第9話 決着は眼力で

「カレハ!時間稼げるか?」

「今滅茶苦茶に頑張ってんのよ!?長い時間は無理だからね?」


拳の打ち付ける音と共に、文句と頼もしい返事が帰ってきた。こいつと一時的にでもパーティを組んだのはあながち間違いでも……いや、正解だったかもしれない。カレハへの感謝と自分の判断の勇断さを考えつつ、アイツの対策を練り続ける。明らかに誰が見てもひ弱な彼は肉体が大幅に強化されて、カレハの攻撃を動じることなく受け止めることができるほどになってしまった。だが、先程変化する前に「気弱だったのは演技じゃない。スキルで精神が変化した」と口走っていたことが少し引っかかる。


(気弱な根本は変わっていないなら、スキルを止めれば勝てるはず。でも、どうやって止める……?魔術ではないから魔力切れが狙えるわけでもないし……)


どの思考ルーチンを通っても行き詰まってしまう。相手が単純な力押しのタイプのため、先程の不可視の手の戦斧男のように搦め手や慢心に漬け込む方法で突破することもできないだろう。スキルを止める、と言ってもそんな事ができる生物はこの世界にはいないだろうし、どうやったら奴を止めることができるんだ。流石に殺して止めるのは、人の心を持たない魔族のようになってしまうのでまずできない。そも、殺せるかどうかも怪しいという話もあるのだが。


「まだかしら!?ちょっと、かなりキツくなってきたわよ!?」


その声にハッと顔を上げてそちらの方を向くと、かなりの数、生傷を負ったカレハと、かすり傷がいくつかできている狂戦士が睨みを効かせて牽制し合っていた。状況は傷から察するに劣勢であり、早く解決法を提示しないと彼女がやられることはすぐ先の未来に確定してしまう。


(考えろ、奴を無力化する策を……!本能のままに暴れる奴を止めなくては……。ん、本能?)


ピリ、とその言葉が脳に焦げ付いた。そして持っている知識が、ゆっくりと起き上がる。


「カレハ、すまん。無理を言う。10秒……いや、5秒間、そいつの動きを止められるか?」

「無理、と言いたいところだけど、アンタはさっきも有効な解決策を思いついた。なら、それを信頼しなきゃ、アタシが廃る。良いわ。やってやろうじゃない!」


カレハはニヤリと笑い、その鶸色の眼で巨人を見つめる。彼女はそのまま足の筋肉に全力を注ぎ込み、音に追いつくほどの速度で走り出した。即座に文字通り、肉が触れるほど肉薄する二人。カレハはその両の拳を手刀の形にして、何度も攻撃を浴びせる。攻撃しては離れる、いわゆるヒットアンドアウェイのスタイルに変えたようだ。高速移動による残像と手刀による斬閃、そしてその眼光が空中に幻像という尾を引いている。一閃一閃、一合一合と重ねるごとに、巨人の身体に浅傷ができていく。もちろん、男も黙ってやられるわけがない。煩わしい羽虫を払うがごとく、その巨体を身じろぎして、空気と地面、何より肌を震わせる。また手を大振りにスイングするが、音に匹敵するかどうかという高速の移動をするカレハには当たらない。


「まだまだ行くわよ!」

「──!!」


手刀、手刀、棍棒、平手。カレハの、男の攻撃を器用に避けながらの猛烈な攻撃の乱舞を見ながら、アウルは準備をする。助走のための距離を取っているのだ。10メートルほどの距離を確保し、そのまま全力疾走。


「喰らいな!理性がないからこそ効くだろ!!」


競り合う二人に接触する寸前、全力で膝を曲げながら踏み込み、跳躍する。宙を舞うアウルに、必要最低限しか注意を払っていなかった巨人。その顔を驚きに染めるが、それすらもカレハによって妨害される。


「アンタの相手は私よ、よそ見しないで!」


カレハの肩あたりにある鳩尾に手刀がクリティカルヒット。

痛みに身体が一瞬硬直し、そして──────。


「ッ!!??」

「──終わりだ」


飛び上がったアウルの隠されていた眼と、巨人の白目の目線がガッチリと合った瞬間、異変は起こった。彼の巨体がまるで蠕動をするように不自然に震え、そのまま全く動かずに

前に倒れていく。まるで人間版巨大な倒し板ドミノのようなその光景は、明確に巨人の無意識の意識がさっぱりと消え、倒れたことを示していた。

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