第8話 急転直下の窮地

男はそのまま落下したように見えた。が、空中で急に減速し、ボロボロとなりながらもゆっくりと着地した男。どうやらとっさにスキルの手を自分の下へと回し、受け止めさせたようだ。不可思議なものを見るように、カレハに問う。


「ぐっ!はぁ……はぁ……。スキルの中身はいい……なぜ、俺の不可視の手の軌道がわかる……?」

「さっきまで、アタシは何度も攻撃を仕掛けては空振っていた。そしてアンタに攻撃を地面にするようにも仕向けた。アタシがそうやって何度も攻撃を空振ったり力強く踏み込んだのは、辺りに土煙を巻き起こすためだったのよ」

「それがどうした……?」


カレハは呆れながらも答える。彼女がなんだかんだノリの良いやつということは薄々感づいてきた。


「まだわからないのかしら?不可視の手でも実体はある。なら、辺りに邪魔なものが漂っていたら押しのけられるに決まっているじゃない。そうやって見えるようにしたのよ」

「な、そんなことで!俺の不可視の手を攻略したのか!?」

「慢心、それがアンタの敗因よ。今までしっかりと力に溺れずに強い相手に挑み続けていれば、こうはならなかったわ」

「ッ……──うるさいうるさい!死ね、クソガキどもがァ!!」


言葉でも、力でもボコボコにされた男。男はヤケクソになって戦斧を振り回し、また不可視の手をありとあらゆるあらぬ方向に放つ。魔力を使い果たすことを恐れない、諸刃の攻撃だ。

だがしかし、大振りの乱雑な戦斧は軌道が読みやすく当たるはずもないし、不可視の手は土埃によって浮き彫りになっているので、避けるのは容易である。カレハはヒラリと先程よりきれいに回避し、カウンターとして足刀を御見舞した。アウルも飛んできた流れ弾をさっと避ける。

────しかし、気弱そうな男子は違った。何故か棒立ちになり、不可視の手を避けないことで顔面に直撃したのだ。ゴキュ、と骨の違える音がその男子から鳴り響いた。


「おい!?何やってんだ!?」

「アハハ、これでいいんですよおー?」


こちらを向いた顔は先程から打って変わっていた。

どこか遠くの方を血走った眼で見つめていて、端から血を垂れ流す口には三日月のような狂笑を貼り付けている。口から滑り落ちる言葉も粘着質に。気弱そうな表情はどこへやら、身体も次第に筋肉が肥大化していっていたのが見て取れる。

まるでダメージを受けたことがトリガーになって狂う、狂戦士バーサーカーのように。まるで人狼が月夜に狼へと化してしまうように。二重人格を持っていて、急に入れ替わってしまったかのように。メキメキと肥大化していく筋肉。それはもはやすでに無視できないほどの存在感へと膨れ上がっていく。

それを見た戦斧の男が、高笑いしながら告げる。


「クハハハハッ!これが俺たちの切り札だ!俺がやられようとも、こいつがなんとかしてくれる!このクソガキどもを殺せェ!」

「気弱そうだったのは演技だったのか……!」

「演技、ではないですよお。ただ、僕のスキルですのでえ」

「冥土の土産に教えてやるよ。こいつは一定以上のダメージを受けると、正気を失って強化された肉体で本能のままに暴れるんだ。お前ら二人程度、一瞬で潰せらあ。ちなみに、俺等の中でポイントが一番高いのは、こいつだ」

「「!?」」


ついに肉体の変貌が終わり、降臨するのは、まさしく巨人と言わんばかりの男だった。巌のような筋肉によって服は内側から破かれ、手にしていた棍棒はちょうどよい寸法でその手に握りしめられている。眼は瞳が小さくなるのを超えて白目と化しており、鼻や口から吐く吐息は白く白熱していた。その背丈はゆうに木のてっぺんと同じほどまでになっていて、アウルたちを下に睨みつける。


「──」

「アンタ一体何をしてくれてんの!?」

「ガハッ!……これ、で、お前らは終わりだ。さんざん舐めた結果と自分を恨め……」


戦斧の男にカレハは胸ぐらをつかんで問い詰めるも、焦りでカレハが力みすぎたのか、それとも元がボロボロだったことによるのか、男はその衝撃で意識が落ちてしまった。

最後に言い残した言葉とポイントが、カレハとアウルになんとも言えぬ、もやりとした気持ちを与えたが、今は相手を倒した余韻に浸っている場合ではない。なぜなら、今目の前に巨体が迫ってきているからだ。轟然と、驀進する巨人が一撃を放つ。


「避けろカレハ!」


刹那、世界が揺れた。否、地面が破壊された衝撃を受け止めきれず空気へと反射したことで空気が揺れたのだ。そのえげつない現象を起こした張本人は、ゆっくりとその上体を起こし、瞳のない白き目で周りを睥睨する。その悠然と立つ巨体に、超高速で走ってきたカレハの拳がタイミングよく突き刺さる、が。


「嘘……効いてない!?」

「なんつー硬さしてんだよ……!?」


どう察しても不毛だと分かる鈍い音が返ってきた。


「──!」


そして豪腕が振るわれ、破壊の暴威が遺憾なく発揮される。土はめくれ上がり、棍棒がかすった木々が爆砕され、空気が唸り続ける。カレハは慌ててバックステップでそれを回避したが、猛威の風がカレハの身体を強制的に更に後ろへと運ぶ。

またも棍棒が巨体に見合わぬ速度でスイングされ、今度は手近にあった岩を砕いた。その破片が雨あられと全方向に放たれ、カレハとアウルの身体にどんどんとかすり傷を負わせていく。カレハは傷も気にせず何度も殴りかかるが、先程と同じように痛痒を与えられない。


その光景は、まさしく神話のようだった。紫を艶やかにたなびかす戦乙女ワルキューレが空を舞い、それを超然とした巨人ティタンがどっしりと受け止める。もし風景が切り取れることができるのであれば、相当な絵画として成立するであろうその光景は、しかして現実であるために、音や衝撃が凄まじい。

カレハと男が戦うことにて起こっている、地面を伝う衝撃でアウルは立つことがやっとで、もし直接狙われでもしたら木っ端微塵のひき肉になってしまうだろう。主にカレハが攻撃をしているので、今のところはカレハが相手取ってくれるはず。


その間に、アウルは思考を巡らせる。もちろん、勝ちを狙わなければ再起不能にさせられるのはそうだが、逃げる、ということも視野に入れておかなければならない。それは戦略的撤退というやつであろう。だがしかし、最初から諦めを付けるのは違う。できることをやらなければいつか絶対に後悔する、というのがアウルの言だ。

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