第3話 学院の真実

会場もキーカの置き言葉に感化されたのか、静まり返った静謐さが満ち満ちている。

ふと、彼女が出ていった暗がりから、一人の男性が出てくる。柔和な笑みを浮かべ、いかにも好青年といった印象を見るものに与える見た目──つまりは他人行儀うさんくさい笑顔をしている。

その手には拡声用の魔道具を持っていた。


「校長先生の話、どうでしたかね?彼女は多忙の極みであるため、ここからの進行は私が務めさせていただきます。教員のミケルと申します」


そこから説明されたのは、噂とそう大差ないものであった。

しかし、多少違う点として挙げられるのは、魔塔学院では各階に生み出された仮想の魔獣──〈ヴータリティット〉がいるという点だ。

魔獣というのは本来迷宮要塞ダンジョンや森林などに住む強力なスキルを持った生物なのだが、それを機構によって再現した代物が〈ヴータリティット〉──塔の機構による正当な障害であり、それを倒すことでもポイントが稼げるという点はアウル含め新入生たちにはある程度のいい情報だっただろう。

対人戦に苦手意識を持つもの──最も、そんな人が守護者になれるのかと言った疑問はある──や、人よりも獣の相手の方が楽な人もいるからだ。

更に説明の中に違う点がまだあり、それはポイントを取引したり使用することで、専用の場所から武器を買うことができたりすることができるというシステムだった。まるで金を使った市場のようだ、とアウルははた思う。


「ポイントは他人との取引に使うことも可能です。また、本学院ではパーティを組むことができます。パーティを組むことで、得られるポイントは分割されますが、得られるポイント自体が増加するので、損をすることはありません。学院としては推奨するわけではないので、個人の自由です」


なるほど確かに、多人数で敵にかかればそれだけ労力は減る、パーティは組み得だろう。ただ、誰しもと組めるかと聞かれたらそれは怪しい。パーティ内部での足の引っ張り合いや裏切り行為など、懸念することは多いからだ。

おいそれと組んでポイントを失って終わり、なんてことになったら眼も当てられないだろう。なのでパーティを組むにはそれ相応の覚悟と考慮が必要ということだ。


「また、階層の移動には階層内にある陣に乗ることで念じた階へと行くことが出来ます。もちろん、一定量のポイントがなければ行くことの出来ない階もあります。それでは、これで皆様に説明する事柄は全てになりました。さて、皆様お手元に学院証はありますかね。その学院証はポイントの確認や決闘の成立などができる万能な魔道具ですので、無くさないようにお願いします」


アウルはズボンのポケットから四角く、薄めの板を取り出す。白磁色の石で出来たそれは、魔塔学院に入ることが決定した際に送られてきたものだ。それに、魔眼布と同じように魔力を少し流すと、様々な情報が浮かび上がってくる。そこには、名前や顔写真、そして所持ポイントや参加中の決闘などの様々な情報がこれでもかと詰め込まれており、技術の粋を凝らしに凝らした一品だというのが詳しくないアウルにも分かった。


(なるほど、魔眼布と同じような仕組みか……。ということは、彼女もこの仕組みを使えるような人間ということか?)


またも益体もない事を考えつつ、学院証のポイントの部分を確認する。と、もうすでにポイントが幾分か入っていた。────だが、その量はというと。


「はあ!?たったの100ポイント!?」

「1億ポイントまでどんだけかかるんだよ……」

「絶対無理じゃない!」


あちこちから悲鳴じみた声が先程の再演のようにまたしても上がり、アウルも眼を眇める。100ポイントということは、1億ポイントまで100万倍にしなければならないということである。それを4年間の学院生活でこなすには、相当な無理をしなければならないだろう。なんだか、この学院の運営者が悪魔のように思えてきた。

しかし、なるほど確かに、すべての願い事を叶えられるには、それくらいの試練がある方がやり甲斐が出てやる気も上がることになるという論理は理にかなっている。

現に、周りには眼を爛々と輝かせて、あからさまに戦意をたぎらせているのもいる。それを狙って、ということなのだろうか。

壇上では、先程ミケルと名乗った先生が、もはや見慣れたものとばかりに首を振って、半ば悲鳴を無視するような形で続きを話し始める。


「それでは、これで式を終わらせていただきます。なお、この後2階の開放が行われます。そこからはご自由にどうぞ」


まるで此処から先は決闘するしないは自由だが、やっといたほうがいいぞと言わんばかりのセリフ。

それを言い終わった瞬間、会場の横の壁が轟音を立て、階段が現れる。アウルは、そんな臭い演出へ大きめの嘆息を一つして、体を階段の方向へと向ける。ふと周りを見てみると、他の生徒たちも同じ考えのようだ、一様に階段の方へとその足を踏み出していた。


「さあ、入学ロワイヤルの開幕です」


ボソリとミケルがつぶやいたことに気づく者は誰もいなかったのだった。

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