第35話 おじさん、トラウマができる。

 ※本話はホラー調です。苦手な方は、飛ばしてください。



 (ここから本文)


 しばらくして、バスルームのドアが開いた。

 綾乃は、さっきよりも恥ずかしそうな顔をしている。

 

 虎柄のビキニに、小さな角の髪飾り。

 綾乃の髪型なら、カツラは無しでいい。


 「郁人くん。これ……」


 俺はまた自分の横のスペースをトントンとして、綾乃にヒソヒソ話で指示を出した。


 「えっ。それ、ほんとにやるの?」


 「皆やってるし。うん。お願い」


 すると、綾乃は頬を真っ赤にして深呼吸をする。意を決すると、可愛い唇を開いた。



 「ウチ、ダーリンのこと一番愛してるっちゃ!!」


 いやあ。たまらん。


 やはり、おじさん世代には響くな。りんごもいいけれど、綾乃のもまた少し違ってていい。


 俺は嬉しくて綾乃を抱きしめた。

 そして、さっき、好き勝手やらせてもらった分、丁寧にキスをする。


 綾乃はゆっくり瞬きをすると、嬉しそうな顔をして、俺の腰のタオルを外した。


 俺と向かい合って正座すると、俺の股間に顔を埋めた。綾乃はさっきの仕返しとばかりに、ペロペロと舐め、俺が興奮してくると、口に含み上下にストロークを始めた。


 愛おしそうに、大切そうにしてくれる。


 俺は、処女にこんなことをさせている背徳感と、久しぶりの愛されている実感に感動してしまって、ブルッと身震いをすると、綾乃の口の中に大量に出してしまった。


 めっちゃ早くて童貞みたいだ。

 恥ずかしい。


 綾乃は少しケホケホすると、未練が残らないように、優しくストロークをしながら絞り出して、最後はコクンと飲んでくれた。


 こっちをみて、嬉しそうに言った。


 「郁人くんの。本当に飲んじゃった……」


 綾乃は指先を口に当てると、さっきの女優のように、唇についた性液をペロッと舐めた。


 「わたし、郁人くんの特別になれたかな? ……だったら、嬉しいな」


 初めてにしては上手すぎる気はするが、おじさんは敢えて追求しない。こんなに気持ちよくしてもらって、むしろ、感謝しかない。


 俺は、経緯よりも結果(いま)を大切にしたい。


 そのあとは、ベッドで一緒にゴロゴロする。

 すると、綾乃が話し出した。


 「あのね。わたし、大学に入って好きな人ができたんだけどね。あっ、もちろん、瑠衣とは違う人だよ? でね、その人が、『他の男と付き合ったことがある女はイヤ』だって。それで、わたし咄嗟に嘘ついちゃったの。ホントは高校のときに付き合ったことあったのに」


 「それで、フラれちゃったの?」


 「うん。ちょっとしたキッカケで嘘がバレちゃってね。『幻滅した』って言われた。そして、しばらくしたら捨てられちゃった。あははっ。かっこ悪いよね」


 「どれくらい付き合ってたの?」


 「3ヶ月くらいかな……。でも、最後の1ヶ月くらいは、悲しいことばっかりだったよ」


 俺の脳内では、瞬時に生々しい類似ストーリーが展開された。いまも処女なのだ。聞かなくても粗筋は想像がつく。


 ……なるほど。

 それで口技がうまいのか。


 イヤなことを思い出させてしまいそうなので、それ以上は聞かなかった。微妙な話題は聞かなくても我慢できる。おじさんの余裕だ。


 それにしても、こんな可愛い彼女を、そんな理由で捨てるなんて、バカな男だ。女性をお伽話のプリンセスかなんかと勘違いしてるのでは。


 そんな贅沢なことをいってるとだな。

 あと10年もしたら、誰とも付き合えなくなるぞ?

 

 綾乃は心配そうに俺をみつめている。


 「……嫌いになった? 他の人とも付き合ったことある、不潔と思った?」


 『とか』に重要な情報が隠されている気もするが、おじさんは、気にしない。


 「ぜーんぜん。思わないよ」


 そんなことを思う訳ない。

 自分自身、純潔から遥か彼方にいるのだ。


 俺なんて、正直なところはな。


 何人か顔すら覚えていないんだぞ。

 エッチしたのに。


 でも、これ言ったら綾乃に本気で軽蔑されそうだから、言わない。都合悪いことは言わない。これは、おじさんの処世術。


 俺は綾乃の頭をポンポンとした。

 すると、綾乃は、嬉しそうに俺の腕に顔をスリスリしてきた。


 綾乃がすごく愛おしく思えた。


 俺は綾乃の虎柄ブラを外して、胸を揉んだ。そして、ぷっくりとしてきた乳首を舐める。


 「んっ……」


 綾乃は己の右人差し指を甘噛みして、顔を背けた。


 俺は右手で、綾乃の太ももから内股に指先を這わせ、一番触って欲しいであろうところは、敢えて避けた。そして、おへそのあたりをツンツンする。


 綾乃は、はぁはぁと肩で息をしている。

 俺と目を合わせると、甘えた声を出した。


 「気持ちいい……。郁人くんのほしいよ……」


 そうしたいのはやまやまなんだがな。

 初エッチが血だらけは、良くないと思う。


 さすがに、おじさん的にもNG。


 俺は綾乃を抱きしめた。

 よしよし。


 また頭をナデナデする。



 運転で疲れていたらしい。

 俺はいつの間にか寝ってしまった。




 ……湿った雨の音が聞こえる。

 ぬかるんだ地面を歩く、無数の足音。


 夢が現実か分からない。

 何十もの、呻くような低い声で目がさめた。


 身体が動かない。

 ……金縛りだ。


 呻くような声は、どんどん大きくなってきて、仕舞いには、俺の耳元で、怒鳴り声のように聞こえるまでになった。


 身体中から冷や汗がでる。


 怖い。

 だが、目を閉じ続けることは、もっと怖い。


 俺は動かない身体に鞭を打ち、必死に目を開けた。


 すると、あたりは霞んでいて、血だらけの首のない鎧や白無垢をきた無数の人影が、俺らを囲んで、足を引きずるように、ぐるぐると歩き続けていた。


 男か女かも分からないソレは、この世のものではないのだろう。なんとなく、そう思った。


 ソレは時々足をとめると、仄暗い穴がぽっかりあいただけの瞳で、俺のことを覗き込んでくる。


 綾乃はどうしてる?

 綾乃を助けなくては。 


 必死に横を向くと、綾乃はすでに上半身を起こしていた。左手に数珠をもち、ソレを睨みつけ、淡々とお経を唱えている。


 「……妙法蓮華経 信解品第四……」


 通常、法華経では、方便品ほうべんぽん第二と如来寿量品にょらいじゅりょうほん第十六という、一部だけを抜粋して読む。だが、本来の経典は二十八品(28章)ある。


 二十八品は七万文字近くあり、通読するだけでも、数時間かかるボリュームだ。だから一部だけを読むんだよ、と前に綾乃に教えてもらった。


 だが、綾乃は経文を見ていない。

 もしかして、全文を覚えているのか……?


 いや、でも。それよりも。

 おぞましいアレはなんだ?


 そう思っていると、急に頭の中がガンガンして、淡々と続く綾乃の声を聴きながら、俺はふたたび寝てしまった。


 あれから何時間くらい寝たのだろう。

 おそるおそる目を開けると、部屋の中は既に明るく、朝になっていた。


 綾乃は、メイクを済ませ服をきていた。


 綾乃は俺に気づくと、パタパタと駆け寄ってきて、優しくキスをしてくれた。


 「郁人くん。おはよう。今日は清々しい朝だね。ぐっどもーにん♪」


 綾乃はご機嫌な様子だ。


 「綾乃。昨日、なんか変な人達いなかった?」


 すると、綾乃は首を傾げた。


 「そうなの? 郁人くん夢でも見てたんじゃない?」


 そうか。

 そうだよな。


 あんなエクソシストみたいな、ホラー映画みたいなことが、現実のはずがない。


 ……なんだ。夢か。

 おれはホッとした。


 チェックアウトしようとフロントに行くと、誰もいない。呼んでも出てこない。仕方ないので、料金をカウンターにおき、ホテルを後にした。


 結局、従業員には1人も会わなかったな。



 外は晴天で、昨日のどしゃ降りが嘘のようだった。山からは小鳥の囀りが聞こえてきて、土の良い匂いがする。


 俺は、昨日のことを考えるのはやめて、帰りのドライブを楽しむことにした。


 目が合うたびに、綾乃はニコニコした。


 綾乃は何かを思い出したようにトートバッグから小さな袋を取り出し、口を開いた。目の錯覚だろうか。その中に入っていた数珠は砕けているように見えた。


 綾乃は人差し指を口元にあてて呟く。


 「昨日ので壊れちゃった。これ直せるのかなぁ……」


 えっ。

 いや、……怖すぎて考えたくない。


 「ん?」


 綾乃は、こちらを振り向くと、また笑顔になる。心なしか、綾乃の顔が、いつもより頼もしく見えた。

 



 (後日談)


 同僚の山口は、湯西川がある栃木県出身だ。

 それから数ヶ月後、ランチの時に、たまたま地元の伝承の話をしてくれた。


 山口は、おどろおどろしい雰囲気を出して言う。


 「湯西川から少し南に向かったあたり。昔、古びた旅館があってな。都から落ち延びた沢山の人が、雨の中で追いつめられて、互いに首を落とし合って自害したんだよ。それがあったのは神無月らしくてさ。今でも10月の雨が激しい日には、出るって話だぜ?」


 「……それって旧暦だよな?」


 だとしたら、今の暦なら11月にあたる。奇しくも、俺と綾乃がアレをみたのも11月だ。


 俺は湯西川での経験を山口に話したことはない。だから、作り話ではないと思う。


 山口は俺の様子を見ると笑った。


 いやいや。

 全然、笑えんから。


 「何? 山﨑、びびってんの? ださっ」


 「……」



 

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