第2話 最強、かく語りき

「──さて、諸君。この学園、カムフトーム魔塔学院は、『最強』のを名を冠して呼ばれているのは存じているだろう」


しゃがれた老人の声、ではなく芯のある低音女声アルトの声が朗々と響いている。カムフトーム魔塔学院の一階、その大ホールの中でだ。

壇上にて拡声の魔道具が声を流されることで、横のガラスから陽光が差し込み少し明るいホールに声を届ける。声の主である彼女は、キーカ・エニセイ。この学院の学校長であり、現代最強の守護者の一人だ。燃えるような赤髪は高めの位置で一つにまとめられており、髪と似たような紅色の虹彩は他者を威圧する眼光を放っている。その目線は一度眼の前に敵として立てば射殺すように感じられるほど鋭かった。

……アウルは先程ステータスを見た紫の彼女と同じような印象を持たされる。つまるところ、気が強めのおてんば娘感だ。

そんな、この塔と同じく最強を冠する彼女の声が続く。


「君たちは確かに強い。ここに集まってくるということは自信もそれなりにあるのだろう。だが、私から言わせてもらおう。思い上がるなッ、たわけども!!」

「────」


突如の大声に会場は水を打ったように凪いだ。それは、図星だったからなのか、虚をつかれただけなのか。本人たちもわからないままに、彼女の言葉が会場を打つ。


「お前らはまだ未熟な守護者未満だ。少し強い能力を持っているからといった傲慢が、死を招くのだ。お前らはまずそれを魂に刻みつけろ」


圧倒的なまでの正論が、どこか浮かれ気分だった新入生たちの心に冷水を浴びせていく。もちろんアウルも例外でなく、先の迫力のある声によって、気が引き締められた。


「とはいえ私もお前らに死ねと言っているわけでも言いたいわけでもない。お前らはもちろん知っているだろうが、これがすべての願いを叶える魔玉──『賢者の石』だ」


彼女が手で隣を示すと、暗がりから極彩色の光が輝く削り出しの岩がひとりでに浮いてきた。周りがにわかにざわつく。仕方がないだろう、夢が手を伸ばせばすぐに届きそうな場所にあるのだ。

『賢者の石』───それは、遥か遠くの時。賢者と呼ばれ、この世界の仕組みを解明したとされる一人の人物。彼または彼女が作り出した究極の魔道具と言い伝えられているが、真相を知るべくはこの中に誰一人いない。しかして事実、これから感じる魔力は凡夫ですら力の違いを痛感するほどの濃さだ。そのようなエピソードや背景があっても違和感など持たない。

そしてそれが、願いを叶えられる夢の塊であることにも。


「この『賢者の石』を手に入れるためには、お前らも知っているだろうがポイントを集める必要がある。トーム・ポイントと呼ばれているものだ」


そう、この魔塔学院では決闘──当人たちが取り決めた規則の中で戦うことだ──をしたり、学校の授業として出される課題をこなしていくと、トーム・ポイントが与えられていく。そのポイントが一定の値を超えると塔の階を上がることができ、そして最上階、つまりこの塔の天辺にたどり着き、そこで勝ち残ることで願いを何でも叶えることができる……そういう話が学院のパンフレットや民間の噂で流れていることは、アウル含め新入生の間では周知の事実だった。周りも、驚いた様子をしているものは誰ひとりいないことから、その事実が正しいことを裏付けている。

彼女は周りの生徒の反応など意に介せず話を続けた。


「お前らが聞いている話は大半は正しい。唯一つ、訂正することはこの塔の天辺に着いたとしても願いを叶えることはできないということ」

「「「ッ!?」」」

「この塔を登り切る、その程度のことで願いを叶えることができるのなら誰だって苦労しない。お前らが願いを叶えるためには、ポイントが必要だ」


それはそうだろう。言われてみれば正論だ。アウルは誰にも見ていないだろうが軽く頷く。


「その必要なポイントとは……?」


会場のどこからか声が飛ぶ。思わず漏れてしまった、といったような響きのもので、彼女から咎められることはなかった。声の主の方に向き合い、壇上の最強が口を開いた。


「ああ、必要なポイントは1億だ」


何ともなさそうに放たれたその一言によって、今日一番のどよめきが起こった。かく言うアウルも驚きを隠せない──まあ眼は隠れているのだが──。入学者たちのどよめきにキーカはこの会場に入ってから、初めて目を細める。


「絶望したか?諦めたくなったか?そこが甘い。いいか、お前ら。守護者というのは、どんな状況であろうとも立ち向かわなければならないんだ。何故なら、守護者が諦めた瞬間、一般人までも巻き添えで生を諦めざるを得ないんだよ。どんなときでもその命が尽きるまで抵抗する、そういう精神の者のみ、守護者は生き残れる。心に刻むんだな」


────重みが違った。まるで経験が違うから、ここまでの説得力を持つことができるのだろう。

最強という箔は、ここまでの経験を蓄積しないと登れぬ頂きということを言葉のみで示した。

彼女は、最後の一言で締めるとサッサと帰ってしまったのだった。

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