彼女が欲しくて《異世界奴隷通販》を使った結果、昔トラックの衝突事故で他界した初恋の幼馴染がやって来た

ネリムZ

彼女が欲しくて奴隷を買う。幼馴染が届いた

 けたたましく鳴り響くサイレンの音。警察⋯⋯救急車⋯⋯。

 俺はただ、目の前で起こった惨事に腰を抜かし、呆然と見る事しか出来なかった。


 トラックに高速で追突されへし折れた電柱、血を流して意識を失っている運転手。

 ⋯⋯そして、初恋の幼馴染が流した血の海。

 小さな俺の記憶に深く恐怖と後悔と共に刻まれた記憶は、高校生となった今でも思い出す。


 「あの時、野良猫に気を取られずに一緒に横断歩道を割っていたら、君は死ぬ事無かったのにな」


 幼馴染のお墓に花を添え、俺は一人暮らしのマンションへと帰る。

 あの事件をきっかけに俺に関わったら死ぬと言う噂が地元に広がり居ずらくなった俺は高校に上がると同時に親に無理言って一人暮らしを始めた。


 社長をしている両親は地元を離れたくも出来ないので、俺が離れるのが1番手っ取り早い。

 幼馴染の命日やお盆などではしっかりと帰省している。

 その度に墓参りと来ている。


 「眩しいっ」


 憂鬱な気分の俺の元気づけたいのか太陽が一段と眩しく感じられた。

 街中を歩くカップルが視界に入る。


 初恋の人が目の前で衝突事故でこの世から旅立った。

 その事がトラウマで恋を避けていたが、俺はそろそろ前に歩き出すべきかもしれない。


 「ずっとこのままだと、あの子も辛いだろうしな」


 しかし、恋と言うのを冷静に考えると分からないモノだ。

 なのでなんでも知っているネットの先生に頼る事にした。


 『恋 彼女 やり方』


 「なんか変? まずは自分のタイプを冷静に考えて打ち込むべきか?」


 『傍を離れない 居なくならない 料理上手』


 「ん〜彼女を追加して検索っと」


 色々と出て来たが殆どがマッチングアプリだった。

 俺は18歳じゃないし、こう言うのはイケメンが求められるので諦める。


 「なんだこれ?」


 視界に飛び込み異質な気配を纏うサイトが1つあった。


 「異世界奴隷通販サイト? なんだこれ」


 気になったのでタイトルで検索する。使った人の感想を知りたいと思ったからだ。

 しかし、どれだけやっても引っかかるのは公式サイトだけだった。


 「ウイルスとか大丈夫だよな? ネットを切る準備しておくか」


 ネットと電源を切る準備をしてからサイトをクリックした。

 すると、簡素なホームページが現れた。


 『お好みのタイプを入力してください』


 下の方を見れば一応例があったので確認。


 『エルフ 巨乳 300歳未満(人間年齢18歳未満)』

 『サキュバス 一途 純血』

 『人間 家庭的 純血』

 『とにかくエッチな子』


 などなど色々とだった。

 異世界だからか、エルフやらサキュバスとか色々とある。


 「奴隷と言っても色んなカテゴリーがあるのか⋯⋯試しにやってみるか」


 『人間 恋人 傍に寄り添ってくれるタイプ』


 『入力』のボタンをクリックすると料金が出て来る。

 10万⋯⋯コレを高いと見るか安いと見るかは分からないな。


 「くだらな」


 俺は結論を吐き出してからサイトを閉じようとした。

 しかし、何故か入金を確認したと言うテロップが現れる。


 「は! ふざけんなよ! コレ詐欺系のあれか! ウイルスの警告も何も無かった! ああ! しっかりと電子マネーから引き抜かれてる⋯⋯」


 なんてこった。

 両親からのお小遣いをコツコツ資産運用に回してかなり増えて来てニコニコしていたのに。


 「授業料だとして諦めるか。中々の痛手だ。一応警察に⋯⋯」


 ブォン、と玄関の方から音が聞こえた。


 「な、なになに。なにこれ!」


 驚きのあまり椅子から転げ落ちる。

 玄関の方を見れば、青色の何かが出現していた。


 「え、何? ドッキリ? テレビか? か、カメラどこにある! な、なぁ。もう良いよ? ドッキリ仕掛けた人出て来て良いよ?」


 だけど俺の言葉を笑う様に誰も返事をくれない。

 青色の何かは大きくなり、丁度人が通りそうなサイズになった。

 そこからドアを通る様に男の人が出て来た。


 「な、何⋯⋯角?」


 角に尻尾⋯⋯漫画とかだと竜人と言われてそうな見た目だ。

 そいつは何かを話すが疑問符を浮かべて、魔法陣らしきモノを顕現させた。


 「これで言葉は通じますか」


 「うわああああ! 不法侵入のコスプレイヤーが普通に日本語喋った!」


 「あまり驚かれると近所迷惑となるので防音魔術を使います。⋯⋯それでは改めて。この度は我が異世界通販サービスをご利用頂き誠に感謝致します」


 「怖い怖い。俺に状況の整理をさせて」


 良し。冷静に考えて⋯⋯。


 「貴方が我々のサイトを利用して奴隷をご注文。料金を頂いたので商品を届けに異世界から参りました。住所とかどうやって入ったとかは⋯⋯まぁ異世界って事で呑み込んでください」


 「え、雑」


 「夢ではなく現実です。こちらがご希望に合う奴隷でございます」


 「展開が早いって」


 俺の言葉を無視しながら彼は手に持っていた鎖を引っ張った。

 奥から黒く長い髪の毛を靡かせた、綺麗な女性が出て来た。

 鉄の首輪をしており、手錠もされている。服装もボロボロの服1枚だ。


 「ご希望に合う御商品です。どうぞなんなりとお使いください。奴隷は主への抵抗が出来なくなります。こちらは契約書と取り扱い説明書でございます」


 「え⋯⋯あの」


 俺はその奴隷を見て唖然としていた。声が出せない。

 こんな事が起こっていたのか、それすら分からない。

 夢。夢としか表現出来ない現実離れした出来事だ。


 異世界から来た男とか、魔術とかよりも現実感が無い。

 高校に上がるまで、毎年墓の前で挨拶をしていた。

 その子が⋯⋯目の前に居る。


 「⋯⋯ナナちゃん。ナナちゃんだよね。ど、どうして。どうして!」


 俺の声に驚いた様に身を震わせ、俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 俺の顔を見た瞬間、大きく目を見張らいた。


 「⋯⋯」


 「⋯⋯ナナちゃん? ナナちゃんだよね?」


 しかし、何も返事をしてくれない。


 「お、俺は直ぐに分かったよ。ナナちゃんだよね? ね、なんか言ってよ。お願いだから⋯⋯さ」


 それでも返事をしてくれない。

 俺の勘違い? ただの空似?


 「ご安心ください。奴隷は契約が完了するまで意思疎通を禁止されているのです。商品に同情されない様に。契約致しますか? 今ならまだ、クーリングオフが可能ですよ?」


 「します。契約」


 俺に拒否する選択肢は浮かばなかった。

 今まで何があったのか、聞きたいと思ったからだ。

 彼女は間違いなく、この世を去ったはずの初恋の幼馴染だ。


 用意された翻訳された日本語の様に時々不思議に思える言葉の使い方をする契約書にサインする。

 契約書をしまう。


 「これにて契約完了となります。取り扱い説明書を熟読の上ご使用ください。今日より立花七瀬たちばなななせ西園寺凜音さいおんじりんねの所有物となります」


 それだけ言い残し、彼は入って来た場所に戻って行く。


 「今後ともご贔屓にお願いします。奴隷の通販もしておりますので、ぜひ良ければ覗いてください。それでは、失礼しました」


 ぺこりと頭を下げてから、帰って行く。

 シュンっと青い何かは消えて行った。


 俺は直ぐにナナちゃんへと向き直り、質問する。


 「な、ナナちゃん、だよね?」


 「⋯⋯り」


 「ん?」


 「リン、くん?」


 「うん。そうだよ。俺は、凜音だよ」


 涙が止まらなかった。

 生きてたんだ。ナナちゃんは生きていたのだ。

 衝突事故で帰らぬ人となった人が、帰って来たんだ。


 「生きてる。良かった。すげー嬉しい。やば。まじで⋯⋯どうしよ」


 涙が止まらずに混乱していると、ナナちゃんはゆっくりと俺を抱き締めてくれた。

 啜り泣く声が鼓膜を揺らす。


 「わ、私も⋯⋯嬉しい。ずっと、ずっと会いたかった。リンくん! リンくん! リンくん!」


 「ああ。俺も、俺もだよ!」


 2人で枯れるまで泣いてから、俺は食事の準備をした。

 その間にナナちゃんにはお風呂に入って貰った。

 綺麗ではあったが、排泄物の様な臭いが染み込んだ服が気になったからだ。


 着替えは俺の服で代用して貰う事にした。


 「久しぶりにシャンプー使った⋯⋯ありがとうリンくん」


 風呂上がり、まだしっとりとしている髪をタオルでトントンしながらやって来る。

 身長は俺の方が伸びたので、服のサイズは問題ないと思っていた。

 しかし、服の上からガッツリ見える大きなメロンのせいでヘソが丸見えだった。


 「⋯⋯ごほっ」


 あまりの刺激の強さに鼻から幸せが飛び出て、意識がぐわん揺れた。

 上手く立つ事が出来ず、スープを持っているにも関わらず倒れてしまう。


 「しまっ!」


 「危ない!」


 ふわり⋯⋯俺の身体とスープが空中に浮かんだ。


 「セーフ」


 「⋯⋯ナニコレナニコレ。ポルターガイスト?」


 「あ、うん。今から話すね」


 スープを皿に入れて机に置き、俺もゆっくりと下ろされる。

 ご飯を食べながら話を聞く事に。


 「暖かい。それに、美味しい。リンくん料理上手だね」


 「あ、ありがとう。⋯⋯それで、何があったの?」


 「うん。良い話じゃないんだけどね」


 トラックに轢かれたと覚悟した瞬間、目を瞑ったらしい。

 目を開けるとそこは大自然の中だったとか。


 「空飛ぶ白銀の狼とか、土の中を泳ぐ鳥とか⋯⋯不思議な生き物が沢山いて。必死に逃げたら、奴隷商人に保護されてね」


 それはきっと保護とは言われないだろう。


 「商品として立派になるまで普通の生活を送れたんだ。栄養のある食事、健康のために身体も洗えた。代わりに沢山の勉強とさっきの魔術から⋯⋯えっと。色々と」


 顔を赤らめて俯いた。

 俺も高校生だ。何をされたのか、大方想像が付く。


 「そうか。奴隷商人に⋯⋯」


 「わぁああああ! 違う違う! 変な勘違いしないで! 価値が落ちるからテクニックとかは叩き込まれたけど私はまだしょ⋯⋯」


 「テクニック⋯⋯」


 いかん。想像しちゃアカン。

 だけど昔から好きで、大人になったら魅力的でさらに綺麗になっていたら想像してしまうだろ。


 「テクニックか⋯⋯」


 一体異世界ではそう言うのどこまで進んでるんだろ?

 って、いかんいかん。

 そう言うの、良くない。おーけー?


 「聞いてる?」


 「聞いてる聞いてる」


 「本当? 良いけどね別に。⋯⋯それで、奴隷としての価値が出てから私はまず魔術師に買われた」


 「えっ」


 「私って魔素って言う⋯⋯まぁMPだね。それが多くて色んな実験を手伝った。その魔術師が凄い人だったらしく育てられた分は回収出来たの。でも、また奴隷に戻った」


 良い生活が出来ていると思った瞬間に、また奴隷。

 一体何が?


 「まだその時は10歳でね。その⋯⋯は、恥ずかしいんだけど。発育が急に良くなって⋯⋯」


 「奴隷に戻る理由が分からん」


 むしろ手元に残すだろ。


 「その魔術師の最後の言葉が『真っ直ぐなボディこそ至高』って」


 「なるほど」


 そっちタイプだったか。


 「既に私に使われた料金は回収出来たから、どんな価値でも売れれば良かった。新たな事業として始まった異世界の取引の奴隷として私は選ばれて、ご覧の通り」


 「そっか。た、大変だったな」


 「うん。寂しかったし、訳も分からずで本当に辛かった。一時はご飯も喉が通らなかったし、来る日も来る日も泣いてた。だけど、お釣りが来るくらいに今は嬉しいでいっぱいだよ」


 「え?」


 ナナちゃんは大きく、朗らかに微笑んだ。

 ひまわりの花畑が幻覚として見えるくらいに、明るい微笑み。


 「日本に来れただけでもラッキーなのに。リンくんに会えたんだもん。本当に、嬉しい」


 「ナナちゃん」


 嬉しさのあまりまた涙を流しそうだったけど、何とか堪えた。

 時間は経過して夜となった。


 「ナナちゃんはベッドで寝て。俺は客人用の布団で寝るから」


 「それは申し訳ないよ。ベッドを使って。私は床でも良いし。⋯⋯私は、奴隷だから」


 「それはダメだ!」


 「えっ?」


 奴隷とか関係ない。

 ナナちゃんをそんな扱いをするのは俺が絶対に嫌だ。


 その思いが伝わったのか、そっぽを向きながら呟いた。


 「な、なら⋯⋯い、一緒に⋯⋯寝る? む、昔みたいに」


 「え? あ、その」


 今はどちらも高校生レベルの年齢だ。

 しかも、ナナちゃんはナイスボディ。

 理性が吹き飛びそうだ。


 「私だけがベッドは⋯⋯流石に難しい。奴隷としての価値観を植え付けられているし⋯⋯ごめん」


 「分かった。一緒に寝よ」


 「良いの?」


 「もちろん。むしろ俺の方こそ良いのかって感じだし」


 「私はリンくんの奴隷だよ? なんだってしても良い」


 なんで⋯⋯も。


 俺の視線がどこに向かったか分かる男は多いだろう。

 冷静になり、一緒にベッドに横になる。

 シングルなのでやや狭い。


 心臓がバクバクと煩くて今日は寝れるか不安である。

 それはナナちゃんも変わらないのか、横に身体を転がして俺の顔を見る。

 視線を感じると余計に目が覚める。


 「リンくん」


 「⋯⋯な、何かな?」


 理性よ保て。

 今このまま本能に身を任せたら俺はただの屑だ。

 嫌われたくない。絶対に嫌だ。嫌われたらマンションの屋上から飛び降りる自信がある。


 「⋯⋯何も、しないの?」


 「しない、とは?」


 「分かってるでしょ?」


 ナナちゃんは俺の手を取って、自分の首輪に触らせた。

 とてもひんやりとしていて、窮屈そうな首輪。


 「私はリンくんの奴隷。何をされても抵抗出来ないんだ。リンくんも大人だし、ね?」


 ね、じゃないのよ!

 俺だってね。世間が許すなら理性を飛ばしてましたわ!

 でもね、許されないのよ。それは。


 偶然たまたま手にしただけなのに、そんな扱いは出来ない。


 「私絶望してた。誰に買われるんだろうって。どんな人なんだろうって。何も抵抗出来ない。命令されればなんでもしないといけなかった。⋯⋯でもね、購入者はリンくんだった。本当に嬉しかった。私、リンくんなら、何されても嫌じゃないよ」


 冷たかった手の感触はゆっくりと、暖かく柔らかいモノに触れた。

 俺は我慢ならず、ナナちゃんの方を向いた。


 ほっぺで卵焼きが出来そうな程に顔を真っ赤にしている。

 ⋯⋯恥ずかしいなら、しなければ良いのに。


 「しないよ」


 「え?」


 「俺はこの首輪、外したいと思ってる」


 「ダメだよ。⋯⋯そうなると、私は戻される。捨てないで。私をここにいさせて!」


 「お、落ち着いて。そんな意味じゃないの。⋯⋯奴隷とかじゃなくて、昔の様な関係が良いなって、本当にそれだけ」


 本当はその先の関係を求めている。

 だけど口には出来なかった。


 小さい頃から良く分からない所に行って、右も左も分からないなか奴隷として育てられた。

 寂しさや恐ろしさ、俺には分かってあげられない。

 だけど、寄り添いたい。だから、自分の欲望だけを口には出来なかった。


 「昔の様な⋯⋯関係、か」


 どことなく落ち込んだ気がした。

 何故だろう?


 「お、俺は。ナナちゃんを大切にしたい。だから、お願いだ。奴隷だから、とか言わないでくれ。辛いんだ。君がその運命を受け入れているのが。君は物じゃないんだから」


 「⋯⋯うん」


 真っ直ぐと俺の目を見て、頷いてくれた。

 自然と笑みを返す俺。


 良かった。理解してくれた。


 「今日から、今までの分全部取り戻そう。ナナちゃんと行きたかった場所、沢山あるんだ」


 「それは楽しみだな」


 「まずは服を買おう。その後、美容室も行こう。今よりも、もっと綺麗になれるよ」


 「綺麗にどうするの?」


 「えっと⋯⋯へへ。その後はその時に考えるよ」


 「そっか」


 まずはナナちゃんが失った日本生活を取り戻そう。

 そして笑顔を増やそう。

 俺と会えた安堵から来る笑顔じゃなくて、楽しさや喜びから来る笑顔を増やそう。


 俺はそう誓って、彼女を抱き締めながら眠った。


 「⋯⋯もう、居なく、ならないでね⋯⋯」


 「うん。ならないよ。リンくん」


 俺の寝言に答えた彼女はスヤスヤと寝息を立て、眠りについた。


 翌朝、起きると良い匂いが鼻腔を撫でた。

 同時に反応を示す様に腹がぐぅーっと呻き声をあげる。


 「あ、おはようリンくん。台所借りてるよ」


 「和食⋯⋯ナナちゃん料理出来たの?」


 「うん。これも教え込まれたからね。味は保証出来ないけどね」


 そう言いながらも俺の腹は机に広がっている和食に反応している。

 絶対に美味い。それだけは分かる。


 「しかし、ガスとか使えた?」


 「ん? 分からなかったから全部魔術使ったよ。具材切るのも、火を使うのも」


 「お、おう。そうか」


 常識を忘れたか。


 味噌汁を啜ると、出汁の味もしっかりと感じれて美味しい。


 「なんか良いな。こう言うの」


 「うん。リンくん、美味しい?」


 「ああ。めっちゃくちゃ美味い」


 「良かった」


 出掛ける準備をしていると、ナナちゃんが言葉を出す。

 

 「そう言えば、ここって首に着ける装飾品ってあるの? この見た目だと目立つと思うんだけどさ」


 「え? それ見た目自由に変えられるの?」


 「うん。魔素を流してイメージを流し込めば自由に見た目は変えられるよ」


 俺はネットで調べてチョーカーをいくつか見せて、その中でナナちゃんが気に入ったのに変えて貰った。

 不思議だ。自由自在に姿が変わる首輪⋯⋯。

 

 彼女のサイズに合う下着があるか心配だった。


 大き過ぎると下着のサイズが無いって聞くし⋯⋯問題は無かったが。

 色々な服を試着して俺に見せてくれた。


 そのどれもが破壊力抜群に似合っており、無事昇天した。


 「リンくん?」


 「⋯⋯」


 「リンくん!」


 数分掛けて地上に戻って来た俺は次に美容室に向かい、髪の毛を整えて貰った。

 それで一日が終わったので、家に帰る。


 「ごめんね。私なんかのために色々と買わせちゃって」


 「全然そんな事ないよ」


 申し訳なさそうなナナちゃんを元気づけようと俺は必死に言葉を探す。


 「俺がナナちゃんにオシャレして欲しいから買ったの。だから気にしないで」


 「うん。ありがと」


 笑みを浮かべてくれるナナちゃん。

 ⋯⋯だけど、どこかぎこちない作り笑顔な気がした。


 俺は彼女に本当の笑顔を浮かべて欲しくて、夏休みの時期をフル活用して色んなところに遊びに行った。

 魔術を普通に使いかけたり色々と危なかったが、楽しく過ごせていたと思う。

 昔の時間を取り戻すように遊び尽くし、昔の絆を取り戻している気がした。


 ⋯⋯だけど⋯⋯彼女はどこか1歩下がっている気がする。

 隣に立っているはずなのに⋯⋯どこか後ろを歩いているんだ。


 小さい頃から異世界へ飛ばされ、奴隷としての価値観を植え付けられた。

 それがまだ、拭い切れていないんだろう。


 夏休みももうすぐ終わる。


 「はぁ。どうしたら良いんだろ」


 ナナちゃんに昔の様な笑顔を浮かべて欲しい。

 もう奴隷根性は必要ないんだよって教えたい。

 遊園地、動物園、水族館⋯⋯どれもどれも意味が無かった。


 デパート、カフェ⋯⋯その辺もダメ。


 俺じゃ⋯⋯彼女を笑顔に出来ないのか?


 「辛いな、それは」


 「どうしたの?」


 いつも通りのナナちゃんがご飯を作ってくれた。

 ここに住んで衣服なども買っている。

 そのお礼としてご飯を作って貰っている。


 「な、何でもないよ?」


 「ほんとー? リンくんがそう言う顔する時何かを隠してるんだよなぁ。もしかして熱?」


 「ちょちょ」


 顔がドアップになり心臓が踊り出す。

 未だに慣れない幼馴染の成長した姿にしどろもどろになる。

 そのせいで余計に心配され、額を合わせられる。


 「熱い。やっぱり熱だ! 寝なさい!」


 「ち、違う。これは体調が悪いと言う訳では無く」


 「じゃあ、何?」


 引き剥がしてもグイッと顔を寄せられる。

 綺麗な顔にドキッとしたので視線をずらせば、さらに刺激的な谷間が目に入る。

 どこに視線を向けても男の俺には刺激が強すぎる光景。


 これじゃあ熱は引かない。

 悪循環だ。


 脳内がオーバーヒートして処理落ちしそうなタイミングで、彼女を買った時と同じ青い何かが玄関に出現する。


 「なん、で?」


 ナナちゃんがありえない量の汗を吹き出した。

 焦点が合わず焦りが目に見えて分かる。


 「失礼します」


 ナナちゃんを連れて来た男の人がやって来た。


 「突然の事で申し訳ございません。急遽異世界事業から足を洗う事となりまして、こちらに販売した商品の回収に参りました」


 「「え?」」


 「つきましては購入金の返金及び商品に費やした費用の倍を謝礼金としてお支払いします。奴隷契約を解除した後に引き取ります。この度は誠に申し訳ございません」


 淡々と謝罪して、契約解除の書類を提出して来た。

 俺はこれにサインしないといけない⋯⋯のか?

 ナナちゃんとまた、別れるのか?


 もしかしたら次は永遠に会えなくなる。

 そんなの⋯⋯嫌だ!

 こんな人生の運全部使っても叶わないような、夢のような時間を終わりにしたくない!


 「⋯⋯ナナ、ちゃんは⋯⋯どうしたい?」


 「⋯⋯」


 「ナナちゃん?」


 彼女はスンっと冷静になっており、一点を見つめていた。


 「こちらに戻りなさい。良いですよね?」


 こくり、とナナちゃんは顔を前に倒した。


 その瞬間、視界が真っ暗になるのを感じだ。

 ナナちゃんは⋯⋯異世界に帰りたがっていたのか?


 「ナナ⋯⋯ちゃん?」


 俺の方には一切視線を向けずに、男の方を見ていた。


 「本人も望んでいる事です。どうか書類にサインを」


 「お、俺は⋯⋯」


 夢から覚める時が来たのか。

 死者は蘇らない。

 また、いつも通りの普通の生活に戻るだけだ。


 この夏休み、誰も経験出来ない夢の様な生活が送れた。

 それだけで、満足じゃないか。


 「満足?」


 「ん?」


 「満足⋯⋯してねぇよ」


 俺はまだナナちゃんの本気の笑顔を見ていない。

 俺はまだナナちゃんに自分の想いを伝えていない。

 まだ行きたい場所とかやりたい事いっぱいある。

 彼女の家族にも合わせたいし、ご挨拶したい。


 「まだ、俺はやり残した事がある」


 「尊重してあげてください」


 「だったら魔術を解け!」


 「はて?」


 とぼけたる様に顔を横に傾けた。

 それが俺の堪忍袋の緒を切った。


 「ナナちゃんは不義理な事はしない。初めて来た時よりももっと酷い。意思疎通の禁止どころか彼女の思考力すら奪ってる! そんな状態で意志を尊重しろだ? ふざけんじゃねぇ!」


 「⋯⋯つまり、返品しないと?」


 「うっ!」


 虎に睨まれたネズミの様な気分だ。

 怖い。一瞬で命が刈り取られる恐怖を感じる。


 でも、でもさ。

 芋引いたら、二度とナナちゃんとは会えないんだよ。


 だからさ。

 俺はさ、立ち向かわないといけないんだ。


 「そうだ! 俺はナナちゃんを返さない! だいたい、ナナちゃんの故郷は日本だ! 日本人だ商品じゃねぇ! 返品とか言うな!」


 「しかし、我らの世界で育てたのです。その事をご理解ください」


 「その分の金はもう返せているんだろ! ならもう手を引けよ! 彼女は異世界人じゃない! 事業の撤退とか関係ないんだよ! やって帰って来れたんだよ! 彼女から、ナナちゃんから住処を奪うなよ。自由を奪うなよ!」


 「⋯⋯そうですか。魔術の無いこの世界での生活は不便でしょう。悪意はこちらの方が多い。それを理解した上でご返事ください。お前は本当にここに残りたいか?」


 男はナナちゃんに質問する。


 「私は⋯⋯わた、しは?」


 「こちらに帰りたい、そうだろ?」


 まだ魔術を使っているのかもしれない。

 だけど俺にはそれが分からない。

 ただ、ナナちゃんを信じて返事を待つしかない。


 「私⋯⋯は。私⋯⋯⋯⋯は。り、リンくんと、居たい。私は⋯⋯帰りたく、ないっ!」


 「何っ!」


 「ナナちゃん!」


 「私はここに残ります。異世界との繋がりを消したいのなら私の記憶、魔素、奴隷の鎖を消してください。私はもう、この世界の住人だ」


 男は大きな溜息を零した。

 そして⋯⋯背後に炎の大きな龍を降臨させた。


 「ならば、力ずくでも返品作業をします」


 「させないっ!」


 「奴隷が逆らうな」


 「うぐっ」


 ナナちゃんが立ち向かうとしたが、首輪の影響か膝を折った。


 「逃げて、リンくん」


 「⋯⋯嫌だ」


 ここで逃げたら何も変わらない。

 立ち向かっても勝てるか分からない。

 ⋯⋯俺の人生はここで終わるかもしれない。


 怖い。恐ろしい。

 でも、逃げちゃダメなんだ。


 「惚れた女置いて逃げ出すくらいなら⋯⋯炎の龍に食われる方がマシだ! ナナちゃんは俺が買ったんだ。もう俺のもんだ。あんたらの都合で返さない!」


 「リン⋯⋯くん」


 「⋯⋯はぁ」


 大きな溜息を再び吐いて、書類を炎の龍に投げ飛ばした。

 魔術を解除して、入口に向かって行く。


 「貴方の覚悟は伝わりました。貴方の言う事は正しいのかもしれない。こちらの世界にとってその子は異物。今日限りはこちらが折れましょう」


 「⋯⋯い、良いんですか?」


 「回収予定の商品が紛失及び破損した際は痕跡を残さず消滅させるのが規定です。こちらは得意の魔術で解約書ごと燃やした。それだけです。それでは」


 「は、はい」


 「⋯⋯どうぞご幸せになってください。七瀬さん」


 「う、うん」


 男は帰って行き、魔術も完全に消えた。

 僅か数分の出来事だったが⋯⋯命がある事に感謝している。


 「よ、良かったああああ!」


 怖かった。

 生きてる! 俺、生きてる!


 「り、リンくん」


 「ん?」


 顔を真っ赤に染めて、俺の方を向きながらもチラチラと視線を外している。


 「ほ、惚れた、女って⋯⋯」


 「⋯⋯ぁ」


 流れと言うか、何と言うか。

 俺は飛んでもない事を口走っていた。


 ⋯⋯いーや!


 この際全部ぶちまけよう。


 「ああそうだ。俺は、昔からずっとずっと、ナナちゃんが好きだ」


 「⋯⋯私、異世界行ってたんだよ。奴隷に、堕ちたんだよ?」


 「関係ない。俺はナナちゃんが好きだ。君をずっと愛してる」


 「⋯⋯私、なんかで良いの?」


 ナナちゃんが目尻から止まらずに涙を流し、震える声で言葉を紡ぐ。


 「ナナちゃんじゃないとダメなんだ」


 「私⋯⋯私も、昔から、好き⋯⋯今でも、好き⋯⋯こんな想い、良くないって思ってた。⋯⋯持ってて、良い? リンくんを好きでいて、良い?」


 「⋯⋯すげー嬉しい。両思いってサイコーじゃない?」


 俺は再会した時とは違う想いを込めて、ナナちゃんを抱き締めた。


 「好きだ、ナナちゃん」


 「私も好き。リンくん」

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