第43話 おじさん、女教師とデートする。
やばい。長居してしまった。
つむぎとりんごが心配しているかな。
いや、つむぎは確信犯なんだから、心配しないか。りんごの方はどうしよう。
おじさんらしく平然としているのが一番か。
この歳になると、色々わかるのだ。
半端がよくない。
問題を起こした政治家とか。
謝罪もせずに雲隠れして、ほとぼりがさめたら、普通に他人を糾弾してるもんなぁ。すごいと思う。
他人を責める前に、まず自分の釈明会見では?
まぁ、そんなことはどうでもいい。
アレは、おじさんが目指すべき究極形態だ。
俺は人生最後のモテ期を満喫すると決めたんだ。へんに良心をもちだして、自爆みたいなヘマはしないぞ。
ただ、悪意で相手を試すようなことをしたり、人の想いを軽く扱うのだけはやめようと思う。
帰り道を急ぐ。
それにしても、さくらはすごかった。
ギャップ萌とは、まさしく彼女だと思う。
もし一緒に住んだら、毎晩求められるのかな。あの身体だもんなぁ。嬉しいけど、寿命が縮まりそう。
それに、男性ホルモン刺激されすぎて、たぶんハゲちゃう。この歳まで頑張ってくれた毛根さん達を大切にしたい。まだ、お別れなんていやだ!
「ただいま」
俺はドアをあける。
すると、つむぎとりんごが出迎えてくれた。
なんだか、ホッとする。
前は、この家に帰るのが憂鬱だったけれど、今は違う。可能なら365日24時間この家にいたいくらいだ。
りんごはニコニコ。
つむぎはニヤニヤしている。
とりあえず部屋に帰って、一息つこう。
すると、さくらからメッセージがきた。
「無事に家に帰れたかな。あのね。今さらだけど、わたし、郁人のこと一目惚れなんだよ。面談のとき、つむぎちゃんから聞いてた通りで、いいなぁって。でも、伝える前にエッチしちゃった。恥ずかしい。軽い女と思われちゃったかな……?」
「思ってないよ。ありがとう。俺は、さくらのことすごく好みだよ。これからもっと知っていきたいなぁと思ってる。それと、さくらも、すごい久しぶりっぽかったし。軽いなんて思ってないよ」
「そっか。良かった。また会ってくれる?」
「もちろん」
「じゃあ、さっそく。明日はどう?」
「エッチなしならいいよ」
「えっ。うん。……わかった」
すまん。さくら。
俺の健康寿命と毛根のために我慢してくれ。
おじさん、無理するとすぐに体調が悪くなっちゃうのよ。
そういえば、さくらは、つむぎの母親してくれるって言ってたっけ。
着替えてリビングに戻ると、りんごが食事を出してくれていた。今日は肉じゃがだ。パタパタとエプロンをして走り回る姿は愛らしい。まさしく、幼妻って感じだ。
料理を並べおわると、ご飯をよそってくれた。
りんごは、ビールも注いでくれて、ちょこんと向かいの椅子に座る。一生懸命作ってくれたんだろうな。
「美味しい?」
「ああ。美味しい。いつもありがとう」
ほんと、こんなにチャーミングな女子高生に、毎日お世話をしてもらえて、俺は幸せ者だ。
りんごは、俺が食べる姿を見つめている。
「隣に行っていい?」
「別にいいけど」
なんだろう。怖い。
思い当たることも多々あるし。
りんごは、隣にくると、俺の口についているご飯粒をとった。それをパクっと食べると言った。
「郁人さん、女の子の匂いしてる……」
「え?」
すると、りんごは俺の首筋や脇の辺りに鼻を近づけてクンクンした。なんだか、こそばゆい。
「……年上の女の人の匂い。あまり心配させちゃヤダ。18まで待てなくなっちゃう」
「心配させてごめん。どうしたらいい?」
りんごは、俺の首筋に唇をつけると、ちゅーっと吸う。それを数回繰り返した。
「これで、少しは安心かな……?」
キスマークをつけられたっぽい。りんごは仕上がりに満足したらしく、ニッコリした。
食事を済ませ、シャワールームで鏡を見た。すると、俺の鎖骨のあたりには、くっきりハッキリと複数のキスマークがつけられていた。
独占欲ってやつ?
こんな不人気商品のおじさんにそんな風に思ってもらえるのは、光栄だな。
次の日、会社を終えると、さくらからメッセージがきていた。
「会いたくて、郁人の会社の近くまできちゃった」
うーむ。
鉢合わせロシアンルーレットの弾丸が一発増えたらしい。なぜか皆、会社の外で待っている。
ブッキングするのは、時間の問題だろう。
会社を出ると、さくらが待っていてくれた。
俺を見ると手を振ってくれる。
改めてみると、やはり美人だ。
3人娘は可愛いって感じだけど、さくらは「可愛い&美しい」だと思う。しかも、身体も最高だ。
「あの人、きれい〜」
「あんな彼女ほしいなぁ」
そんな声が、そこかしこから聞こえる。
さくらが美人なのは、俺だけの好みということでもないらしい。
今日は、大人の女性とのデートだ。
少しは頑張って、それっぽいところに連れていかないと。
会社の近くの桟橋にあるクラブハウスのレストランを予約したので、ならんで歩いて店に行く。
すると、さくらは手を繋いできた。
目が合うと、俯いて赤くなる。
昨日のコスプレショーとのギャップが凄い。
店内に入ると、白と黒が基調のモダンな雰囲気だった。ギャルソンの所作も洗練されていて、期待よりも、良いお店に感じた。
まずは、スパークリングワインで乾杯をする。
目が合うと、さくらは笑顔になった。
スモークサーモンと季節野菜の前菜から、ラグーソースのパスタ、香味野菜が添えられたヒレステーキ……。ギャルソンが進行を把握してくれていて、いいタイミングで料理を運んできてくれる。
結構ボリュームがある。
今日は外で食べるから夕食はいらない、とりんごに言っておいて良かった。
こんな時にも、りんごのことを考えている自分に苦笑いしてしまった。俺は、りんごのこと。家族として好きなんだろうか。女性として好きなんだろうか。
きっと、両方か。
続いて、魚料理がでてきた。
大きめのお皿の中心には、ピスタチオかな。緑のソースが添えられている。
さくらは、料理が出てくる度に「わぁ」と喜んでくれた。
さくらは、こういうお店が初めてということはないと思うのだけれど、喜んでくれる。もちろん、ホントに喜んでくれているのだろうが、半分は気遣いだろう。
りんごや綾乃のように、本当に初めてで喜んでくれるのもいいけれど、さくらのような大人の女性が笑顔になってくれるのも、格別だ。
ラストでデザートが出てきて、コースは終わりになった。
すると、さくらは両手をテーブルの上で組み合わせ、ちょっとだけ口を尖らせた。
「この時間が終わっちゃうの寂しい……」
すると、スタッフが声をかけてくれる。
「乗船のご準備が整いました」
レストランの裏にはデッキがあり、クルーザーが接岸していた。サイズは50メートル弱だが、美しいフォルムの船だ。
俺らは、案内されるままタラップを渡って船に乗った。ポートサイドのデッキに並んで立ち、いまさっきまでいたレストランを見送る。
さくらは、本気で驚いていて「えっ、えっ?」と何度も声をあげていた。
ふふっ。
これは大人のさくらを喜ばせるための、一工夫だ。
このレストランは、ディナーと乗船がセットになっている。パートナーに伝えなければ、かなりのサプライズになるだろう。
船内は立食形式で、軽いフードとドリンクがフリーになっている。
俺らはスターボードサイド(右舷)に移動すると、都会らしからぬ星空を見上げながら、シャンパンで乾杯した。
ザザーンと、船首が波をかき分ける音がして、海風が、さくらの黒い髪を吹き上げる。その度に、さくらは乱れる前髪を左耳にかけて纏めようとした。
俺は、他の人には聞こえないように、耳元で囁いた。
「先に初エッチしちゃったから、その分、デートっぽいのしたかったんだ」
俺は恥ずかしげもなく続けた。
小っ恥ずかしいことでも平然といえるのは、おじさんの強みだろう。
「船の右舷は、スターボードサイドっていうんだけど、思うに、好きな人と一緒に星を見るための場所なんだよ。さくらと、ここに並んで立ちたくて色々探したんだ。都内でもこんなに星が綺麗なんて驚きだよ」
「……ありがとう」
「でも、さくらが一番きれいだよ」
さくらは目を潤ませている。
手で拭おうとするが、間に合わず、右の頬を伝って涙がこぼれ落ちた。
『よしっ』
俺は心の中でガッツポーズをした。
すると、さくらは、人目も憚らずにキスをしてきた。唇が離れる時に、さくらは囁いた。
「こんなのされたら、大好きになっちゃうじゃん」
それからは、さくらはずっとベッタリで、こんなに大人っぽい女性に甘えてもらえることを、誇らしく思った。
可愛いなぁ。うん。
俺は人生最後のモテ期を満喫すると決めたのだ。後ろは振り返らずに、全力投球するぞっ。
ちなみに、スターボードのくだりは大嘘だ。本当は、ステア(操舵)が訛ったのだと聞いている。
ふふっ。
おじさんは、嘘つきなのだ。
それからは、クルージングを楽しみ、さくらを最寄り駅まで送って、タクシーに乗せた。
ほんとは、桟橋から乗せてあげたかったけれど。
おじさん、お小遣いが尽きそうなの。
ごめんね。
別れ際に、さくらは家に遊びに来てと言っていたが、やんわり遠慮した。
なにせ、鎖骨に、りんご特製の魔除けが刻印されているからね。効果覿面だよ。これ。
俺が家に着くと、りんごは起きて待っていてくれた。
りんごは、もこもこの暖かそうなルームウェアを着ている。もこもこ帽子にはネコのような耳がついていて可愛い。
「おかえりなさい」と声をかけてくれた。
爆睡しているであろう我が実娘と違って、天使だ。
その天使に、胸元を見せるように言われた。
そして、りんごは、うんうんと頷くと、またチューと吸い付いて、キスマークをひとつ増やした。
「わたしのだから、マーキングだよ」
そういうと、りんごは頭のもこもこを外した。
そういえば、あれ。
りんごの髪の毛が短くなってる。
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