきましょウ、シュウ」

「……そんな古臭い語尾で話す必要、あったかな」

「何かしラ?」

「なんでもないでーす」


最後にぼそりと男が言ったことを、有無を言わさぬ迫力で聞き返した女子は黙殺する。

学院内ポイントランキング”第4位ローワン”と”第9位ノマラワイゼン”の彼女らが、気まぐれに盤面を動かすのだった。


 @


へっくしゅん!と、どこか気の抜けたくしゃみが荒廃した原野に響く。その主は、もはや筆舌に尽くしがたいほどの美貌を持った女子が岩の上に腰掛けていた。

荒廃した荒野、それはカムフトームの頂点たる最上階の風景である。

そしてそこに立つ少女。

もはやそれは言いようのない事実、───────学院最強である。


「…………」

「珍しいですわね、ニアがくしゃみをするなんて」

「クニアノルード様だって人間、生理現象は起こりうるものでしょう」

「ま、たしかにそうといえばそうですわよね」


後ろの方にいる二人が何かを詮索するような口調で話しているが、彼女はそれを無視して、瞑想している。

そこへと手の部分が翼へと置き換わった、いわゆるワイバーンが風を鳴らしながら切迫する。

見れば、空中には同じような固体が屯して、彼らのことを睨めつけているではないか。

凸出した一体は彼女へとぶつかり……、

お返しとばかりに眼をつぶったままゆっくりと伸ばされた手のひらが太陽のごとく閃光を放ち、次の瞬間、翼竜ワイバーンが塵となって消え去っていた。

後ろの方にいるうちの男のほうがヒュウ、とあまり上手くはない口笛を吹く。


「流石でございますね」

「……………いい加減、鬱陶しい」


ポツリ、とこぼしたのは愚痴のように聞こえる一言。あまりに美しい声でなんでもない一言であるのに聞き惚れるのを阻止できない。彼女の言を聞いた彼らは、二人して目を見合わせた。

そして彼女に向けて、ニヤリと笑う。その笑みは一様に、歴戦の戦士が宿す獰猛な瞳を光らせていた。


「ハイハイ、殲滅ですわね。【炎刃射フラメ・キリンゲ】【氷刃射エイス・キリンゲ】【風刃射ウィンデ・キリンゲ】」

「仰せのままに、です。【座標固定フィクシーホン】」


そう彼らが答えた瞬間、彼らの魔力が世界を書き換えていった。

未だに宙に浮かぶうるさい羽虫どもヴータリティットに、炎と氷、そして風の3色の刃が射出された。

黙って食らうはずもない、と翼竜の一団は横にずれて回避しようとする。

だがしかし────、その場から一センチ、いや一寸たりとも動くことはできない。まるで、縫い留められたかのように。

そして3色の魔力による刃が乱舞し、翼竜共は鮮血を撒き散らす。

その惨劇はまさに、超越者のみが行える処刑そのものだった。

一人の身で3属性もの魔法を操るなど読書をしながら絵を書きつつ歌を歌っている行為に等しいのである。

誰かの位置を完全に固定化させるなど世界の理に反しているのである。

つまりは、彼らも学院最強かのじょに引けを全く取らぬ実力者である。


「……全然ポイント増えませんね」

「わかりきっていることをわざわざ口に出さないでもらえます?あなた、事実をはっきり口に出すことはあまり好まれませんわよ」

「そうですけど、改めて言っておかないと、忘れそうじゃないですか。だって、僕たちは最もポイントを稼いでいるので、端数扱いすると忘れて痛い目をみる、なんてことも起こり得ります」

「一理ありますわね」

「………………そろそろ」

「了解です」

「わかりましたわ」


─────────アウルたちが知らぬところで、大いなる運命は動く。

彼と彼女の出会いは、一体何を齎すのだろうか。

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