第36話 おじさん、娘とデートする。

 

 11月のある日。

 陽が落ちるのが、随分と早くなった。


 歳のせいか、年々、時間が経つのが早くなっている気がする。特に今年は色んなことがあったせいか、本当にアッという間だった。


 今日は、つむぎと買い物にきている。

 たまには、2人きりも良いものだ。


 つむぎは、珍しく女の子らしい服装をしている。いつもこうだったら、普通に可愛いのに。


 もったいない。


 すると、つむぎと目があった。

 つむぎは、ガバッと大袈裟に身体をひねり、身を守るようにして腕を組んだ。


 「パパさま。……とうとう実娘にも欲情か? 我が美少女すぎる故、罪なことじゃ」


 「んなわけないだろ」


 たまにの娘とのデートだ。

 少し足をのばして、八景島近くのショッピングモールにまで来ている。


 ここは、マリーナとの複合施設だ。海沿いで雰囲気がいいこともあり、カップルからファミリーまで客層は様々で、煉瓦造りのレトロな建物が立ち並んでいる。


 気の早いもので、広場には、もうクリスマスツリーが出ていた。


 ちょうど、ライトアップの時刻になったらしい。俺とつむぎが手を繋いで歩いていると、ぱあっと一斉にライトが煌めいて、あたりは一瞬でクリスマスっぽい街並みに変わった。


 つむぎは、わぁっと煌めきを見上げている。


 その姿を見ながら、つむぎが小さな時のことを思い出した。あの頃は、小さくて可愛かったな。

 

 やがて、頭の中のイメージが、今のつむぎに重なる。


 『そのまま変わらず、優しい子に育ってくれて、本当に良かった』


 この子と、いつまで一緒に居られるのだろう。ほんとうに。血が繋がってたら良かったのに。


 俺が浸っていると、つむぎに袖をグイグイ引っ張られた。


 「我、あれが食べたい。パパさまよ。何を惚けておる。デート中に他の女のことを考えるなど、失礼千万じゃぞ?」


 「あぁ。ごめん」


 つむぎが指さす先には、ポップコーンのワゴンがあった。そこで、巨大なポップコーンを買う。


 ワゴンの店員さんが、つむぎに話しかけてくれた。


 「お父さん? 仲良しでいいわね」


 つむぎは両手でポップコーンを受け取りながら答えた。


 「うむ。最高のパパさまじゃ」


 それから、つむぎの買い物に付き合い、いま来た道を折り返して、車の方に戻る。


 すると、白いものがフワリと目の前を横切った。


 つむぎは手を広げて、それを掴んだ。

 そして、スカートが広がる程の勢いで、くるくると回る。

 

 「雪じゃ!! ホワイトクリスマスじゃ!!」


 11月に雪?

 普通は考えられない。


 だけれど、俺もハッキリと見た。

 数粒の雪が、つむぎに舞い降りたのだ。


 2人してクリスマス気分で歩く。

 すると、つむぎが言った。


 「なぁ。パパさま。パパさまは、今の生活は幸せか?」


 今は、つむぎもりんごもいる。

 幸せだ。俺の人生で、一番幸せかもしれない。


 俺は頷いた。

 すると、つむぎは、俺の手を掴む指先に、力を入れた。


 「もし、もしじゃぞ? もし、我がいなくなっても、幸せでいてくれるか?」


 なんて質問だ。

 想像しただけでも、胸が張り裂けそうになった。


 「世界一大切なお前が居なくなって、幸せなわけないだろ」


 つむぎは、少しだけ視線を落とした。


 「そうか。りんご姫や、あやの姫、泥棒ネコがいてもダメか?」


 つむぎは、俺の手をギュッと握ってくる。


 「あぁ。ダメだ。お前がいないと話にならん」


 すると、つむぎは小さく息を吐いた。


 「そうか。まだまだ我は、親離れが許されぬようじゃな」

 

 「あぁ。そうだ。まだしばらく、手のかかる娘でいてくれ」


 すると、つむぎがニヤニヤした。


 「もしや、パパさま。我が18になるのを待って、押し倒す気なのではないか?」


 「バカ言うな」


 「そうか? 血縁がなければ、不可能ではないと思うがの。パパさまが全員にフラれたら、我がもらってあげるのも良いアイディアかと思ったのだが」


 「日本では、法律上の親子は無理なの。ほら。くだらないこと言ってないで、早く帰るぞ」


 「残念じゃの。サービスで、子供もたくさん産んでやろうと思ったのだが……」


 「おま。いい加減にしろよ? コメカミ出せ。グリグリだ」


 すると、つむぎはキャッキャ言いながら、走って逃げまわった。


 つむぎとの幸せな時間。


 この日のこの光景を、俺は一生忘れることはないだろう。




【挿絵】山﨑 つむぎ

https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093084793695430


 

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