第4話 思いがけぬ再会は闘いの香り

「これで、終わりよ!」


激突音。そのまま大柄な背中は下へストンと落ち、膝をついた。


「はあ、はあ……」


2階の森林の中、肩で息をする女子。

彼女の石楠花しゃくなげ色のサイドテールも、心做しか萎れている。疲れた様子の彼女の周りには、無数の生徒が死したように地面に倒れ伏していた。

この2階に上がってすぐのことだ。特定の誰から始めようと言うのはなかったが、自然と、2階層にいる全員でのバトルロワイヤルのようなものが始まったのだ。

どうやら、これももうすでに決闘としてカウントされているらしい。彼女が学院証を取り出す。そこを見てみると彼女の学院証に記載されているポイントが数百ポイントほど増えていた。

学院証の決闘条件の部分に書いてある条件は、気絶したら敗北、所持ポイントの半分を気絶させた人へと譲渡するというもの。単純明快でわかりやすい。

がしかし、入学した生徒全員とのバトルとなると、人数がかなり多くなるので、辞め時を考えておくべきだろう。そう判断をしながら、この塔について彼女は思案する。


「敵の数がやたら多いわね。この塔、どんだけ一階が広いのかしら?」


そう彼女……カレハ・ラインが独り言ちたその瞬間、後ろの茂みが無遠慮に、そして不用意に、ガサリと音を立てた。


「誰ッ!?……って、さっきの目隠し野郎じゃない」

「おっと。お前は……──想像以上に強いらしいな」


カレハがとっさに振り向くと、茂みから出てきたのは奇妙な姿をした青年だった。無造作に伸ばした橙紅色の髪に一房の深青が存在感を示しており、だが一番に存在感を示しているのは目元を隠している布であろう。そう、先程塔に入る時に視線を向けて絡んできた、目隠しをしている謎の男だった。

男は眼を隠すその布があるのにどうやって見ているのかは分からないが、カレハの周りに倒れ伏している生徒達を見て、カレハの強さに驚いているらしい。目隠し越しでも伝わるかどうか、カレハはニヤリと笑った。


「あんたもこの内の一人になるわよ。今すぐにね」

「お~怖い怖い、せいぜいそうならないように気をつけるわ」


男もカレハの皮肉に気づいたらしい。そう皮肉で返しながら、構えてきた。


「その威勢やよし、ね。一瞬で沈まないでよ、つまらないのは嫌いだから」


そう言いながら、カレハの身体が蜃気楼の如くブレる。そして気づいたときには、男の後ろを取っていた。カレハの異常な身体能力から繰り出される、シュクチだ。シュクチというのは、極東の島国で発達した格闘術の一種で、本来ならば相手の瞬きにあわせて一瞬のうちに相手の死角に潜り込むものだ。だが、男は目隠しをしているため、適当なタイミングで行ったそれは、しかししっかりと男の後頭部を捕捉できた。


(取った!)


カレハはそのまま無防備な頭に向け拳を放ち──……。


「──ッ?」

「はい、おしまい。」


何故か、身体が動かない。指先寸分すら動かず硬直している。男はいつの間に顔を向けたのかカレハと向き合っており、顔の目隠しに指をかけている。男が何かをしたのだろうと当たりをつけ、もう一度シュクチを使おうとする。しかし、全く身体が言うことを聞かない。動きたくても動けない。まるで、自分の身体が石像になったようだった。あるいは、なにかに怯えて動けない被食者のそれのような。何度動かそうとしても一切動かない身体に、カレハはふつふつと得も言われぬ苛立ちが溜まってくる。


「なんで動かないの……?」

「それを言っちゃ面白くないだろ。まあ、俺とお前は相性が悪かったんだろうな」


男は飄々とした態度を崩さず、またカレハの身体は未だに動かない。それらがカレハの苛立ちを増長させる。

────この眼の前の男にどんな背景があるのかは知らないし、知ろうともあまり思わない。だがしかし、ここで止められているようじゃ、1億ポイントなど夢のまた夢だろう。

その思いと覚悟を燃料に、無理やり身体を動かす。カレハの眼光は、そして戦意は未だに燃えているのだ。少しづつ、少しづつ体が動き出してきた。


「っ……。アタシはまだ、ここで負ける訳にはいかない!願いを一刻も早く叶えるために、誰もを守る守護者になるために、アンタを倒すんだッ!」

「チッ、もう動けるのか!精神力を見誤ったな……!」

「ゴチャゴチャと……。喰らいなさいッ!」


カレハの攻撃が今度こそ成功する。壁と錯覚するほど数多放たれる拳が男の肌をかすめ、生傷を負わせていった。

男はその拳とは思えないダメージに戦慄しているようだが、回避自体はしており、目隠し越しでのその卓越した動体視力がそれをなしているのがわかる。なぜなら眼光が漏れ出てきているのだ。が、防戦一方といった感じは否めない。カレハの攻撃を避けながらも攻撃するためだろう、男は先程のようにまた目隠しに手をかける。だが黙ってまた硬直させられるわけにも行かない。先程より身体の硬直が強くなる可能性もあるのだ。


「それは、させない!」

「速いッ!?」


だが、攻撃のモーションを取ってくれるならわかりやすい。カレハは男の手を無理やりつかみ、目隠しを降ろさせない。男はそのスピードが想定よりも速いことに驚愕を隠しきれなかった。その動揺は本来なら命取りだが、これは本当の殺し合いではない。


「アンタが目隠しに触らなければいい。簡単な話ね」

「クッソ、負けるか……。さっきのあの時に意識を落とせていたら良かったんだが、負け惜しみか」

「歯ァ食いしばりなさい。意識だけキレイに落としてあげる」


つかんでいる手とは反対の手で握り拳を作り、カレハは倒していった生徒と同じように、目隠しの男を殴る。その事象が行われる寸前の刹那。割り込む声があった。


「────そこの姉ちゃん、隙だらけだぜ」

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